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一章・二人が出会いまして

『白い影と冒険の始まり』

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 水の音がする。
 ゴボゴボと耳に響く音。
 これはどっちなんだろう。

(俺的には、高校のプールの中に戻って、あの地獄の日々は嘘でしたってのが一番なんだけど)

 目を開ける。
 まぁそんな都合の良い話はないよな。
 いつもの夢だ。

 青く、そして黒い世界が広がっている。
 遥か上に水面があって、下の方には白い砂の砂漠が広がっている。
 なんでか魚はいつもいなくて、夢の中で俺はずっとこの水の中から抜けられない。
 部活動がプール、そしてバイトがプールスタッフだったからこんな水中の夢ばっかりみるんだ。

(どうせ朝までこの景色は変わらない。夢の中だけど眠っていよう)

 ズォ、と身体をなぞる水の感触が変わった。
 なんだ?変な圧を感じる。

 再び目を開けると、遥か遠くから白い影がこちらに向かって泳いでくる。
 クジラか?
 いやそれにしては形状が…。

(………というか、でかくない?)

 白い影はどんどん大きくなっていて、クジラ程になってもその膨張は止まらない。
 白い輝きは増していっていて、水中はその光のせいで対照的に暗くなっていった。
 このまま突進してきたら轢かれるな。
 いや水中だから弾かれて水流に巻き込まれそう…。
 まてよ?食われたりしないよな?
 逃げるにはどう頑張っても間に合わない距離になってようやく焦り始めたけど、もうどうにもならない。
 水中だけど冷や汗を流しながらその影を見詰めていると、目の前でその影は停止した。

 凄まじい水流が身体を押し流そうとするけど、不思議なことに身体はその場に固定されていて流されなかった。

(…クジラじゃないな、でも影ばっかでなんの生き物かわからん)

 全体的に丸いフォルムの四方から突起が突き出ているのは分かる。
 でもそれだけでは何の生き物か判別するのは難しい。

『優しき者よ』

 ん?誰だ?
 周りを見渡しても誰もいない。
 もしかして、目の前の影か?

 ヌ、とその白い影が首らしきものを伸ばして俺の近くまで接近してきた。
 そこでようやく、形が把握できた。
 角を持った巨大な亀だ。いや、甲羅を持った角の生えた蛇というのか。
 とにかくこの世界で見たことのない生き物だった。

『あの子を助けてくれた礼をいたします』

 あの子?

『北へ向かいなさい。そうすればあなたの望むものが見付かるでしょう』
「うわっ!!」

 影が迫って、視界を白く染めた。
 口から気泡が溢れ、体がぐるぐると回転する。
 もうダメだと思った瞬間。

「はっ!」

 目が覚めた。

「………」

 岩の天井に、耳には心地よい波のBGM。
 そして、体の横にぴったりとくっついて寝ているターリャ。
 昨日の出来事は全部夢ではなかったらしい。
 太陽はまだ上がっていないけど、空は明るくなってきている。
 そろそろ起きて逃げる準備をしないといけない。

「ターリャ」
「うんん…」
「気持ち良く眠っているところ悪いんだけど、早く起きてくれないか?」
「……あふ…。んんん……」

 小さくアクビをしてからターリャは目を覚ました。
 最初はここはどこと言わんばかりにキョトンとしていたけど、俺を見てようやく思い出したらしい。

「トキおはよ」
「ん、おはよ。ターリャはトマト食べれるか?」
「うん」

 洞窟に隠していた食料袋を掘り起こして、中からトマトスープの入った缶詰めを開けた。
 本当は温めてからが良いけど、時間がない。
 ターリャは缶詰めを受け取ると、匂いを嗅いでみた。
 なんだか酸っぱそうな顔してる。
 次食べさせるときはパンとかと一緒に出した方が良いかもな。
 贅沢いうなら卵いれたい。

 スプーンで掬ってスープを一口。
 やっぱり酸っぱそう。眉間にシワがよってる。

「無理すんなよ」
「ターリャは食べられる」
「そ、そうか」

 ターリャが頑張って食べている間に俺は隠しておいた旅に必要な物資を鞄に詰め込んでいった。
 万が一と隠しておいて正解だったな。
 溜め込んでいたお金も、保存食も今となってはありがたい。
 ただ、ターリャが増えたから食料問題が発生したくらいだ。

(まー、そんなもの大人の俺が我慢すれば良いだけの話だ。問題ない)

 全ては入らなかったけど、旅に必要なものは詰め込めた。
 あとは。

「ターリャ、食べたか?」
「ん」

 空っぽの缶詰めを見せてきた。
 眉間のシワは消えてない。頑張ったな、ターリャ。

「よし、じゃあこれからターリャの服を作るからじっとしててくれ」
「服?」
「そうだ」

 昨日の服は乾いているけれど、更に上から着て尻尾とかを隠した方がいい。
 予備のマントをターリャの背丈に合わせて縫い上げた。
 これでパッと見ターリャは人間の子供だ。

「靴も欲しいけど、今はまだ止めとこう」

 どうせしばらくは俺が背負って移動するのだから。

「わあ…!」

 ターリャが嬉しそうに服を撫でまわしていた。
 その間に俺もとっとと着替えて荷物を背負った。
 …………いや、ターリャを担ぐんだった。
 荷物は前に背負うことにした。
 最後に火の始末をつけると、ターリャの前に座る。

