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四章 虚空を統べる者
54話
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「俺はファルクス。 転移魔導士です」
「転移魔導士!? そりゃ残念だったね! 君は用無しだ! おさらば!」
「まてまてまて! おい、アテネス! さっきの話はどうなった!」
「ちょ、ちょっと待ってください、ボス」
唐突にハイゼンノードから向けられた魔道具の切っ先に、慌ててアテネスの名前を呼ぶ。
入団するのであれば名前とジョブを名乗れと言われたから答えた結果が、これである。
とは言え転移魔導士が使い物にならないのは周知の事実。
能力に関して詳しい説明が無ければハイゼンノードの行動も責められない。
あわや殺されかけた俺の前に、アテネスが飛び出してどうにかハイゼンノードをおしとどめる。
「このファルクスは人間を転移させられる貴重な人材なんですよ! 私がこの目で確認したので、間違いありません!」
「人間を!? そりゃすごい! 転移魔導士の限界を超えているよ!」
「アリアの能力もいいんですけど、この男の能力があればもっと仕事が簡単になりますよ、ボス」
「でもね、でもねでもね、アテネス! この男が逃げ出したら、誰が捕まえれると言うんだい?」
そりゃ、空間を自由に転移できる相手が逃げ出せば、捕まえるのに苦労するのは明白だ。
当たり前すぎるハイゼンノードの疑念だが、それを聞いたアテネスは自信ありげに胸を張る。
「安心してください。 このわたしが、ちゃちゃっと捕まえますよ」
実際に先の戦闘で追い詰められたのは俺の方だ。
彼女に同意する意味で俺も頷いて、肩を竦める。
「あぁ、残念なことにそのアテネスと俺の魔法の相性は最悪だ。 とてもじゃないが逃げ切れない」
「なので安心してください、ボス!」
「それはいいね! そりゃいい! それがいいよ!」
俺の加入がそんなに気に入ったのか。
いっそ無邪気にも見えるほど喜びを露わにするハイゼンノード。
周囲を見渡しても彼に意見を言おうとする人間はいない。
それだけにハイゼンノードが信頼されている証なのだろう。
だが目の前の男の感性が、絶妙にずれている気がしてならない。
隣で身を固くするアリアに小声で問いかける。
「あの男はいつもこうなのか?」
「ハイゼンノードは気がふれてるの。 今は比較的、落ち着いているけれど」
「これで、落ち着いてる?」
冗談だろと視線を前に戻すと、先ほどの笑顔のままハイゼンノードは言った。
「それじゃあさっそく、裏切り者の手足を切り落とそう! 間違っても殺しちゃだめだよ!」
「なるほど、大体理解できた」
これ以上ない程にハイゼンノードの性格が理解できた。
相手の機嫌を損ねないよう、冷静に言葉を選びながら口を開く。
「ボス、と呼べばいいのか。 ひとつよろしいですか?」
「なんだい? 君はまだ入団の儀を受けていないから、僕をボスだと呼ぶことはないのだけれど、なんだい?」
「アリアの手足を切り落とすのは賢明な判断とは言えません。 彼女の魔法、もしくはスキルを目当てにしているのであれば、四肢の欠損は能力の低下に繋がります。 えぇっと、たしか……。」
「ガルウィン魔導研究書、第7巻16節に書いてることだね! 四肢への魔力の巡りを断ち切れば、魔法やスキルの発動に著しい影響を及ぼす! まさか、君も読んだのかい!?」
「えぇ、そうですね。 自分の能力を知るためには必要な知識だったので」
「それは素晴らしい! 君とは一度、魔法について語り合ってみたいね!」
子供の様に目を輝かせるハイゼンノード。
そんな彼に俺は冷静を装って、言葉を返した。
だが内心では酷く困惑していた。畏怖していた、と言い換えてもいい。
ガルウィン魔導研究書は魔法の基礎とその性質を事細かに解説した研究書だ。
その研究内容は膨大で、本来なら自分に関係のある研究の項目を読むのが一般的とされている。
俺も転移魔法がどういった性質を持ち、自分の体が魔法にどれだけの影響を及ぼすのかを研究した。
だからその一節を覚えていたのだ。
だというのに、ハイゼンノードは一切の迷いなく俺の思い描いた項目を暗唱した。
狂人という言葉では片付けられない。魔法学に精通した、狂った研究者という事だろう。
知識と財力と裏の権力を持った狂気の研究者。そしてアテネス達が恐れるだけの実力も兼ね備えている。
遅れて、目の前の人物がどれほど危険なのかを理解した。
だが疑問も出てくる。そんな相手と、どこでアリアが接点を持ったのか。
孤児院から逃げ出した幼い彼女が裏社会のトップと関りを持つのは難しいだろう。
全くの偶然か。それとも何らかの事件に巻き込まれたのか。
詳しくはわからないが、それでも確実に言えることはあった。
「なぜこんな男と関わったんだ。 ろくなことにならないと想像できただろ」
「なぜって? 私の目的の為ためよ。 こんな事になるなんて、思ってもみなかったけれど」
想像以上に響いたアリアの言葉を拾ったのか、ハイゼンノードは笑い声をあげた。
「おかしいな、おかしいね? 君は人殺しがしたくてここに入ったんじゃないか! そうだろう! そうだった!」
「違う! 私は――」
「違わないさ! 自分を孤児院から追い出した子供達を殺したい! そう僕に語って聞かせたのは、なにを隠そう君なんだからね!」
