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第5章 不穏の幕開け

第6話 失われた時計

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 がらがらがら……。

 押し固めただけの土の道の上を、いくつもの車輪が通りすぎていく。小さな小石を踏んで車体全体が揺れる。

 窓の外には植えられて間もない冬小麦の畑。道沿いに長く続いている。東の方は畑の奥に枯れ草色の荒れ地がある。いかにものどかな田舎の風景だが、あの荒れ地の向こうに紛争地帯が隠れている。

 僕らは王都へと向かう大きな商隊に運良く巡り会い、ルーミの交渉術で全員乗せて貰えることになったのだった。

 この車はフィアカーというらしい。スケイルフィアという鱗を持った大きな鳥型の魔物に曳かせている。メラン王都で近年主流になり始めた長距離移動の要である。

 スケイルフィアは穏やかな気性と、羽毛と鱗を併せ持った美しい姿で人気の魔物だ。一般的な魔物の使役は調教師テイマーのスキルを持った者にしか行えないが、スケイルフィアはスキルなしで手懐けられる珍しい魔物なのだ。

 「刷り込み……ですか?」

 「そうそう。前にスケイルフィアの卵を盗み出した冒険者がいてね、興味本意で卵を孵化させたら懐いちゃったのよ。それが古い文献にあった刷り込みって現象と酷似していてね。生まれて初めて目にした人を母親だと思い込むんだって」

 「つまり魔物はみんな赤ちゃんから育てたら懐くってこと?」

 「そう思った研究者が調べてみたんだけど、一部の鳥型の魔物だけが持つ習性みたい。それに攻撃的な魔物の場合は親を殺そうとする物もいるから、そもそも調教できないんだって」

 正面に座るレナの話に、ララとルーミが耳を傾けている。このフィアカーにはレナ、ララ、ルーミ、僕、そして元からいた男性の5人が乗っていた。

 男の名前はフィリップ・マイヤー、25歳、王都の若い技術者だ。キラーザまで仕事で来ていたが、事件に巻き込まれて足止めを食っていたらしい。少し小汚ない格好でずっと黙っている。

 「ねえテオン、大丈夫?」

 窓の外の景色はものすごい速さで後ろへと流れていく。僕は出来るだけ口は開かず、ただ窓の外を眺めている。こうしていると気持ち楽なのだ。僕は車に酔っていた。

 「それにしても隊長のマルコさん、太っ腹ね」

 意識したら余計気持ち悪くなる。それを察してかレナが話題を変える。

 この商隊は行商人マルコのものだった。王都、鉱山都市でもあるキラーザ、そして農業都市テルマを繋ぐこのノトス街道の行商を生業としている、大商会の長だ。

 「はい!マルコさんは昔から優しくて、お父さんもライバルながら目標でもあるんだっていつも言っていました」

 ルーミは元からマルコと顔見知りだったらしい。だからこそ大所帯の僕ら14人を受け入れてくれたのか。

 僕らは4、5人ずつに分かれて乗り込んでいた。ひとつ後ろの車両にはマギー、キール、メルー、ポット、リットが乗り、その後ろにユカリ、アデル、オルガノ、バートン、ブラコが続いている。

 マギーとルーミが分かれて乗ったのを不思議に思っていた僕に、ララがそっと教えてくれた。ルーミはキールとマギーの仲を引き合わせようとしているらしい。流石、お年頃の女の子だ。

 「お兄さんもマルコさんの知り合いなんですか?」

 唐突にルーミは僕の隣に座る青年フィリップに話しかける。

 「え?あ、い、いや、僕は……」

 彼は少々人と喋るのが苦手なようだ。言葉に詰まり、1度深呼吸をして答え直した。

 「た、隊長さんが優しくて、困っていた僕をの、乗せてくれたんです」

 「困っていた?」

 「は、はい。王都へ帰りたかったのですが、トロイアに乗るお金がなくて。凶悪な魔物が出る噂もあり、歩くわけにも行かず……」

 「ああ、トロイアって高いわよね。あたしも頭を抱えていたわ」

 「レナさん、トロイアって?」

 「あたしたちが元々乗る予定だった大型の乗り合い馬車よ。ノトス街道を往復する一般的な交通機関なんだけど、基本的にはこれしかないから高くついちゃうのよ」

 馬車ということは、そっちは馬型の魔物が曳いているのだろうか。当初は5人の旅路だったのに随分と賑やかになった。その殆どが文無しだ

 「と、ところで、君たちはどういう集まりなんだい?」

 フィリップが口を開く。見るからに人見知りっぽいこの青年は、きっと僕らが乗り込んでからずっとそれが気になっていたのかもしれない。

 「私たちは王都へ向かう旅の一団です。目的はそれぞれですが、ブルム地方からずっと一緒なんです」

 真っ先にルーミが答える。

 「フィリップさんは技術者さん、でしたっけ。普段はどんなことをしているんですか?」

 「ぼ、僕は普段は日用品の修理とか……。でもしゅ、修行中なんだ。時計技師になりたくて」

 「とけい技師?とけいって何ですか?」

 この世界で時計という言葉は聞いたことがない。存在しないのかと思っていたが、どうやら王都にはあるらしい。

 それにしても積極的に話しかけていくルーミの姿に、少し微笑ましさを感じる。

 ポエトロで初めて会ったとき、彼女には人見知りの大人しい印象を持っていた。そりゃあ踊り子なんだからやるときはやるんだろうけど、初対面の人とここまで話せるようになったのは、この旅の中で彼女が着実に成長している証だろう。