「よし、ターリャ一ついいか?」
「なに?」
「これからこの町を離れるけど、ターリャも一緒に行く?」

 もちろん連れていく予定だけど念のために確認した。

「うん!ターリャもトキと一緒に行く!」
「よっしゃ!じゃあおぶされ」
「おぶ…?」

 あれ?通じない。
 かがんで背中を向けても不思議そうにしていた。

「あー、その。とりあえず背中に乗って、腕を肩の上に乗せてみろ」
「こう?」

 背中に掛かる重さ。
 想像よりも軽い。

「そうそう。よっと」
「わっ!」

 ふむ。全然大丈夫そうだな。
 なんなら走れるぞ。

「凄い!高いね!」
「痛いところはない?」
「ないよ」
「よーし、じゃあ出発しようか」


 ようやく朝日が顔を出した。もう少ししたら町の連中が起き出すころだ。

「……全くひでぇな」

 出口に向かう途中で元俺の家に寄ってみたら、瓦礫のまま放置され、なんの嫌がらせか枝で作った簡単な墓標が立てられてた。
 ちょっと苛ついたので、その墓標を蹴っ飛ばして破壊しておいた。
 これ作ったやつ骨とか折ってくれないかな。


 出口に着いた。

「ここ、出口?」
「そう。正式じゃないけどね」

 ひび割れた壁。
 俺は一人だとなんでか門から出ることも出来ないので、こっそりと抜け道を使っている。

「紐で固定するけど、ちゃんとしがみついてろよ」
「うん」

 ターリャを紐で背中に固定してから、壁を登り始める。
 近くの木の枝を利用してスルスルと登り、あっという間に塀の上に辿り着いた。

 地面に置いておいた荷物をロープで引っ張りあげ、塀から飛び降りる。

「よっ!」
「うっ」
「あ、ごめん」

 完全に衝撃を流せなかった。

 周りに人がいないのを確認して、森に向かって走る。
 あと少しで鐘が鳴る。その前に森に辿り着かないと。

 ──ゴーン、ゴーン、

 なんの問題もなく森に辿り着くと、鐘の音が聞こえてきた。
 朝の鐘だ。
 あれが鳴るとみんな起き初めてしまうから、間に合って良かった。

「ふぅ、ひとまず安心だな」
「どこに行くの?」
「そうだな。うーん…」

 夢の影は北へ行けと言っていた。
 けれど隣街は東の方にある。

 軽く北の街ネクルストまでの徒歩による移動距離を計算したら(いつもは馬車)およそ5日は掛かってしまう。
 俺的には体力面では全く問題はないのだが、一つだけ重大な問題がある。
 
(深刻な食料の問題…)
 
 俺一人ならば3日程度は食べなくたって動くことはできる。
 けれど、ターリャにはそんな可哀想な事はさせられない。
 今持っている食料だって1日2食と計算してもせいぜい3日分だ。
 水なんか節約しても1日分。
 ちなみにこれは一人当たりの計算で、俺は食わないこと前提で考えている。
 
(収納魔法具が欲しいな。あれがあったらそんなことも考えなくて済むんだけど)
 
 やっぱり近くの東の街へ行こうかと考えたとき、
 
「あ…」
 
 はたと思い出した。
 そういえば川が無かったか?
 前に見た地図を思い出した。
 近くにここの町と北の街へ繋がる川があったはず。
 
「そうだ。川を遡れば…」
 
 水の確保はできるし、水辺に棲む虫や生き物が捕れる。
 
「ターリャ、北へ行こう。そこならここよりも安全だ」
「うん」
 
 よいしょとターリャを背負い直すと、俺は森の中の川を目指した。
 さすがにターリャに枷を着けていた商人も隣街までは捜さないだろう。
 そこで誰か安全な所に保護してもらえば一番良い。
 
 少なくとも、俺みたいな扱いは受けて欲しく無いからな。
 
 出来るだけ人の通らない獣道を歩いて川を目指していると、何かの音が聞こえてきた。
 
「ーーー・・!! てーーえー!!」
 
 ん?え?人の声??
 慌てて振り替えると、鎖をカウボーイロープの様に振り回しながら駆けてくるこの前の商人がいた。
 
「この奴隷泥棒!!!!!お前も奴隷にしてやろうか!!!!?」
「うわあああああ!!!!」
 
 あまりの迫力に逃げる。
 逃げるが、こっちはターリャと荷物を持っているせいで速度が上がらない。
 まずい!このままだと追い付かれる!!
 
「てめぇ!?この前ぶつかってきた野郎だな!??よし決めた!!貴様は奴隷じゃなく魔法素材用に解体して売り払う!!!」
 
 なんか物騒なこと言ってる!!!
 
「やばいやばいやばいやばい…!!!」
 
 どうにかして撒かないと。
 相手は武器(鎖)を持っている。
 ターリャがいるから取っ組み合いに持ち込むのはできない。
 なら、これしかない!!
 
 ベルトに引っ掛けていた骨組みしか残ってない盾の残骸を手に取ると、商人に向かって全力で投げた。

「おりゃああああ!!!」
「!!? うごあ!!?」
 
 予想外の反撃だったのか、フリスビーのように飛んで行った盾が見事商人の顔にクリーンヒット。
 そのまま仰向けに倒れて悶えているその隙に全力で走った。
 
 さらば俺の盾…、最後まで俺を守ってくれてありがとう…。
 涙をこらえ、体力が続く限り足を動かし続けた。
 
 
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