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五章 聖地の守護者

80話

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 そこは小さいながらも美しい教会だった。
 ただ正面の扉は頑丈に施錠されており、俺達は裏口から内部へと招き入れられた。
 とはいえ罠というわけではないようで、教壇の前で跪いていた女性の元へ案内される。

 彼女は巨大な天窓から差し込む光を一身に浴びながら、祈り続けていた。
 だが俺達の足音に気付いたのか、ゆっくりと立ち上がるとこちらへと視線を向ける。
 そこで、自ずと理解した。
 鋼色の髪と藍色の瞳、そして整い過ぎた姿。
 彼女こそが、鋼の聖女なのだと。

「聖女様、例の冒険者の方々をお連れしました」

「ようこそ、お三方。 急な呼び出しにもかかわらず応じていただき、ありがとうございます」

 まるで鈴の音の様な声音が、俺達しかいない教会に響く。
 ふと見れば正面の扉は内側からも錠が掛けられていた。
 錠を外した形跡もなければ、そもそも扉が使われているのかさえ不明だ。
 つまりここは、聖女専用の教会ということか。

 この場所に呼んだという事は、他者に聞かれたくない話をするのか、それとも俺達への牽制か。
 取り敢えずは話し合いで相手を出方を窺う必要がある。
 臆せず聖女の元へと歩み寄りながら、口上を返す。

「こちらこそ、まさか聖女様に呼ばれるとは――」

 その時、俺の視界を黒い髪が遮った。
 一歩前に出たビャクヤが、俺の前で立ち止まったのだ。
 
「待て、ふたりとも。 それ以上、あ奴に近づくな」

 明確な敵意。
 ビャクヤの警告にはそれが混じっていた。
 見れば背中の薙刀に手を伸ばしている。

「ビャクヤ、どうした。 相手は聖女だぞ」

「あ奴から、使徒に似た気配を感じる」

「なっ!?」

 思わず、鋼の聖女へ視線を走らせる。
 ビャクヤの威圧を受けても彼女は自然体のままで、こちらの出方を窺っているように見えた。
 彼女の武器であろう大剣は、すぐにでも手が届く足元に置かれている。

 しかしそれを手に取る様子はない。
 少なくとも俺には、襲ってくる様子は見て取れなかった。
 余りの事態にアリアでさえも、若干の混乱している様子だった。

「ちょ、ちょっと! 相手はこの街の要人よ! もし違ってたらどうするつもりなのよ!」

「だが不意を突かれれば危険だ。 それにパーシヴァルしかり、重要人物であっても使途ではないという証明にはならぬだろう」

「それは、そうだけれど……。」

 ビャクヤの意見は正しい。だがアリアの意見にも一理あった。
 ひと悶着おこした後で、間違いでしたでは済まされない相手だ。
 なんせ相手は鋼の聖女。教皇ベセウスが見出した街の守護者である。

 信者からの信用の厚さと、エルグランドにおける重要度でいえば教皇ベセウスに次ぐだろう。
 そんな相手を攻撃してしまえば、もう後には引けない。
 街から追い出され、要人殺害未遂の容疑で指名手配され、使徒の捜索どころではなくなる。
 それでも彼女が使徒ならばまだいい。だが違った場合はどうなる。
 ひとつとして得る物もなく、莫大な損害を被るだけだ。

 かといってそれを恐れて、無策で近づいて奇襲を受ければひとたまりもない。
 使徒であるなら俺達の様に何らかの強化を受けている可能性がある。
 そして街で聞いた鋼の聖女の功績を考えれば、彼女の実力は侮れる物ではない。
 無防備な所に一撃を貰えば、頑丈なビャクヤでも危うい。
 俺やアリアに至っては即死も十分にあり得る。

 一応は魔法の準備を整える。いざとなれば三人まとめて教会の外へと飛べばいい。
 今ここで確認すべきは、本当にこの相手が……この聖女が黄昏の使徒なのか、という事だ。
 身構えた俺達を見て、ようやく聖女が足元の剣を手に取った。
 そして傍に控えていた女性へと歩み寄る。

「私の名前はミリクシリア。 エルグランドでは鋼の聖女と呼ばれる者です」

 身の丈程もある大剣を軽々と持ち上げた聖女――ミリクシリアは、それを左右に振りはらった。
 エルグランドの紋章が彫り込まれた刀身が風を切り裂き、教会の中に響き渡る。
 それは如実に彼女の身体能力と技量の高さを示していた。
 ミリクシリアは藍色の瞳で俺達を射抜き、そして告げる。  

「その鋼と呼ばれる所以を、この場で示しても私は一向に構いませんが――」

 ビャクヤが構え、俺も魔法を起動させる。
 緊張感が頂点に達した、その瞬間。

「今はやめておきましょう。 この剣が話し合いの枷になるのであれば、ローナ。 預かっていてください」 

 聖女は、女性へと剣を引き渡した。
 剣の大きさに女性がよろつくが、聖女はそれを苦笑いで見守っている。
 気付けば先ほどまでの威圧は完全に消えて、聖女の口元には自然な微笑が浮かんでいた。
 
「これで今の私はただのミリクシリア。 であれば、話し合いに応じていただけますか?」

 ◆

 
 剣を他者に預け、武装した相手を前に無防備で佇む。
 それがどれほど命知らずな事なのか。
 言わずとも理解できるだろう。

 武器がなくとも俺達を圧倒できる、という自信の表れか。
 はたまた全くの赤の他人である俺達を信頼しているという、聖女らしい博愛の表れか。
 どちらにせよ、この状況は俺達にとって圧倒的に有利な状況だ。

 そして選択権も完全に俺達が握っていた。
 ここで争うか、それとも話し合いに持ち込むか。 

「ビャクヤ、どうする。 相手が使徒だと確証があれば、いまが絶好のチャンスだが……。」

「分からぬ」

「分からぬって、アンタね」

 ここで断言できれば、迷いはなかった。
 相手は武器を手放しており、千載一遇のチャンスと言えた。
 しかし相手が使徒だと断定できない以上、俺達からは手出しができない。

 ヴァンクラットしかり、傍目に見て相手が使徒かどうかを見分けるのは、非常に難しい。
 その問題を打開するビャクヤの能力が使えない以上、ここは相手の出方で使徒かどうかを判断するほかない。
 
「信用されていませんね。 では決断を下すまでの間、お茶でも入れましょう。 ローナ、お願いします」

 ミリクシリアが告げると、壁際で控えていたローナと呼ばれた女性が聖女の剣を持ったまま姿を消す。
 そうなれば、完全に聖女は無防備だった。
 主武装を失い、ただ教会の中心で佇み俺達の判断を待っている。
 そこで俺はふたりに問いかけた。

「俺だけで話し合いをする。 逃げるには最も適した能力を持ってるからな。 任せてくれるか?」

 なんと言われようとも、この意見を変えるつもりはなかったが。 
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