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ヒリキなぼくと作文と佐伯
佐伯とのこと
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佐伯を見た瞬間、浮かんだ言葉は、「面倒」。もうさ、好きでもない人と話すとか、あいさつするなんて、本当にうざい。ていうか、コミュニケーションをとっていないクラスメイトに声をかけるなんて、ムダなことだよな。
シカトしようと決めて、お菓子売り場へと向かおうとしたけど、佐伯の後を通らなきゃ、買えない。どうするかためらっていると、佐伯が赤い半額シールが貼ってある弁当をつかんで、そそくさとレジに持っていくのが見えた。
ホッとして、ぼくもいつもの売り場に向かう。ティラチョコを手に取り、レジに行く。
佐伯が、レジ横の備えつけの電子レンジで弁当を温めているのが見えた。こうなると、声をかけないのも不自然だ。
「今、晩ご飯?」
無難な言葉をかけると、佐伯はふり向き、ぶっきらぼうにうなずいた。驚いていないところをみると、彼もぼくに気がついていたに違いない。
「弁当、半額だから。塾帰り?」
反対に質問された。返事をする暇もなく、レンジがチンと鳴った。
ぼくの返事も聞かず、佐伯は、温まった弁当をそのままつかんだ。「熱くないんかい」とつっこみたくなる。こういうところが、ガサツっていうか、佐伯が浮く原因の一つだよなと考えてしまった。まあ、自分も人のことを言えないけどさ。そして、不本意だけど、佐伯のあとにつくようにスーパーを出ることになった。
すると、入口の脇、自動販売機のすぐ横の少しさびたベンチに佐伯はどさっと座った。えっと思ったら、そのまま何も言わず、弁当のビニールを破り始めた。
「ここで食べるの?」
思わず声を出た。びっくりだ。弁当って、家で食べるもんじゃないのか? いや、ぼくも塾で同じことしてるけどさ。
佐伯は、なぜ当たり前のことを聞いているんだとでも言いそうな顔をしていた。
「家帰ってからだとゴミが出る。ここで食べれば、それがない」とだけ言った。
そして、から揚げをぽんと口に放りこみ、がつがつと二、三口で飲みこんだ。
ちょっと見直した。ぼくより断然生活能力がある。それにエコだ。半額の弁当を買い、家からゴミを出さないようにするなんて、考えたこともない。
塾での夕飯は、ぼくもコンビニ弁当だ。毎日、母親からもらう700円で好きなものを買っている。弁当って、時間が遅くなると、半額になるのか。そんなことも知りもしなかった。佐伯って、けっこう頭がいいのかも。思わず、隣に座った。
「宿題の作文、やった?」
つい聞いてしまった。このよくわけがわからない、生活力だけはありそうな同級生が、将来について何を考えているのかつい気になって、たずねてみた。
佐伯は、頭を横に振った。
「書いていない。将来に興味ないから」
そう言うと、佐伯は、また弁当に向き合い始めた。興味がないってさ。まあ宿題やらなくても、少しくらい成績が悪くても、自分の人生だ。いいんじゃねとは思う。「成績の鬼」ってかげ口をたたかれている自分が言うセリフでもないけどさ。
ぼくも意味のない、気持ちもない、うその作文なんて、本当は書きたくない。大人からほめられるから、そういう作文を出すだけだ。求められているものを提供すれば、先生たちは喜んでくれる。要するにギブアンドテイク。先生たちは、いい学校に行った生徒を増やしたい。生徒は、ほめられたい。だから、そうしているだけだ。
佐伯は素直で自由だよな。少しうらやましい。興味がないなんて、ぼくには言えない。からあげの油ぎったにおいをかぎながら、そう思った。
なぜか佐伯から目が離せなかった。すると、はしを落とした。地面に落ちたはしを拾おうすると、少し丈の短い、色あせたTシャツの裾がまくりあがった。腹や背中に青や茶色のアザのようなものが見えた。
「何? アザ?」
思わず声が出た。治りかけの茶色のものから出来たてと思われる青いものまで、いくつものアザがあった。
