月影の約束

藤原遊

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3章

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鏡の部屋に戻ると、澪は再びその異様な空間に息を呑んだ。奇怪な文様の中心に据えられた鏡は、ただの道具ではなく、何か生きているかのように感じられた。月明かりが鏡の表面に反射して揺らめき、その奥に何かが潜んでいるかのようだった。

陸は鏡の前に立つと、静かに手を伸ばした。指先が鏡に触れる瞬間、その表面に波紋のような揺れが走る。

「見てみろ。この鏡の中には、この場所で失われた全てが映っている。」

澪は恐る恐る陸の隣に立ち、鏡を覗き込んだ。最初は何も映らなかった。ただ彼女自身の顔と、背後に佇む陸の姿が映るだけだ。しかし、次第にその表面が変わり始めた。

「これは……?」

鏡の中に映ったのは、過去の光景だった。古い廃屋がまだきちんとした家だった頃の姿が広がる。賑やかな人々の声や笑い声が、まるで記録された映像のように再現されている。

「これが、20年前のこの場所だ。」

陸の低い声が響いた。澪は目の前の映像に釘付けになりながらも、その場の空気に呑まれそうな恐怖を覚えた。

映像の中で、人々が廃屋の奥の部屋に集まり始める。彼らの顔はどこか不気味で、目が虚ろだ。何かを捧げるように鏡の前に跪き、その中心で儀式が始まった。

「これが……儀式?」

澪の問いに、陸は静かに頷いた。

「魂を繋ぎ止めるための儀式だ。人間が自然の摂理に逆らい、不老不死を得ようとした。その欲望が呪いを生み出したんだ。」

鏡の中で、突然炎が立ち上る。儀式の参加者たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、一人の少年が映り込んだ。短い髪に整った顔立ち、その目は恐怖で見開かれている。

「陸……あなた?」

澪は反射的に陸を見た。彼は鏡から目を逸らさず、苦々しげに微笑んだ。

「そうだ。俺はここにいた。だが……」

陸が言いかけた瞬間、鏡の映像が激しく揺れた。少年の姿が炎の中に飲み込まれ、代わりに真っ黒な影のような存在が現れる。その影はまるで生きているかのように蠢き、鏡の表面を越えて今にもこちらに侵食してきそうだった。

「危ない、離れろ!」

陸が澪の腕を引き、鏡から遠ざけた。次の瞬間、鏡の中から何かが飛び出してきた。それは霧のような形をしており、澪の周囲を蠢きながら低いうなり声を上げている。

「これは……呪いの一部か?」

澪が恐怖に震えながら尋ねると、陸は険しい顔でその霧を睨みつけた。

「そうだ。この鏡が呪いの核だとしたら、そこから漏れ出している“影”が俺たちを飲み込もうとしている。」

「どうすればいいの?」

澪は叫ぶように聞いたが、陸は冷静だった。

「俺が押し戻す。お前はここから出ろ。」

「でも……」

「いいから行け!」

陸が振り返り、澪を強く睨んだ。その目には、自分を犠牲にしてでも澪を守ろうという決意が宿っていた。

澪はその目に釘付けになりながらも、動けなかった。目の前で陸が影と向き合う姿に、胸が締め付けられる。だが、次の瞬間、彼女は衝動的に叫んだ。

「私も、あなたを助ける!」

陸が驚いたように振り返る。その瞬間、澪は鏡に向かって駆け出していた。陸が止める間もなく、彼女は鏡に手を伸ばした。

手が触れた瞬間、鏡の表面が光り、眩しい閃光が二人を包み込んだ。

鏡の奥の世界が広がったのはその後だった。澪は気づくと、全く違う場所に立っていた。そこは廃屋のようでありながらも、どこか異世界のような感覚を覚える奇妙な空間だった。

「ここは……?」

背後から陸の声が聞こえる。彼もまたここに引き込まれていた。澪の手を取りながら、陸は緊張した面持ちで周囲を見回す。

「ここは……鏡の中にある世界だ。俺が囚われていた場所。」

澪はその言葉に息を呑む。鏡の中に広がるこの場所こそが、呪いの核に触れるための鍵となる場所なのだ。

「ここで何をすれば呪いを解けるの?」

「それを見つけるんだ。この場所には、俺がここに縛られている理由が眠っている。だが……その代償として、君もここに囚われるかもしれない。」

陸の言葉に、澪は毅然と答えた。

「それでも、私はあなたを助ける。絶対に。」

陸は澪の強い目を見つめ、何かを言いかけたが、結局何も言わずにうなずいた。

「行こう。この先に全てがある。」

澪は陸と共に、鏡の中の世界の奥へと足を踏み入れた。二人の運命が、大きく動き出そうとしていた。
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