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第6章 火薬庫に雨傘を

第1話 キラーザの夜

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【第5章までのあらすじ】
 キラーザの町の事件を解決し、首謀者ブラコを連れて王都へ入ったテオン。そこで高まりつつあった戦争の気運に、いつの間にか彼らは巻き込まれていた。一方、ゼルダたちはテオン一行と別れた後、キラーザの町に入っていた。

【重要キャラ紹介】
テオン  主人公の男の子。古代スキルを有する。
レナ   お茶目なお姉さんだが、これでも王都の軍人。
ユカリ  スイーツハンターを名乗る謎の女冒険者。
ゼルダ  聖都復活を目指す長老。見た目は幼い女の子。
アキレス アルト村を訪れたこともある謎の旅人。




―――キラーザの町

 今日もまたお日様は落ち、寂しい夜がやって来ます。辺りの家々の窓がどこも締め切られているのは、すっかり冷たくなった夜の風を嫌ってでしょうか。それともまだ、この町が闇に怯えているからでしょうか。

 「マール、話を始めます。窓を閉じて貰えますか」

 ファムの優しい声が耳に届き、私は音を立てないように窓を閉めます。

 私にとって音は凶器。きーっという音やギザギザとした声は、敏感な聴覚に嫌になるほど刺さります。どんな声にも必ず1つは刺がついていて、私の耳の奥をぐさぐさと刺してきます。

 けれども彼の声だけは、少なくとも私にとっては、ほどよい力加減で心地いいくらいに、いっそふにふにと私の耳を撫でるのです。

 「それでは報告を。まずサーミアさんについて。どうやらここから遥か東、キュアノス国の少し手前辺りで飲食店を経営しているそうです」

 ゼルダさんが小声で話を始めます。ここにいるのは彼女とファム、ミミ、そして私。彼女以外はクネリアンなので、小さな声でもお話が出来ます。彼女には少し小さくて大変でしょうが、私たちの音量に合わせてくれる彼女の優しさが大好きです。

 「お店の名前は『山猫軒』。ですが詳しい場所までは誰も知りませんでした。何か聞けた人はいますか?」

 「すみません、我々もそこまでです。とにかく次は東へ向かうしかないかと」

 「もう殆ど人前で踊ることはなくなっちゃったのかな?踊りも覚えているのか怪しくなってきたね」

 「彼女だけが月の踊りを継承している唯一の人なのです。今は信じて前へ突き進みましょう」

 外では風が踊っています。遮音効果のある窓を閉めても、外の音は聞こえるようです。

 「ちょっと!!誰が勝手に入っていいって……」

 「うるせえ!この浮気野郎!!」

 「まあまあ、ここは落ち着いて話し合いましょうよ旦那」

 別の家では痴情のもつれか修羅場になっているようです。巷には今夜も嫌な音が溢れています。

 「では次はシャウラやオオカムヅミのその後の話ですね。何か情報はありましたか?」

 「オオカムヅミに関しては全くと言っていいほど見つかりませんでした。巧妙に闇に隠れていたようで、町の人は殆ど存在自体知らなかったようです」

 嘘です。皆さん知っていました。そういう音がしたのです。

 ファムと一緒に聞き込みをしていたとき、私は幾度もその音を聞きました。事件について何か知ってる?襲われた人はどんな人?そんなことを聞く度、彼らの頭はぎしぎしと軋む音を立てるのです。

 そして皆、口を揃えて『何も知りません』と答えるのです。

 他に根拠がないと彼らを追求することはできません。追及して何かを聞き出せたのでなければ、彼らは何も知らず答えなかったのと同じです。だから……。

 「マールさん、あなたも何も『聞こえ』ませんでしたか?」

 「……はい」

 私はそう答えるしかありません。みしっ。私の頭からも同じ音が聞こえます。

 「そういえば、オルガノのことが書いてあるポスターがあったね」

 「オルガノさんのことが?一体なんと……?」

 「裏切り者ってありました」

 「裏切り……。そうですか、キラーザの刑事局は彼を切り捨てるということですね。裏で王都の刑事局にも何か手が回されるかもしれません。何もないと良いのですが……」

 ゼルダは心配そうな顔を北の方へと向ける。

 「テオンさんたちが付いていますからね。それにアデルさんも。大丈夫ですよ」

 彼女をフォローするファム。アデルの名前を出したとき、彼の声に少し刺が混ざります。彼の心に僅かに焼きもちがささくれたのです。私もゼルダさんにファムが話しかける度に心のささくれが自分に刺さりますから、良く分かります。

 どん!!

 どこかで始まっていた痴話喧嘩はなおも激しさを増しているみたいです。激昂する男の人の心がずたぼろに傷ついて、とげとげになった言葉が女の人を刺しています。

 今夜も嫌な音ばかりで、耳の奥が痛いです。




―――同じくキラーザ、とある地下室

 私の名前はシェリル。見習いの僧侶だ。見習いと言っても、王都の聖堂で正式に洗礼してもらった、正真正銘の僧侶には違いない。あれからほぼ2年。もう一人前と言って差し支えないはずだった。

 「まあ今回のことは気にすんな。結局誰も死ななかったんだし、それでいいじゃねえか」

 アキが勇気づけてくれる。私たちは立ち寄った町で服毒事件に遭遇し、治療と解決に向けて動こうとしていた。

 しかし私の治癒魔法では毒の治療はできず、事件も犯人死亡という最悪の形で、私たちの知らないところで落着していたのだった。

 「ほら、しょげてると女神様も精霊たちも、機嫌損ねちゃうぞ!!」

 彼の笑顔が沁みる。彼はいつも私の味方をしてくれる。僧侶としての自信は落ち込むばかりだが、私は少しだけ気が楽になった。

 アキ――アキレスは剣、槍、弓を使いこなす無敵の剣士だ。彼に言わせるとまだまだ上がいるとのことだが、私が一緒に旅をするようになってから、彼が負けるような相手とは会ったことがない。

