チート勇者も楽じゃない。。

小仲 酔太

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第4章 煙の彼方に忍ぶ影

第33話 しのぶ影

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―――温泉宿「かれん」裏

 私――ユカリは皆の元を離れ、一人で旅館の裏の小さなお墓に来ていた。墓石には『ゲーン』の文字。かつての旧友であり、三英雄の一人に数えられる偉人でもある。

 「ゲーン……。あんたの愛した日本文化は相変わらず受け継がれているよ」

 サンゲーン。ゲーンの作った和風建築ばかりの町。その町はキラーザと名を変え、かつての平和な町政もすっかり失われていたが、彼の二人の息子たちが始めた茶屋と旅館にその魂が今も残っている。

 「そうそう、ミドリの作ったあのクイズも伝承されてたのよ。あたしびっくりしちゃった。きっかけはあたしが透明化してあの子を驚かせようとしたことだったよね。そのときあいつが『ミドリがユカリを落とした!!』って。それであいつの後ろに『恨めしや』って出てやったら、大声あげて本当に橋から落ちそうになって」

 私は一人で喋りながら墓の周りを掃除していく。それは私の古い記憶。つい昨日のことのような伝説の英雄たちとの思い出。

 「あなたたちが命がけで作ったこの平和。あたしが絶対に守るからね」

 そろそろ皆の元へ戻ろう。私はまた旅館の横の小さな小道を引き返す。ゲーンのお墓の前に、黄色い花が供えられていた。




 「ああ、上手く行きそうだ」

 ふと話し声が聞こえて立ち止まる。この声は……アデル?私は咄嗟に透明化し、その場に服を脱いで声の元へと慎重に近づく。

 「ブラコは無事にキラーザを脱出し、これから王都へ向かう。少し危なかったけどね。ああ、恨みはあるが特別な理由がない限りは守るよ。任務だからね」

 彼はまるで木に向かって話しかけているようだった。太い幹のその上を見上げて、傍に寄らなければ聞こえないような小さな声で話している。私でなければ気付くことはなかっただろう。

 「うん、彼とも問題なく接触できた。怪しまれたりもしていないだろう。これからはブラコの護衛と彼の監視だ。抜かりはないよ」

 彼……?一体誰のことだろうか。アデルのことは不思議な青年だと思っていたが、想像以上に厄介な男なのかもしれない。

 「それじゃ、不審に思われないうちに僕は彼らの元に戻るよ。イデオさんによろしく」

 イデオ……!!その名前には覚えがある。カクタス砂漠での怪しい会合。そこで確かにイデオの名を聞いた。

 (まさか、アデルが呪いの秘薬の製造者たちと関係が?だが彼はシャウラが殺されて心から憤っていたはず……)

 私は深まる謎に頭を抱える。彼は既に宿に向かって歩き出している。

 今世界で何が起きているのか……。それを確かめるために私はここにいる。だがどうやら私一人ではどうにもならないほど、複雑な事情が絡まり合っているのかもしれない。

 私は一度服を脱ぎ捨てた場所に戻り、アデルが広間に戻った声を確認してから動き出す。テオンに付いて王都行きを決めたのは、やはり正解だった。

 肌寒い風が背筋を凍らせる。英雄なきこの時代、世界は果たしてどこへ向かおうとしているのか。あの頃と変わらず、緑は朗らかに生い茂っていた。




―――広間

 今日も広間の囲炉裏の周りは賑やかだった。いつもと違うのは浴衣姿が一人もいないことだ。

 ほくほくの焼き魚にかじりつきながら面々を眺める。ララ、マギー、ルーミ、キール、ケイン、そしてダゴン。今思えばキールとケインとはまだ出会って3日。ダゴンとは一昨日刃を交えた仲だ。

 ダゴンたちブラコの部下は、キラーザの関所の守衛たちの好意で見逃されることになった。あの守衛たちは腐敗した刑事局に歯向かって更迭された者たちだったらしく、今回の脱獄未遂にも同情の余地があると判断したのだ。

 「はっはっは!!それで怖くなってテオン殿に運んでもらったと?可愛いではないか、ルーミ殿」

 「も、もう!!恥ずかしいんだからやめてよマギー!!」

 「ニャははは!抱っこしてるときのテオンも、嬉しそうな匂いがしてたのニャ!!」

 ヒューマンと違い鼻が良い種族は、人の気持ちを匂いでも判断できる。嘘なども見破れるらしい。

 「ははっ。テオン、隠しても無駄だぞ?一人で致してたら臭いで分かるんだからな!」

 「今度は何の話だよキール」

 笑い声の中心は大体マギーとキールだ。二人の明るさは一連の事件を経ても曇ることはなく、出会ったときの諍いはお互い気にもしていない。

 「あ!ゼルダちゃん、話はまとまった?」

 ララが声を掛けた先には、ゼルダ、ファム、マール、そしてミミがいた。

 「はい。サーミアさんのことを知ってる人がキラーザにいるかもという話でしたので、私たちはそちらへ。ダゴンさん、よろしくお願いしますね」

 「ゼルダ、本当に良かったのニャ?アデルはマギーたちと来るみたいだけど」

 「も、もう。それは別に良いと言ったじゃないですか……」

 ゼルダは悲しそうに目を伏せる。ミミが彼女の頭をぼんぽんと撫で、後ろからそっと抱き締めていた。

 ゼルダとアデルは相変わらず二人でいるときには仲が良いのだが、別れのときが近付くにつれて明らかに口数が減っていた。

 シャウラの死は二人に一層重くのしかかっていた。幼少の頃から迫害を受け、暗殺者として闇に生き、人としても扱われずに駒として殺された。その不幸の全てがヒューマンとフェリスアレーナの混血に結び付いてしまっているのだ。

