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第一章

バチェラーティーパーティー

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「助かったよ、リディア。お前のおかげで今回も話が上手く纏まりそうだ。ブルガス王国との和平協定は我が国としても重要なところだからな」
「いいえお父様、私はただ言葉の通訳をしただけです。和平協定を結べたのはお父様の知恵とお人柄あってこそですわ。私ではあんな風にできませんもの」

 隣国、ブルガス王国との和平協定を結ぶ会談を終え、リディアは父であるアルブレヒトと共に王宮の廊下を歩いていた。
 アルブレヒトはリディアと同じブルネットの髪だが、瞳はハシバミ色をしている。温厚で穏やかだが、外交の場におけるアルブレヒトは巧みな話術と知恵で交渉し、カレドニア王国に不利な条件は決して呑まない鋼鉄のような男として知られていた。
リディアはそんな父を心から尊敬している。

「まだできないと思っていても、お前もいつかできるようになる時がくるさ。きっとそれもあっという間だろう。さて、私はこれから一度別邸の方に戻るが……お前はどうするんだ?」
「これからフローレンシアのところへ行きますわ」
「今日は舞踏会だろう?間に合うのか?それに……まだ公になってはいないが、エドマンド様はおそらくお前との結婚について発表するのだろう?相応のドレス等はきちんと用意してあるのか?」
「えぇ、もちろんですとも。私がそんなミスをするはずないじゃありませんか。フローレンシアのところで着替えさせていただく予定ですから間に合いますわ。ドレスもアクセサリーも全て準備万端、全く問題ありません」
「そ、そうか。そうだな、お前はいつも抜かりがない娘だったよ。しかし……やはり今日、エドマンド様からプロポーズを受けるのだな。お前もついに嫁に行ってしまうのか……寂しい事だ。この前までこんなに小さかったのに」

 アルブレヒトが眉根を下げ、寂しそうな表情を見せた。
 可愛がっていた一人娘が、婚約した時からわかっていたとはいえ嫁に行ってしまうのだ。会えなくなるわけではないが、父親としてはやはり寂しいものがある。

「お前のことだからきっと大丈夫だと思うが……。エドマンド様をしっかりお支えするのだぞ。それと、あまり無理をしすぎないように。たまにはゆっくり休む事も必要だ」
「……はい、お父様」

 リディアは思わずアルブレヒトに抱きつき、ぎゅうと抱きしめた。母が他界してから、父は常にリディアの味方だった。そして正しい方向へとそれとなくリディアを導いてくれる。それがいかに難しい事か、大人になった今ならよくわかる。

「……ほらほら、気が早いぞ。こういうのは結婚式まで取っておこうじゃないか」

 少し涙目になったのを隠しながら、アルブレヒトはリディアに笑いかけた。

「そ、そうね!嫌だわ、私ったら。なんだか感情的になってしまって……。それじゃあ、私はフローレンシアのところへ行ってきますわね」
「あぁ、楽しんでおいで」

 リディアは父と別れ、フローレンシアのもとへと向かった。
 フローレンシアがいるザルツベルク家の館は、王宮のすぐ隣にある。ザルツベルク家は王族であるオーディンゲン家の遠い親戚にあたる公爵家である。
 南方の水と緑の豊かな場所に領土を持ち、そのおかげで貴族の中でも比較的裕福な家だ。
 公爵家には息子と娘、それぞれ一人ずつおり、それが兄のドレイクとその妹フローレンシアである。フローレンシアは父と母、そして兄からの愛を一心に受け、目に入れても痛くないとばかりに溺愛されてきたので、少し、いやだいぶ自由奔放なところがあった。はじめは仲良くなれないだろうと思っていたが、フローレンシアが粘り強いアプローチにリディアが根負けしてからはもうずいぶんと一緒にいる親友だ。

 馬車でフローレンシアの別邸にたどり着くと、そこは豪華な屋敷と広大な庭が広がっていた。
 今は藤の季節の為、屋敷の玄関が藤の花で美しく飾り立てられている。庭師の努力の賜物と言ったところだろう。

「リディア!!いらっしゃーい!来てくれたのね!」
 
 リディアが馬車から降りると、待ち構えていたフローレンシアの強烈なハグがお見舞いされた。
 ゆるくカールされた金色の髪にトパーズ色の瞳をした彼女は、やはり再従姉妹なだけあってエドマンドにどことなく似ている気がする。

「忙しいから来てくれないんじゃないかと心配してたのだけど、やっぱり来てくれたわね!流石、私の腹心の友、大好きよ!あぁ、それにしてもリディアもついに結婚してしまうのね……。私のリディアがついにエドマンドに取られちゃうと考えるとすごく寂しいわ。胸のところにぽっかり穴が開いてしまったような気持ちなの。だって私たち、ずっと一緒だったんですもの、ねぇ?」
「フローレンシア様、それくらいに。このままではリディア様が窒息死してしまいます」

 思わず後ろに控えていたアロイスが、強く抱きしめられているせいで顔色が悪くなりつつあるリディアを見て、思わず声をかけた。フローレンシアは見た目はとてもおっとりしていて可愛らしいのに、一度喋りだすと気が済むまでなかなか止まらないのが悪い癖だ。

