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第6章 火薬庫に雨傘を

第16話 火薬の臭い

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 「ここははっきりいってクズの巣窟だ。まあ自覚がないのが可哀想なところだが、この街は腐ってる。それでも今は事を荒立てるわけにはいかない。暫くはこんな街でも全力で守らなきゃならねえんだ。今は……な」

 さっきまで眠そうにしていた男が、唐突に鋭い眼光を放つ。その言葉、最後の含み。部屋に不穏な空気が満ち始める。

 パールの視線は映像の中の領主を捉えたまま。彼の指示を受けたのか、怪しい男たちは既に姿を消している。

 「何がどうなってる……。領主はもう悪と断じていいのか?だがそれをやっつけちゃいけない。みんな悲しむから。そして、事を荒立てるのも……。ジェイクって言ったか。お前は何者だ?何か知っているのか?」

 確かにジェイクの存在は不思議だ。何故かミュルメークスの領域にいるライカンスロープの男。あくびをしていたときは何も警戒を覚えなかったが、今の雰囲気はどう考えても普通じゃない。

 「ライカンスロープってことはデルマ公国から来たのか?今まさに敵国同士が戦争しようとしているこの土地に?」

 「おっと、お前勘違いしてるぞ。確かにおれはライカンスロープだが、生まれはアウルム帝国だ。まあデルマ公国に亡命しようかと思ってたところだけどな」

 「亡命?」

 「おれはカクト地方の兵士だったんだがな。仕事が嫌になって、戦争に乗じて逃げ出したのさ」

 「カクト地方……ってことはティップのところか?」

 「彼を知ってるのか。おれはあまり彼のことが好きじゃなかったが、すごい人には違いない。確かにおれは彼の元にいたよ」

 「なるほどな。それで?お前は帝国の何を知っている?これからここで何が起こるんだ?」

 彼女は完全に、彼が何かを知っている前提になっていた。

 「そりゃあ色々起こるだろうさ。何たって……いや、順番に話していかないと分からないか。お前ら、何でバルト地方が『帝国の火薬庫』って呼ばれてるか知ってるか?」

 帝国の火薬庫……。帝国に来て初めて聞いた呼び名だ。アウルム帝国、メラン王国、そしてデルマ公国が睨み合うこの土地に、帝国軍は強力な兵器を隠し持っているという。

 「あたし、知ってるよ!!何か危ないんでしょ?」

 アオイの言葉に苦笑するジェイク。

 「いや、まあそれはそうなんだが……」

 その呆れた目をパールにも向ける。

 「待て待て、うちら全員アオイだと思われたら困る。3国が隣接する地域にして、ティップが進める改革から最も遠い古くからの旧体制を維持し続ける街。外も中も火種だらけって話だったか」

 「なるほど、その前提をちゃんと分かってるやつがいて安心したよ」

 「前提?ということは、今はもっとやばいってことか?」

 「そうだ。まずここに兵器があるって言ったな。確かにその通りなんだが、それは帝国軍のものじゃない。現状、メランとの戦争に使えるもんじゃねえんだ」

 帝国軍のものではない兵器……?ジェイクは部屋を見渡しながら、大袈裟に手を広げて話を続ける。

 「見ての通り、この土地には優れた魔導技術が発達している。魔導収穫機に転移機構、魔導エレベーターに相手に気付かれることもない監視映像。どれも他では真似できない高度な技術だ」

 そう。アウルム帝国は確かに技術力が高く、魔導機械による武装兵や戦闘用のゴーレムなどで他国を圧倒する武力を持つという。だがここまで未来的だとは思わなかった。

 「この技術は現在の支配層、ヒューマンのものではない。サムライたちのものだ。そして彼らは帝国の歴史から完全に姿を隠している。まあたまに技術は提供しているみたいだがな」

 「そ、それじゃあ、ヒューマンたちにはここの兵器は使えない?」

 「このままじゃな。だから何とか恩を売りたがってる。ここの領主がティップの政策に反対してるのは結構有名な話でな。多分帝国がわざと流してる噂だ」

 「それが恩を売ることになっているって?」

 「ああ、情報操作は帝国が最も得意としていることだしな。帝国内で特に大きな力を持っている商人、特に武器商人たちは、その大元であるバルトには逆らえない。その噂だけで強い抑止力になるのさ」

 「へー。つまり帝国は領主さんの味方、なんだね」

 「でも実際にその兵器を提供できるのはサムライたち……。いざとなったらやばくないか?」

 「そうさ。だから領主は別の手を打った。奴らの本当の得意分野を生かしてな」

 「得意分野、ですか?」

 この街の領民はのどかに生活しているだけに見えた。彼らの生業が何なのか、正直よく分かっていない。

 「奴隷狩りだよ。あいつらは奴隷狩りで手元に強い戦力を置こうとした」

 「強い戦力……?」

 「お前らのことだよ。もう気付いてるだろ?自分達が何故呼ばれたのか。そこの女が何故奴隷狩りに狙われたのか」

 「え?シェリルたちは何であたしが拐われたのか分かってるの!?」

 こちらを向くアオイに、ふるふると首を振る。

 「まさか……アオイを人質にアキを?」

 パールの顔がいつも以上に厳しい。そして、ジェイクはそんな彼女に頷いて見せた。

 「領主にとってこの戦争はただの口実。そっちは帝国のゴーレムだけでどうとでもなるだろうからな。問題はティップの方。彼は既に自分で自由に動かせるゴーレムを所持しているしな」

