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本編 雄花の章
第十三話 驟雨のあと
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爽籟の心地よい夜だった。
武藤家と菊野家の顔合わせの儀は、二日前、ごく簡素に行われた。菊野家側で、先触れが可能な成人男性が当日に都合をつけられず、俊と俊の両親、椎奈と郁、計五人が本宅で食事会をして終えた。
式の日に、勝明夫妻と三人の息子、俊と俊の父とが全員休みを申請したため、顔合わせの儀の日は、勝明と彼の息子たちは出勤することにしたのだ。複数人がまとめて何度も休みを取れるほど、警察署は暇ではない。これもあって、武家同士の婚姻があまりないのではないかと、俊は思ったりもした。
顔合わせの儀を終えた二日後の夜、俊は菊野邸に招待された。ただし、勝明の家の方だ。
勝明と彼の妻の蕗子、彼等の長男である宗明、俊という四人で座卓を囲んでいる。蕗子夫人の手料理を肴に、勝明と蕗子と宗明は日本酒をうまいと言って呑んでいる。
うまいらしい。そうか。
俊は自分の、客用と思われる瑞芝焼の湯飲みを見た。あたたかいが、何かよく分からない茶が入っていて、牧草のような匂いを発している。一応、礼儀上口をつけたものの、控えめに言って不思議な味で、俊の好みではない。
何の嫌がらせなのだ。
「うまいか?」
勝明は上機嫌で俊に聞いてきた。はっきり言って不味いが、そう言える間柄ではない。相手は職場では副署長だし、これから親戚にもなる人物だ。その彼に「どうしてあなた方は酒なのに俺にはこんな不味い茶出してくるんですか」とはさすがに言えない。蕗子夫人に縋りの視線を送ったが、気付かれなかった。流されたのかもしれない。
確か、こういうときの上手い返しがあったはずだ。国営テレビ放映中の「真・務め人」という番組で「務め人語講座」というコーナーがあった。それを見て学んだ台詞を俊は使った。
「本場の味ですね」
勝明は目を輝かせた。
「分かるのか! さすがだな!」
タカさんも鼻が高かろうと、勝明は悦に入っている。宗明は項垂れ、肩を振るわせている。笑わないでほしい。その場しのぎの言葉だとバレてしまう。
「どうした宗明」
「……感無量で」
宗明は目元を手のひらでこすっていた。勝明はうんうんとうなずいている。
え、宗明先輩、泣いてる?
いや違う。泣きの演技だ。めっちゃ上手いな。さすが捜査二課の桜小路君と呼ばれるエースは格が違う。
感心しているあいだに、湯飲みにまたお茶が足された。
なにこれ。娘の父親が、娘の結婚という現実を受け入れられなくて嫌がらせしちゃう例のアレなのか?
いや椎奈さんは菊野副署長の娘じゃないし。勝善氏なら娘の相手にだって優しくて、こんな嫌がらせなんてしないぞ。お会いしたことがないから定かではないが。
結局、俊は一滴もお酒を呑ませてもらえなかった。
二時間後、宗明がそろそろ戻るかと腰を上げた。宗明は既婚者で官舎住まいだ。俊も一緒に帰りますと宗明の後を追った。勝明夫妻は玄関まで見送りに来てくれた。蕗子夫人は宗明に「これ、明日のおかずになさい」と言って風呂敷包みを渡していた。
俊の分はなさそうだ。まあ、宗明さんは身内だしな。
勝明は俊と宗明に挨拶で手を挙げた。
「じゃあ、またな、俊君、宗明」
「ご馳走様でした。蕗子さん、手羽焼き、美味しかったです」
「おう。蕗子は料理上手だから、朝飯もうまいぞ」
なんだそれは。惚気かよ。
玄関を出で散歩ほど歩いたところで、宗明が振り返り、懐から丸いものを出してきた。
レモンだ。
「ほら」
手を出せと催促され、俊は仕方なく受け取った。まさかとは思うが、これを俺の明日の朝飯にしろと?
