チート勇者も楽じゃない。。

小仲 酔太

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第6章 火薬庫に雨傘を

第22話 王都の地下

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―――話は2日前に遡る

 王都東側の旧市街、アストにテオンとララを連れ去られてしまった後、私は集まってきた野次馬から逃げるように町をさまよい歩いていた。

 「ん?……レナさんか?」

 そのとき、偶々近くで飲んでいたバートンに会ったのだ。彼に話を聞いてもらう内、少しずつ冷静さを取り戻した私は、彼らを危険な目に会わせない方法を考えることにしたのだった。

 今度の戦争、二人の力は必ず国に必要とされる。だが帝国の技術力を甘く見ている王国軍と共に戦えば、彼らに大きな負荷が掛かるのは必至。暴走の可能性すら懸念される。

 軍属として能力が暴走したのなら、その責任は軍部が取れる。しかし冒険者として暴走したのなら、その全責任は彼の肩にのしかかってしまい、下手をすればまたイグニスのように牢獄行き……。

 それを避ける唯一の手段は、メラン王国軍が帝国を圧倒すること。普通ならそんなことは出来ない。今の王国軍では余りにも分が悪い。だが……。

 私の手元にある革製の袋。パッと見では何の変哲もないそれが、私のただ一つの希望だった。

 インベントリ。メラン王国が誇る最高の科学者、アリスト・フィーニス。彼の歴史を塗り変えるような大発明。悪用すれば世界を危機に陥れることもある。そう、丁度今私がやろうとしているように。

 「あの、旦那。この綺麗な人、一体誰なんです?」

 バートンの後ろには、もう一人男がいた。砂漠地方の青い民族衣装に身を包んだ日に焼けた若い男。

 「あ、あなたは……?」

 「これは失礼、私から名乗るものですよね。私、武器商人のハサンと申します」

 武器商人……。それは丁度、今の私に必要なツテだった。それが今、まさに私の目の前に現れた。もう、私に他の選択肢を考える余裕などなかった。

 「……これしかない。もう、これしかないのよ。テオン君を守るには、これを実践するしかない!!」

 「あの?」

 「私レナ、よろしく!!早速なんだけど、武器商人のハサンさん?ちょっと相談に乗ってもらえないかしら?」

 思わず早口で捲し立ててしまい、彼を少し引かせてしまった。だが今は一刻を争うとき。細かいことは気にしていられない。

 「あたし、今たくさん兵器が必要なの。そうね、この国の軍隊なら一人で壊滅させられるほどの大量の武器。魔道具や魔導機械兵でも良いわ」

 「なるほど。どういった事情かは分かりませんが、急ぎの入り用のようですので、すぐにでもツテに当たってみましょう。その前にもう少しお話を伺っても?」

 「ええ。早速お願い」

 とんとん拍子で話が進む。なるほど、このハサンと言う男、結構やり手かもしれない。

 「ちょ、ちょっと待ってくれ。あまりの急展開についていけない。レナ、急にどうしたんだ?ハサン殿も、さっき武器商人に転身すると決めたばかりで、いきなりこんな物騒な話に乗っかって大丈夫なのか?」

 え?さっき転身したばかり?

 「あ、今それ言うの無しですよ旦那。営業妨害になっちゃいます。ツテがあるのは確かですし、ちゃんとした武器商人の人に話を通すこともできますよ!」

 「そう……。なんか騙されかけたのが癪だけど、折角の機会だしあなたのツテ、頼らせてもらって良いかしら?」

 「もちろんです。それじゃ、まずこちらで話を聞かせてもらうんで、付いてきてもらっていいですか?」

 「分かったわ」

 彼が指差したのは飲み屋。赤い提灯が風情を醸し出し、懐かしい感じのするお店だった。

 「……って、何でそのお店の中でオルガノが寝てるのよ!!」

 「ああ、さっきまで俺たち、ここで飲んでたんだ」

 「ん~?バートンさん、戻ってきたんですか?嫌ですよ、僕をこんなところに置いてっちゃあ~」

 彼は随分酔っぱらっていた。普段と大分感じが違う。お酒に弱いなんて、少し意外だった。

 ハサンはそんなオルガノの脇を通り、明日の仕込みをしているらしい店主に真っ直ぐに向かった。

 「ただいま、マスター。この人、お客さんなんだけど、奥に連れていって良いかな?」

 「お客さん?……そうか。大分訳ありのようだな。ああ、俺たちならきっと力になれるだろう。通りな」

 そう言ってマスターはカウンターの扉を開ける。その奥には下へと続く階段があった。

 「階段降りて右の廊下を進め。お前さんの望むものがきっと見つかるだろう。俺はマスター・グラート。あんたとは長い付き合いになりそうだ」

 「え?何?どういうこと?」

 「まあ詳しいことは言えないんすけど、この先に武器商人の仕事場があるんです。王都の有力者は大抵、この地下で繋がってるんす。バートンの旦那はどうします?」

 「え?俺も良いのか?」

 「ええ。旦那も、オルガノの旦那もいいですよ。ですよね、マスター?」

 謎めいたマスターは黙ったままこくんと頷く。バートンははあと息を吐き、オルガノを担いで階段へと向かう。

 「え?来るの?」

 「レナさん一人行かせるのは心配だしな。刑事志望として、こんな怪しいところは調査せざるを得んだろう。折角通してくれるんだ、行ってみるさ」

 そのまま迷いなく地下へと下りていく。その胆の座った後ろ姿に、思わず格好良いと思ってしまった。

 「さ、レナさんも」

 ハサンに促され、私も地下へと下りる。このときから、私の王都を見る目が大きく変わったのだった。王都の有力者は地下で繋がっている。その言葉の意味を知るまで、長くはかからなかった。