「けんかでもしたの?」
と、つい聞いてしまった。
佐伯のどんぐりのような大きな目が一瞬のうちにつり上がり、にらみつけられた。思わず、はっと息をのんだ。黒くつややかな瞳に吸いこまれそうだ。怖い。思わず身をすくめてしまった。よけいなことは言うなということ? こんな目で見られたのは、生まれて初めてだった。
そして、佐伯は何も言わず、落ちたはしをそのまま使い、付け合わせのポテサラに手をつけ始めた。
アザのことを聞かれるのが、そんなにいやなのかな。隠したいことでもあるのか? 言葉や態度から考えると、佐伯は不良になりそうなタイプかも。学校でしゃべらないし、けんかしている姿も見たことがない。かっこいいけど、佐伯には近寄るなオーラがまとわりついていた。そして、他人をにらみつける目、やばかった。
それからの佐伯は、横にいるぼくをまったく見ようとしなくなった。何かを見ているようで見ていない。それがよけいに身をすくませる。だけど、気になる。
だまったままじっとしていると、佐伯はそのまま立ち上がって、「じゃあな」とだけ言った。そして、ぼくを置いて、そのまま帰っていってしまった。
◇ ◇
「宿題出して。はい。あれ、佐伯くん宿題は?」
4時間目の国語の授業が終わると、遠藤先生は、おとといの宿題の作文を次々に回収していった。
「書いてません」
ぼくの前の席にいる佐伯は堂々とそう言うと、原稿用紙を先生に乱暴に渡した。
横目で原稿用紙を見ると、ほとんど空白で、乱暴な字で大きく『なし』という二文字だけが大きく乱暴な字で書かれている。あまりにも面白すぎる。ついぷっと吹いてしまった。
遠藤先生は、ぼくのほうをちらっと見た後、すぐに佐伯に向かって、
「作文が書き終わらなければ、居残りだからね」
と、吐き捨てるように言った。そして、教室を出て行った。
どうするんだと思って、そのままながめていた。先生がいなくなると、原稿用紙を持ち、佐伯はゴミ箱のほうに向かって、歩き始めた。
何をするつもりだ。原稿用紙を捨てる? うわ、信じられねえ。やっちゃったよ、まじか。スーパーの時のことといい、佐伯はちょっと変わってる。本当に自由なやつだ。
「おい、そんなことしたって、また原稿用紙渡されて、エンドレスだぜ」
捨てようとした寸前、佐伯につい声をかけてしまった。
「書けないものは、書けない。それに書きたくもない」
そうぼくにだけ聞こえるようにぼそぼそと話した。そうはいっても、授業参観の作文は書かないと。宿題は宿題だ。それに、遠藤先生はキレるとまずい。
宿題をしてこなかった生徒に、数週間、きつくあたっていたことがあった。へびのように執念深い。
佐伯は、ぶっきらぼうなわけじゃなく、単に不器用なのかも。もう少しうまく先生や同級生を味方にすることを考えればいいのに…。自由で不器用で素直。ぼくにはないものだ。同時に、昨日の佐伯のつりあがったあの怖い目を思い出していた。つい声をかけてしまっていた。
「どうする? てきとーに作文を書くコツくらいは教えてやってもいいよ」
自分でも思ってもみない言葉がするっと出てきた。普段ならスルーするのに、つい手伝ってやろうとだなんて…。しかも、この上から目線。ぼくもたいがいいやなやつだ。
でも、そのくらい上から目線じゃないと、佐伯に対抗できない気がした。佐伯も、そんな助け舟が出るとは思わなかったのだろう。目があちこち飛んだ。そして、言った。
「教えられてもいいよ」
何だ。ぼくより上の、上から目線。笑いがこみあげた。佐伯には、いちいち上とか下とか気にする必要ないかも。人のために動くのは久しぶりかな。勉強以外のミッションに、なぜか胸がおどった。
◇ ◇
今日も塾だ。ぼくに残された時間は、休み時間2回の30分と昼休みの45分だけだ。塾があるから、放課後に手伝うことはできない。タイムリミットは、1時間ちょっとあればいいほうか。
佐伯に根本的な問い、「将来の夢」について聞いてみた。