「……なんですかこれ」
「離れに、椎奈ちゃんがいる。俊君を待ってる」
俊は目を見開いた。
「親父は、顔合わせの儀に俺たちも親父も出席できなかったことを悔やんでいてな。どうしようもないんだけど、高成さん達にも俊君にも悪かったって。だからその埋め合わせだ」
通例では、見合いで結婚が成立した男女は、女の家で『顔合わせの儀』をおこなうしきたりがある。
女は自分たちにちなんだ小物を用意し、二つに分ける。女の身内の成人男性が「先触れ」となり、表門で男を含めた家族の到着を待つ。先触れはまず本宅に家族を案内し、次いで見合いの相手の男性のみを離れまで案内する。二人を会わせる前に、先触れは女が用意した小物を男に渡す。その後、離れで待つ女と顔を合わせ、分けられたものを合わせ、互いの名を名乗るのだ。
それを今からやってこいというのか。
「だから俺に酒を呑ませてくれなかったんですか?」
恨み節で言ってみたかったが、声が弾んでしまっている。
宗明は秋風のような清々しい笑みを浮かべ、頭をさげた。
「ご縁ありましてこの日を迎えられましたこと、一同喜ばしく存じております」
宗明は、勝明の家の玄関から離れまでの道筋を説明してから、俊に内側から鍵を頼むと言って、表門を出て帰った。俊は表門の施錠後、庭を経て菊野家の離れに向かった。離れの軒下に行灯が吊してあった。中も引き戸のガラス部分から灯りが見える。
戸を引き入ると、女が待っていた。俊を認めてから深々と頭を下げた。浴衣ではあるが羽織も纏っており、彼女のついた三つ指の先には檸檬の小枝があった。
「お待ちしておりました。ご縁ありましてあなたと沿うこととなります。椎奈と申します」
「武藤俊です。どうぞ末長く宜しくお願い致します……なんだ、まだ緊張してるのか?」
顔を上げた椎奈の真面目なそれを見て、俊は苦笑したのだが、椎奈は上目で俊を見た。どうも挑発したそうではあるが、俊から見たら可愛いに可愛いが上乗せされただけに過ぎない。
「緊張じゃなく、期待です」
おっと。それならば、期待に添えるように励まねばならない。
俊は玄関に上がるなり椎奈を抱き寄せた。椎奈も俊にぴたりとくっついてくる。椎奈の練り香水の匂いを堪能していると、相手は小首を傾げた。
「あれ? 俊さんは、お酒、呑まなかったの?」
「呑ませてもらえなかった。俺だけ牧草の匂いのするよく分からない飲み物を出された」
椎奈は俊の腕の中で肩を振るわせ笑っていた。宗明と同じ仕草だ。血筋なのか。
「最近にね、勝明伯父さんに出したら、好きになったみたい。ルイボスっていうお茶なの。蕗子伯母さんが、最近あればっかり飲んでるって教えてくれたわ。伯母さんもあんまり好きじゃないって。ルイボスはカフェインが入っていないから、胃に優しいの。でも確かにクセは強めよね」
そうなのか。好意であれだったのか。勘ぐってしまって申し訳ないとちょっとだけ思ったが不味いものは不味い。
「さっき伯父さんたちが飲んでいた日本酒は、ここにもあるのよ。おつまみも。呑みたい?」
俊は首を振った。
「まずシャワーを借りるよ。椎奈さんと……」
俊は、はたと我に返った。
「体の方はもう大丈夫なのか?」
椎奈は照れくさそうに微笑んだ。
「うん。胃の調子が戻ったあたりで、月のものも来たの。もう……大丈夫」
はにかむ姿を間近で見て、俊のやる気はほぼ九十度、上昇した。俊は大急ぎで洗面所に入った。浴衣が用意してあり、衣紋掛けまである。
至れり尽くせりの状況だ。冷静になったら決まりが悪くなりそうだ。今は冷静じゃないからいい。照れるのは明日でも間に合う。
体を洗って浴衣を着たとき、椎奈が入ってきて、ドライヤーを手に取った。
「俺は別に濡れたままでも大丈夫だぞ」
「いやよ。私が冷たいもの」
なるほど。
