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第3章 旅は道連れ、よは明けやらで

第13話 砂漠を生きるものの叫び

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 「アルタイルが動き出したわ!大人数で、すごい早さでこっちに向かってるって!!」

 慌てたネクベトが僕らに知らせて回る。しかしそれは当然想定の内だった。先の話し合いの場でも、彼女が来る前にアルタイルが追ってきたときどうするかという話はしていた。

 彼らが宿屋の近くに来るまでにはまだ半日以上かかるらしい。余裕をもって対処できるのは、彼女の情報力のお陰だ。

 僕らの選択肢はただひとつ、迎撃だった。ゼルダの言葉を思い出す。

 『彼らがいる限り聖都復活を成すことはできないでしょう。砂漠の民の安住のために、彼らは排除しなければならないのです』

 彼女の目は真っ直ぐに前を見据えていた。もちろんひとつの組織をこの人数で相手しようなど、普通なら無謀もいいところだ。だが、彼女はそうは思っていなかった。

 『彼らは私たちの攻撃をものともしない高度な障壁魔法を使います。ですがテオンさんとララさんの攻撃はそれを容易く破ったと聞きました』

 僕もララも特別なことはしていない。だが何やら気付かぬうちにとんでもないことをしていた……、彼女は口ぶりからするとそういうことらしい。ゆえに彼女は僕らに物凄く期待していたのだ。

 初めはゼルダたちを護送するだけのつもりだった僕らも、今ではすっかり彼女らの夢を応援する立派な協力者になっていた。時間がないと口を酸っぱくしていたレナも含めて、快く彼女の作戦に乗ったのだった。




―――夜、宿屋内

 テオンたちが泊まっている部屋には、今バートン、メルー、ルーミ、ミミが待機していた。

 「皆さん大丈夫でしょうか……」

 ルーミが心配そうに上を見やる。そろそろネクベトが予想した開戦時間だ。彼女の偵察によると、アルタイルは先に何人かを宿屋に向かわせ、大群のほとんどを少し離れた場所で待機させているらしい。

 「作戦通りにいくといいけどね」

 ミミが不安そうに耳をピクピクさせている。この部屋にいるものにとっては、彼女が聞き取った情報だけが戦況を知る唯一の手段だ。バートンとメルーも祈るように手を組んで目を閉じている。

 「ゼルダさんの作戦を信じよう。俺たちはもうやるべきことをやった。あとは仲間たちを信じるだけだ」

 「そうですね。ルーミさんが出ることがないよう祈りましょう」

 ルーミも同じように手を組んで祈る。彼女はフードを被って頭を覆っていた。髪の毛を高く結んで少しフードを膨らませている。戦えないルーミはいざというときのために、ゼルダになりすまして囮になる準備をしていた。

 「大丈夫だよ。何かあってもルーミちゃんはあたしが守ってあげる」

 ミミがにこっと笑いかけ、再び前を見る。

 「今度こそ……」




―――テオンサイド、宿屋から西に数百Mメトロ地点

 今、僕は宿から離れた岩場に身を潜めていた。辺りは既に暗いが、半月を過ぎて丸みを帯び始めた月の光が、仄かに闇を照らしていた。

 「私の弓、そんなに常識はずれなのかなあ」

 隣にいるララが呟く。手には村でよく使われている一般的な弓が握られている。木と魔物の角による伝統的な合成弓コンポジットボウの一部に父ジグ特製の合金を使ってあるのだが、弓自体の性能が著しく上がっているわけではない。

 「多分、村で言うところの『相手の気の緩みを射抜く』技術のことを評価されたんだろうね」

 「うーん、それは当たり前の技術じゃないの?充分に気を張った相手にはどんなに至近距離で射ても弾かれるじゃない?」

 僕らは尚も頭を悩ませる。前世であれば矢を弾く方がすごいというものだが、アルト村近辺の魔物は普通『気を張って』いる。だから僕も、こちらの世界ではそれが当たり前だと思っていたのだが、そうでないとすると……。