「何もない。おれみたいな夢のないやつには、こういう作文は書けない」
かたくなにノーと言い続ける佐伯にうんざりする。素直だと思ったけど、撤回する。頑固なやつだ。
「本当のことをばか正直に書かなくてもいいんだって。将来のことを考えるなんて、だいぶ先だし。好きなことや面白いと思うことを思い浮かべて、それに関わりたいと書けばいいんだ。例えば、親の職業を継ぎたいとか…」
と、塾で教えられたことを、そのままそっくり佐伯に言ってみた。この方式で作文を書けば、わりかし簡単にできる。
「やだ。絶対に親父みたいにはなりたくない」
『絶対に』のところに力が入っている。かたくなに拒否をする。何か問題がある父親なのかな。興味がわく。ちょっとつっこんでみようか。
「お父さん、無職?」
いつもボロい恰好をしているせいか、ついそう思ってしまう。もしそうなら、親の職業から将来の夢について、書けないだろう。余計なことを言ったか。踏みこみすぎてないか。ぼくは、佐伯に興味があるのかな。
少し間をおいて、佐伯はぼそっと言った。
「…警察官。けど、あんな人間にはなりたくない」
あんな人間って…。ひどい言い方するな。でもなあ、ぼくも同じようなものか。母親のことは言われたくない。一緒だ。とりあえずスルーしてみる。
「じゃあ、好きなことは? 何でもいいから、ゲームとかさ、何かない?」
次の方式を使ってみようか。こうやって佐伯の好きなものを探るなんて、シャーロックホームズにでもなった気分だ。
「うちにゲームはないし、テレビも禁止」
ぼくと一緒だ。受験が決まってから、ゲームやテレビを見ることができなくなった。やっぱり同類かも。おたがいつまらない小学生ライフを送ってるな。佐伯に同情したくなってきた。ぼくもそう変わらないけどさ。ぼくって、かわいそう。
そして、しばらく考えこんだ後、佐伯はぽそっと言った。
「…ダンス、好きなんだ」
佐伯の顔が少し赤くなった。ちょっとかわいい。新情報に新表情だ。そういえば、体育のダンスの授業、佐伯の体の動きには、キレがあった。女子が騒いでいた記憶がある。とりあえず作文の糸口は見つかった。これでいけるかな。
「それ、書きなよ」
「書けん。どうやるのかもわからん」
頭が痛い。まじか。お前、どこまで世話がやけるんだ。
「ダンスの情報プリーズ。書き方、教えるから」
そう言うと、佐伯はためらいながらも教えてくれた。小さい時、公民館の親子ダンス教室に行って、わくわくしたこと。授業で一番楽しいのは、ダンス。だんだん興味がわいてきた、など。だんだん笑顔になってきた。本当に好きなのが伝わってきた。
佐伯は運動神経がよい。クラスの中でずばぬけてよい。ぼくは…、あまりよくない。
5月末にあった運動会で、花形競技、組別リレーの選手に佐伯は抜てきされた。確か前の二人を抜いてトップになったんじゃなかったっけ。めちゃくちゃ早かった。イケメンだし、スポーツ万能だし、本当ならモテるはず。けれど、それを上回るひどい態度で裏目に出ている。残念なやつ。きっかけさえあれば、クラスでうまくやれるのに。人のことは言えないけどさ。女子に人気があるなら、それはそれでやれるのに。
「じゃあ、こうね。『ぼくには、夢がない。しかし、興味があることがある。それは~』で始める。いいか、そのまま書け」
佐伯は、書き始めた。
「そうそう。それで、『身体を動かすことです。』はい、そこで行変えて、『小さなころ、ダンス教室に通っていました。そこで体を動かす楽しさを知りました。』ほら、そのまま書けよ。それで楽しかった思い出あるか?」
佐伯は、ぼくに言われるまま書いていく。原稿用紙のマス目がどんどん埋まっていく。
人を動かすって楽しい。権力者はこういう気分なのか? ちょっと偉ぶった気持ちを味わいながら、昼休みの時間はすぎていく。雨が上がって、少し明るくなってきたようだ。
「はいここで、『将来は、わかりませんが、ダンスができる仕事に興味があります。』とか希望を書いて。自分のしたいことを書く。そうそう、『ダンスを習いたい。』でいいよ」
