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第6章 火薬庫に雨傘を

第4話 竜殺しアスト、敗れる

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 「どう、レナ。ちょっとは成長したでしょ?」

 「ちょっとどころじゃないわよ!!」

 ララに抱えられながら、自慢げに冒険者カードを掲げるテオン。そこに記載されていたのはありえない数値だった。

 HP616、MP309、レベル48……。改めて手元のメモに目を落とす。ポエトロで冒険者の登録をしたときはまだレベル32だったはずだ。道中確かに魔物と戦った。だがそれだけでこんなにレベルが上がるとは思えない。

 ……そうか、アルタイルとの戦い。あのとき再び消滅の光が起きたのだ。アルタイルの奴らを巻き込み、色んなものを消し去った。

 そして、魔物とほとんど戦っていなかったテオンがレベル30になっていたように、彼はまた光の暴走を経て大きくレベルを上げた。

 ポットとリットは物珍しげにギルドの中を歩き回っている。あの二人が探しているトットももしかしたら、あのレベルの一部になったのでは……。

 レベル48。その無機質な数字の表記が恐ろしく歪んで見えた。

 「いや~、騒いだ騒いだ!皆お疲れさん!!」

 陽気な声が扉を潜る。

 「お、アストおかえり。またたくさんお客さんが来ているよ」

 イリーナが手を振る。その先には誰もが知ってる有名人、アスト・ミリオーネ・アルタイルがいた。

 黒髪に赤いハチマキ、スラッと長い手足に小さな顔。左腕は長袖なのに右側は肩から露になった、非対称な服装。その右腕は太く隆々として滑らかな曲線を描き、男らしさと美しさを同時に感じさせた。

 アストが帰ってきたのを皮切りに、どんどん冒険者が入ってくる。ギルドの中はいつの間にか広さを感じなくなり始めていた。あれ、ポリットどこ行った??

 「へえ、あんたがアストさんか」

 キールがぼそっと呟き、アストに近付いていく。おもむろに腕を上げて。

 「あ、握手してくれ!!」

 思いっきり頭を下げながら前に突きだした。い、いきなり殴りかかるかと思った。

 彼の美しすぎる長剣捌きが空前の長剣ブームを巻き起こしたと聞くが、キールもその口なのか。アストは苦い顔をしながらもその手を握っていた。

 やがて彼の顔がこちらを向く。

 「げ……レナ!!何でお前まで」

 そう言ってから、周りを見渡す。テオンとララを見据えて、何かを悟った顔ではあと溜め息をついた。やはり私は彼によく思われていないらしい。

 「そうか。お前がこいつらをここまで。いや、まあ先に礼は言っておこう。村の者が世話になった」

 ぎこちないお礼の言葉。私は曖昧な笑顔で頷いた。

 「そういえばアストの奥さんに会ったニャ。アストはポエトロでも人気者だったから、結婚したと皆が知ったら大騒ぎになるだろうな」

 マギーもアストに話しかける。

 「待って待って!!アスト、結婚!?」

 ララが驚いて声を上げる。

 「ん?ああ、俺王都で結婚したんだ。セシルって子供もいるぞ。今5歳だったか……」

 「待って待って待って!!ねえアスト?何の冗談?」

 どうしたんだろうか。彼女の様子がおかしい。アストと言えば8年前に村を出て、6年前くらいに王都で結婚したはずだ。そういえばその話は村ではしなかった気がする。

 「サラのことはどうなるの?ずっとアストのことを待ってるんだよ??」

 サラ……。村での宴会のとき、私にアストのことをしつこく聞いてきた。元気でやってるかとか、危険なことをしていないかとか、そんなことばかりだったが。ちらっと女がどうとか聞いてきた気がするが、私が答える前にどこかへ行ってしまったのだった。

 「あ……。サラのやつ、もしかしてまだ……?」

 「待ってるよ」

 ララの顔がどんどん険しくなる。

 「ったく、どんだけしつけえんだよ」

 彼の心の声が漏れる。

 「はあ~!!??」

 どすっ。どさ。

 な、何!?一瞬遅れて状況が見えてくる。目にも止まらぬララのグーパン。アストはそのまま崩れ落ち、ぴくりともしない。

 「えっ?アストがやられた?」「まじかよ、一撃だったぞ?」

 二人のやり取りを遠巻きに見ていた冒険者たちがざわめき出す。彼女はふんすとアストを見下ろしていた。

 「ひゅーっ!!やるね、あんた。ララって言ったっけ?」

 その様子を近くで見ていたイリーナが、キラキラとした目で彼女を覗き込む。

 「あの、あなたは?」

 「僕はイリーナ。アストの所属する冒険者パーティ『竜頭龍尾』のリーダーさ。どうだい?僕と手合わせしてみないかい?」

 始まった……。彼女は強い者を見るとすぐに勝負を挑むバトルジャンキーだ。そして、その拳を受けた者は勝つにしろ負けるにしろ、彼女の巻き起こす面倒の渦に巻き込まれるのだ。

 「待って。ララちゃんはただの村人よ?冒険者でもないの。変なことに巻き込まないでくれる?」

 気付けば周りにいた冒険者も一斉に注目し、私たちを取り囲んでいた。『竜殺し』と呼ばれるSランク冒険者アスト。それを一撃で沈めた少女。これはまずい。

 「え、冒険者じゃないの?」

 「そうよ」

 「それじゃ、どうして王都に?君もアストと同じ村から来たんだろう?めちゃめちゃ遠いって聞いたぞ?まさかスキル研究のためか。珍しいスキルでも持ってるんだろ?だからまた……」