 優しくて勇敢な性格も相まって、彼はまさにお伽噺に出てくる英雄様そのものだと思えた。

 「ひとまず暗殺者騒ぎが収まったんでしょ?早いとこ帝国に戻ろうよ。うち、この国嫌い」

 ソファーに寝転がりながらだるそうに声を上げるのはパールだ。少し我が儘で苦手なのだが、彼女も彼女で苦労人らしい。

 「あたしは早くプールで泳ぎた~い」

 唐突に叫び声が聞こえる。アオイだ。彼女は目を離すとすぐに訳の分からないことをし始める。今度は何をするだろうかと見てみれば、壁に向かって倒立をしていた。

 細長く健やかに伸びる脚が美しい。その純白な脚のふくらはぎ、僅かに水色に輝く鱗が光を反射する。

 「おいアオイ、何してんだ?」

 「最近フォームチェンジしてないからさ~。えいっ!!」

 突如彼女の脚が青白く光り出した。魔力が流れて鱗が徐々に広がり、やがて下半身すべてを覆っていく。光が収まると、彼女の脚は尾びれを持った魚のような下半身になっていた。

 「遊泳フォームって水中じゃなくてもなれるのか!?」

 「へへ~。魔力のコントロールが上手ければこれくらい楽勝よ~!!」

 倒立したまま尾びれでぺちぺちと壁を叩く。

 「だからって逆立ちまでしてフォームチェンジしたいもの?」

 「だってメラン王国って川も湖も魔物だらけだし、プールも海もないし、泳げないんだもん!その点アウルム帝国はすごかったな~」

 アオイは海の民マーフォーク。その中でも特に水の精霊と親和性が高いというセイレーン、所謂人魚だった。

 「まあ気持ちは分かるけどね。うちも最近山が恋しくなってきたし。こんな地面の中にいつまでもいたら、ミュルメークスになっちゃうって」

 ミュルメークスとはアリから進化した民族。そして彼らと性格やら何やらが良く似ていると言われるのが、ハチから進化した民族であるスメーノスであり、パールはそのスメーノスだった。

 二つの種族の差は住んでる場所しかないとまで言われている。ミュルメークスは地中や山肌に洞窟を掘って暮らし、スメーノスは樹上にツリーハウスを作って生活するのだ。

 まあパールは特別な事情があってツリーハウス育ちではないのだが。

 私たちは今、この4人で行動している。皆それぞれ事情があって故郷にはいられなくなった人たちだ。アキ以外は皆キュアノス国の出身。メラン王国を越えて大陸の西端、アウルム帝国に身を寄せに来たのだ。安住の地を求めて……。

 安住……その暁には、私がアッキーの隣で……。そんな願いを持っているのが私だけではないことは、少し見ていればすぐに気がつく。気付かないのは当の本人くらいのものだ。

 「ああ。正直、あんまりのんびりしている暇はないからな。明日には帝国に戻ろうと思うが、皆いいよな?」

 「はい。カクト地方に寄りますか?それとも直接バルト地方へ?」

 「直接行こう。カクト地方のティップは信頼できる男だ。俺たちは俺たちでやるべきことをやろう」

 私たちが向かっているアウルム帝国バルト地方……。そこは帝国の北東部、火薬庫と呼ばれる地域だ。

 デルマ公国とメラン王国、睨み合う2つの国と国境を接するのがまさにその地方であり、革命の空気が漂う帝国の中で、最後まで旧体制を貫くだろうという地方。言い換えれば最も内部紛争の起きそうな地方でもあるのだ。

 異なる国と接する地方、異なる文化が交わる場所……。

 「もう争い自体を避けることが出来ないのならば、せめて傷付く人を少しでも少なくしなければ」

 私はぐっと手を握りしめる。その手には使い古された桜の木の杖がある。

 「お祖父様の孫として、私は必ずこの役目、果たして見せますから!!」

 私の祖父はオルニオのグリフォン。世界最高の医者集団オルニオの中で最高位の称号グリフォンを持つ、正真正銘世界一の医者なのだ。

 私自身もその名に恥じぬような、立派な僧侶にならなければならない。かつて私を救ってくれた伝説の治癒魔法士、『癒しの聖女』サクラのような、立派な僧侶に……。

 例え私自身が、水の精霊に愛されない落ちこぼれだとしても。

 どん!!

 頭上で激しい争いの音が聞こえる。どうやら男が彼女の浮気現場を見つけた、といった所謂修羅場のようだ。

 世界には争いが絶えない。また大きな争いが起ころうとしている。小さい頃からたくさんの争いを見てきた。何も出来ない自分が不甲斐なかった。

 「もっと肩の力を抜きなよ。国同士の争いだとしても、うちらがやることは同じだ。救いを求める人のところへ行って、出来ることをするだけ。難しくないっしょ?」

 パールの笑顔が眩しい。

 人の手を渡り歩いてきた強力な杖。長らく苦しめられた水の精霊との縁はアオイが取り持ってくれる。そしてアキとパールが私を支えてくれる。

 すべてが私の周りで繋がり始めている。まるで神様が私を応援してくれているみたいに。

 「はい!!」

 今の私なら何か出来るんじゃないかと、本気で思えるのだった。
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