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7.真相(後編)【side:ライアン・リード】
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「イーデンは、大好きだった兄に。チェスターによく似ていたからねぇ……」
「――っ?俺の母にですか?」
彼は確かに愛らしい容姿をしているが、母のような絶世の美形という訳でもない。この国ではよく見かける茶髪・茶瞳の持ち主で、閣下も母も同じ色をしている。小柄な体型とその色以外には、特に母チェスターとの共通点は見当たらないのだが……。
「ああ。小柄でちょこまかと動くところ、とか」
「毎日、居城を散策していたそうですね」
彼は好奇心が旺盛なのか、まるで小動物のようにちょこまかと、楽しそうに居城敷地内を見て回っていた。飽きることもなく毎日のように。
「興味のないことには、とことん鈍感なところ、とか」
「身柄を狙われていたことに、気付いてなかったですし」
「一旦、寝たら何があっても起きないところ、とか」
「寝てる間に誘拐されかけても、起きなかったそうですね」
「素直で思い込みが激しいところ、とか」
「俺と叔父上が付き合ってた噂も、信じてました」
「突然、突拍子もないことを言いだすところ、とか」
「夫が他の男に性交られてる姿を見たいなんて……ね」
「ははは、そうだねぇ」
叔父上はイーデンと過ごした日々を思い出したのか、楽しげに笑みを浮かべた。
「でも、なによりもね。……どんな状況にあっても、その日を大切に、楽しみながら過ごしている姿がね。……兄もそんな人だった」
徹底した軟禁状態であったにも関わらず、彼はこの3年間、それはもう楽しそうであったとか。
「ああ、その点については、全く同感です」
母もまた、毎日を慈しむように、楽しげに過ごしていた。
俺は母の笑顔しか思い出せない……悩んだり、怒ったり、悲しんだ顔を全く知らないくらいだ。
「でも、叔父上。彼を守るだけなら、死んだことにするだけで、良かったのでは?」
「……」
「なにも、俺と乳繰り合ってる幻影を見せなくても?!」
「あぁ。そうだな」
そう、あの日のアレは幻影だ。
ルヴィーの魔法が作り出した、架空の映像。
実際に俺と閣下が性交る訳がない。だって、血のつながった叔父と甥なのだから。
なによりも俺は妻以外には全く興味がない。
俺たちに血のつながりがあることは、世間ではあまり知られていない。
さすがに高位貴族の方々はご存じだろうが。
母は、生まれつき身体が弱く、王立学園にも通わず、社交会デビューもしていなかったから。
そして、公爵家居城の奥深くに身を置き、年頃になっても婚約者はいなかった、深窓の令息だ。
たまたまリード領にしか自生しない薬草を求めて、それをきっかけに、偶然父と出会ったのだ。
「しかし、エルヴィー殿。幻影魔法なんて、本当にあるのだな……」
ルヴィーは天才だから、ね。
「閣下、あれは、」
今まで黙っていた妻が、口を開く。
「あれは、彼の願望を見せるようにしました」
「……そうか」
「『閣下がライアンに抱かれている姿』、そこだけを術式に組み込み、それ以外の具体的な体位や、喘ぎ声、顔の表情、情事の進行や段取りは、己が望むものが見えるように……」
お、おぉ?!そ、そうなんだ?!……ルヴィー、すごいな。
「ははは、そうか……。ああ、なんて面白いんだ。一体、私はイーデンの願望の中で、どんなふうに善がっていたのだろうね?……ふふふ」
閣下は笑むと、再び葉巻を優雅に指で挟み、深く吸い込んだ。
「ほんと、よく許しましたよね、叔父上」
「そうだな」
ゆっくりと吐き出された煙は、彼の唇から滑り出るように、静かに漂い始める。
「きっと私は、……彼に自覚してほしかったんだよ」
何を? という無粋な質問はしない。
「彼が本当に愛しているのは、誰なのかを」
まあ、予想通りの結果でしたけどね……。
「その相手と、最期を迎えるまでのひとときを、幸せに過ごしてほしかったからね」
そう、女神アステリアが死ぬと断言したのだから、まさか治癒魔法で完治するとは思わなかった。
イーデンの性癖・性嗜好。
『性交るよりも、他人が性交っているのを見て興奮する』
でも、それだけではなかった。
『興奮している自分を見られることで、さらに興奮する。それが好意を持つ相手であれば尚更!』
叔父上は恐らくそこに気付いたのではないだろうか?
