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第6章 火薬庫に雨傘を

第6話 ミノタンと地下探検

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 「どうぞ。こちらが我々の避難先、地下シェルターです」

 領主の男はそう言って地下への階段を指す。真っ直ぐに地中へと続くその穴は、何もかもを吸い込むような不気味さを感じさせた。

 するとそこへ……。

 「わあっ!!すごーい!!」「こんな風になってたんだね!」

 ミノタンたちがやって来た。二人とも興味津々で小屋の中や階段の奥を見回している。

 「あれ?あなたたち付いて来ちゃったんですか?」

 親の方を見ると、彼はまだ黙々と収穫を続けている。子供たちがここまで来てしまったことに気付いていないようだ。

 「お父さんの近くを離れてはいけませんよ?」

 私は二人を小屋から連れ出そうとするが。

 「いやだ。パパ、遊んでくれないもん」

 「お仕事の邪魔だから、近くにいちゃいけないんだって」

 そう言って首を横に振る。

 「うーん、困りましたね」

 領主を見ると、彼は子供たちには目もくれず、先ほどと同じ姿勢で階段の方を指したままだ。

 「いいじゃん、連れてっちゃおうよ!」とアオイ。

 「馬鹿、遊びに行くんじゃねえんだぞ?それに親に内緒で連れ出したら後で何て言われるか……」

 パールが諌めようとするが、子供たちはさっとアオイの傍に寄ってその脚にしがみついた。

 「ねえ、いいでしょ?おねえちゃん!」

 「おう、もちろんいいともよ。おねえちゃんが面倒見てあげるから心配しなくて良いんだぞ~」

 嬉しそうにわしゃわしゃと二人の頭を撫でる。

 「アキ、どうします?」

 「うーん、いいんじゃねえか?お父さんの方はまだまだ仕事終わらないみたいだし。集落の人に行き先だけ話しておけば、心配することもないだろう。領主さん、集落に誰か残っていたりしないか?」

 「はあ。先にお伝えしました通り、集落の者は皆、既に地下シェルターに入っておりますが」

 「いやいや、ヒューマンじゃなくてミノタウロスか誰か……その、奴隷の誰かだよ」

 アキの質問に、領主はぱっとしない面持ちで首を傾げる。

 「よく分かりませんが、心配することはありません。どうぞそのままシェルターにお進みください」

 いつまでも階段を降りようとしない私たちに痺れを切らしてか、彼はくるりと向きを変えると先導して地下へ降り始めた。

 「何か話が噛み合ってねえような気がするけど、どうする?」

 「うーん、やっぱり帝国古来の考え方は独特ってことかな。とにかく領主が心配ないって言うなら大丈夫なんだろう。お前ら、俺らからはぐれるんじゃないぞ?」

 アキもアオイにしがみつくミノタン二人の頭をぽんと撫でる。あ、何だかこうして見ると家族みたい。胸をちりちりと焦がす嫉妬の火を振り払い、さっと彼の隣に並ぶ。

 「領主さん、どんどん行っちゃいますね。私たちもはぐれないように早く行きましょう」

 「ああ、そうだな。……ん?シェリル、何か怒ってる?」

 「?怒ってませんよ?」

 「じゃあ何でそんなにむすっと……、いや、何でもない。行こうか」

 彼はばつの悪そうな顔でさっと前を向く。領主を少し小走りに追いかけるその背中は、いつもの堂々とした感じとは掛け離れていた。

 「ははは。アキはこういう空気苦手なんだ。シェリル、あんまりあいつをいじめてやるんじゃねえぞ?」

 パールが笑いながら付いていく。続いてミノタンたちを連れたアオイが。

 「それじゃ二人とも、地下探検に行くわよ!!」

 「「おー!!」」

 意気揚々と階段を降りていく。

 「うーん、いいのかな……」

 ふと小屋の中を見回すと、壁に掲示板のようなものが掛けられている。ちょっとした連絡事項のようだ。私はひとまずそこにミノタンを連れていることを書き、急いで皆の後を追いかけたのだった。




 「「うわーっ!すっげー!!」」

 ミノタン二人の声がわんわんと反響する。階段を降りてすぐ、下の方から眩しい光が射してきたと思うと、途端にぱっと視界が開けたのだった。

 地下空間は想像以上に広大で、まるでバルト地方まるごとくりぬいてしまったのではないかと思うほどだった。

 「アキレス様、良い感じに驚いておりますね。ここはバルト地下街最上層。領民の主な生活区でございます」

 「てことは、まだ下に続いているのか?」

 「ええ。どちらかというとここは身分の低い者が住む区域でして、下に向かうごとに商工業区、居住区、一般シェルター、上流区となっております」

 「シェルターの下にもまだ人が住んでんのか」

 「我々より上位の貴族の方々がおられます。シェルターも皆様ご自宅にお持ちですので、一般シェルターに入ることもありません」

 へえ……。貴族とはオルニオの枢機院のようなものだろうか。庶民とは普段の生活で関わらないというのはよく聞く話だが、バルト地方ではこうして住み分けられているのか。

 「ちょっと待て。その貴族って領主よりも身分が上なのか?」

 「そりゃそうです。領主とは領民をまとめる立場。このような些事で貴族の方々のお手を煩わせるわけには……」

 「なるほどな。そういう考え方もあるわけか。でも領主なら貴族に頼みごとをしたりすることもあるんだろう。何かと苦労しそうだな」

 「ええまあ。あはは。お心遣い痛み入ります」

 領主は心底嬉しそうに頷いた。こういうところこそアキが各地で人望を集められる所以なのだろう。

 そうこう言っているうちに階段を下りきった。そこは本当に広大なフロアとなっていた。大きくくりぬかれた地中には、真っ白な床や天井が貼り付けられ、それが淡い光を放って空間を照らしている。