 「それに対抗するため、アキを取り込もうとしてるんですね。アオイを拐ってまで」

 「それなら何もアオイに限ったことじゃない。うちやシェリルでもいいのか。もしかしたらうちら、ここに来なければ集会所の前で捕まっていたかもな」

 「ま、まさかさっき領主さんが男の人たちと話していたのは……?」

 「うちらを見失ったって話かもしれないな。だとしたらクラリスやアオイに例を言わなきゃ」

 頷いてクラリスを見ると、いつの間にかタケルと一緒に寝息を立てていた。道理でさっきから静かだったわけだ。難しい話が始まって退屈になってしまっただろうか。

 「あたし、そんな人たちのために戦うの嫌だよー!」

 「そうですね。でも街の皆さんは奴隷のことも領主の思惑も知らないで、不安一杯で過ごしているんですよね。そう思うとやはり戦争からだけでも守ってあげなくちゃ」

 しかし実際複雑な思いだ。少なくともあの領主のためには命は張れないかもしれない。

 ああ、いけない。こういうのをアキは1番嫌う。彼の傍にいるためには、こんな中途半端な僧侶ではいられないのに。

 「ふーん。こんなこと聞かされりゃ、おれだったらすぐに逃げ出すか仕返ししちまうのにな。ご立派なことだ」

 「ああ。うちも気分的にはジェイクに賛成だ。まったく腹が立つ。だがアキは、どんな奴が相手でも出来ることをやれっていうんだろうな」

 「なるほどな。流石は救世主様だ。だが今ばっかりはそんな余裕もなくなるかもな」

 「どういうことですか?」

 「まだまだ、問題は領主の人間性だけじゃないってことだよ」




 部屋の片隅の棚にブランケットが入っているのを見つけた私は、1枚取ってクラリスとタケルに掛けてあげる。二人は手を繋いでいた。思わずふふと笑みが漏れる。

 「今までの話は、実は割りと表沙汰になってることなんだ。アキがバルトの領主に呼ばれたことが知れれば、その裏の思惑に気付く奴もたくさんいるだろうな」

 「だが実は領主も知らない何かが起こっている、あるいは起ころうとしているんだな?」

 「そうだ。まずひとつ、面白いことを教えてやろう。サムライの居住区は実はアウルム帝国の外にも広がっているんだ」

 「国の外に?国境とか大丈夫なのか?」

 「ここは地中だぞ?存在も知られていない奴らがどこに住んでいようと、取り締まれる奴はいねえだろ」

 私たちも今回は国境を空から越えた。確かに誰にも気付かれなければ誰にも止めることはできない。アキはある程度高く昇らないと領空がどうとか言っていたけど。

 「なるほどー!地面の下なら国境なんて関係ないんだ!!空の上と同じくらい自由なんだねー!!」

 「はは。自由……まさにそうだ。誰も地下で開く人の口に戸は立てられない。今のおれたちみたいに、各地でサムライと関わりを持つ者がいる。人伝にここの現状も知られていたりするんだ」

 ジェイクが手近な椅子を引いて座る。私も少し立ち疲れた。壁には領民たちと握手を交わすアキが映し出されている。

 「デルマ公国側にな、この状況を何とかしたがってる奴がいるらしい。そいつの計画で、サムライと地下のミノタウロスたちが手を組み始めたんだ」

 「地下?」

 「そうだ。地上の奴隷たちはティップのところ並みに平和なんだが、この街には地下の奴隷ってのもいる。領主みたいな奴らに酷い目に遭わされている者たちだ」

 「そんな……」

 「でもヒューマンに比べてミノタウロスは体も大きいし力も強い。虐げればすぐに暴動が起きてるんじゃないのか?」

 「いや。今まで通りならそれはありえないだろうな。ミノタウロスはまず性格が穏やかだし、地下の奴らはミノタンの頃からヒューマンに逆らえないようにされちまうからな……」

 「え!?子供の頃から?」

 「ああ。地上では年に数人、ミノタンが神隠しにあうらしい。ここまで言えば分かるよな?」

 それはつまり……。

 「奴隷狩り……なんて卑劣な」

 「何とかしてあげられないのですか?」

 「やっぱりあの領主、一回ぶっ飛ばしてくるか?」

 「待て待て!!今サムライとミノタウロスが合同で逃亡計画を立てているところなんだ。戦争の騒ぎを利用してな。それまでは事を荒立てるなよ」

 ジェイクがびしっと釘を刺す。パールは渋々椅子に座った。

 「あまり犠牲が出なければいいけどな。だけどその前に戦争か。やっぱり、地上のミノタウロスたちを地下に避難させるくらいはしたいよな」

 アキの腕にヒューマンの子供がぶら下がっている。彼はこの後どう動くのだろうか。この話は私たちしか聞いていない。彼はしばらく領民たちの元を離れられない。

 「あたしたちで出来ること、やるしかないね!!」

 アオイが元気よく叫ぶ。そうですねと言おうとして彼女を見ると、彼女は眠ったまま手を高く突き上げていた。
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