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第7章 黄昏に燃える光

第9話 援護

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 「僕も君と戦いたいな。構ってくれるよね?もう一発、どすこーい!!」

 そんな無邪気な言葉と共に振り下ろされる拳。

 どごーんっ!!

 「ぐおおおおおっ!!!!」

 進化してからずっと余裕の鼻息を上げていた亀が、初めて唸る。その頭の上には、『昇龍』イリーナが立っていた。

 「ねえアスト!こいつもらっていいんだよね?もう僕も手を出していいよね!!」

 彼女に声を掛けられたアストは両足を失い、ベラの治療を受けている真っ最中。そんな明るいトーンで会話できる状態ではないはずだが……。

 「おうおう、俺にはちょっとばかり荷が重かったみたいだ。あとは頼んだぜ、イリーナ!!」

 とても重傷とは思えない元気な声で答えた。

 「はっはっは!アストも大事なさそうじゃな。安心、安心!!」

 大口で笑いながらヴェルトが歩いてくる。その肩には泣きじゃくるアメリアを担ぎ、その後にブライアンが続いている。

 「おお、爺さん。やっとそっちも片付いたか。まったく待たせんなよな」

 地面に座ったまま、アストは彼の脛を肘で小突く。体を傾けすぎてバランスを崩し、こてんと転がってしまう。

 「こら、怪我人は大人しくしてなさい!あ、ウリ、あそこで転がってる子、こっちに連れてきて!!」

 ベラがぺしんとアストを叩くのを横目に、ウリが僕らの方へと走ってきた。

 「ララさん、それと、て、て、て、テオンさん……。皆のとこに戻れば安心だべ。立てるか?」

 彼女はほとんどララとばかり目を合わせ、ちっともこちらを見ない。僕は「平気」と渇いた笑みを浮かべて立ち上がる。

 「でも、いつまた敵の光線が飛んでくるか分からない。固まっていない方が良いんじゃない?」

 「いやいや、ヴェルトさんがいればもうあんなの怖くないべ」

 疑いもなく言い切る。

 「え、そうなの?ヴェルトさん、どう見ても攻撃タイプなんだけど……」

 僕と同じ疑問を浮かべたララ。彼の獲物はグレートソード一本。そもそも大盾を持っていようと、あんな光線から仲間を守りきれるはずはない。

 だがウリは返事をする前に振り返って歩き始めている。

 「大丈夫だべよー。あの人、トーラス教徒だもん」

 言っている意味が分からない。

 「それにそもそも、イリーナさんが頭を押さえてるべさ。もう光線は飛んでこないべ」

 それは心から信頼しきっている声。開戦前にあんなに不安がっていた、いかにも心配性そうな彼女が、ここまで言うなんて。

 「おーい、テオンたち!何もたもたしてんだ、早く来い!!」

 アストの大声に背中を押され、僕は彼らの方へと駆け出した。




―――アウルム帝国軍、司令部テント

 簡素なテントの中、兵士たちが慌ただしく動いていた。技術の遅れたメラン王国との戦争が、まさかこれほど長引く・・・など、誰が予想しただろうか。

 ちなみに、今は開戦初日、そろそろ太陽も南中に差し掛かろうという頃である。

 「ふざけるな!」

 将軍の怒号が狭いテントに響く。立ち上がった彼の、これまたつんつんと立ち上げられた髪の毛が天幕を突く。帝国の旗が虚しくぱたぱたとはためく。

 「諜報部は何をやっていた!!結局ゴーレム兵の消滅理由は分からないだと!?」

 彼は帝国軍第一部隊、いわゆる陸軍の将軍、ベルトルト・シュレジンガーだ。彼の怒りは既に頂点に達していた。

 「あの一瞬でどれだけの損害が出たと思っている!冗談抜きで国ひとつ滅ぶぞ!!こんなことが原因不明で済ませてたまるか!!」

 ああ、あれは確かに天災だった。人の手によるものとは到底考えられない異常事態だ。そこは同情の余地がある。

 「あいつらがいるから!私は!あれだけ高い金を賭けたのだ!!このままでは私は破滅だ!!」

 「知りませんよ、そんなこと。勝手に賭け事なんかしてたご自身の責任でしょう」

 「何だと!!そもそもお前ら諜報部の情報通りの戦力なら、昼前には降伏させられたはずだろうが!!この役立たずめが!!」

 顔を真っ赤にして唾を撒き散らす。その正面にいるのは諜報部員のラッドだ。

 「ええ、あんな戦力は完全に想定外でした」

 彼は淡々と答える。ベルトルトとの濃淡が激しい。

 「何が想定外だ!馬鹿者!!げほっげほっ……」

 興奮しすぎた彼は一度椅子に座り直し、腫れ上がってでもいそうな喉にお茶を流し込む。

 「はあ……。それにしても本当にこの事態は不味い。ゴーレムによる威嚇が失敗したことで、あろうことかあの非人道的な作戦に移る羽目になってしまった」

 すんと冷静に戻ったベルトルト。この男、しばしば金属のようだと言われるのは、この熱しやすく冷めやすい性格のためだろう。ラッドは慣れた様子で冷静に頷く。

 「このまま圧されればゴーレムたちを失った責を取らされ、この後盛り返してもあの男が調子づく。兄上の心中、お察し致します」

 そう。このラット・シュレジンガーはベルトルトの弟だ。ベルトルトが帝国随一と呼ばれるほどの将軍になったのは、彼の実力と弟の諜報力の賜物なのだ。