フィニッシュ。昼休みだけで、原稿用紙1枚分の作文をなんとか書き終わらせた。作文を書かせる天才かも。教える才能あるんじゃね。そういうことを自慢する友だちはナッシングだけどさ。
シカトしようと決めて、お菓子売り場へと向かおうとしたけど、佐伯の後を通らなきゃ、買えない。どうするかためらっていると、佐伯が赤い半額シールが貼ってある弁当をつかんで、そそくさとレジに持っていくのが見えた。
ホッとして、ぼくもいつもの売り場に向かう。ティラチョコを手に取り、レジに行く。
佐伯が、レジ横の備えつけの電子レンジで弁当を温めているのが見えた。こうなると、声をかけないのも不自然だ。
「今、晩ご飯?」
無難な言葉をかけると、佐伯はふり向き、ぶっきらぼうにうなずいた。驚いていないところをみると、彼もぼくに気がついていたに違いない。
「弁当、半額だから。塾帰り?」
反対に質問された。返事をする暇もなく、レンジがチンと鳴った。
ぼくの返事も聞かず、佐伯は、温まった弁当をそのままつかんだ。「熱くないんかい」とつっこみたくなる。こういうところが、ガサツっていうか、佐伯が浮く原因の一つだよなと考えてしまった。まあ、自分も人のことを言えないけどさ。そして、不本意だけど、佐伯のあとにつくようにスーパーを出ることになった。
すると、入口の脇、自動販売機のすぐ横の少しさびたベンチに佐伯はどさっと座った。えっと思ったら、そのまま何も言わず、弁当のビニールを破り始めた。
「ここで食べるの?」
思わず声を出た。びっくりだ。弁当って、家で食べるもんじゃないのか? いや、ぼくも塾で同じことしてるけどさ。
佐伯は、なぜ当たり前のことを聞いているんだとでも言いそうな顔をしていた。
「家帰ってからだとゴミが出る。ここで食べれば、それがない」とだけ言った。
そして、から揚げをぽんと口に放りこみ、がつがつと二、三口で飲みこんだ。
ちょっと見直した。ぼくより断然生活能力がある。それにエコだ。半額の弁当を買い、家からゴミを出さないようにするなんて、考えたこともない。
塾での夕飯は、ぼくもコンビニ弁当だ。毎日、母親からもらう700円で好きなものを買っている。弁当って、時間が遅くなると、半額になるのか。そんなことも知りもしなかった。佐伯って、けっこう頭がいいのかも。思わず、隣に座った。
「宿題の作文、やった?」
つい聞いてしまった。このよくわけがわからない、生活力だけはありそうな同級生が、将来について何を考えているのかつい気になって、たずねてみた。
佐伯は、頭を横に振った。
「書いていない。将来に興味ないから」
そう言うと、佐伯は、また弁当に向き合い始めた。興味がないってさ。まあ宿題やらなくても、少しくらい成績が悪くても、自分の人生だ。いいんじゃねとは思う。「成績の鬼」ってかげ口をたたかれている自分が言うセリフでもないけどさ。
ぼくも意味のない、気持ちもない、うその作文なんて、本当は書きたくない。大人からほめられるから、そういう作文を出すだけだ。求められているものを提供すれば、先生たちは喜んでくれる。要するにギブアンドテイク。先生たちは、いい学校に行った生徒を増やしたい。生徒は、ほめられたい。だから、そうしているだけだ。
佐伯は素直で自由だよな。少しうらやましい。興味がないなんて、ぼくには言えない。からあげの油ぎったにおいをかぎながら、そう思った。
なぜか佐伯から目が離せなかった。すると、はしを落とした。地面に落ちたはしを拾おうすると、少し丈の短い、色あせたTシャツの裾がまくりあがった。腹や背中に青や茶色のアザのようなものが見えた。
「何? アザ?」
思わず声が出た。治りかけの茶色のものから出来たてと思われる青いものまで、いくつものアザがあった。
「けんかでもしたの?」
と、つい聞いてしまった。
佐伯のどんぐりのような大きな目が一瞬のうちにつり上がり、にらみつけられた。思わず、はっと息をのんだ。黒くつややかな瞳に吸いこまれそうだ。怖い。思わず身をすくめてしまった。よけいなことは言うなということ? こんな目で見られたのは、生まれて初めてだった。