マルセルは優秀な従者兼護衛だが、元は王家の影で、わが国最強の闇魔法の使い手だ。
それを叔父上が破格の待遇で引き抜き、彼の専属にした。おそらく護衛として彼の右に出る者はいないだろう。
マルセルが目立たないようにしている様子は、徹底的だった。
彼はいつも、足音を立てない。存在感が薄いというか、気づけばいつの間にか傍にいる、そんな感じだ。
彼は、身なりも地味にしているが、それも全て計算だろう。さらに、隠蔽の魔法を自らにかけて、まるで背景の一部になったかのように振る舞っていた。
だがイーデンにとって、マルセルの存在は、背景ではなかったのだ。
「あの二人が互いを意識しているのは、なんとなく分かってはいたんだがね……」
やはり、気付いていたんだな…。
「おかげで、すっきりしたよ」
「……そうですか」
「私の気持ちも、ね」
「……?」
「私の、イーデンへの気持ちが、父性愛か、家族愛か、友愛か、それとも…亡くなった兄への思慕なのか…」
「…………」
「ずっと、それが……分からなかったのだ」
彼の落ち着いた呼吸に合わせ、紫煙は緩やかに流れ、時間がゆっくりと進んでいるかのような錯覚を与えた。
「多分、その全てだ」
「そう、ですか……」
「ああ」
「叔父上、小動物愛も、追加しましょう?」
「はは、そうだね。きっと、それら全ての感情が、斑に共存している」
「人の感情なんて、白と黒だけでは説明つきませんからね」
「そうだな。…でも今は――」
長身の閣下の仕草は、洗練された大人の余裕が感じられ、応接室は静かに葉巻の香りが漂い続ける。
「大好きだった兄が、リード家に嫁いだときの心境に似ているな。……なんだか懐かしくてね。それでいて幸せで、でも少し寂しくもある……」
叔父上は無表情のままどこか遠くを見つめている。
昔から、こうやって過去に思いを馳せることが多い人だった。
そう、でも、きっと。
天国で母も喜んでいるに違いない。
大切な人を守り抜き、幸せになるよう後押しした叔父上は、誰よりもカッコよかったのだから。
たとえ彼に、どんな性癖があろうとも。
「――っ?俺の母にですか?」
彼は確かに愛らしい容姿をしているが、母のような絶世の美形という訳でもない。この国ではよく見かける茶髪・茶瞳の持ち主で、閣下も母も同じ色をしている。小柄な体型とその色以外には、特に母チェスターとの共通点は見当たらないのだが……。
「ああ。小柄でちょこまかと動くところ、とか」
「毎日、居城を散策していたそうですね」
彼は好奇心が旺盛なのか、まるで小動物のようにちょこまかと、楽しそうに居城敷地内を見て回っていた。飽きることもなく毎日のように。
「興味のないことには、とことん鈍感なところ、とか」
「身柄を狙われていたことに、気付いてなかったですし」
「一旦、寝たら何があっても起きないところ、とか」
「寝てる間に誘拐されかけても、起きなかったそうですね」
「素直で思い込みが激しいところ、とか」
「俺と叔父上が付き合ってた噂も、信じてました」
「突然、突拍子もないことを言いだすところ、とか」
「夫が他の男に性交られてる姿を見たいなんて……ね」
「ははは、そうだねぇ」
叔父上はイーデンと過ごした日々を思い出したのか、楽しげに笑みを浮かべた。
「でも、なによりもね。……どんな状況にあっても、その日を大切に、楽しみながら過ごしている姿がね。……兄もそんな人だった」
徹底した軟禁状態であったにも関わらず、彼はこの3年間、それはもう楽しそうであったとか。
「ああ、その点については、全く同感です」
母もまた、毎日を慈しむように、楽しげに過ごしていた。
俺は母の笑顔しか思い出せない……悩んだり、怒ったり、悲しんだ顔を全く知らないくらいだ。
「でも、叔父上。彼を守るだけなら、死んだことにするだけで、良かったのでは?」
「……」
「なにも、俺と乳繰り合ってる幻影を見せなくても?!」
「あぁ。そうだな」
そう、あの日のアレは幻影だ。
ルヴィーの魔法が作り出した、架空の映像。
実際に俺と閣下が性交る訳がない。だって、血のつながった叔父と甥なのだから。
なによりも俺は妻以外には全く興味がない。
俺たちに血のつながりがあることは、世間ではあまり知られていない。
