月影の約束

藤原遊

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4章

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鏡の中の世界は、不思議な場所だった。

空は漆黒で、どこか遠くで青白い光が揺らめいている。地面は固く冷たく、瓦礫や古びた柱が乱雑に散らばっている。澪は周囲を見回しながら、一歩一歩慎重に進んだ。

「ここが、呪いの核……?」

「そうだ。」

陸の声が背後から響いた。彼は澪のすぐ隣に立ち、警戒するようにあたりを見回していた。その表情には緊張と覚悟が滲んでいる。

「ここには、俺の記憶が眠っている。この場所に触れれば、君は俺が抱えている全てを見ることになる。それでも、行く覚悟はあるか?」

「ある。」

澪は即答した。迷いはなかった。陸の抱える悲しみの核心に触れなければ、彼を救うことも、この呪いを解くこともできない。それがわかっていたからだ。

陸は澪の目をじっと見つめた。彼女の決意を感じ取り、小さく頷く。

「ついて来い。」

陸が先導し、二人は暗い空間を進み始めた。奇妙な音が時折響く。風の音のようでもあり、囁き声のようでもある。不気味な感覚が澪の肌を刺すようだった。

やがて、地面に奇怪な模様が描かれた広場のような場所にたどり着いた。中央には黒い石柱がそびえ立ち、その表面には無数の傷や文字が刻まれている。まるで誰かが何度もそれを削り、壊そうとした痕跡のようだった。

「これは……?」

「俺の縛られている場所だ。」

陸は苦々しげに呟いた。

「この石柱が、俺の魂をここに繋ぎ止めている。20年前の儀式の失敗によって、この柱が呪いの中心になったんだ。」

澪は石柱に近づき、表面をじっと見つめた。指で触れると、冷たさが骨の芯まで染み込むようだった。そして、次の瞬間──

記憶が流れ込んできた。

澪の目の前に、20年前の光景が鮮やかに広がる。石柱の前で跪く少年──陸の姿。彼は呪文のような言葉を繰り返す大人たちに囲まれている。その顔には恐怖と絶望が刻まれていた。

「止めて……やめてくれ……!」

少年の叫び声が響くが、大人たちは耳を貸さない。彼らの目は狂気に満ちており、ただ儀式を完成させることだけに執着している。

「俺は、この儀式の生贄だった。」

澪の隣で、陸が呟く。その声には苦しみが滲んでいた。

「名家の人間たちは、自分たちの命を永遠に繋ぎ止めるために俺を捧げたんだ。俺は、ただそれだけのために殺された。」

澪は言葉を失った。目の前の少年──陸が、命を奪われる瞬間がまざまざと記憶の中に映し出されている。そのあまりの理不尽さに、澪の胸は怒りと悲しみで締め付けられた。

「そんな……どうして……」

澪が震える声で呟くと、陸は小さく首を振った。

「どうしてかなんて、俺にもわからない。ただ、彼らは欲望のままに動いていた。それだけだ。」

その時、突然空間が激しく揺れた。石柱の傷口から黒い霧が立ち上り、二人を取り囲むように渦を巻き始めた。

「気をつけろ!」

陸が澪の腕を引き、彼女を守るように立ちはだかる。その霧は意思を持つように動き、陸に向かって勢いよく襲いかかってきた。

「これは……!」

「俺をここに縛りつけている呪いそのものだ!」

陸が叫ぶ。霧が彼の体に絡みつき、引き裂こうとするように激しく動く。陸の顔が苦痛に歪むのを見て、澪の胸は張り裂けそうになった。

「止めて……止めてよ!」

澪が叫びながら陸に駆け寄ると、霧が彼女にも襲いかかろうとした。しかしその瞬間、澪の中から強い光が放たれた。それは彼女自身にも理解できない力だった。

「澪……?」

陸が驚いたように澪を見つめる。光が霧を弾き飛ばし、二人を包み込む。

「私は……あなたを助けたい。それだけなのに!」

澪の強い声が響き渡る。その思いが、呪いに打ち勝つ力となっていた。霧は次第に薄れ、やがて完全に消え去った。

「これは……どういうことだ……」

陸が呆然と呟く。澪は彼の手を強く握りしめ、決意に満ちた目で言った。

「わからない。でも、私は絶対にあなたをここから連れ出す。どんなことをしてでも。」

陸は澪を見つめ、やがてわずかに微笑んだ。その笑みは、これまでに見たどの表情よりも温かく、どこか救われたようなものだった。

「ありがとう……」

澪と陸は、再び石柱の前に立ち、その核心に挑む準備を整える。二人は互いを信じ、呪いの真実に立ち向かうことを誓った。
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