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第3章 旅は道連れ、よは明けやらで

第15話 砂嵐が止んだら

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―――ララサイド

 ララはアルタイルの会長マイクの肩を射抜いたあと、アルタイルの大群がよく見える場所に移動していた。彼らが隠れ蓑にしている砂丘の起伏は、同様に彼らからの死角も作っていた。

 「テオン、一人で大丈夫かな……」

 後ろ髪を引かれるのを感じるが、その不安を振り払う。

 「大丈夫よ、テオンなら大丈夫。昔のおっちょこちょいじゃないもの。あいつの心配よりも、今の私にはやらなきゃならないことがあるんだから」

 彼女の次の標的は、あの大群を指揮していた男だ。砂嵐に阻まれて引き返してきた彼らは、再び宿屋の方を見て機を窺っている。恐らく砂嵐が消えるのを待っているのだろう。砂嵐の下に妖しく輝いている魔方陣は、徐々に薄まってきているように感じた。

 「動き出す前に、落とす!!」

 弓の射程に指揮官が入るまで、彼女は砂に取られる足を只管に動かすのだった。




―――レナサイド

 「ゼルダちゃんの魔力が切れそうね。さて、テオン君たちは上手くやってくれたかしら。それにしてもあのレオールって男、しぶといわね」

 宿屋の前ではマギーとレオールが戦っていた。ネクベトは宿屋の中に戻っている。手伝いに来たバートンと二人がかりで、眠らせた男たちをロープで縛ってあった。私はそれを見届けてテオンたちに信号を送ったのだった。そろそろ大将の船に潜入した頃だろう。

 レオールはマギーの投げるナイフを細いレイピアで弾いている。とんでもない技術だ。私も魔道具を使って彼の足元に粘着性の罠を仕掛けるが、紙一重で全てかわされている。

 既に彼の周りは罠だらけ。今のところ全てかわしてはいるが、見た目の分かりづらい罠だから発動した場所を覚えておかなければ回避し続けることはできない。そろそろ記憶力の限界を迎えてもいいはずだ。

 「おい、そこの罠師」

 「あたし、罠師じゃないんだけど」

 「いくつこんな無駄な罠をばらまくつもりだ。そろそろ地面一帯べとべとになるぞ」

 「そうねえ。あなたが引っ掛かってくれたらすぐに片付けるんだけど」

 「こんな見え見えの罠にか?」

 「あら、あなたにはこの罠見えているの?素人には見えにくいはずなんだけど」

 「あ?何を言っている。特に隠蔽もしてない魔力の塊が見えねえわけねえだろ」

 魔力?何を言っているの?この男には、魔力そのものが見えているというの?

 よく分からないけど、罠が効かないなら手段を変えるまで。

 「マギー、一旦退いて!」

 そう言いながらレオールの前にファイアウォールを張る。マギーが下がる暇さえ作れればそれでいい。

 続いてグレネードシャワーを放り投げる。きらきらした星を飛ばして破裂させると、中の小型の爆弾が飛び散るという強力な魔道具だ。前使ったときは全方位に攻撃したが、魔力の使い方で星の飛ぶ向きは調整できるのだ。

 「はい、爆破!!」

 合図と共に破裂した星が爆弾を撒き散らす。爆煙と砂煙がもうもうと上がり、レオールの姿を隠す。

 「まだ分からないか?バリアを破らなきゃ、そんな攻撃意味ないぞ?」

 声がしたかと思うと、レイピアの切っ先が煙を切り裂いた。もちろん彼は無傷だ。

 「これがゼルダさんの言ってた障壁魔法……。どうすればいいのニャ」

 マギーが思わずこぼす。障壁魔法。ゼルダの話ではアルタイルの全員が自身の魔力またはモービルの機能によって発動しているらしい。

 確かに魔法による戦闘が主になりつつある昨今、障壁魔法が必須になるのは必然だ。だがメラン王国では障壁魔法の研究は進んでいないし、魔道具の実用化もできていない。それが帝国では、兵卒ですらない荒くれものにまで行き渡っているというのか。この差は軍事面において致命的だ。

 「テオン君たちはあれを破ったのよね。どうやったのかしら」

 「何か精神論みたいなことばかり言ってた気がするニャ。もしかしたら村の者以外には明かせない秘法でもあったりするのかニャ?」

 「そうだとしたら使えないわね。二人がいない今、あたしたちであれを何とかしなきゃいけないんだから……」

 アルト村の秘法……。そんなものは聞いたことがない。だがあの周辺の魔物は障壁魔法を使えるということは知っている。

 はあ……。いよいよ、何としてもテオン君たちを軍部に引き入れなきゃいけないわね。そうすれば軍則でその秘法を聞き出せる……。

 「俺との戦闘中に他事考えるとは舐められたものだな。早くしないと俺一人ではすまなくなるぞ」

 はっ!!

