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二章 有明と黄昏

37話

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 夜明け。太陽が地平線から顔を覗かせると同時に、この村は目覚める。
 それも、いつもならばの話だ。
 今日に限って言えば、村人や滞在している冒険者達が分け隔てなく、村の入口に集まっていた。
 外交的ではない俺にも握手と感謝の言葉を述べる人々。そして誰とでもすぐ仲良くなってしまうビャクヤに関していえば、彼女と握手をしながら泣き出す人もいるほどだった。
 その中にはビャクヤに建築技術を教わっていた屈強な男たちも混じっており、小柄な少女の手を握って泣く大男の絵面は、何とも言い難いものだった。
 ともあれ今日は、俺達がこの村を出発する日なのだ。

 急な出発になったのだが、これほど人が集まるとは思っておらず、少しばかり気恥ずかしい思いもしている。
 だが希望に満ちた人々の顔を見るたびに、あの冒険者と同じことが出来たのだと、うれしくもあった。
 そして馬車が出発する直前、最後の挨拶を済ませようとパティアが村を代表して歩み出た。

「本当に、ありがとうございました。 お二人には、なんとお礼を言っていいのか」

「うむうむ、納得するまで感謝するがいい。 だが忘れるな? 我輩たちは正当な報酬を受け取っている。 必要以上に恩義を感じる必要はないのだからな」

「それに村の被害も少なくない。 もっとうまく立ち回れたはずなんだが、済まなかった」

 復興に関していえば、まだまだ途中と言えるだろう。
 だが将来的には、この村に来た時よりも大きくなる。そう予感させるほどに、人々の活躍は目覚ましかった。
 それもヴァンクラットの研究室から拝借してきた素材を売り払い、復興の資金に充てたことが大きかったのかもしれない。もとはと言えばあの男が原因である。この程度は役に立ってもらわないと割に合わない。
 やっとの思いで元の生活に戻りつつある村を離れるのは心苦しいが、ヨミの命令によって次の使徒の元へ向かわなければならなくなったのだ。 
 逃げ出すように思えて顔を背けると、パティアは俺の手を取り、はっきりと断言した。

「違いますよ、ファルクスさん! おふたりが居なければ、この村は無くなっていたに違いありません。 もちろん犠牲になった方々、それに村長も残念でした。 ですが私達は、間違いなくお二人のおかげで生きています」

 見れば、周囲に人々も大きく頷いていた。

「失ったものも大きいですが、救ったものはもっと大きい。 胸を張ってください、ファルクスさん」

 じわりと、胸の奥から温かな物が溢れてくる。
 きっとあの冒険者を継ぐことができたら、嬉しいのだと思っていた。
 アーシェとの誓いを守る事が俺の唯一の目標だと考えていた。
 だがそれを少なからず達成した今、こみ上げてくるのは安心感だった。
 未だに実感の湧かない俺の背中を、ビャクヤが加減知らずの腕力で叩く。

「胸を張れ、ファルクス。 お主は紛れもない、救世主なのだからな」

「それを言うなら、ビャクヤもそうだろ」

 ビャクヤと笑い合っていると、パティアは目配せをして、ふたりの村人を呼んだ。
 彼らは共に大きな荷物を抱えており、それは厳重に布で巻かれていた。

「それと、おふたりにはこの村から感謝を込めて。 受け取ってもらえますか?」

 手渡された物の布を取り外して、目を見張る。
 それはシンプルな構造ながら、要所にワイバーンの素材を使った剣だった。
 見ればビャクヤも同じく、ワイバーンの素材を使った薙刀を受け取っている。
 確かに村長の厚意で武器を発注したとは聞いていた。
 しかしその後、不幸が重なりワイバーンの武器を作るほどの余裕は村には無くなったのだ。
 その判断は当然と言えたし、復興のために使う資金が増えるならそれでいいと思っていた。 

「いいのか? これは村の再建のために売り払ったはずじゃ……。」

 村の復興に遅れが出るのでは。そう心配したが、村人たちを見て気付く。
 やる気に満ち溢れ、俺達の出発を祝ってくれている相手に、それは無用な心配だったと。
 今まで使っていた剣を馬車に乗せて、新しく貰ったワイバーンの剣を腰に下げる。
 そして精一杯の感謝と共に、村人たちへ頭を下げた。

「ありがとう、大切に使わせてもらう」

「我輩もだ。 皆に、最大限の感謝を」

 そして、こみ上げる涙を隠すように、村を去ったのだった。



 揺れる馬車の上で、ゆっくりと思案を巡らせる。
 あのヴァンクラットが黄昏の使徒であることは間違いなかったが、情報を引き出すことはできなかった。
 だが何の成果もなかったかと言えば、そうでもない。
 研究所を漁った結果、多少の資料を回収することができたのだ。
 もちろん重要な内容などではないが、小さな情報もつなぎ合わせていけば重要な情報に繋がる可能性もある。

 ただ問題なのは、ヨミとのコミュニケーションだ。
 ヨミと実際に会話をしているのはビャクヤである。
 有明の使徒。黄昏の神々。第三の賢者、などなど。
 聞きたいことは山ほどあるが、ヨミは俺達の質問には一切、答える気はなさそうだった。
 そしてヨミは、ビャクヤに次なる目的地を伝えた後に、沈黙してしまった。
 こればかりは、俺やビャクヤにはどうすることもできなかった。
 
「それで、これからどうする? 不機嫌なヨミは次の目的地を指定してきているのか?」

「うむ、行き先はすでに決まっている。 いや、ヨミ様のお考えでは、すでに方針は決まっていると言うべきであろうな」

 ビャクヤは地図を取り出すと、目的地に印を付ける。
 その位置は、俺が嫌と言うほどに見てきた場所。
 すぐにでも街の光景が思い返せる、かつての活動拠点。 
 そして勇者一行がホームに定めている街でもある。

「ウィーヴィルの街へ向かう。 ギルドの協力者と合流し、情報を共有しなければ。 我輩達だけで相手をするには、使徒は強大すぎる」

「それはわかるが、またあの街へ戻ることになるなんてな」

 望まずとも思い起こされるのは、あの時の光景。
 パーティから追い出され、振り返っても、アーシェはそこにはいなかった。  
 自分の実力不足が招いた結果だとは分かっている。それでも、まだ乗り越えることはできなかった。
 その時、ビャクヤがそっと俺の肩に手を置いた。

「怖いか? あの街が」 

「いいや、いこう。 恐れていては、先へは進めないからな」

 きっと理由がなければ逃げ続けてしまうだろう。
 そして言い訳を続けて、二度と戻れなくなってしまう。
 そうなる前に。ビャクヤという心強い仲間と共に戻るべきだ。
 胸を張って、あの場所へ。

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