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第4章 煙の彼方に忍ぶ影

第18話 僅かなノイズの向こう側

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 「被害者のご遺体の魔力残滓……もう一度、私に詳しく調べさせて貰えないかしら?」

 視線を鋭く尖らせてオルガノを見据える。はったり混じりの提案だが、ララの気配察知を信じれば必ず何か見つかるはず。私の勘がそう告げていた。

 「ふむ……。魔力を偽装できる可能性……そんな話は聞いたことがないが、確かに被害者の身元をこの簡易測定器で断定することには疑問の声も上がっている。分かったよ、改めて私から依頼しよう。被害者の身元特定のため、レナさん、君に魔力測定を頼む」

 「ええ、任されたわ」

 ふう。何とか測定の許可を取れた。ララが心配そうにこちらを見つめている。大丈夫よ、あなたと私の勘に、間違いはないんだから。

 私はオルガノに通されて湯殿に向かう。男の遺体は女湯側の脱衣所に横たえられていた。上から白い布を被せられている。

 はあ。

 まさか私が死体の鑑定をすることになるなんて、思っても見なかった。初めての作業に今までにない緊張を覚える。この被害者は今、何故殺されたのか以前に誰なのかすら分からない状態。そんなの浮かばれなさすぎる。

 改めてこの挑戦の責任の重さを自覚し、拳を握りしめる。

 「レナさん、大丈夫ですか?」

 「ええ、少し黙祷を」

 しばし目を閉じる。男の魂の安らぎを祈り、再び目を開けたとき、私の緊張は解けていた。まるで被害者が私に鑑定をお願いしてきたような……。

 「では始めます」

 測定に必要な機材を収納から取り出し、動力炉に魔力水を注入していく。遺体に残った僅かな魔力残滓を測定するには、かなりの魔力が必要になる。痛い出費だ……。

 機械から伸びる線の先の白いシールを遺体に張り付けていく。冷たい身体に触れ、ぞっとするものが胸に込み上げるが、それを必死に抑え込んで作業を完了する。

 「準備は出来たわ」

 「レナさん、凄い汗ですよ」

 「いいじゃない、それくらい。本番はここからよ」

 装置の電源を入れ、出力を少しずつ上げていく。いくつも並ぶメーターの針を注視しながら、閾値のつまみ、倍率のつまみ、位相のつまみなどを細かく捻っていく。

 「弱々しい魔力……思ったより難しいわね、これ」

 「でも順調に針は触れているようですが」

 「馬鹿ね。この大きな動きは偽装された魔力のものよ。ここで終わったら簡易装置と変わらないの」

 「つまり、ただでさえ弱くなった魔力残滓よりも小さな魔力パターンを探していると?無茶だそんなの。出来るわけが……」

 「静かに!!」

 私は思わず声を張り上げる。無茶?そんなの私が一番分かってる。偽装された魔力に乗って来るほんの僅かなノイズに、全神経を集中させているのだ。

 汗がぽたりと滴り落ちた。指先が震える。口が渇く。集中が切れそうになる。

 『レナさん……!!』

 ララの不安そうな顔が脳裡を過る。あの子の直感を……、私の直感を……信じる!!

 やがて。

 じー……っ。

 機械から漏れる無機質な音。吐き出される白い紙。機械による解析を行う前の生の魔力波形が、そこに描かれている。

 じー……っ。

 そしてもう一枚の紙が出てくる。それはノイズだけを抽出した魔力波形。偽装された魔力の奥に隠されていた、真の被害者の魔力である。

 「ふう、私が抽出できるのはここまでね。あとはこの波形と一致する魔力スペクトルが見つかれば、照合して確認できるけど」

 「どういうことだい?結局誰かは分からなかったということかい?」

 呆れ顔のオルガノに、満面の笑みを突きつけて答える。

 「少なくとも偽装魔力のパターンとは違う。つまりブラコじゃないことだけは確かよ!!」

 しかし彼の表情は晴れない。

 「いや……それだけじゃ何とも言えないな。見た限り魔力波形のノイズを取り出したと言うだけだろう?一致する人物が見つからない限り、ただのノイズで終わってしまうよ」

 オルガノはそう言いながら、出力された波形を覗く。

 「いや、まさか……。そんな!!」

 「ちょっと、どうしたのよ?」

 彼は表情を一転させて私を見る。

 「この波形なら、誰のものか分かるかも知れない!お手柄だ、レナさん!!」




 私は機械をささっと片付け、出力された2枚の魔力波形を手に広間へと戻る。そこには不安そうな顔つきのララたちが待っていた。

 「レナさん、どうでした?」

 ララに思いっきり親指を立ててグーサインを送る。

 「ララちゃんの言った通りよ!偽装は私が完全に暴いたわ!!」

 「へえ、それじゃあ被害者も分かったの?」

 ユカリが興味津々と言う顔で近づく。後ろにはリットも期待する眼差しで控えていた。

 「オルガノさん、照合結果を」

 私は後ろから付いてくるオルガノに話を振る。彼は先程の魔力波形を機械に読み込み、ある犯罪者のデータと照合していた。それは彼が今唯一持ち合わせていたデータ……。

 ぴこんっ!!