 そういえばさっきまであった砂嵐が消えている。

 「そう、時間切れってわけね……」




―――アルタイル本隊

 「忌々しい砂嵐は止んだ!!今度は包囲なんてまどろっこしいことはいい!宿屋を殲滅せよ!!」

 指揮官――ジョンは銃を上に向けて、魔力弾を一発打ち上げた。パンと乾いた音がしてアルタイルの本隊が動き出す。元は100人いたこの隊も今や20人もいない。だが一人一人が熟練の狩人だ。皆アルタイルに入る前はエリモ砂漠と国境を挟んだカクタス砂漠で実際に魔物を狩っていたのだ。

 「臆することはない!!このままメランの野蛮人と獣人どもに追い返されたとあってはアルタイルの恥だ!進め!!」

 ジョンの鼓舞する声に、彼の後ろにいた男が大きく頷く。彼はリック。生まれつき声を出せない障碍者だった。彼の任務は偵察。ただし偵察内容を報告する相手はジョンではない。ティップだ。

 彼は目役めやく。文字通り、ティップの代わりに各地へ行って色々なものを見るのが仕事だ。彼が見たものは魔力パスを伝ってティップに伝わる。それが彼の持つ古代スキル『伝』の力だった。

 言葉を発さずに務まる仕事。彼はこの目役を誇りに思っていた。ティップに深い感謝と忠誠心を抱いていた。故に、彼は常に誰よりも熱い思いで任務に臨んでいた。

 「はっ!ジョン!!弓兵アーチャーだっ……」

 指揮官の横にいた男が叫ぶのとほぼ同時、彼の頭は矢で射ぬかれていた。

 「なっ!!」

 ジョンが振り返る。そこには真っ暗な砂漠が続いているだけだ。リックも必死に目を凝らす。先の件でテオンたちは的確に気配感知役、目役、そして指揮官を落としていた。リックも真っ先に狙われるかもしれない。その危険の中にあって、彼は一層使命に燃えていた。

 (必ず見つける。そして射るところを『見る』!!)

 リックは暗闇の中に淡い光りを見た。星の明かりが微かにやじりに反射した光……。

 「ぐっ!!」

 リックがモービルから落ちる。その身体は流砂の中に埋もれていった。

 「おのれ、どこに隠れている!姿を現せ、卑怯も……のわっ!!」

 三本目の矢がジョンの喉を破り裂いた。ララの仕事は完璧だった。だがリックの執念はその顔を捉えていた。

 マザーモービルの中、ティップがぐっと目を閉じる。次に目を開いたとき、彼は獲物を見つけた狩人の顔になっていた。

 「見つけたぞ、小娘。お前はこの俺が直々に消してやる!!」




―――テオンサイド

 身体が……動かない。だが意識もあるし視覚と聴覚は閉ざされていない。周りの様子が把握できるだけましだろう。隣ではプルース三兄妹が眠らされて横になっている。睡眠の魔法を使われていれば完全に為す術がなくなっていただろう。

 ティップの上げた声にマイクがにいと笑う。そして間もなく微かに車体が揺れた。どうやら動き出したようだ。浮遊しているからか移動している感じがあまりしない。だが間違いなくこの船はララに向かっている……。

 (くそ……。このままではララが危ないのに。他の皆も危ないのに……。また僕は何も出来ないのか!!)

 焦りが僕の中を駆け巡る。何とかしなきゃ。今動かなきゃ!

 拘束を何とかしようと身体を捩る。だが痺れた身体は冷たい床に張り付いてびくとも動かない。

 「おっと、あなたまだ諦めていませんね。その麻痺は確かに暫くしたら取れるでしょう。しかしあなたを拘束しているロープは、あなたの魔力そのものを拘束しています。物理的に外れることもありません」

 マイクがこちらに目もくれないで話しかける。

 「まああなたが私より高位のスキルを授けられていれば、希望はあるかもしれませんね。私の『魔痺胞子』はランク4。メランでは特上スキルと言うのでしたか。これより上位のものはランク5の古代スキルのみ。あれ、これでは希望も何もないですねえ」

 スキルのランク……。前世でもアルト村でも全く気にしていない概念だ。高位スキルは低位のスキルより優先的に機能する。だが必ずしもその限りではないというのが村長の考えだった。故にどのようなスキルがあるのかあまり学ばなかった。

 だが古代スキル……それなら心当たりがある。古代文字で表されたいにしえのスキル……。初めてのレベル測定の日、明らかになった光の力。間違いなくそのことだろう。

 砂漠に入ってからずっと制御を試みてきたこの力。幸いナイフのように物を切るところまではできた。痺れが取れたら隙を見てロープを切断し、マイクとティップの二人を行動不能にする。

 僕は見出だした希望をもとに、今後の行動計画を立てていくのだった。




―――レナサイド

 マギーがナイフを投げる。レオールはそれを避けもしないでただ突っ立っている。その視線は右に逸れ始めた彼らの隊長船らしき巨大なモービルに向けられていた。

 「さて、そろそろ反撃と行こうか?」

 レオールはこちらに向き直ると、飛んできたナイフを片手でぱしっと取る。そのまま大きく跳躍し、周りの罠地帯を飛び越えて後退した。空中でさっとナイフを投げる。

 「おっと、罠抜けられちゃったニャね……うっ!!」

 マギーは軽くナイフをかわしたはずだった。しかし今ナイフは背中に刺さっている。飛んできたナイフはかわされた直後に軌道を変えて引き返したのだ。

 「何よ、今の……」

 「何ってナイフに追尾の魔法を掛けておくのは常套手段だろ。さて、狩りの時間だ!」

 レオールはにいと笑った。こちらも睨み返す。

 「よくもマギーちゃんを……覚悟なさい!私ももう、出し惜しみはしない!!」
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