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二章 有明と黄昏

38話 剣聖視点

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「はぁ。 僕達も随分と落ちぶれたとは思ったけれど、まさかここまでとはね」

 エレノスが深いため息をついた理由は様々だ。
 常軌を逸したナイトハルトの行動の数々。それに伴う責任問題。
 その尻拭いや火消しに追われるのはいつだって賢者という立場の彼だった。
 問題を持ち前の頭脳でどうにか解決してきた賢者エレノス。
 だが今回の問題は彼の頭脳を持ってしても、解決するのは困難に思えた。

「どういう事ですか!? ロック・エレメンタルの討伐は成功したのですか!?」

「見ればわかるだろう。 失敗したよ。 無様にね」

「そ、そんなことで済まされると思っているのですか!? 貴方達が他の冒険者を追い払ってしまったんですよ!」

「それはわかっている。 だから少し考えさせてくれ。 見ての通り、勇者様は生死の狭間をさまよってる」

 エレノスが視線を向けた先には、ベッドに横たわるナイトハルトと、治癒をおこなうティエレの姿があった。
 特にナイトハルトは重体で意識を失っている。それが回復するのもいつになるかは不明だった。
 勇者が重体。その一報を聞けば大抵の人が驚くだろうが、ナイトハルトの素行を知っている町長は、憐れむどころか怒りを増す一方だった。
 弁解の余地もなく、ひたすらに怒鳴りたてる町長の顔を伺いながら、頭を下げる。

「この埋め合わせは必ずします。 ですから、ほんの少しだけ時間をください」

「必ず! 必ずどうにかしてくださいね!?」

 私達がしくじった事で事後処理に追われるのだろう。
 怒鳴るだけ怒鳴って、忙しそうに部屋を去っていった町長の背中を見送る。
 嵐が去った後の様な静けさが、部屋に戻ってくる。
 そこでエレノスが小さくつぶやいた。

「ほんの少しの時間で解決できるとは思えないけどね」

 皮肉のきいた一言を躱して、奥の部屋へと視線を向ける。

「けれど時間がなければ解決できないこともある。 まずはナイトハルトの治療が終わるまでの時間を稼がないと」

「この山脈を抜けられないのなら、遠回りするしかない。 でもナイトハルトの回復を待っていてはいつになるか……。」

 私達は、魔王の配下である魔将が不法に統治する地域へ向けて、遠征を決行した。
 失敗が続き国からの支援が打ち切られる寸前となったため、起死回生の一手を打ったのだ。 
 人々を苦しめる魔将の一人を打倒せば、国に大きく貢献することになる。そうすれば私達の旅はまだ続けられる。
 名案に思えた遠征はしかし、山脈の麓に存在するこの小さな町で大きく躓いていた。

 目的地である、魔族と抗戦を続ける地域エルグランドへ向かうには、この山脈を通過するのが手っ取り早い。
 しかし事はそう簡単にはいかなかった。山脈を貫く洞窟に、ロック・エレメンタルと呼ばれる巨大な魔物が出現したのだ。
 超大型に類されるロック・エレメンタルは岩石の体を持ち、高い耐久力と物理攻撃力を有する。一方で動きは鈍重で、動きをよく見ていれば攻撃を避けることは難しくない。
 最高火力を誇る私達のパーティとは相性が良く、決して苦戦を強いられる相手ではなかった。いや、確実に勝てる相手だと言っても、過言ではなかったのだ。

 しかし結果は見ての通り。
 圧勝できると町長に豪語した勇者は重体となり、わたし達は足止めを食らっていた。
 
「そろそろ、考えるべきかもしれないね。 勇者と共に行動するか、決別するかを」

「まさか置いていくというの? 勇者を? 私達は勇者一行なのよ?」

「アーシェも分かっているだろう? ナイトハルトはパーティの調和を乱す。 今回のロック・エレメンタルは確実に勝てる相手だった。 あの勇者様が独りよがりな戦い方をしなければ」

 それは、否定できない事実だ。 
 戦いの前にも打ち合わせをして、確認した。それどころか、最近では毎晩のように互いの役割を分担して、瓦解しかかった連携を必死に戻そうと私達は努力している。
 だというのに、勇者はそれをあざ笑うかのように、独断的な戦いを続けていた。
 