 「違うわよ。ララちゃんは愛のために王都まで来たの」

 「う……愛のため?」

 倒れたままでアストが口を動かす。もう気が付いたのか。

 「ちょっ!!レナさん何を……」

 「ララちゃんはね、テオン君に付いて来たくて村を飛び出しちゃったのよ。まあ、スキルも魅力的なんだけどね」

 ララが真っ赤になって足をバタバタさせる。たまに持ち上げた足がアストに振り下ろされ、鈍い悲鳴が漏れる。

 「それにしてもあのアストに痛みを感じさせるだけ大したものだよ。あんた、ステータスどんくらいなの?」

 ステータス……。他の冒険者たちに意識を向けると、彼らも口々に何かを言っていた。

 「まさかまた化け物ステータス登場か?」
 「間違いねえよ。あのアストさんが倒れるくらいだぜ?」
 「また頼もしい味方が増えるね!」

 まずい。ララが良くない注目を受けている。当の本人はテオンにちらちらと視線を送っている。

 「ねえねえ、ステータスを覚えていないのなら、今ここで測っていかないかい?そこの受付で測れるから」

 それ、冒険者登録用の簡易測定器じゃない!!私は大急ぎでララの手を取る。このままここにいたら、彼女まで危ないことに巻き込まれかねない。

 「えっ!?レナさん、何?」

 「ララちゃん、すぐにギルドを出よう!テオン君も来て!!」

 「えっ?ええっ!?」

 二人を連れて外へ飛び出す。

 「ま、待ってよ!冒険者登録はしなくていいから!!それか僕と手合わせだけでも!!」

 イリーナがまだ叫んでいる。冒険者たちの波を掻き分け、私たちは全速力で夜の王都へと飛び出したのだった。




―――一方、その頃

 ここは王都東側。昔ながらの風情の残る、どこか懐かしい街並みだ。その一角に、赤い提灯をぶら下げた寂れた飲み屋があった。

 「はい、ラガーおかわり二人前ね」

 「どうも」

 「バートンさん聞いてよ~。もう、僕はまたあそこに戻って来ちまったんじゃねえかと、息が詰まる思いだったんだよ!!」

 カウンター席に二人並んで、俺たちは酒を飲んでいた。今日、王都に着いてすぐ俺とオルガノはブラコを連れて刑事局へ向かったのだ。

 ブラコは無事に引き渡せた。だがここに移ろうというオルガノの思惑は、当てが外れたかもしれない。

 建物の中、びっしりと埋め尽くされた「検挙率アップ」の文字。少し奥へ進むと、刑事一人一人の名前が載った検挙率ランキング。見るからに数字重視の運営がされていた。

 「どうしよう。もう僕が刑事として生きていく場所はないのかもしれない」

 「何を言ってる。寧ろあんたはそっちの方が評価されやすくて良いんじゃねえのか?」

 「う~、確かにそうだけどさ。そりゃ、僕は甘い蜜を吸わせてもらってた側の人間だけどさ。それが嫌でこっちに来たんじゃないか~!!」

 オルガノの口調は、いつもとすっかり変わって随分砕けている。普段とは違う彼の様子に新鮮さを感じながらも、時にはこうして思いを吐露するのも良いだろうと相槌を打つ。

 「そしたらまた検挙率、検挙率……。更にはあれだよ!もう本当に何なんだよ!!ぐびぐびぐび」

 彼の言う「あれ」とは恐らく、彼がこっちの刑事に対して異動について聞いたときの話だろう。レナが紹介してくれるという話だったが、こちらでも動いておきたいというのが彼のやり方だった。

 『腐敗してるっていうキラーザから移りたいってことね。ああ、良いんだよ。キラーザ出身だからって差別されることはないから。うちは実力主義だからね』

 対応してくれた刑事はまだ若く、如何にも活きの良い感じの青年だった。

 『多分移る前に実力試験があると思うから……あ、実技試験みたいなことはしないから安心してね。あんな古いことはこの王都じゃもうやらないから。うちは基本ステータス主義、測定1回で済むんだ』

 誇らしげに胸を張った彼。それでいいのかとオルガノはずっと首を捻っていた。

 「ていうか、ステータス主義ってそれこそやばいよ。僕、どちらかと言うと気配察知と戦略で戦う頭脳派なんだ。そういうやつは端から現場には出さないってのがステータス主義だろ?僕、刑事続けられないかもしれないなあ……」

 どん。ジョッキで頼んだラガーは既に空になっていた。見るからにお酒に弱そうな口ぶりなのに、こうなってからもう4、5杯は飲んでいる。

 「旦那方、だいぶ荒れてますねえ」

 少し離れた席で飲んでいた男がふと声を掛けてくる。王都に来てから見かける者たちと比べると、ぐんと肌の黒い青年だ。年の頃は25といったところだろうか。青い装束から異国情緒が漂っている。

 「悪いな。迷惑だったか?」

 「いえいえ、迷惑なんてとんでもない。分かるなあと思って聞いていたんですよ。私はハサン・クレイン。エリモ砂漠から商売の勉強に来ているんですけどね」

 ハサンは人懐こそうな笑顔を浮かべて近寄ってきた。

 「私もこの街のステータス主義には辟易してるんですよ」
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