さすがに高位貴族の方々はご存じだろうが。
母は、生まれつき身体が弱く、王立学園にも通わず、社交会デビューもしていなかったから。
そして、公爵家居城の奥深くに身を置き、年頃になっても婚約者はいなかった、深窓の令息だ。
たまたまリード領にしか自生しない薬草を求めて、それをきっかけに、偶然父と出会ったのだ。
「しかし、エルヴィー殿。幻影魔法なんて、本当にあるのだな……」
ルヴィーは天才だから、ね。
「閣下、あれは、」
今まで黙っていた妻が、口を開く。
「あれは、彼の願望を見せるようにしました」
「……そうか」
「『閣下がライアンに抱かれている姿』、そこだけを術式に組み込み、それ以外の具体的な体位や、喘ぎ声、顔の表情、情事の進行や段取りは、己が望むものが見えるように……」
お、おぉ?!そ、そうなんだ?!……ルヴィー、すごいな。
「ははは、そうか……。ああ、なんて面白いんだ。一体、私はイーデンの願望の中で、どんなふうに善がっていたのだろうね?……ふふふ」
閣下は笑むと、再び葉巻を優雅に指で挟み、深く吸い込んだ。
「ほんと、よく許しましたよね、叔父上」
「そうだな」
ゆっくりと吐き出された煙は、彼の唇から滑り出るように、静かに漂い始める。
「きっと私は、……彼に自覚してほしかったんだよ」
何を? という無粋な質問はしない。
「彼が本当に愛しているのは、誰なのかを」
まあ、予想通りの結果でしたけどね……。
「その相手と、最期を迎えるまでのひとときを、幸せに過ごしてほしかったからね」
そう、女神アステリアが死ぬと断言したのだから、まさか治癒魔法で完治するとは思わなかった。
イーデンの性癖・性嗜好。
『性交るよりも、他人が性交っているのを見て興奮する』
でも、それだけではなかった。
『興奮している自分を見られることで、さらに興奮する。それが好意を持つ相手であれば尚更!』
叔父上は恐らくそこに気付いたのではないだろうか?
マルセルは優秀な従者兼護衛だが、元は王家の影で、わが国最強の闇魔法の使い手だ。
それを叔父上が破格の待遇で引き抜き、彼の専属にした。おそらく護衛として彼の右に出る者はいないだろう。
マルセルが目立たないようにしている様子は、徹底的だった。
彼はいつも、足音を立てない。存在感が薄いというか、気づけばいつの間にか傍にいる、そんな感じだ。
彼は、身なりも地味にしているが、それも全て計算だろう。さらに、隠蔽の魔法を自らにかけて、まるで背景の一部になったかのように振る舞っていた。
だがイーデンにとって、マルセルの存在は、背景ではなかったのだ。
「あの二人が互いを意識しているのは、なんとなく分かってはいたんだがね……」
やはり、気付いていたんだな…。
「おかげで、すっきりしたよ」
「……そうですか」
「私の気持ちも、ね」
「……?」
「私の、イーデンへの気持ちが、父性愛か、家族愛か、友愛か、それとも…亡くなった兄への思慕なのか…」
「…………」
「ずっと、それが……分からなかったのだ」
彼の落ち着いた呼吸に合わせ、紫煙は緩やかに流れ、時間がゆっくりと進んでいるかのような錯覚を与えた。
「多分、その全てだ」
「そう、ですか……」
「ああ」
「叔父上、小動物愛も、追加しましょう?」
「はは、そうだね。きっと、それら全ての感情が、斑に共存している」
「人の感情なんて、白と黒だけでは説明つきませんからね」
「そうだな。…でも今は――」
長身の閣下の仕草は、洗練された大人の余裕が感じられ、応接室は静かに葉巻の香りが漂い続ける。
「大好きだった兄が、リード家に嫁いだときの心境に似ているな。……なんだか懐かしくてね。それでいて幸せで、でも少し寂しくもある……」
叔父上は無表情のままどこか遠くを見つめている。
昔から、こうやって過去に思いを馳せることが多い人だった。
そう、でも、きっと。
天国で母も喜んでいるに違いない。
大切な人を守り抜き、幸せになるよう後押しした叔父上は、誰よりもカッコよかったのだから。
たとえ彼に、どんな性癖があろうとも。
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