椎奈は鼻歌を歌いながら俊の紙を乾かしていた。
「どどいつと同じで、おりこうさんね」
「そうなのか?」
椎奈は首を傾げた。
「ブンジロウはドライヤーが大嫌いで、逃げ回るんだ」
「どどいつも、好きではないみたいよ。硬直してるから」
同じ犬種でも性格があるのねと、椎奈は会話を結んだ。
二人で床に入りしばらくは抱き合って横になっていた。灯りはごく小さなものだけが点いている。たった小さな豆電球一つでも、闇夜で情を交わしていたときより視界は格段によかった。
「こんなに早く、椎奈さんを抱ける機会が来るとは思わなかった」
椎奈は答えなかった。ただ、微笑んで、俊の胸に額を合わせた。
可愛い。
俊は椎奈の顔や耳、首筋に唇を這わせながら、彼女の帯の結びを解いた。
「どうしてほしい?」
「俊さんの、好きなようにしてほしい」
椎奈は俊の胸元から背に手を回していった。
「私、俊さんに強引にされるの、大好きみたい……たぶん、そういう性癖……」
その声と顔で、そんなこと言うのか。
危機管理がなってない。俺の理性と同じくらい、ゆるゆるだ。
俊は椎奈の襟を開いて、鎖骨に歯を立てた。彼女は善がって、手を伸ばし、俊のうなじを撫で上げた。
椎奈の帯は緩んでいるが、彼女のくびれた腰に絡まったままだ。俊も襟はくつろげているが、浴衣を脱いではいない。陰影の濃い部屋の中、二人の絡まる姿も放つ匂いも、淫靡さが際立っている。
互いに敏感な場所に触れ合った。椎奈は完全に俊の弱い場所を把握したようだ。彼女の希望通り、強引に進めるつもりはむろんあったが、椎奈に手玉に取られている気がする。
「声、聞きたい……」
甘い声で椎奈は俊に囁いた。俺が言いたいことを先に言われた。椎奈も、俊の理性を簡単に消す喘ぎをずっと洩らしている。
男を受け入れる準備が整った椎奈のからだと、やはり完全に猛った俊のからだは繋がった。二人とも体全体、五感の全てが結合に集中している。
「俊さ……すき」
女はすごいな。行為の最中で意味のある文章を喋ることができるのだから。
一度離れ、俊は椎奈をゆっくりうつ伏せにした。彼女の浴衣をまくり上げ、お尻を剥き出しにさせた。
「あ……」
期待に溢れた嬌声に応えたい。俊は椎奈の背と自分の胸を重ね、ゆっくりと椎奈の中へ、もう一度入っていった。
「すき……」
椎奈の語彙もいつの間にか消えていた。
「泊まっていく? それとも、帰っちゃう?」
事後、二人でシャワーを浴び、俊は椎奈の髪を乾かした。なんだかんだと恒例になってしまった。今は二人で、布団に潜り込み他愛もない話をしている。
椎奈は、紗を脱いでいくように、少しずつではあるが、自信を感じさせる言動をするようになった。
俊と出会ったことでの結果なら、光栄なことだ。途中の挫けも、必要だったのだと、お互い汲めることができた。
「朝ご飯は、蕗子伯母さんが用意してくれるって」
「ああ、それでか」
勝明のアレは惚気でもあるが、楽しみにしておけという意味だったようだ。
「でも、照れくさかったら、帰ってもいいのよ? 裏門の鍵を渡します。鍵は結納のときにでも返してくれたらいいから」
「蕗子さんが飯を用意してくれるつもりなら、何も言わずに帰るのは悪いだろう」
「あなたが帰るなら、そう連絡がいくから大丈夫」
あなたという言葉にときめき興奮しながら、俊は首を傾げた。ちらと部屋を見渡したが、電話はなさそうだ。俊の疑問に気付いたのか、椎奈は「あのね」と苦笑した。
「私の弟が、裏門の内側にセンサーを付けたの。今晩から明日の朝まで、人の出入りがあったら分かるようになってるから、俊さんが今夜中に裏門から出たら、帰ったって弟が蕗子伯母さんに伝えてくれる」
「センサー?」
椎奈は、彼女の弟が裏門にセンサーを付けた動機を、気まずそうに話した。