―――現在、開戦直後の戦地地下

 「なるほどな、そうやって地下へ来たと。そうなりゃ俺と再会すんのは必然だよな」

 ブラコが自分だけ納得した顔で頷く。

 「ちょっと、何でそうなんのよ!大体何であなたは捕まってないの!?バートンさんとオルガノさんに、刑事局まで連れていかれたはずでしょ!?作戦の補助に凄腕の魔物使いを連れてきたって聞いたから会ってみれば、何であんたが出てくんの!!」

 「まあ、そうかっかすんなって。王都の地下には、俺のことをちゃんと理解してくれる人がたくさんいるってことよ。正規の手段で釈放された身だ。刑事局公認の自由の身よ」

 「まさかあの地下組織が、刑事局とも繋がってるってこと?」

 「ご明察。まあそりゃそうだよな。王都の平和と秩序を実際に守ってんのはあいつらなんだから」

 「はあ。あたしが今まで見てきた王都って何だったのかしら」

 「いやいや、あの地上だってまさしく王都だぜ。綺麗事いっぱい、建前いっぱいのな。だがそんなことで国はうまく回っちゃくれないってことよ」

 あっけらかんと言うブラコに、じとっとした目を向ける。軍人の端くれとして、そんな言葉を真に受けるわけにはいかない。だが刑事までもが賛同する彼らのやり方。無視するわけにもいかなかった。

 実際、彼らの元でしか本当の力は育たない。彼らのやり方でしかこの戦争も勝ち抜けない。私の望みも、彼らの力を借りなきゃ達成できない。

 「そもそもこのインベントリからして、彼らなしじゃ存在しなかったのよね」

 私は今回の切り札である革袋を握りしめる。そう、この開発者、アリスト博士ですら彼らと繋がりを持っていた。

 「アリスト博士の研究には、お金も人も必要だからな。誰かがスポンサーにならなきゃ、あの才能が活きる日は来なかった」

 「スポンサーね。博士は軍の研究支援を鼻にも掛けずに研究していたから、そういうのとは無縁と思っていたのに……。ちょっとショックだわ」

 王都の有力者は地下で繋がっている。最先端の知識や技術が提供され、最大級の戦力が整えられ、莫大なお金が動き回る。それが本当のメランだったのだ。

 「彼らには俺の仕事もいくらか手伝ってもらった。俺の事情の方も分かってくれてるってことだ。まあただで釈放してくれたわけではなかったみたいだけどな」

 ブラコはもう何度も見た地図を再び開いていた。バルト地方のとある格納庫の地図。私たちの目的地だった。

 「さて、やらなきゃいけないことは山積みだか、とにかくあの帝国の火薬庫には何かあっちゃいけねえ。火気も厳禁だが、火薬が湿気ることもあっちゃいけねえんだ」

 「彼らの言う決戦の日、そう遠くないんでしょ?今は人間同士で争っていて良い時期じゃなかった。急ぎましょう。絶対成功させるわよ、このクエスト『火薬庫に雨傘を』を!!」




―――ユカリサイド

 薄暗い部屋に、ディスプレイの明かりが煌々と灯る。灰色の壁がその光を受けて青々と輝いている。部屋に充満するコーヒーの香りが懐かしい。カップを机に置いて、再びその画面を動かし始める。

 「ふぅ~。ひとまず大事そうな人にはマーキングできたわね。それにしても王都地下かあ。皆、地面に潜るの好きだなぁ」

 ずずっと苦い液体をすすりながら、ウィンドウを切り替えていく。自動記録モードの設定を改めて一つ一つ確かめ、またカップに口をつける。

 「それにしてもあの光は反則だろ。どうしろっていうんだよ」

 不意に男が話しかけてくる。

 「あれ?アキレスは一度経験済みだったんでしょ?何か対策は思い付かなかったの?」

 「いやいや、あんなのどうやったって無理だろ!気付いたら知らない浜辺で透明人間だよ!!」

 アキレス――今はアキと名乗る彼は、その場で地団駄を踏む。

 「そういや、あのときキューって偽名を使ってたことを教えてくれていれば、彼らに君のことを教えてあげられたのに。あ、君の方も何か大変だよ?」

 モニターに映し出された混乱を彼に見せる。そこはバルト地下街の集会所。突如姿を消した救世主様に、領民たちがパニックになりかけていた。

 「しゃーねえなぁ。んじゃ、そろそろあいつらのとこに戻るか。色々教えてくれてありがとな」

 「こちらこそ、君にはよく働いてもらってるからね。じゃあ頑張ってね。救世主様!」

 ふっと彼の姿が消えて暫くすると、モニターの中の混乱が徐々に落ち着いていく。バルト地下街にアキの姿が戻ってきたのだ。

 「じゃあそろそろあたしも戻ろうかな」

 画面を省電力モードにし、コーヒーを飲み干す。

 「さて、見せてもらうわよ。時代の転換点ってやつを!!」
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