 「と、時計っていうのは代表的な失われた技術ロストテクノロジーの1つで、じ、時間を正確に刻む魔道具のことです」

 フィリップがたどたどしく答える。王都にも今はないのか。

 「物凄く精密な部品と、特別な水晶が必要なのよね。正確な時間間隔で魔力を発するやつ」

 レナが補足すると、彼は途端に目を輝かせた。

 「そ、そうなんですよ!時計に使われていた黒水晶モリオン、別名クロノクリスタルは、大昔の大戦以来、何故か波動を発さなくなってしまいました。それにより全ての時計は動作を止め、使われなくなってしまいました。時計を軸にした我々の文明はそこで一気に衰退したと言っても過言ではありません。今この国に起きているあらゆる災いは、時計が失われてしまったせいなのです!!」

 突然饒舌じょうぜつになるフィリップ。スイッチが入った、そんな表現がぴったりくる豹変ぶりだった。

 「神話では時間は女神によって与えられたものとされてきました。その証拠にこの国では太古の昔から正確な時間を告げる巫女の存在が常に歴史の中心にあったのです。巫女が鳴らす鐘の音が欠かせませんでした。しかし国の中心から離れた地域では鐘の音は届かない。だから巫女の魔力と共鳴する黒水晶モリオンを使った時計が普及したわけですけど、それ以前にも時間を測る方法があったようなのです」

 まくしたてるフィリップの説明に、僕の脳はパンクしそうになっていた。ふと向かいを見ると、困った顔のララと目が合った。その隣のルーミは笑顔のままだが、いつもの無邪気なそれとは少し違う。

 「僕はその方法を探しているのです。黒水晶モリオンに頼らない時計の製造法さえ分かればかつての時計文化が蘇る!時計技師が復活する!そうすれば世界に平和が訪れるのです!!」

 鼻息を荒くするフィリップに、レナが首を傾げて尋ねる。

 「時計を復活させられるかもしれないというのは分かったわ。でも、それが何故世界平和に繋がるの?」

 フィリップは「え?」という顔になる。不思議そうに首を傾げ返し……。

 「話聞いてました?時計が失われてから世の中は荒れ始めたのですよ?時計が原因に決まっています。ならば時計さえ復活させれば……」

 「そうとは限らないでしょ?時計だって複雑な歯車がたくさん噛み合って動いている。歯車がひとつ欠けたとして、その隙間に他の歯車が落ち込んだり固定がなくなって歯車が落っこちたりしたら、元の歯車を補っても元の時計には戻らないでしょう?」

 「そうですか?ひとつ欠けるなら1番上の歯車ですし、その下の歯車は更に下の歯車にはまっていますから……」

 「歯車の話はしてないでしょ!」

 「えっ???」

 彼の頭は大いに混乱してしまったようだ。レナは彼にとっての身近な例え話として歯車を選んだのだろうが、きっとフィリップの頭の中にはもう時計の図面がくっきりと描かれてしまったのだろう。

 ふと前世で会った技師を思い出す。セバスと言っただろうか。彼もゴーレム、特に旧式の戦闘ゴーレムの話になると目の色が変わるのだった。まあ、あいつは元々自分の興味のあることしか気にしない無礼なやつだったが。

 「フィリップさん。つまり時計が失われて長い時間が経ち、最早この国は時計の復活だけでは元に戻らないんじゃないか、という話ですよ」

 僕は助け船を出す。彼はなるほどと頷いていたが、僕の言葉にレナとララがぎょっと目を見開いていた。

 「テ、テオン……今の話理解できてたの!?」

 「ちょっ!二人とも酷い!!」

 まあ車酔いでずっと黙っていたから、二人にとっては話を聞いていたことに驚いたのかもしれない。そんな捉え方も出来ないものかと頭を捻っていると……。

 「あ、あれ?あなた、いつから僕の隣に……??」

 「ちょっ!!フィリップさん、それは無いですよ……」

 ああ、僕はセバスだけでなく、技師という人間が苦手なのかもしれない。ちょっと修復不可能な傷を受けた気がする。ルーミがくすくすと笑っていた。




 きーーーっ!!!!

 突如耳障りな音が響く。フィアカーが大きく軋みながら急停車する。

 「お嬢さん方、どうやら出番のようですよ!!」

 前に乗っていた御者がこちらを振り返って叫ぶ。ルーミが凍りついた笑顔になる。

 「出番ってどういうこと?」

 「まさか、ルーミちゃん?」

 「み、皆さんすみません。フィアカーに乗せてもらうときに皆さんの戦力を売り込んでしまいました。もしものときに護衛として働く……と」

 「で、お仕事の時間が来たんだね」

 僕は窓から顔を出して前方を確認する。どうやら魔物の集団らしい。先頭にはいかにも強そうな象型の魔物がいた。強烈な圧力を感じる。同様に顔を覗かせたフィリップが叫んだ。

 「ま、まさかあれが、あれが噂の……狂化バーサクラストドン!!」
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