そして、佐伯は何も言わず、落ちたはしをそのまま使い、付け合わせのポテサラに手をつけ始めた。
アザのことを聞かれるのが、そんなにいやなのかな。隠したいことでもあるのか? 言葉や態度から考えると、佐伯は不良になりそうなタイプかも。学校でしゃべらないし、けんかしている姿も見たことがない。かっこいいけど、佐伯には近寄るなオーラがまとわりついていた。そして、他人をにらみつける目、やばかった。
それからの佐伯は、横にいるぼくをまったく見ようとしなくなった。何かを見ているようで見ていない。それがよけいに身をすくませる。だけど、気になる。
だまったままじっとしていると、佐伯はそのまま立ち上がって、「じゃあな」とだけ言った。そして、ぼくを置いて、そのまま帰っていってしまった。
◇ ◇
「宿題出して。はい。あれ、佐伯くん宿題は?」
4時間目の国語の授業が終わると、遠藤先生は、おとといの宿題の作文を次々に回収していった。
「書いてません」
ぼくの前の席にいる佐伯は堂々とそう言うと、原稿用紙を先生に乱暴に渡した。
横目で原稿用紙を見ると、ほとんど空白で、乱暴な字で大きく『なし』という二文字だけが大きく乱暴な字で書かれている。あまりにも面白すぎる。ついぷっと吹いてしまった。
遠藤先生は、ぼくのほうをちらっと見た後、すぐに佐伯に向かって、
「作文が書き終わらなければ、居残りだからね」
と、吐き捨てるように言った。そして、教室を出て行った。
どうするんだと思って、そのままながめていた。先生がいなくなると、原稿用紙を持ち、佐伯はゴミ箱のほうに向かって、歩き始めた。
何をするつもりだ。原稿用紙を捨てる? うわ、信じられねえ。やっちゃったよ、まじか。スーパーの時のことといい、佐伯はちょっと変わってる。本当に自由なやつだ。
「おい、そんなことしたって、また原稿用紙渡されて、エンドレスだぜ」
捨てようとした寸前、佐伯につい声をかけてしまった。
「書けないものは、書けない。それに書きたくもない」
そうぼくにだけ聞こえるようにぼそぼそと話した。そうはいっても、授業参観の作文は書かないと。宿題は宿題だ。それに、遠藤先生はキレるとまずい。
宿題をしてこなかった生徒に、数週間、きつくあたっていたことがあった。へびのように執念深い。
佐伯は、ぶっきらぼうなわけじゃなく、単に不器用なのかも。もう少しうまく先生や同級生を味方にすることを考えればいいのに…。自由で不器用で素直。ぼくにはないものだ。同時に、昨日の佐伯のつりあがったあの怖い目を思い出していた。つい声をかけてしまっていた。
「どうする? てきとーに作文を書くコツくらいは教えてやってもいいよ」
自分でも思ってもみない言葉がするっと出てきた。普段ならスルーするのに、つい手伝ってやろうとだなんて…。しかも、この上から目線。ぼくもたいがいいやなやつだ。
でも、そのくらい上から目線じゃないと、佐伯に対抗できない気がした。佐伯も、そんな助け舟が出るとは思わなかったのだろう。目があちこち飛んだ。そして、言った。
「教えられてもいいよ」
何だ。ぼくより上の、上から目線。笑いがこみあげた。佐伯には、いちいち上とか下とか気にする必要ないかも。人のために動くのは久しぶりかな。勉強以外のミッションに、なぜか胸がおどった。
◇ ◇
今日も塾だ。ぼくに残された時間は、休み時間2回の30分と昼休みの45分だけだ。塾があるから、放課後に手伝うことはできない。タイムリミットは、1時間ちょっとあればいいほうか。
佐伯に根本的な問い、「将来の夢」について聞いてみた。
「何もない。おれみたいな夢のないやつには、こういう作文は書けない」
かたくなにノーと言い続ける佐伯にうんざりする。素直だと思ったけど、撤回する。頑固なやつだ。
「本当のことをばか正直に書かなくてもいいんだって。将来のことを考えるなんて、だいぶ先だし。好きなことや面白いと思うことを思い浮かべて、それに関わりたいと書けばいいんだ。例えば、親の職業を継ぎたいとか…」