「あ!ごめんなさい!」
「貴方は本当に……レディがあまりペラペラと喋るものではないわよ」
「だって、久々にリディアに会えて嬉しかったんですもの。それに貴方の独身最後の時なのよ?貴女がエドマンドのものになる前に私が独占させてもらわなくちゃ!」

 フローレンシアはリディアの手を引くと、そのまま館の中庭へと連れて行った。中庭の真ん中には白い東屋があり、周りは美しい花々で囲まれている。お天気がいいこともあって、外でお茶をするには最高の日和だ。

「リディア様、お久しゅうございます」
「こんにちは、ディードリヒ。ご機嫌いかが?」

 東屋でお茶の支度をしていたのはフローレンシアの騎士、ディードリヒだった。本来それは使用人の仕事なのだろうが、彼は特に気にすることもなくテキパキと準備をしている。

「相変わらず特に変わったことはございません。あなた様が結婚されてしまうので、お嬢様が少し不機嫌だった事くらいですかね。もう少しでエドマンド様のところへ乗り込みに行きそうで大変でしたよ」
「だって、私のリディアがお嫁に行ってしまうのよ!あんな、冴えないエドマンドのところに!こーんなにリディアは完璧なんだから、きっともっと素晴らしい殿方がいるに決まってるわ!隣国の王子様がとっても素敵って噂だし、ねぇ、やっぱり今からでも結婚はなしにしない?」

 昔からフローレンシアはこうだ。
 リディアの事が好きすぎて、エドマンドに取られるのが嫌とずっと駄々をこね続けている。このやり取りももう何十回としており、いつも通りだった。

「フローレンシア、貴女はそういうけど、私はエドマンドしか考えられないわ。確かにちょっと気弱だし、自己決定能力に欠けるし、服のセンスもイマイチだけど、彼は私には無いものをたくさん持ってるもの」
「……いっつもそれ。私にはエドマンドの良いところなんて一つもわからないわ。まぁ、顔は悪くないけど……」

 フローレンシアは頬を膨らませて不服そうだ。

「それに、私がいないと、エドマンド一人で国を治めていくのは大変すぎるわ。だからしっかり支えてあげるの」

 リディアが微笑むのを見て、フローレンシアは観念したのか、「こんな話はやめやめ!今日はお祝いするって決めたんだもの!」と言って気持ちを切り替えたようだった。テーブルの上に置いてあったプレゼントを一つ取ると、それをリディアに手渡す。

「……結婚おめでとう、リディア。必ず幸せになってね。私、いつだって貴女の幸せを願ってるわ」
「ありがとう」

 プレゼントの中身はオルゴールだった。ネジを回すと、美しい音色があたりに響き渡る。しっとりとした、美しい音楽だった。

「さっ、お茶にしましょう!今日はディードリヒが薔薇の香りのするお茶を淹れてくれたの。デザートも絶品なんだから!」

 テーブルの上にはティーカップが二つ、薔薇の香りがほんのりと香っている。ケーキスタンドの上にはキャロットケーキとスコーン、アイシングされたエルダーフラワーのケーキが乗っていてどれも美味しそうだ。

「そういえば、エドマンドの体調は良くなったのよね?前に倒れた日は大変だったって聞いたけど。ヒルデガルドって子がちょうど効く薬を持っていたから助かったって聞いたわよ」

「えっ、倒れたの?エドマンドが?」

 スコーンにクロテッドクリームを塗る手が止まる。
 リディアにとってそれは初耳だった。
 調子が良くないとは聞いていたが、まさか倒れていたとは知らなかったし、その事は一切エドマンドからの手紙には書かれていなかった。おそらく、エドマンドなりに心配をさせないようにと触れなかったのだろうが、普段ならばなんでも報告するエドマンドにしては珍しい

「手紙にはそんな事書いてなかったわ。風邪はすぐに治って、こちらは大丈夫だから、今日会うのを楽しみにしてるって、それくらいで……」
「そうなの?それなら良いんだけど。もう、エドマンド はリディアがいないと体調管理もできないんだから!」

 フローレンシアの言葉に苦笑しつつ、内心リディアは若干の不安に襲われていた。早く顔を見て安心したいという思いが強くなる。そんなリディアの様子に気づいたのか、フローレンシアは優しく笑みを浮かべた。

「大丈夫よ、あと数時間後には会えるんだから」
「そ、そうよね」
「それで?今日はどんなドレスを着るつもりなの?私、それがすっごい楽しみだったのよ!アクセサリーは?髪の毛はアップにするの?それとも下ろすの?」
 
 フローレンシアが口にキャロットケーキを頬張りながら目をキラキラとさせてリディアに尋ねる。
 フローレンシアの言う通り、あと数時間後にはエドマンドに会えるのだ。
 何も心配することはない。リディアはなんだか胸騒ぎがするのに気づかないふりをして、フローレンシアと美味しいお茶を楽しむことにした。
 
 
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