俊はしばらく耐えていたが、結局堪えられず大声で笑った。
「……お、おれ、も、奈月さんの……言い分が正しいと……う、……やべえ香月君……次に会ったら俺笑う、絶対」
笑いのツボにはまってしまった俊を見て、椎奈も結局笑っていた。
ちなみに、勝明の言った通り、蕗子の朝食も美味かった。
終
武藤家と菊野家の顔合わせの儀は、二日前、ごく簡素に行われた。菊野家側で、先触れが可能な成人男性が当日に都合をつけられず、俊と俊の両親、椎奈と郁、計五人が本宅で食事会をして終えた。
式の日に、勝明夫妻と三人の息子、俊と俊の父とが全員休みを申請したため、顔合わせの儀の日は、勝明と彼の息子たちは出勤することにしたのだ。複数人がまとめて何度も休みを取れるほど、警察署は暇ではない。これもあって、武家同士の婚姻があまりないのではないかと、俊は思ったりもした。
顔合わせの儀を終えた二日後の夜、俊は菊野邸に招待された。ただし、勝明の家の方だ。
勝明と彼の妻の蕗子、彼等の長男である宗明、俊という四人で座卓を囲んでいる。蕗子夫人の手料理を肴に、勝明と蕗子と宗明は日本酒をうまいと言って呑んでいる。
うまいらしい。そうか。
俊は自分の、客用と思われる瑞芝焼の湯飲みを見た。あたたかいが、何かよく分からない茶が入っていて、牧草のような匂いを発している。一応、礼儀上口をつけたものの、控えめに言って不思議な味で、俊の好みではない。
何の嫌がらせなのだ。
「うまいか?」
勝明は上機嫌で俊に聞いてきた。はっきり言って不味いが、そう言える間柄ではない。相手は職場では副署長だし、これから親戚にもなる人物だ。その彼に「どうしてあなた方は酒なのに俺にはこんな不味い茶出してくるんですか」とはさすがに言えない。蕗子夫人に縋りの視線を送ったが、気付かれなかった。流されたのかもしれない。
確か、こういうときの上手い返しがあったはずだ。国営テレビ放映中の「真・務め人」という番組で「務め人語講座」というコーナーがあった。それを見て学んだ台詞を俊は使った。
「本場の味ですね」
勝明は目を輝かせた。
「分かるのか! さすがだな!」
タカさんも鼻が高かろうと、勝明は悦に入っている。宗明は項垂れ、肩を振るわせている。笑わないでほしい。その場しのぎの言葉だとバレてしまう。
「どうした宗明」
「……感無量で」
宗明は目元を手のひらでこすっていた。勝明はうんうんとうなずいている。
え、宗明先輩、泣いてる?
いや違う。泣きの演技だ。めっちゃ上手いな。さすが捜査二課の桜小路君と呼ばれるエースは格が違う。
感心しているあいだに、湯飲みにまたお茶が足された。
なにこれ。娘の父親が、娘の結婚という現実を受け入れられなくて嫌がらせしちゃう例のアレなのか?
いや椎奈さんは菊野副署長の娘じゃないし。勝善氏なら娘の相手にだって優しくて、こんな嫌がらせなんてしないぞ。お会いしたことがないから定かではないが。
結局、俊は一滴もお酒を呑ませてもらえなかった。
二時間後、宗明がそろそろ戻るかと腰を上げた。宗明は既婚者で官舎住まいだ。俊も一緒に帰りますと宗明の後を追った。勝明夫妻は玄関まで見送りに来てくれた。蕗子夫人は宗明に「これ、明日のおかずになさい」と言って風呂敷包みを渡していた。
俊の分はなさそうだ。まあ、宗明さんは身内だしな。
勝明は俊と宗明に挨拶で手を挙げた。
「じゃあ、またな、俊君、宗明」
「ご馳走様でした。蕗子さん、手羽焼き、美味しかったです」
「おう。蕗子は料理上手だから、朝飯もうまいぞ」
なんだそれは。惚気かよ。
玄関を出で散歩ほど歩いたところで、宗明が振り返り、懐から丸いものを出してきた。
レモンだ。
「ほら」
手を出せと催促され、俊は仕方なく受け取った。まさかとは思うが、これを俺の明日の朝飯にしろと?