と、塾で教えられたことを、そのままそっくり佐伯に言ってみた。この方式で作文を書けば、わりかし簡単にできる。
「やだ。絶対に親父みたいにはなりたくない」
『絶対に』のところに力が入っている。かたくなに拒否をする。何か問題がある父親なのかな。興味がわく。ちょっとつっこんでみようか。
「お父さん、無職?」
いつもボロい恰好をしているせいか、ついそう思ってしまう。もしそうなら、親の職業から将来の夢について、書けないだろう。余計なことを言ったか。踏みこみすぎてないか。ぼくは、佐伯に興味があるのかな。
少し間をおいて、佐伯はぼそっと言った。
「…警察官。けど、あんな人間にはなりたくない」
あんな人間って…。ひどい言い方するな。でもなあ、ぼくも同じようなものか。母親のことは言われたくない。一緒だ。とりあえずスルーしてみる。
「じゃあ、好きなことは? 何でもいいから、ゲームとかさ、何かない?」
次の方式を使ってみようか。こうやって佐伯の好きなものを探るなんて、シャーロックホームズにでもなった気分だ。
「うちにゲームはないし、テレビも禁止」
ぼくと一緒だ。受験が決まってから、ゲームやテレビを見ることができなくなった。やっぱり同類かも。おたがいつまらない小学生ライフを送ってるな。佐伯に同情したくなってきた。ぼくもそう変わらないけどさ。ぼくって、かわいそう。
そして、しばらく考えこんだ後、佐伯はぽそっと言った。
「…ダンス、好きなんだ」
佐伯の顔が少し赤くなった。ちょっとかわいい。新情報に新表情だ。そういえば、体育のダンスの授業、佐伯の体の動きには、キレがあった。女子が騒いでいた記憶がある。とりあえず作文の糸口は見つかった。これでいけるかな。
「それ、書きなよ」
「書けん。どうやるのかもわからん」
頭が痛い。まじか。お前、どこまで世話がやけるんだ。
「ダンスの情報プリーズ。書き方、教えるから」
そう言うと、佐伯はためらいながらも教えてくれた。小さい時、公民館の親子ダンス教室に行って、わくわくしたこと。授業で一番楽しいのは、ダンス。だんだん興味がわいてきた、など。だんだん笑顔になってきた。本当に好きなのが伝わってきた。
佐伯は運動神経がよい。クラスの中でずばぬけてよい。ぼくは…、あまりよくない。
5月末にあった運動会で、花形競技、組別リレーの選手に佐伯は抜てきされた。確か前の二人を抜いてトップになったんじゃなかったっけ。めちゃくちゃ早かった。イケメンだし、スポーツ万能だし、本当ならモテるはず。けれど、それを上回るひどい態度で裏目に出ている。残念なやつ。きっかけさえあれば、クラスでうまくやれるのに。人のことは言えないけどさ。女子に人気があるなら、それはそれでやれるのに。
「じゃあ、こうね。『ぼくには、夢がない。しかし、興味があることがある。それは~』で始める。いいか、そのまま書け」
佐伯は、書き始めた。
「そうそう。それで、『身体を動かすことです。』はい、そこで行変えて、『小さなころ、ダンス教室に通っていました。そこで体を動かす楽しさを知りました。』ほら、そのまま書けよ。それで楽しかった思い出あるか?」
佐伯は、ぼくに言われるまま書いていく。原稿用紙のマス目がどんどん埋まっていく。
人を動かすって楽しい。権力者はこういう気分なのか? ちょっと偉ぶった気持ちを味わいながら、昼休みの時間はすぎていく。雨が上がって、少し明るくなってきたようだ。
「はいここで、『将来は、わかりませんが、ダンスができる仕事に興味があります。』とか希望を書いて。自分のしたいことを書く。そうそう、『ダンスを習いたい。』でいいよ」
フィニッシュ。昼休みだけで、原稿用紙1枚分の作文をなんとか書き終わらせた。作文を書かせる天才かも。教える才能あるんじゃね。そういうことを自慢する友だちはナッシングだけどさ。
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