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一章 純白の鬼

6話

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 そこは、馬車で数時間の場所にあった。
 大地に穿たれた大穴の奥からはときおり、反響した魔物の咆哮が聞こえてくる。
 周辺は木材で厳重に囲まれて、入口には鉄格子が掛けられている。少し古びている所を見ると、元々は別の用途に使っていた物を解体して、ダンジョンの入り口として流用したのだろう。辺境の村にとって、最低限の安全を確保するだけでも相当な負担になっているはずだ。
 早急にダンジョンを攻略したいと思う一方で、油断はできないと冒険者の自分が囁いていた。
 
「これが噂に聞く所の迷宮という奴か。 仰々しい雰囲気だな」

 ダンジョンの入り口を目の当たりにしたビャクヤは、物珍しそうに中を覗いていた。

「ビャクヤはこのダンジョンに入ったことはなかったのか?」

「うむ。 我輩は村の近隣に出ている魔物を討伐していた。 先ほどの受付嬢にもひとりでは迷宮に近寄るなと釘を刺していたからな」

「確かに一人でダンジョンに入るのは自殺行為だからな。 なら以前にダンジョンに入った経験もないのか?」

「これが初めてだな」

 となればダンジョンに入った経験のある俺が仕切るべきだろう。
 馬車から荷物を下ろし終わると、ビャクヤを呼んで作戦会議を始める。

「なら、まずは互いの確認からいこう。 敵より最初に仲間を知れ。 冒険者の基本だ。 俺は転移魔導士レベル13、使える魔法は転移魔法だけ。 剣術には多少の自信があるが、本業の剣士に比べたらお遊び程度だ」

 過去にアーシェと訓練していた経験が役に立っていた。
 剣聖になる前とは言え、剣の素質があるアーシェと互角だった時期もあり、それが自信に繋がっていた。

「我輩は槍術士、レベルは11だ。 使える魔法は無い。 ただ技術(スキル)をいくつか会得している。 そしてこの種族故に、頑強な体が取り柄と言えよう」

 槍術士。読んで字のごとく、槍の技術に長けた戦士の事だ。
 それを示すとおりに、ビャクヤは身の丈より長い薙刀を手に持っており、それを棒きれの様に振り回していた。
 そしてスキルを覚えているという。これに関してはレベルが上がると覚える、戦士用の魔法とでも言える物だ。
 ビャクヤに関していえば、強力な突きを繰り出す『一閃』。
 そして渾身の力で薙刀を叩きつける『豪撃』を覚えているという。
 さらに彼女には、俺など人間にはない利点もある。
 種族としての特性だ。

「気になっていたんだが、ビャクヤは東方の種族、だよな」

「ご明察。 我輩は戦いを好む鬼と呼ばれる種族だ。 間違っても妖魔鬼(トロール)や小鬼(ゴブリン)などと同一視しないよう、気を付けよ?」
 
「あっとつまり、接近戦が得意な頑丈な種族ってことで、いいんだよな?」

「うむ、いかにも」

 大きくうなずいたビャクヤは誇らしげに胸を張る。
 鬼と呼ばれる種族を見るのは、実をいえば初めてだった。いや、見たことがある方が珍しいだろう。
 東方から流れてくる物の中に、酷く脆いが凄まじい切れ味を誇る刀剣・カタナがある。
 冒険者の中では見た目だけの飾り物だと笑われていたカタナだが、東方から来たという剣士が、カタナでワイバーンを一刀両断したことで、その価値は数倍に跳ね上がった。
 そういったこともあり、東方は今でも神秘の多い国だとされている。貿易がおこなわれ始めたのもつい最近の事であり、ごく限られた国々としか貿易を行わないなど、閉鎖的な国としても知られている。
 それ故に、東方固有の種族を見る機会は極めて稀だ。
 最初こそ信じられなかったが、頭から延びる一対の角を見れば疑う余地はない。 

「ならビャクヤは前衛、俺は中衛として遊撃と補助を担当する。 回復薬や薬草、毒消しはありったけ持ってきた。 必要になったら遠慮なく言ってくれ」
 
 頑丈な体を持っているというのであれば、彼女に前衛を任せるのが得策だろう。
 だが俺の提案を聞いたビャクヤは小さく笑う。
 その姿が、あまりにも女性らしくて、一瞬だけ戸惑ってしまう。

「ふふ」

「なにか、変なこと言ったか?」

「違う、そうではない。 我輩はひとりで戦ってきたから、こうして戦の前に会話をすることが斬新なのだ。 なんというか、楽しいな」

 戦いを前に笑う。鬼とはそういう種族なのか、それともビャクヤが特別なのか。
 中々に反応しずらいビャクヤの返しに戸惑っていると、彼女は続けて薙刀で地面を叩いてみせた。

「だが承知した。 共に乗り切ろうではないか、このダンジョンとやらをな」



 非常に湿度が高く、そして薄暗い。
 視界が悪ければ見通せる距離が短くなり、視界が狭まれば奇襲を受ける確率も上がる。
 そのためビャクヤには発光石と呼ばれるアイテムを持たせていた。中々に値段がするが命には代えられない。
 前方を微かに照らすその石が、今の俺達の頼りだった。

「摩訶不思議な構造だな、ダンジョンというのは。 誰かが作ったわけでもないのだろう?」

 そういうビャクヤは、大きな薙刀を担ぎながら周囲を見渡した。
 人間が通るのにちょうどいい広さの通路に、歩きやすい傾斜。
 まるで人間を誘い込んでいるかのような作りに、彼女も疑問を抱いているのだろう。

「ダンジョンが生まれる理由はいくつかあるが、この発生の仕方は自然的な物だ。 
 何らかの原因で魔力が溜まると、魔物が集まり巣を作る。 その巣が徐々に深くなっていくと奥に魔力が溜まり続け、最深部にいる個体は強力になる。 そういった固体は知能を付け、巣穴を複雑化して人々を誘い込む。 その人々を餌にして、繁殖を続ける」

 最下層で魔力を十二分に蓄えた個体はいずれ突然変異を起こして、いわゆる『ボス』と呼ばれる個体になる。
 ただダンジョン内では魔力の濃度が高いため、アイテムや装備も魔化されて、強力な物へと生まれ変わることがある。
 それらを狙って潜る冒険者も後を絶たない。だがそういった冒険者が魔物の餌食なることも多く、彼らのアイテムが再び、別の冒険者を呼び寄せる餌となる。

「魔物も考えているのだな。 我輩なら、自分で出て行って戦ってしまうが」

「種を存続させるための知恵だろうな。 まぁ、当然、巣穴の中には――」

 やかましい程の足音。そして叫び声。
 暗闇の向こう側から姿を現したのは、緑色の小さな魔物。
 もっとも数が多く、もっとも人間を殺している魔物。

「こういった魔物も多く存在しているわけだが」

 ゴブリンである。
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