「……なんですかこれ」
「離れに、椎奈ちゃんがいる。俊君を待ってる」
俊は目を見開いた。
「親父は、顔合わせの儀に俺たちも親父も出席できなかったことを悔やんでいてな。どうしようもないんだけど、高成さん達にも俊君にも悪かったって。だからその埋め合わせだ」
通例では、見合いで結婚が成立した男女は、女の家で『顔合わせの儀』をおこなうしきたりがある。
女は自分たちにちなんだ小物を用意し、二つに分ける。女の身内の成人男性が「先触れ」となり、表門で男を含めた家族の到着を待つ。先触れはまず本宅に家族を案内し、次いで見合いの相手の男性のみを離れまで案内する。二人を会わせる前に、先触れは女が用意した小物を男に渡す。その後、離れで待つ女と顔を合わせ、分けられたものを合わせ、互いの名を名乗るのだ。
それを今からやってこいというのか。
「だから俺に酒を呑ませてくれなかったんですか?」
恨み節で言ってみたかったが、声が弾んでしまっている。
宗明は秋風のような清々しい笑みを浮かべ、頭をさげた。
「ご縁ありましてこの日を迎えられましたこと、一同喜ばしく存じております」
宗明は、勝明の家の玄関から離れまでの道筋を説明してから、俊に内側から鍵を頼むと言って、表門を出て帰った。俊は表門の施錠後、庭を経て菊野家の離れに向かった。離れの軒下に行灯が吊してあった。中も引き戸のガラス部分から灯りが見える。
戸を引き入ると、女が待っていた。俊を認めてから深々と頭を下げた。浴衣ではあるが羽織も纏っており、彼女のついた三つ指の先には檸檬の小枝があった。
「お待ちしておりました。ご縁ありましてあなたと沿うこととなります。椎奈と申します」
「武藤俊です。どうぞ末長く宜しくお願い致します……なんだ、まだ緊張してるのか?」
顔を上げた椎奈の真面目なそれを見て、俊は苦笑したのだが、椎奈は上目で俊を見た。どうも挑発したそうではあるが、俊から見たら可愛いに可愛いが上乗せされただけに過ぎない。
「緊張じゃなく、期待です」
おっと。それならば、期待に添えるように励まねばならない。
俊は玄関に上がるなり椎奈を抱き寄せた。椎奈も俊にぴたりとくっついてくる。椎奈の練り香水の匂いを堪能していると、相手は小首を傾げた。
「あれ? 俊さんは、お酒、呑まなかったの?」
「呑ませてもらえなかった。俺だけ牧草の匂いのするよく分からない飲み物を出された」
椎奈は俊の腕の中で肩を振るわせ笑っていた。宗明と同じ仕草だ。血筋なのか。
「最近にね、勝明伯父さんに出したら、好きになったみたい。ルイボスっていうお茶なの。蕗子伯母さんが、最近あればっかり飲んでるって教えてくれたわ。伯母さんもあんまり好きじゃないって。ルイボスはカフェインが入っていないから、胃に優しいの。でも確かにクセは強めよね」
そうなのか。好意であれだったのか。勘ぐってしまって申し訳ないとちょっとだけ思ったが不味いものは不味い。
「さっき伯父さんたちが飲んでいた日本酒は、ここにもあるのよ。おつまみも。呑みたい?」
俊は首を振った。
「まずシャワーを借りるよ。椎奈さんと……」
俊は、はたと我に返った。
「体の方はもう大丈夫なのか?」
椎奈は照れくさそうに微笑んだ。
「うん。胃の調子が戻ったあたりで、月のものも来たの。もう……大丈夫」
はにかむ姿を間近で見て、俊のやる気はほぼ九十度、上昇した。俊は大急ぎで洗面所に入った。浴衣が用意してあり、衣紋掛けまである。
至れり尽くせりの状況だ。冷静になったら決まりが悪くなりそうだ。今は冷静じゃないからいい。照れるのは明日でも間に合う。
体を洗って浴衣を着たとき、椎奈が入ってきて、ドライヤーを手に取った。
「俺は別に濡れたままでも大丈夫だぞ」
「いやよ。私が冷たいもの」
なるほど。
椎奈は鼻歌を歌いながら俊の紙を乾かしていた。
「どどいつと同じで、おりこうさんね」
「そうなのか?」
椎奈は首を傾げた。
「ブンジロウはドライヤーが大嫌いで、逃げ回るんだ」
