上 下
61 / 152
第二章 動き出す

発つ前に

しおりを挟む
灰色の馬がよっこらしょと体を持ち上げ、こちらへとやって来る。ちなみに顔は人間でいうところのメンチを切る状態。馬にしては立派な牙を歯を剥き出して見せびらかしつつ威圧をして来る。

「う"ーーー!」

ついでに犬のように唸り始めた。

「なに威嚇してんだよ、何にもしてんだろーが」

昨日といい、今日といい、理不尽に動物に嫌われるのは本当に辛いし勘弁してほしい。
前肢の蹄をガツガツと地面を蹴り更に威嚇してくる馬に段々と苛ついてきたので両手を伸ばして鬣を鷲掴むと思いっきり引っ張り、馬の眉間に頭突きを喰らわせた。

驚いたように目をぱちくりさせながら後退りする馬に指を差す。

「馬のくせにナメんなよ、分かったら大人しく伏せしてろ」

結構イライラしてたからノリで言っただけだったのに、怠け馬は呆然という感じで伏せをした。逆にビックリ。

「ライハー?決まった?」

蹄の音が複数近付いて来るので振り返ればカリアが三頭の馬を引き連れてやって来た。黒毛と、茶色と茶色で額に白のひし形模様のある馬だ。

「いえ、まだ……」

「あら、これは見事な青毛ねぇ」

「青毛?」

怠け馬を見てカリアが言う。

「青毛?どこら辺が青?」

「この毛並みよ。青毛って言っても真っ青って事じゃないよ?この日に当たったときにこの微妙に青みがかった色の事を言うんよ。っていってもこの辺で青毛は珍しいわねー、良かったじゃない」

ここでは灰色の毛並みは青毛と言うのか。
そう頭の中にメモしつつ、いまだに伏せ状態の馬を見る。
確かに日の当たり様によっては青く見えなくもない。

「そうか、珍しいのか。でもオレ嫌われてるみたいなんで別の探しますよ」

威嚇されたし。
きっと乗せてくれなさそうだ。

別の馬はどうかと移動すると、何故か背後からカッポカッポと蹄の音が。
後ろに、怠け馬が頭を下げつつ着いてきていた。

「は?」

なんで着いてきているんだコイツ。
さては噛み付く気なのかと更に移動するも、そいつはまだ着いてくる。

「なんだよ」

振り返ると怠け馬は解せないという顔のまままたしても伏せ。本当に何なのコイツ。何がしたいの。

「それ、もしかして服従の合図してんじゃない?」

「え?」

「青毛の駿馬は気性が荒くてプライドも高いけど、目上の相手の言うことは凄い聞くのよ。あんたこの子になんかやった?」

「いきなり威嚇して来たんで頭突きして伏せって言いました」

「駿馬に頭突きに伏せ」

かっこ笑いが語尾に付きそうなカリアが笑いたいのを堪えている顔をしている。

「多分、威嚇した相手が萎縮せずに、更に反撃されてきたのでビビり、恐らく『伏せ』であんたが上の立場だと思ったみたいね」

「えぇー」

確かに動物の威嚇にビビったら格下だと思われて更に襲われるってのは知ってるけど。馬にも当てはまんのか?
ちらりと横目で馬をみると、そいつは上目遣いでこちらの様子を伺いながらも伏せを続行中。