 その中を、まるでそこが空だと言わんばかりに小鳥が飛んでいる。誰もいないこの場所を、思い思いに飛び回って遊んでいる。

 「すごーい!!地面の中を鳥が飛んでる~!!あはははっ!」

 子供たちが指を指して大はしゃぎしている。

 「あんまり大声を出したらダメですよ。小鳥とはいえ魔物なんですから」

 「ああ、ご安心ください。あれは害のない魔物ですので。普段はこの階層はたくさんの人で賑わっており、特に女たちが洗濯しながら喋る声でうるさいほどなのですよ」

 「へー。あれ?女だけ?男は?」

 「ここは身分の低い者用の居住区のようなところですからね。昼間はほとんど女子供しか残っていません。男たちはその間商工業区で働いていますから」

 どうやらここでは男は外で働き、女は家を守るという古い価値観が徹底されているようだ。女の方が優れた医者になると言われているオルニオとは、生活スタイルも大きく変わってくるのだろう。

 「(アキの言う通りだねー。色んな考えの人がいるんだ。あたしの故郷とは大違い)」

 「(ちょ、アオイ!そういうことは口に出さず思うだけにしろって言われたろ!!トラブルになってもしらねえぞ)」

 アオイとパールがひそひそ話している。二人とも顔にバッチリ出てしまっているが、幸い領主はこちらに見向きもせずアキとばかり話している。

 私はひとつ、こほんと咳払いをして、目を閉じる。

 精霊を感じとるためだ。私たちは普段視覚に頼りすぎている。しかし精霊を感じ取るにはもっと古い感覚、すなわち耳や鼻、肌に頼る必要があるのだ。

 私は生まれつき精霊との相性が悪い。だが、精霊と言っても色々といる。偶々故郷の彼らと反りが合わないだけで、土地を変えれば合う精霊とも巡り合えるのではないか。そんなアキの言葉を信じ、新しい場所に来たときは必ずその地の精霊に語りかけるのだ。

 地中と言うのは精霊の力に溢れていると言う。土、火、水といった属性の力は、特に地中に溜まりやすい。

 「おねえちゃん、何してるの?」

 不意に袖を引っ張られた。ミノタンの一人が私の仕種に興味を持ったようだ。

 「あ、これは……」

 「深呼吸?空気美味しい?」

 「えっ?あ、うん。大地の味がするよ!」

 この子達に精霊がどうと話しても仕方がないかもしれない。それに空気を美味しいと感じる感覚は、まさに精霊を感じとる古い感覚によるものだ。遠くはない。

 「うーん……大地の味は分かんないな。土なら舐めてみたことあるんだけど」

 「えっ!ダメだよ。パパが土を食べちゃダメって」

 「え~、ダメって言われるとしたくなっちゃうじゃん。例えば」

 そう言うと子供の一人がたたたっと領主の元へと駆けていく。

 「ねえ、領主様!初めましてだよね。こんにちは!!」

 ……え?今までこの子達はこの領主と会ったことがない?

 領主はちらりと目線だけ寄越すが、何も答えずに小鳥を眺め始めた。

 「おいおい、嘘だろ?そこまで奴隷無視を徹底してるってことか?」

 パールが痛ましい顔になる。もう隠していられないようだ。

 「僕らはね、パパから耳の小さい人には話しかけちゃいけないって言われてるの」

 耳の小さい人?少し頭に疑問符が浮かんだが、彼の長い耳を見て納得する。オプリアンは顔の横に長い耳を持っている。オプリアン以外とは話さないよう、つまりヒューマンとは話さないよう言われていたのだ。

 「でもおねえちゃんは答えてくれたし、優しかったし、何より皆パパと話してたからもしかしてと思って……」

 そうか、彼らにとっては私たちも見慣れない異種族。バルト地方のヒューマンたちと同じなのだ。

 「シェリル。やっぱりこの子達は父親のところに帰そう。これから避難しているヒューマンたちのところに行くんだ。連れていかない方がいいと思う」

 アキの話に、子供たちがふっと嫌そうな顔をする。

 「アオイ、いいか?」

 「え?あ、うん。そうだね。この子達が傷付くかもしれないもんね」

 彼女はミノタン二人の元へ行って彼らを抱き締める。

 「ごめんね、今日の探検はここまで。お父さんのところに戻ろうね」

 「やっぱりダメなの?」

 「いつか、二人がこの下にも行けるように、おねえさんたち頑張るから」

 アオイの気持ちが伝わったのか、彼らは頷き、そして広い空間をゆっくりと見渡し始めた。これが見納めになる覚悟をもって。

 「じゃあ、あたしが責任持って帰してくる」

 「ああ。じゃあアオイ、よろしく頼む」

 寂しそうに階段を上る子供たち。

 『私たち、頑張るから……』

 そう念じながら、私は彼らにそっと手を振った。
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