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第4章 煙の彼方に忍ぶ影

第21話 昼間のマギーは馬鹿なんです!

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―――キラーザの関所

 きん!!

 キラーザの関所に剣戟の音が響く。関所の守衛と山賊風の身なりの男たちとの激闘。つい先程まで襲撃者側が有利だったこの戦いは、早くも形成を逆転しつつあった。

 「はあああっ!!!」

 キールが回転しながら長剣を振るう。時に片手で、時に両手で。踊るように振り抜く剣はまるで演舞のよう。左右から迫る剣をいなし、左の男の胸を蹴り、空中から右の男を袈裟に斬り裂き、着地と同時に振り返り様の斬り上げ。

 「ぐわああっ!!!」

 一度に襲いかかってきた二人の山賊を、素早く斬り伏せたキール。その動きは既に昨日とは別人だった。

 「こりゃ凄いな。まさか型破りの剣に到達していたのか」

 アデルが感嘆の声を漏らす。彼も相手の攻撃を時にかわし、時にいなし、出鼻を突き、意表を突いて蹴りも繰り出し、流れるように相手を斥けていく。

 僕と同じショートソードと言われる剣――彼の体格のせいで見た目は長剣のようだが――で、大柄な男の斧も両手で振るわれるまさかりも余裕で捌いていく。かなりの手練れと言えた。

 「キール君、君はどうやって型を捨てたんだい?」

 アデルが尋ねる。

 「型ぁ?一体何のことだ?」

 「この世界の剣士は皆、型通りの技から始めるだろう?それをいつから止めたんだって聞いたんだけど」

 「ああ、確かに言われてみればそういうことになるな。俺は昨日まで、戦いの時にこんなに自由に動いていいなんて知らなかった」

 「昨日まで?」

 二人は会話しながらも苦労している守衛のもとへ援護に駆けつける。相手を押し退け、技を掻い潜り、斬りつける間も会話は続いていた。

 「ああ、つい昨日さ。昨日テオンの戦い方を見て、初めてその『型』以外の動き方を見たんだ。それで今朝からその真似を始めた。まだまだ堅い動きばっかりだよ」

 そういうキールの動きは僕から見ても十分「自然」な動きだと思った。一朝一夕どころではない。その天性の才能は驚くべきものだ。

 「キール凄いよ!それならもうここら辺の魔物に敵は居なさそうだね。おっと……」

 彼の方を向いた途端に死角から斧が飛んでくる。

 「ぜえ……ぜえ……。貴様、我との決闘の最中に余所見など……、許せん!」

 山賊たちの中でも一際大柄なこの男は、身の丈ほどの斧を軽々と振り上げ再び斬りかかってくる。

 しかし僕はもうその軌道にはいない。大振りな分その動きは至極読みやすい。また攻撃の最中にその軌道を変えることも難しい。そうなればもっと小技やフェイントで相手の動きを止めたりするものだと思うのだが、そういった工夫もなくただ男は斧を地面に叩き続けるばかりだった。


 この男が僕らの方に矛先を向けたのは、僕らが戦いに参加してすぐのことだった。

 『ようやく我が叩き潰すに相応しい強者が現れたか!!』

 そう言って斧を振り上げようとしたので、僕が咄嗟に剣の鞘を男の顔面にぶつけた。ほんの牽制のつもりだったのだが、それで彼の怒りを買い、僕と一対一の決闘を宣言したのだ。

 守衛たちの援護はアデルとキールで十分間に合いそうだったので、その間この男の相手をすることにし、今に至る。

 「ぜえ、はあ……。貴様ら、何故我々の邪魔をする。貴様らはドン・ブラコ様をどうしようと言うのだ!?」

 「どうしようも何も、折角捕まえた窃盗犯が脱獄しないようにしているだけだ」

 「嘘をつけ!!貴様らネオカムヅミに頼まれたのであろう?今ドン・ブラコ様を失うわけにはいかんのだ。そこをどけぃ!!」

 男は尚も斧を振り回す。攻撃に当たることはないが、横凪ぎに振るわれると迂闊に近づけない。こちらとしても厄介な相手ではあった。

 しかしネオカムヅミってなんだ?オオカムヅミならさっき聞いたばかりだが、それから間もなくまたややこしい名前を出されるとは。自慢じゃないがこの頭は物覚えが悪いのだ。

 「オオカミもネオカミも知らない!ブラコの脱獄はさせない!いい加減諦めて引き上げろ!!」

 男が斧を水平に振り回した直後、その姿勢が重い斧に引っ張られて仰け反った隙に間合いを詰める。男はその姿勢から無理矢理斧を振り上げて前に繰り出そうとする。

 ああ、その馬鹿力は凄いと思うよ。

 彼の重心が後ろから前に移るその瞬間に、彼の胸を蹴飛ばす。頑丈な彼の体はそれくらいではびくともしない。だが、重心の移動を妨げられた彼の体は斧に力を伝えきれない。彼の頭上に振り上げられた斧は、そのまま後ろ向きに彼の頭に落ちた。

 斧が地面に転がる。強かに頭を打った彼は、そのまま目を回して倒れた。多少頭蓋が陥没したかもしれないが、人に振るおうとした武器だ。それくらいは甘んじて受けておいてくれ。

