ヒリキなぼくと

きなり

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ヒリキなぼくとプラモと小田切先生

新しい趣味?

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 生活の楽しみはどこにもない。真っ暗だ。でも、このごろ楽しいと思うことができた。ティラチョコ以外でだ。

 ぼくの行く『東上スクール 根間駅前校』は、家の最寄り駅、江村橋駅から電車に乗り三つ先、根間駅から徒歩5分のところにある。Sクラスは、江村橋校にはないので、根間駅前校まで行かなければならない。

 塾の二本手前の道の奥に店があることに気がついたのは、偶然だった。帰り道、その狭い道をふと見ると、奥に『HOBBYSHOP MIYA』と光る看板があった。虫が光にすい寄せられるように看板にひかれ、足を伸ばしてみた。帰るだけだったし、気になってしまったから。

 その店は、それほど大きくはない。ぼくが横に手を広げても、四人分くらいの長さしかない小さな店だけど、奥行はありそう。表のぴかぴかしているショーウィンドウに飾られているガンロボは、たたかいの後って感じで汚れている。リアルだ。

 目をこらすと、奥の棚には、模型の箱が積み重なっている。宝の山のように感じた。

 メカ系のアニメや特撮が好きだった。亡くなった父方のおじいちゃんが、幼稚園の頃、超合金ロボを誕生日に買ってくれたのがきっかけだったかもしれない。プラモデルの存在も、おじいちゃんが教えてくれた。けれど、一回も作ったことはない。おじいちゃんは亡くなってしまったから。

 どうやったら、あんなスゴいものが出来るのかも、教えてくれなかった。その後、遊びを禁じられてしまったから、アニメや特撮もあまりくわしくない。

 だけど、このプラモデル屋に出会って、自分のギアが入った。見ているだけで楽しい。

     ◇   ◇ 

 店を発見して一週間。そのうち、塾がある5日間、毎日、早めに来て、ショーウィンドウをながめる。

 雨の日も晴れの日も、疲れていても行く。何かしら発見できるからだ。じっくり観察すると、毎回発見がある。所どころさびた塗装やわざと壊れさせたメカ。戦闘直後の生々しさがよくわかる。単に作っただけのではなく、時間や場面さえ想像できる。こんなのどうやって作るんだろう。

 作ってみたい。長い時間、見ていても飽きない。想像力がふくらんでいくのが、自分でもよくわかった。

 ポンと肩がたたかれた。振り向くと、塾のチューター、小田切先生だった。

 チューターとは、塾で色々な相談にのってくれる生徒のサポーター的役割の人だ。塾の細々とした仕事をし、成績を見ながら、アドバイスをしてくれる大学生。それも東京大学の現役生という、受験生にとって超スペシャルなおまけつき。めちゃくちゃ頭がいいということだけは確か。他の先生が病欠した時など補助で教えてもくれる。正直、専科の先生より教え方がうまいような気がする。

「プラモ、興味があるんでしょ」
と、声をかけられた。

「いや、あの」

 ついもじもじしてしまった。いつも冷静に対応する自分は、そこにはいない。隠している恥ずかしい部分を見られたような、何とも言えない気分になった。

「この店は、行きつけなんだ」と、小田切先生は、めずらしく笑った。

 驚いた。そんな笑顔を見たことがなかったから。いつも銀フレームのメガネをついと上げて、「85点以下。追試ね」と事務的に言う印象しかなかった。

 小田切先生は、冷たい印象があるけど、人気がないわけではない。生徒にこびない、クールな人。細ぶちの眼鏡をかけ、細身。服装もかっちりしていて、ボタンダウンのシャツにネクタイをいつもしめている。他のチューターが、ラフな格好なのとは対照的だ。

 問題につまずいたり、メンタル的にやばかったりした時には、適度に距離をとりながらも、具体的な方法を教えてくれる。頼れるチューターだ。

「5日連続で来るんだから、冷やかしじゃないよね。好きなのはわかったよ。一緒なら、店、入れるだろ」

 先生は、年季の入った重そうな店の扉に手をかけた。
 
 店に入ると、ぷうんと鼻に突きぬけるような化学薬品の強烈なにおいがした。接着剤のにおいだ。

「新しいお客連れてきたよ」

 白髪まじりの少し太めのおじさんに先生は話しかけた。

「ああ毎日見に来てくれている子か。声をかけようかなと思ってたんだ。小田切くん、ありがとね。はじめまして。店主の宮野です」

 宮野さんは、子どものぼくに丁寧にあいさつをしてくれた。優しそう。

 お金がないであろう子どもにきちんとした扱いをしてくれる大人なんて、そんなに多くはいない。

「小田切くん2号だね。彼も君くらいの時からずっと来てくれているんだよ」

「こんにちは。渋谷ひびきです。小学5年生です」
と、答えた。緊張しているのか、汗がぶわっと出た。何かのオーディションを受けている気分。宮野さんは、わかっているよという顔で笑いかけてくれた。