「どどいつも、好きではないみたいよ。硬直してるから」
同じ犬種でも性格があるのねと、椎奈は会話を結んだ。
二人で床に入りしばらくは抱き合って横になっていた。灯りはごく小さなものだけが点いている。たった小さな豆電球一つでも、闇夜で情を交わしていたときより視界は格段によかった。
「こんなに早く、椎奈さんを抱ける機会が来るとは思わなかった」
椎奈は答えなかった。ただ、微笑んで、俊の胸に額を合わせた。
可愛い。
俊は椎奈の顔や耳、首筋に唇を這わせながら、彼女の帯の結びを解いた。
「どうしてほしい?」
「俊さんの、好きなようにしてほしい」
椎奈は俊の胸元から背に手を回していった。
「私、俊さんに強引にされるの、大好きみたい……たぶん、そういう性癖……」
その声と顔で、そんなこと言うのか。
危機管理がなってない。俺の理性と同じくらい、ゆるゆるだ。
俊は椎奈の襟を開いて、鎖骨に歯を立てた。彼女は善がって、手を伸ばし、俊のうなじを撫で上げた。
椎奈の帯は緩んでいるが、彼女のくびれた腰に絡まったままだ。俊も襟はくつろげているが、浴衣を脱いではいない。陰影の濃い部屋の中、二人の絡まる姿も放つ匂いも、淫靡さが際立っている。
互いに敏感な場所に触れ合った。椎奈は完全に俊の弱い場所を把握したようだ。彼女の希望通り、強引に進めるつもりはむろんあったが、椎奈に手玉に取られている気がする。
「声、聞きたい……」
甘い声で椎奈は俊に囁いた。俺が言いたいことを先に言われた。椎奈も、俊の理性を簡単に消す喘ぎをずっと洩らしている。
男を受け入れる準備が整った椎奈のからだと、やはり完全に猛った俊のからだは繋がった。二人とも体全体、五感の全てが結合に集中している。
「俊さ……すき」
女はすごいな。行為の最中で意味のある文章を喋ることができるのだから。
一度離れ、俊は椎奈をゆっくりうつ伏せにした。彼女の浴衣をまくり上げ、お尻を剥き出しにさせた。
「あ……」
期待に溢れた嬌声に応えたい。俊は椎奈の背と自分の胸を重ね、ゆっくりと椎奈の中へ、もう一度入っていった。
「すき……」
椎奈の語彙もいつの間にか消えていた。
「泊まっていく? それとも、帰っちゃう?」
事後、二人でシャワーを浴び、俊は椎奈の髪を乾かした。なんだかんだと恒例になってしまった。今は二人で、布団に潜り込み他愛もない話をしている。
椎奈は、紗を脱いでいくように、少しずつではあるが、自信を感じさせる言動をするようになった。
俊と出会ったことでの結果なら、光栄なことだ。途中の挫けも、必要だったのだと、お互い汲めることができた。
「朝ご飯は、蕗子伯母さんが用意してくれるって」
「ああ、それでか」
勝明のアレは惚気でもあるが、楽しみにしておけという意味だったようだ。
「でも、照れくさかったら、帰ってもいいのよ? 裏門の鍵を渡します。鍵は結納のときにでも返してくれたらいいから」
「蕗子さんが飯を用意してくれるつもりなら、何も言わずに帰るのは悪いだろう」
「あなたが帰るなら、そう連絡がいくから大丈夫」
あなたという言葉にときめき興奮しながら、俊は首を傾げた。ちらと部屋を見渡したが、電話はなさそうだ。俊の疑問に気付いたのか、椎奈は「あのね」と苦笑した。
「私の弟が、裏門の内側にセンサーを付けたの。今晩から明日の朝まで、人の出入りがあったら分かるようになってるから、俊さんが今夜中に裏門から出たら、帰ったって弟が蕗子伯母さんに伝えてくれる」
「センサー?」
椎奈は、彼女の弟が裏門にセンサーを付けた動機を、気まずそうに話した。
俊はしばらく耐えていたが、結局堪えられず大声で笑った。
「……お、おれ、も、奈月さんの……言い分が正しいと……う、……やべえ香月君……次に会ったら俺笑う、絶対」
笑いのツボにはまってしまった俊を見て、椎奈も結局笑っていた。
ちなみに、勝明の言った通り、蕗子の朝食も美味かった。
終
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