 近くに落ちていた鞘を拾い、再び腰に括り付ける。剣を納めながら周りに目線を飛ばすが、もう僕に掛かってくるものは居ないようだ。

 「テオン君は本当に化け物だな。相手の動きが起こったと思ったら、もう避け終わってる」

 「化け物っつうか、ありゃ理不尽だな。結局剣で斬らないまま勝っちまった」

 アデルとキールが決着を見て溜め息をつく。その様子を黙って見ていた他の山賊たちが、次第に攻撃の手を緩めていく。

 こうして戦意を失った彼らは大人しくお縄に付き、ブラコの脱獄作戦は失敗に終わったのだった。




―――温泉宿「かれん」広間
 
 「あのときの花が使われたと言うの……?」

 奇跡の花……。あらゆる呪いを解除し、あらゆる呪いの力をも与えるというポエトロの町の伝説の花。可能性としてはあり得なくはない。

 ブラコの姿に偽装されていた被害者。しかも姿形だけでなく魔力までの偽装。その効果の永続性。何故今まで思い当たらなかったのか。これは最早呪いだ。

 「花?魔力偽装を可能にするような花が存在するのかい?」

 オルガノが尋ねる。そういえば奇跡の花の存在はポエトロの町の1番の秘密だ。町の絵描きたちにも秘密にしている話を、ここで私がベラベラ話すわけにはいかない。暫く考え込んでいると……。

 「あの、オルガノさん」

 ゼルダが横から入り込んできた。

 「まずハニカさんの正体が本当にシャウラなのかどうか、それを確かめませんか?私も彼女の部屋を調べてみたいんです」

 確かに、まだそれは可能性の段階で確証が得られたわけではない。彼女の提案にユカリも頷く。

 「その通りね。あたしも行くわ」

 「ああ、それじゃあユカリさんとゼルダさんにそちらは任せよう。ただし怪しいものがあったらこの広間まで持ってきてくれるかい?」

 こうして二人と、ファムとメルーがハニカの部屋に向かった。

 「さて、その間にさっきの花について聞かせて欲しいんだけど、何か話せない事情でもあるのかな?」

 オルガノは再び私に視線を送る。ルーミとマギーは不思議そうに私を見ている。この二人は奇跡の花に関して詳しいことは知らないはずだ。

 「そうね、事情ありよ。少し二人で話せるかしら?」

 私はオルガノを連れて宿の外に出る。彼にだけ、出来るだけ事件に関する情報のみに限って話しておくことにしたのだった。




 「なるほど。どんな呪いも解くという伝説の花。それを悪用すれば今回のような魔力偽装を行える……と。それを知っているのは誰がいるんだい?」

 「あたしたちの仲間では……あたしとテオン君だけかしら。あとはその花を奪っていった盗賊団」

 「アリシア盗賊団という名前は聞いたことがないが、裏社会で他の組織と繋がりがあるとしたらかなり厄介になるな。だが……」

 そこでオルガノは肩を竦め、首を横に振る。

 「今度の容疑者でその盗賊団と繋がっている者はいないだろう。強いて言えばシャウラとブラコくらいか」

 「そういえばブラコは結局キラーザにいたのかしら?」

 「君たちの話ではそういうことになるね。被害者のブラコは偽物だったんだから」

 そこで私はようやく、その奇妙なことに気付いたのだった。

 「何故犯人は被害者をブラコに偽装したのかしら……。本物がすぐ近くにいるのなら、折角の魔力偽装も無駄になってしまうのに」

 「うーん、それは今の時点じゃ何とも言えないな。偽装できる人間に何か制約があったのかもしれないし」

 そう言いながらオルガノは宿へと引き返し始めた。

 「とりあえずもう広間に戻ろう。聞きたいことは聞けたし、これ以上容疑者から目を離すわけにはいかない」

 「え?ちょっと、まだマギーを疑うって言うの?」

 「当たり前だ。さっきの君の話で1番大事なのはね、マーガレット・ガルには確かに被害者の魔力を偽装する手段が存在した、それだけだよ」

 私はその場で立ち尽くした。彼はそのまま早足で旅館に入る。何故、さっきの話でそうなるの?

 確かに私とテオンが奇跡の花の存在と効果を知っていれば、彼女がそれを使う可能性が生まれる。だけど、そもそもブラコに偽装する意味がマギーにはない。

 オルガノはもう彼女を犯人だと断定してかかっている。確かに現状マギー以外の容疑者は浮かんでいない。未だ見えてこない第三者を探すより、彼女に容疑をこじつける方が楽なのだ。

 『不可能なことには手を出さない。それが僕のやり方なんでね』

 ふん、何が『僕のやり方』よ。楽な方に流れたいだけじゃない。彼に任せていては駄目だ。自分で考えるしかない。

 気を引き締めて宿に戻った私の耳に、泣きそうなマギーの声が飛んでくる。

 「ニャ~~~!!レナ、一体何を話したのニャ!!マギーの疑いが濃くなっちゃったのニャ!!裏切り者ーーっ!!」

 見れば既にオルガノは彼女の手をロープで縛っている。ルーミがオルガノにしがみついてぽかぽかと殴っている。

 「やめて!!マギーはそんなことしません!!マギーじゃありません!!ちゃんと調べて下さい!!」

 見るとルーミは既に泣き出していた。オルガノ、一体どんな言い方をしたって言うの!?

 やがて彼女は今まで聞いたことのない音量で、必死に考えていたのであろうマギーの弁護の言葉を叫ぶのだった。

 「そんなこと思い付かないくらい、昼間のマギーは馬鹿なんですーーっ!!」
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