静まり返った室内に響くのは、ハイゼンノードの狂った笑い声だけだった。
「転移魔導士!? そりゃ残念だったね! 君は用無しだ! おさらば!」
「まてまてまて! おい、アテネス! さっきの話はどうなった!」
「ちょ、ちょっと待ってください、ボス」
唐突にハイゼンノードから向けられた魔道具の切っ先に、慌ててアテネスの名前を呼ぶ。
入団するのであれば名前とジョブを名乗れと言われたから答えた結果が、これである。
とは言え転移魔導士が使い物にならないのは周知の事実。
能力に関して詳しい説明が無ければハイゼンノードの行動も責められない。
あわや殺されかけた俺の前に、アテネスが飛び出してどうにかハイゼンノードをおしとどめる。
「このファルクスは人間を転移させられる貴重な人材なんですよ! 私がこの目で確認したので、間違いありません!」
「人間を!? そりゃすごい! 転移魔導士の限界を超えているよ!」
「アリアの能力もいいんですけど、この男の能力があればもっと仕事が簡単になりますよ、ボス」
「でもね、でもねでもね、アテネス! この男が逃げ出したら、誰が捕まえれると言うんだい?」
そりゃ、空間を自由に転移できる相手が逃げ出せば、捕まえるのに苦労するのは明白だ。
当たり前すぎるハイゼンノードの疑念だが、それを聞いたアテネスは自信ありげに胸を張る。
「安心してください。 このわたしが、ちゃちゃっと捕まえますよ」
実際に先の戦闘で追い詰められたのは俺の方だ。
彼女に同意する意味で俺も頷いて、肩を竦める。
「あぁ、残念なことにそのアテネスと俺の魔法の相性は最悪だ。 とてもじゃないが逃げ切れない」
「なので安心してください、ボス!」
「それはいいね! そりゃいい! それがいいよ!」
俺の加入がそんなに気に入ったのか。
いっそ無邪気にも見えるほど喜びを露わにするハイゼンノード。
周囲を見渡しても彼に意見を言おうとする人間はいない。
それだけにハイゼンノードが信頼されている証なのだろう。
だが目の前の男の感性が、絶妙にずれている気がしてならない。
隣で身を固くするアリアに小声で問いかける。
「あの男はいつもこうなのか?」
「ハイゼンノードは気がふれてるの。 今は比較的、落ち着いているけれど」
「これで、落ち着いてる?」
冗談だろと視線を前に戻すと、先ほどの笑顔のままハイゼンノードは言った。
「それじゃあさっそく、裏切り者の手足を切り落とそう! 間違っても殺しちゃだめだよ!」
「なるほど、大体理解できた」
これ以上ない程にハイゼンノードの性格が理解できた。
相手の機嫌を損ねないよう、冷静に言葉を選びながら口を開く。
「ボス、と呼べばいいのか。 ひとつよろしいですか?」
「なんだい? 君はまだ入団の儀を受けていないから、僕をボスだと呼ぶことはないのだけれど、なんだい?」
「アリアの手足を切り落とすのは賢明な判断とは言えません。 彼女の魔法、もしくはスキルを目当てにしているのであれば、四肢の欠損は能力の低下に繋がります。 えぇっと、たしか……。」
「ガルウィン魔導研究書、第7巻16節に書いてることだね! 四肢への魔力の巡りを断ち切れば、魔法やスキルの発動に著しい影響を及ぼす! まさか、君も読んだのかい!?」
「えぇ、そうですね。 自分の能力を知るためには必要な知識だったので」
「それは素晴らしい! 君とは一度、魔法について語り合ってみたいね!」
子供の様に目を輝かせるハイゼンノード。
そんな彼に俺は冷静を装って、言葉を返した。
だが内心では酷く困惑していた。畏怖していた、と言い換えてもいい。
ガルウィン魔導研究書は魔法の基礎とその性質を事細かに解説した研究書だ。
その研究内容は膨大で、本来なら自分に関係のある研究の項目を読むのが一般的とされている。
俺も転移魔法がどういった性質を持ち、自分の体が魔法にどれだけの影響を及ぼすのかを研究した。
だからその一節を覚えていたのだ。
だというのに、ハイゼンノードは一切の迷いなく俺の思い描いた項目を暗唱した。
狂人という言葉では片付けられない。魔法学に精通した、狂った研究者という事だろう。
知識と財力と裏の権力を持った狂気の研究者。そしてアテネス達が恐れるだけの実力も兼ね備えている。
遅れて、目の前の人物がどれほど危険なのかを理解した。
だが疑問も出てくる。そんな相手と、どこでアリアが接点を持ったのか。
孤児院から逃げ出した幼い彼女が裏社会のトップと関りを持つのは難しいだろう。
全くの偶然か。それとも何らかの事件に巻き込まれたのか。
詳しくはわからないが、それでも確実に言えることはあった。
「なぜこんな男と関わったんだ。 ろくなことにならないと想像できただろ」
「なぜって? 私の目的の為ためよ。 こんな事になるなんて、思ってもみなかったけれど」
想像以上に響いたアリアの言葉を拾ったのか、ハイゼンノードは笑い声をあげた。
「おかしいな、おかしいね? 君は人殺しがしたくてここに入ったんじゃないか! そうだろう! そうだった!」
「違う! 私は――」
「違わないさ! 自分を孤児院から追い出した子供達を殺したい! そう僕に語って聞かせたのは、なにを隠そう君なんだからね!」
静まり返った室内に響くのは、ハイゼンノードの狂った笑い声だけだった。
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