 国内に敵無しとうたわれる最強の兄弟。そして、その彼らの立場を脅かすほどのあの男……。

 「デイビッド・アースクルド……。あいつだけは出世させるわけにはいかない。あんな、あんな狂った兵器、もうこれ以上使わせるわけにはいかないと言うに……」

 デイビッドは帝国内でも鼻摘み者として嫌われるほどの、物騒な研究者だ。彼の頭脳が飛び抜けて優秀なのは確かなのだが。

 「まさかあのパピーバークが世に出てしまうとは。この誤算は相当高くついてしまいますね」

 パピーバーク。魔物を強制的に狂化させる強力な魔道具。軍関係者のみが立ち合った秘密実験を1度行ったきり、即研究凍結が決まったほどの凶悪な兵器だった。

 「日の目を見るはずのなかったあの笛が……。あんな恐ろしいものを表舞台に出してしまったなんて、私の将軍人生最大の恥だ……」

 今度は一転、青い顔をして天幕を仰ぐ。

 「しつこい彼を黙らせるため、ゴーレム兵の保険として彼の作戦を認めてしまったのが仇になりましたね」

 「ああ、あの実験を思い出すと今でも寒気がする。猿の魔物の狂化に成功したときのあいつの台詞、覚えているか?『これなら人に試してみる日も近いですね!』だ。あのおぞましい呻き声、理性を失った暴れよう。それを見てほくそ笑む、悪魔のようなあの男……」

 実験は兎、羚羊と順調に進み、猿の狂化までは想定内だったらしい。しかし、象の魔物の狂化実験に移ったとき、あの事件が起こった。

 象の魔物――マムートは、パピーバークの笛の音を聞いたあとにも戦略的行動を取ることが出来ていた。マムートは実験を行う研究員を弾き飛ばし、脱出を試みたのだ。

 もちろん、現場にはランク5の戦士を揃えていた。狂化したマムートといえど、彼らの前では抑え込まれてしまう。苛立ち始めた象、しかし突如動きを止めた。やがて象は光り出し、その姿を変える。

 進化だった。

 マムートは狂化を経てラストドンとなり、ランク5の戦士すらも薙ぎ倒して実験室を破壊した。逃走だった。狂化した他の魔物も後を追って飛び出したが、それを止められるものは誰も残っていなかった。
 
 「戦争中に進化したキングタートス、あれはどうなった?」

 「アスピドケローネですね。敵の実力者に足止めされていると聞いていますよ。何でもあの英雄アストを倒したとか……」

 「……なかなか華々しい戦果じゃないか、忌々しい。このまま奴に覇権を握らせているわけにはいかないな。そういや、この前レオールの奴から報告されたとかいう、例の少年は?」

 「ああ、彼の力はまだ確認できていません。アスト同様にアスピドケローネの前に無力化されているらしいとのことです。今は『昇龍』イリーナまで参戦したようで、このままでは大駒すべてデイビッドのものですね」

 「くそっ……。やはり待ってるだけでは私の流儀に合わん。ちょっと行ってくる」

 「そうですか。くれぐれも慎重に。早まった真似は命を縮めますよ」




 「……弟ラッドの忠告に気を払うこともなく、ベルトルトはテントを飛び出していった。とりあえずこっちの情報はこんなところか」

 「……くっくっく。いやあ、俺ってば相当嫌われてんなあ」

 「デイビッド、どうする気だ?このままアスピドケローネにイリーナまで殺させるのか?」

 「いやいや、彼女は大切な駒。まだ失うわけにはいかねえよ。まあ、あの亀はとっくに俺の制御を振り切っちまったから、どうなるかは完全に天任せだけどな」

 「おいおい、参謀デイビッドがそんなんでいいのかよ。念のためグラートさんに頼んだ方が良くねえか?」

 「なあに、あの場には英雄級が何人も揃ってる。アストにイリーナ、新参のテオンに円環のヴェルトまで。心配は要らないさ、ティップの旦那……」




―――場面は戻って、テオンサイド

 「くそっ……俺にもっと力があったら……」

 ブライアンがアメリアを抱き抱えながら唇を噛む。

 「いや、私が……私が甘かったせいで、彼らを狂気に落としてしまった。私の責任、私の責任なんだ」

 騎士隊長の彼女も、今回の事態にはすっかり参っているようだ。

 「はあ。あなたがそんなんじゃ、メランの騎士隊もお先真っ暗ね。ほら、もっとしっかりしなさいよ!」

 そんなアメリアの背中をばしんと叩いたのは、前衛から僕らの援護に駆けつけてくれたレンだった。

 「姉さん、私は……私は……」

 「もう、あなたは生真面目すぎるのよ。少しは私みたいに楽に生きてみなさいよ」

 姉さん……?レンはアメリアの姉?大胆な衣装で男の目を惹くお姉様と、いかにも真面目そうな騎士隊長さんが姉妹?言われてみれば、ほの整った顔立ちは似ている気もする。

 そんなやり取りに背を向けたまま、ヴェルトが豪快に笑う。

 「はっはっは!そうじゃ。世は常に円環のごとく巡っておる。悪いことも良いことも皆ぐるぐるとな。さて、そろそろ起動するぞい!!」

 彼は仁王立ちで、強大な魔力を溜めながら地面に魔法陣を描いていた。僕らを亀の攻撃から守る結界の準備をしていたのだ。

 「すべては円環のことわりの元に!円環特異破魔方陣トーラスエクソシズムシンギュラリティ!!」
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