いやいやまさかと思いつつも、ちょっと試し。

馬と向き合い、目を見て言う。

「お座り」

言われた通りに座る。

「お手」

差し出した掌に置かれるデカイ蹄。

「………」

犬かよお前。
視線を上にあげると次はなんだと指示を待つデカイ犬の幻影が見えた。おかしいな、目の前にいるのは馬なのに。

「おい猫、どうするこの馬お前よりも賢いぞ」

オレの言葉を理解した猫が、なんだとお手くらい出来るわと肉球プニプニの前足がオレの頬に突き刺さった。




◇◇◇




おはようとキリコさんがお昼頃にやって来た。

髪の毛があちこち跳ねており、一応纏めて結い上げているが寝起き感が半端ない。
そしてお酒の臭いが凄い。
どんだけ飲んだのか。

「キリコ、あんた酒臭いよ」

「あー、やっぱり?ちょっと水浴びしてくるわ」

カリアに指摘されてキリコが欠伸をしながら去っていった。
体を拭う布を手に持っていたから、水浴びの前に顔だけ出しに来たってところか。

「それにしてもアウソは遅いわねぇー、もう半刻(およそ30分)は経ってるよ」

「うーん、ですね」

そしてその前に水浴びに行ったアウソが戻ってこない。

水浴びといってもこの村の水浴び所は川の水を仕切ってあるだけなので、変な風に身を乗り出したりすれば川に流される可能性もある。

まぁ、アウソに限ってそんなことはやらないと思うが。
カリアから受け取った乗馬用のベルトを怠け馬へと着けながら二人の帰りを待った。

それからまたしばらくして、水浴び所の方から複数の笑い声と、何故か口笛の音が。
完全に犬へと成り下がった怠け馬の鼻面を撫でながらそちらを見ると、アウソとその他おっさん10人ほど。よく見たらサズが居た。
てか、みんな褐色の肌しているから一瞬分からなかった。

「あら、ウルマ」

その中のやたら頭巾や腰布がハデな色の中年男性がカリアに気が付いて、お!と声を上げた。

「おー!!カリア!!お前朝はえーな!我(わん)とおんなじくらい飲んでたんに!」

「これでもジャイアント種の血が入ってるからね、酒は水よ」

「ははははは!!流石は巨人の国出身だ!」

カリアさん、結構飲んでたんですか。
そんな言葉を飲み込みつつ、そういえばあちらでもロシアとか北の方はやたらアルコール耐性があったなと思い出して一人納得した。

「えー、ライハ!ちょっと聞いてみ!」

アウソが駆けてきて何だと見てみると、アウソは複雑なリズムの指笛を披露した。
おおー!!と、沸き上がる拍手。

「凄い!昨日のサズさんみたいだ」

「お!正解!いやー、さっき水浴びしてるときにサズさんに教えてもらったばーて。何でもこの人ビャッカ出身らしくて、指笛や口笛のメロディーで遠くの仲間と簡単な会話ならできるらしいんさ」

「へー! 面白い、ちょっと教えてよ」

ん?ていうか、ビャッカ?

「ビャッカって、隣の」

確か戦争真っ只中の国だったはずじゃあ。

「ビャッカっぽくないね、髪色も名前も。遊人(ゆうびと)?」

カリアがそう訊ねると、サズが指輪を外す。するとみるみるうちに髪がオレンジに近い茶色へと変化した。

「色変えの魔具です。国からの逃亡者なもんで、名前もサズじゃなくてサスレバって言います」

「なるほどねぇ」

「じゃあ、これからサスレバさんって言った方が良いですか?」

「いや、サズで」

「わざわざ偽名使ってんに本名で呼ぼうとするとか、面白いなコイツ」

「よかったなライハ。ウルマさんに気に入られたぞ」

「ええー」

そんな感じで雑談しつつ、オレもサズに指笛を教えてもらったのだが、ヒューヒュー風の抜けた音しか出なかったのが残念である。





◇◇◇




「よいしょ」

鞍に跨がり軽く手綱を引いて馬を歩かせる。
視線が高いのと、馬が歩く度に今まで体験したことのない揺れ方で少し慣れるのに時間が掛かったが、慣れてしまえば楽しくなってきた。