「それに加えて近隣にいた冒険者を追い払ったのもナイトハルトだ。 手柄を横取りされたくないという、安っぽいプライドの為に、ここの人々を危険にさらしているんだぞ」

 ナイトハルトは、ロック・エレメンタルが問題視されていると聞いて、歓喜していた。
 自分達にとってカモに等しい魔物が現れたのだ。そしてロック・エレメンタルはゴールド級の冒険者が対処すべき魔物でもある。つまり自分達の実力を示すのに最もふさわしい魔物だと考えたのだろう。いや、実際に私達も考えた。
 ここで問題になっている魔物を圧倒的な力でねじ伏せれば、今までの失態も少なからず打ち消せるのではないかと。
 しかしここでも問題が起こった。ナイトハルトが手柄を横取りされることを嫌い、冒険者達をこの街から追い払ったのだ。その結果がどうなるか、考えもせずに。

「今ならまだ間に合う。 全ての責任を勇者に押し付けて、僕達だけエルグランドへ向かおう。 足りなくなった前衛や中衛は金で雇えばいい。 国からの支援が無くなるだろうが、それでもナイトハルトをパーティに置いていく方がリスクには代えられない」

「ティエレはどうするの? 勇者と行動するという大義名分がなければ聖堂教会へ連れ戻されてしまう」

「勇者なくして勝利無し。 そんな聖堂教会の考えを覆すだけの戦果を挙げればいい。 頭でっかちな教会も、今の勇者の問題をよく理解しているだろうしね」

 確かに、教会が私達に協力するもっとも大きな理由は、魔王討伐という最終的な目標を達成するためだ。
 勇者の力は魔王を滅ぼすためには必須であり、勇者がいなくては魔王は滅ぼせない。教会はそう考えている節がある。
 そのため勇者に聖女という貴重な人材を預けて、共に経験を積ませてはいるがしかし、国が勇者にその力がないと判断すれば、否応なしに教会はティエレを連れ戻してしまうだろう。
 であれば、勇者がいなくとも、私達に魔王を倒せるだけの実力があると証明すればティエレが連れ戻される事を阻止できるかもしれない。
 あくまで、かもしれない止まりだが、その可能性も無くはない。
 
 これまでの勇者の行動をかんがみても、仲間にしておく意味は薄い。
 それどころか、今回の様に悪評を広げる事を考えれば、切り捨てられて当然とも言える。

 しかし、それでは駄目なのだ。
 魔王を倒すには、勇者の力があるに越したことはない。
 勇者一行の私達が、戦ってみて駄目でした、では済まされない問題だ。
 たとえこの状況を乗り切れたとしても、魔王を倒せなければ、全ては無駄になるのだから。
 ならば、答えは決まっていた。

「この状況を乗り切るには、ロック・エレメンタルをどうにかすればいいだけの話でしょう?」

「まさかとは思うけれど」

「私がひとりで倒す。 今はそれが最善策でしょうから」

 これは問題の先延ばしに他ならない。
 根本的に勇者の行動を変えなければ、私達はどこかで大きな過ちを犯すだろう。
 だがわかり切った未来が見えているのに、勇者は変わろうとしない。
 どれだけ言葉を交わしても、わたし達はわかり合えないのだ。
 ならば訪れるのは、見え透いた破滅だけだ。
 しかしそれは今ではない。
 
 後衛である二人に、移動しながら戦う術はない。賢者エレノスの魔法は威力が高いが本人が動けない、いわゆる大砲の様なものだ。鈍いとはいえロック・エレメンタルに狙われれば、ひとたまりもないだろう。
 同じ理由でティエレも連れてはいけない。それに今は勇者の治療に集中してもらわなければ。
 となれば私一人で戦うほか、道は残されていなかった。
 
「僕は常々思っているよ。 なぜ君が勇者じゃないのかってね」

 見ればエレノスは苦笑を浮かべていた。
 
「そんな立派な肩書は、私には重すぎるわ。 この剣聖だって、重圧に感じているぐらいなんだから。 でも、そうね。 勇者の肩書に相応しいのは……。」

「言わなくても分かっているよ。 君の口から出てくるのはその名前だけだ」

「さすがは賢者。 それじゃあ、後は頼むわね」

 そう言って、部屋を出る。
 行く先は暗い洞窟の奥先。
 不安がないと言えば嘘になる。
 しかしこれは私が決めたこと。
 
 進むと決めたからには、立ち止まることも、引き返す気もない。
 ファルクスと掲げた、夢の為に。
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