 見上げると、店内には、スチール製の棚にプラモデルの箱が山のように積み上げられていた。どのくらいの量が、この店の中につまっているのだろうか。『ガンロボ』『戦艦』『戦闘機』などなど、丁寧にパネルが飾られている。その多さに思わずのけぞった。

「気に入った?」

 小田切先生は、目うつりしてきょろきょろ見ているぼくの肩に手を置いた。

「とっておきがあるんだ。時間がまだあるから見てみる?」

 先生は、そう言うと、レジ脇の細い通路へと向かった。

「こっちだよ」

 大人一人が通れる幅の通路をおそるおそる進んだ。その先には、縦に四つほどの机が並あった。その机の後には、何やらツボらしきものや食器乾燥機などが雑然と並んでいる。一体何に使うんだろう。

「ここは、どういう場所なんですか?」

「プラモを作る工房さ。必要な機材を時間単位で貸してくれる。初心者コースもあるよ」
と、教えてくれた。

 うっわ、すごい。何に使う機材かはわからないけど、この機材があれば、あのショーケースにあった世界が作れるのか。

「作ってみる?」

 いやいやいや、無理、無理。時間もお金もないもん。それに作り方も知らないし。それに、何より、受験まで、あと1年半しかない。そんな時間、どこにあるのさ。

「…時間ないし」

「そうかな。作ってみれば? 教えてあげるし、ストックしているプラモがあるから、あげるよ」

 そんな都合のいい話あるのか。何も返せない。おいしい話には裏があるに決まっている。全力で否定するように手を横にふった。

「いやならいいんだ。でも、時間に余裕がある今なら挑戦するのも、ありじゃない?」

 小田切先生は、共犯だよとでもいうように、にやりと笑った。それはないでしょ。時間なんて。お金もないしさ。やってみたいという気持ちもないこともないけど…。

「時間、ぎりぎりだね。考えておいて」

 そう先生は軽く言って、時計を確認した。

     ◇   ◇
 
 ここ1年で自分が変わったのは、コスパを考えるようになったことだ。コスパとは何か。コストパフォーマンスという。自分のお金や時間に見合った価値が、物やサービスにあるかという意味だ。ネットで知った。

 プラモを見ていたいという気持ちはある。作ってみたいという気持ちもある。だけど、時間は無限じゃない。勉強の時間を削ってまでやりたいことなのか。わからない。受験に不利にならないかな。時間は? お金は? 母親には言えない。部屋にプラモは置けない。それなのに作る価値なんてあるのかな。

 一番の問題なのは、ぼくがそんなに器用な人間じゃないってことだ。

 はっきり言おう。自信がない。いつも足を引っぱる成績は、図画工作と体育。通知表の成績は、ほとんどAだけど、図画工作と体育だけはBマイナスが精いっぱい。この二つは、成績上、だいたいいつもネックとなる課目だ。

 絵の具で絵をぬるとはみ出す。工作物もぐしゃぐしゃで、うまく仕上げられない。そんな人間がプラモを作れるのかな。それなのに、つい目が引きよせられてしまう。同時に思う。貴重な時間を使う価値があるのかって。

「今は、無料でいいよ」とは言ってくれたけど、「今は」って言葉が引っかかる。今だけだ。結局、お金はかかる。ヒリキな小学生がどうやってお金を作るんだよ。

 自分の手元にあるお金を考えてみる。毎日の弁当代の700円。飲み物買って、コンビニで何か買えば、すぐになくなる。節約する方法は? ふと佐伯方式を考えてみた。半額で弁当買って、水道水を飲めば、お金的には、もしかしたらいけるんじゃね。母親はレシート見ることもないし、大丈夫かも。

 時間は? 塾の自習室に通う、小田切先生に勉強教えてもらうとか、適当に言えば、家を出られるか。

 工作の実力とお金と時間を含めたコスパ問題がぐるぐると頭の中をかけめぐる。確認テスト中にも関わらず、考えこんでしまった。

「渋谷、集中しろ」

 小田切先生に注意されてしまった。

「先生のせいじゃん!」と思わず、言い返したくなった。言わないけど…。先生が誘わなきゃ、こんなことを考える必要なかったのに。その日の授業は散々で、確認テストは再試験となった。あ~あ。
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