 「ま、いっか。そろそろ来たみたい。テオンももっと気配消して!」

 僕らは考えるのを後回しにして作戦に集中する。遠くから彼らの乗り物の音らしき騒音が聞こえてきていた。




―――レナサイド、宿屋前

 「やあ、いらっしゃい。うちの宿屋をご利用かい?何名様で?」

 ネクベトがいつも通りに外まで出て接客をする。10人ほどの旅人がペルーの宿屋にやって来ていた。

 「10人だ。一晩頼む。それから、今ゼルダってやつが泊まってるだろう?知り合いだから近くの部屋でお願いしたいんだが」

 先頭にいた赤い短髪の浅黒い男が硬貨を取り出しながら告げる。その様子を私――レナは宿の中で聞いていた。

 「ゼルダさん……?さあ知らないけどどんな人だい?」

 ネクベトはとぼけて見せた。この旅人の一団はアルタイルの者たちだ。宿屋に入れるわけにはいかない。

 「ああ?いることは分かってんだよ。何すっとぼけてやがる!」

 旅人の一人が声を荒げる。この男も赤毛だった。

 「何だい、態度の悪い子だね。そんなんじゃ泊めたげないよ」

 彼女も強気で出る。短気な男はそれで爆発したのか、彼女の肩をどついて迫った。先頭にいた男は溜め息をつく。

 「ゼルダはここにいるはずだ。隠し立てするなら強制的に立ち入らせてもらう」

 間もなく彼らは実力行使に出る。

 「もう始まるの?気短すぎ……」

 あっという間に包囲される彼女を、私はただ眺めている。私の役目はいざというときに彼女に加勢することだ。しかし彼女はまだ合図を送ってはいなかった。

 「まったく……気の早い男はもてないよ。よくお寝んねして出直しな」

 彼女はそう言うと唐突に歌い出した。その歌には魔力が乗せられていた。

 「いきなり何してんだ、なめてん……の……」

 真っ先に突っかかっていた男が突如膝から崩れ落ちる。

 「まだまだいくよー!ラララ~♪眠れや~眠れ~♪」

 彼女の眠りの歌によって、先にやってきたアルタイルの者たちは次々と倒れていく。

 「ふん、やってくれるじゃねえか。後悔しても知らねえぞ?」

 その中で、先頭にいた赤い短髪の男は倒れる様子を微塵も見せなかった。倒れてしまった仲間のひとりの元へ行き、瞼を持ち上げて目を覗き込む。

 男の腰につけたレイピアが揺れる。帝国は銃という筒型の魔道具を好んで使う。他のアルタイルが銃やナイフを装備している中、王都の騎士が使うような細身の剣を持つのは異色だ。

 「なんだい、あんたは夜更かしの不良君かい?」

 彼女は男を見据えながら、後ろ手に指を立てた。ようやくの合図だ。さて、今度は私の番ね。先を急ぐ旅だけど、可愛いゼルダやミミたちにした仕打ちには腹が立った。一発ぶちかまさなきゃ、先には進めないってものよ。

 私は自慢の魔道具を取り出しつつ、どう見てもただ者じゃないその男に向かって歩き出したのだった。




―――同じ頃、宿屋南方

 「汚いニャ。あの人数で包囲するつもりなのニャ」

 宿屋の南側、テオンたちとは離れたところでアルタイルが来る方向を見ていたマギーは、望遠用魔道具で敵影を捉えていた。砂丘によって宿屋からは見えない位置に、100人以上の黄色スカーフが待機していた。全員が浮遊する乗り物に乗り、一番後ろには一際大きな箱型の乗り物が鎮座している。

 マギーの傍らにはゼルダとファム。彼らが宿屋で探しているはずの人物は、宿屋の外、砂丘の上で砂に埋もれるようにして身を潜めていたのだった。

 先頭の指揮官らしき男が何やら手を振った。動き出すらしい。

 「ゼルダさん、動き出したニャ。左右に広がり始めたからまずは横からニャ」

 「ええ、分かりました」

 彼らを見据える彼女の目には、静かではあるが激しい怒りの色が浮かんでいた。彼女はすっと目を閉じて集中する。彼女から解き放たれる魔力が僅かに空気を揺らす。

 「星々に集う風、各々に吹き寄せ、紺碧の空を夢に見、千々に乱れ狂うべし。乱立する竜巻ランダムストーム!!」

 そう唱えた瞬間、前方に大規模な魔方陣が展開される。動き出したアルタイルの眼前にいくつもの小さな砂嵐が生まれる。それは彼らを取り囲むように横へと広がっていく。

 ゼルダは風魔法の使い手だった。彼らの乗り物――モービルが宙に浮く魔導兵器である以上、大気に干渉する魔力には影響を受ける。砂嵐が彼らの視界に入って間もなく、指揮官の慌てた声が飛んだ。

 「あの砂嵐を操る魔力はこちらのモービルにも影響を及ぼすぞ!注意せよ!!」

 彼らは広がる砂嵐より早く左右に展開しようと試みるが、陣形は徐々に狭められ完全に砂嵐に取り囲まれる形となった。

 「おのれ!!モービルから降りろ!魔法障壁を展開すれば砂嵐如き越えられる!!」

 指揮官の言葉に、皆モービルを砂上に下ろし降りようとする。

 「奴ら乗り物から降りちゃったニャ……。すごい、ゼルダさんの作戦通りニャ」

 マギーが感心する。なぜなら……。

 「うわっ!!」「何だ!!」

 アルタイルから驚愕の声。モービルから降りた彼らは、砂の地面に立った瞬間にその足を沈めていた。モービルもゆっくり砂に埋まっていく。

 「ダメです、降りれません!!」

 「くそ、流砂か?いや、こんな大規模な流砂、ここにあるわけがない!!」

 50人以上が並ぶこの領域を、不自然にすっぽり覆うような巨大な流砂が現れたのだ。これがゼルダの作戦。

 この場所はかつて泉が湧き出てオアシスだった場所だが、今はすっかり涸れている。だが昔と同じように地下水は流れている。流砂とはつまり水を含んだ砂。メルーとバートンによる農耕用魔法の応用で水を汲み上げ、人工的に流砂を作っていたのだった。

 目に涙を溜めたゼルダが、普段穏やかな声を荒げて静かに告げる。

 「私たちはずっと砂漠と共に生きてきたのです。この砂漠のことなら誰よりも知っている。ふらっとやってきたあなたたちに、この場所でいつまでも好き勝手はさせません!!」

 ごうごうと音を立てる砂嵐は、さながら彼女の怒りの代弁者だった。夜に紛れて不意を突くつもりだったアルタイルの大軍勢は、砂嵐と流砂の罠、つまり聖都ペトラの生き残りであるゼルダの作戦によって、あっという間に動きを封じられたのだった。
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