 「好きなら好きでいいと思うけどニャ……。ゼルダもアデルも頭が堅いのニャ」

 マギーがぼそっと呟く。僕はやり場のない気持ちをどうにかしたくて魚の腹にかぶり付く。苦い……。

 「僕が何だって?」

 そのときアデルが帰ってきた。彼は宿を発つ前にと辺りの散歩に出ていたのだった。

 「アデルは王都に行くのでいいのか?」

 「うん。探していたシャウラはあんなことになっちゃったしね。僕は武者修行の旅に戻ろうと思うんだ。目標とする剣士が王都にいるし、それまでにテオン君の技も出来るだけ盗みたいんだ」

 彼はダゴンたちとの戦い以来、やたら僕の戦闘論を聞きたがった。正直、アデルの剣の実力は僕以上だと思う。洗練された剣捌きは憧れの剣士の見様見真似らしい。

 「じゃ、じゃあ私は荷物をまとめに部屋に戻ります」

 ゼルダはそそくさと部屋へ戻ってしまう。その目は潤んでいるように見えた。

 「ああ、ゼルダとの話か。今回の件で分かったろう?僕と彼女は異種族……一緒にいない方がいいんだ。彼女には他に誰かいい人を見つけてもらえたらいいと思ってる」

 アデルはそう言いながらダゴンの隣に座る。マギーがひそひそとルーミに何かを言っている。きっと嘘の匂いだ。

 「マギーさん、聞こえてるよ」

 「ニャ。そういえばアデルは鼻も耳も良いんだったニャ」

 「分かってるさ、強がりだってことくらい。でもこうするしかないんだよ」

 普段は余裕のある彼の表情も、怒りや悲しみでよく歪むことを僕は知っている。色々なものを噛み殺したような彼の顔は、周りの者の心にももやもやとしたものを残す。

 「やあ、皆揃っているね。もう準備はいいかい?」

 ブラコを連れたオルガノがやって来る。後ろにはバートンとメルー。

 「あとは温泉に行ったレナさんたちと、お墓参りをしているというユカリさんですね」

 「あたしたちなら丁度準備できたところよ」

 湯殿へ続く廊下からレナ、ポット、リットが来る。

 「あら、もう皆出発できるの?」

 ユカリも外から戻ってきた。僕らは王都へ向かう組。もう出発するところなのだ。




 「皆さん、またお越しくださいね」

 カレンに別れを告げ、宿を出た僕らは歩き出す。

 「ゼルダさん、見送りにも来ないのかな?」

 ルーミが心配そうに振り返ると……。

 「あ、窓のところ!!」

 客室からゼルダがこっちを見ていた。アデルがばっと振り返る。彼女はすっと隠れようとする。
 
 「ゼルダ!」

 窓の端から覗く彼女の目を、アデルは真っ直ぐに見つめていた。暫く逡巡したのち、彼はにっと笑った。

 「またな!!」

 相変わらず顔を隠しながら、ゼルダは小さく手を振っていた。




―――砂漠と山の境のキャンプ地、テント内

 「姫様、姫様……!!」

 耳元で私を呼ぶ声が聞こえる。未だ微睡む頭をゆっくりと起こし、声の元を見る。私の側近を務める義手の男が、いつもと変わらぬ堅苦しい笑顔で私を見下ろしていた。

 「ああ、すまない。少し寝てしまったようだ。まだ私も鍛練が足りないな」

 言いながらテントの中に彼以外いないことを確認する。それからようやく肩の力を少しだけ抜く。

 「はあ、流石に今回は疲れが溜まっているみたいだな」

 ここは魔族領の端。まだまだ気を抜けるような場所ではないが、王国領と魔族領の境目をふらふらと行き来するようになってもう数ヶ月。気を張り詰めたままでいることも出来なかった。

 「特に今回はきつかったですからね。王様も少しは姫様を労って欲しいものです。我々の最後の希望なのですから」

 「ふ。そうもいかないさ。次は森の中にある魔族の村を攻めるのだろう?」

 「聞いていたんですか。ええ、先程調査班から緊急連絡があって、魔族に人間の子供が多数拐われているのが判明致しました。今日いっぱいはこちらで休んで、明日からまた行軍開始となります」

 「ん?今日はもう動かないのか?」

 「ええ。ですから今夜くらいはゆっくりしてください」

 それだけ言うと、男はさっと後ろを向いて1度手を鳴らした。一人の兵士が何かを持ってテントに入り、それを男に渡す。

 「な……!!おい、これは一体……」

 「姫様、お誕生日おめでとうございます。姫騎士としての気苦労もあるかと思いますが、せめて今日だけは!ご自分の身体を精一杯労ってくださいませ」

 彼の手にはささやかなケーキ。その上には大小合わせて4本の蝋燭。テントの中で揺らめく炎が、危うく涙で滲むところだった。優しく立ち上る煙が、あらゆる不安を覆い隠していく。

 白暦314年8月15日……今日は私の、22歳の誕生日だ。まさか、こんなところでも祝ってくれるとは思わなかった。私は等身大の笑顔を煙の向こうに向ける。

 「ありがとう……。本当にありがとう、ロイ」
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