 彼の手元の機械から、明るい音が響く。

 「ええ、間違いありません。完全に一致しました。被害者の正体はシャウラ……我々が追っていた暗殺者サソリです!!」




―――テオンサイド

 旅館を出て坂を下り、道は既に平坦になり始めていた。僕らはアデルを先頭にキール、僕と並んで走る。間もなくキラーザの関所に着く頃だ。

 「それじゃあ、ララちゃんがブラコじゃないと言ったら、十中八九ブラコではないと思っていいんだね?」

 「うん、ララの気配察知なら間違いないよ。ブラコはまだ関所にいると思っていいだろう」

 僕はアデルとキールに、これまでのララの気配察知について説明していた。彼女はあのハイルの娘だ。魔力による偽装なんて通用するはずがない。

 「まあブラコが知らず知らず脱獄してたって言うなら、もっと大騒ぎになってるはずだしな。多分間違えねえだろう」

 キールは自らの判断でララを支持する。昨日通ったばかりのこの道は、何も変わることなく平穏無事に関所まで繋がっていた。道路上で虫を啄んでいた小鳥が、僕らの足音に驚いて飛び去っていく。

 やがて崖の切れ目に関所の門が現れる。昨日と同じ二人の守衛が呑気にじゃんけんをして遊んでいた。

 「あれ!昨日の旅の方じゃないか。それにアデルさんまで!!もしかしてサソリを捕まえたんですかい?」

 早速お喋りな守衛が話しかけてくる。

 「いや、ちょっと別件でね。カレンの温泉宿で殺人事件が起こっちゃったんだよ」

 「なんと!?それは一大事ではありませぬか」

 守衛のおかしな口調にキールが苛々し出している。さっさと用件に入った方がいいかもしれない。

 「守衛さん、昨日お預けした窃盗犯、今どうしてます?」

 「ん?ああ、あの陽気な男ね。あいつならここの牢屋で楽しそうに見張りとお喋りしてると思うが、それがどうしたんだ?」

 キールとアデルが顔を見合わせる。これで被害者がブラコという線は無くなった。流石、ララの言う通りだ。しかし、嫌な予感がするとも言っていた。これで終わりではないのだろうか。

 「そいつの顔を見ることはできるか?ちょっと聞かなきゃならねえことがあんだけどよ」

 キールが守衛に突っかかる勢いで尋ねる。彼にしては穏やかに聞いた方なのだろうが、苛々が外に漏れ出しているせいで守衛は少し威圧されている。

 「あ、ああ。牢屋越しに話しかけるくらいなら構わないだろう。何でも聞いてくるといい……」

 そこで守衛はアデルに視線を移し、はっきりとした小声で尋ねる。

 「この人がその殺人事件の犯人なんじゃないですかい?」

 「おい!聞こえてるぞ、てめえ!!」

 ああ、ダメだ。これ以上キールとこの守衛を話させているとろくなことがない。さっさとブラコのもとへ急ごう。多分ブラコ相手でもこんな感じになるだろうけど……。

 僕らは守衛に通され、関所地下の牢獄へと足を踏み入れた。じめじめして暗い穴蔵の奥から、高らかな笑い声が聞こえる。

 「あれ、また新しいのが連行されてきたのか?」

 ブラコはこっちを見ると、陽気に手を振ってきた。本当にここは牢獄の中なのだろうか。

 「何だ、新しいのって!まさか俺の顔を忘れたとは言わせねえぞ、こそ泥野郎!!」

 早くもキールの怒りが爆発してしまった。傍にいた見張りが身構える。これでは本当に鉄格子の向こう側に入れられかねない。

 「僕たちは君に話を聞きに来たんだ。この二人とは昨日会っているだろう?」

 「何だ坊主?えらく気取った喋り方するじゃねえか!」

 「質問に答えろ。君はこの二人と昨日会ったブラコ・ピンクニーで間違いないんだな?」

 アデルがさっきより強い口調で聞き直す。

 「何だ?俺は名乗った覚えはないがな。確かに俺がブラコだ。だがピンクニーってのは止めてくれ。俺はその姓が好きじゃない」

 「おいこら!俺たちのこと覚えてねえのかって聞いてんだ!!」

 キールが鉄格子に掴みかかり、真っ赤な顔で吠える。

 「おうおう、そう興奮すんなって。まるで猿みてえだ。生憎俺は巡り会った女性なら皆覚えているんだが、男にはまるで興味がなくてね」

 「何だと!?ふざけてんのかてめえ、こら!!」

 最早キールは完全にブラコの掌の上で遊ばれていた。彼はキールの声を雑音ほどにも捉えていない。見張りの守衛が警棒を構えてキールに向けて歩いてくる。冷や冷やしていると、アデルが次の質問を始めた。

 「女性なら覚えているんだな。ハニカ・ジュバという女性に心当たりは?」

 「ああ、それなら知ってるぜ。温泉宿にいた色っぽい姉ちゃんだろ?赤紫の髪の」

 「じゃあ、シャウラって名前は知ってるか?」

 「シャウラ……?そいつは知らねえな。美人なのか?」

 ブラコは相変わらずおどけた調子だが、少しずつ質問に答えるようになってきていた。流石はアデルだ。

 「ああ、もういい!!こいつは俺の財布を盗ったブラコで間違いねえ。脱獄してねえことが分かったんだ、さっさと戻ろうぜ」

 キールが踵を返して出ていこうとする。その言葉を聞いてブラコはにやりとした。

 「脱獄か……。いい勘してるね」

 どん。

 そのとき、頭上で物音がした。

 「ドン・ブラコ様!助けに参りました!!」

 遠くで声が響き、俄に騒がしくなってくる。

 「奇遇だな。脱獄なら、これからするところだ!!」
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