「にゃー」

「そうか、お前も楽しいか」

猫もオレの頭にしがみつきご満悦なのかフンフンと鼻を鳴らす音が聞こえた。

「結構上手いじゃない」

「ありがとうございます」

水浴びから戻った、キリコが褒めてくれた。

「始めて乗ったにしては変に固くなったりしてないし、器用なのね」

「いやいや、器用っていうのはアウソみたいなのを言うんですよ」

目の前には馬を自在に操り、ウィリーをするアウソ。もしオレがあれをやったとしてもそのまま落ちるだけだろう。

「ライハも慣れてきたことだし、昼過ぎに出発するよ」

馬に所有物の印の首飾りを下げ、木に繋いでおく。そうしてから、村長や知り合ったパーティーに挨拶をして回った。

それぞれのパーティーから国や宗教がらみの幸運を祈るみたいな言葉をいただき、最後にニックのパーティーを訪れた。

「あれ?ニックさんだけですか?」

村長から教えてもらった宿にはニックしかいなかった。
杖を松葉杖がわりにしてやって来たニックがオレを見て、少し視線をずらしてカリア達の姿を見ると菱形を作る感じに両手を合わせ、軽くお辞儀をした。向こうの挨拶だろうか。

そしてオレの方には胸の前で掌を下にした状態で重ねた。これは何だろう。これも挨拶か?

「いや、シラギクが丁度外していてな。今は俺だけなんだ。もう出るのか?」

「そう、昼過ぎにね。シラギクにはお世話になったから挨拶をしようと思ったんだけどね」

残念、とカリアが言う。

「そうか、なら戻ってきたら伝えておきます」

そういえば、トンネル作ってくれてたのはシラギクだったと思い出した。オレも礼を言わないと。

「ちなみに、ノルベルトさんは…」

「あー、あいつらは御祈り後にそのまま出発するからな、もう行くんじゃないか?いや、寝坊してたからその分凄い謝っているはずだから間に合うかもな」

だから急いでいたのかと納得した。
じゃあ、現在走り去った何処かで二人が必死に神様に遅刻してごめんなさいと謝っているのか。なんか、シュール。

「じゃあ、急いで戻るか」

礼も言えずに行かれるのは、ちょっとモヤモヤするしな。

「あ、ちょっと待て、呪……ライハ」

「?」

急いで戻ろうとしたところで、ニックに引き留められた。
振り替えると、魚のように口をパクパクさせているニック。言おうか言わまいか悩んでいる様子で、とりあえず待ってみた。
すると、小さくモゴモゴと呟いた後、こちらをきちんと見て口を開く。

「………その、あの時は礼を言う。助かった」

一体何の事だろうかと考えて、昨日のニックが階段で転倒したことを思い出した。

「あ、あー、あれか。いや、オレもその後に(多分)ノルベルトさんに助けられたのでおあいこです」

「実際お前がいなかったら間に合わなかったし。で、礼といってはなんだが…、その呪いが解けるまでの間、有効活用出来る方法を教えてやる」

有効活用?

「何ですか?」

「更なる呪いの装備を身に付けろ」

「?」

何故また厄介極まりない呪いの装備を装着しなければならないのか。
意味がわからないとハテナを飛ばしながら首を傾けていると。ニックが何だお前わからねーのか。と、そんな幻聴が聴こえるくらい呆れた顔をした。

「えーとなぁ、まず呪いの装備は人に対して悪影響を及ぼす効果が附属した装備の事をいう。普通は、な」

普通は、ということはオレの場合は普通では無いということだ。そこまで考えた所でハッとする。

「あ!」

「分かったみたいだな。あとは、そうだな…、お前らサグラマに行くんだろ? なら、そこをねぐらにしているリベルターという奴を探せ。クアルトからと言えば良くしてくれるはずだ」

ニックの視線がオレではなく猫に注がれていたのが気になるが、ニックが教えてくれた情報は、オレにとってとても為になるものだった。
これでただの厄介だったこの呪いと上手く付き合える。

「ありがとうございます」

オレは感謝の意を込めて、ニックへ深く頭を下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

処理中です...