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第3章 旅は道連れ、よは明けやらで

第6話 おい!今アルタイルって言ったか!?

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―――オアシスの町クレーネ北門

 クレーネの町は、石造りの分厚い壁で囲まれていた。砂漠は砂嵐も吹き危険な魔物の襲撃もある。とはいえその防御力はどう見てもその範疇を越える。この辺りはアウルム帝国も近い。対軍の防衛を意識した砦になっているのだろう。

 「えーと、レナ・グリシーナAランク、ヒルダ・フルーストDランク……」

 門番が一人一人の身分証を確認していく。冒険者も吟遊詩人や踊り子も、ギルド登録時に貰ったカードがライセンスであり身分証となる。一方、ギルドには所属していないララとルーミには、ヨルダ名義で一時的な身分証明書が発行されている。

 「マーガレット・ガルEランク、ドリー・エリオールFランク、テオン・アルタイル……アルタイル!?」

 皆問題なく門を通過……出来ると思っていた。

 「おい!今アルタイルって言ったか!?」

 二人いる門番が揃って僕の身分証を確認する。門番の詰め所にいた彼らの上官も出てくる。

 「っておい、これは名前じゃないか。アルタイルは組織の名前だ。誰が好き好んでファミリーネームにするか。悪かったな兄ちゃん、今うちはアルタイルって名前に過敏なんだ。まあ気にするな」

 どうやらポエトロの町で適当に決めた僕のファミリーネームは、クレーネの町で禁句となっている何かの組織名らしい。妙なところにトラブルの種を植え付けてしまったものだ。

 「じゃあ次を……ここからは冒険者じゃないのか。ルーミ・グラース、ララ・アルタイル……アルタイル!?」

 「おい!今アルタイルって言ったか!?」

 ララ……お前もか。

 「えへへ。アルト村の人は皆ファミリーネームをアルタイルにしてるって言うから。同じファミリーネームって何か……」

 「うん。同じファミリーネームで姉弟みたいだ」

 ぽかっ。何故か頭を殴られた。これが姉の理不尽な暴力というやつか。

 そういうわけで僕らは全員、一応無事にクレーネの町に入れたのだった。




 「あたしたちが保護した難民は教会にいるよ。先に行ってるから、クエストの依頼人に話を聞いたら教会にも顔を出してね」

 「ええ。それではまたね、ドリーさん、ヒルダさん」

 一旦ヒルダたちと別れた僕らは、クエストの依頼人であるクレーネ町長のもとへ向かった。

 「やあレナさん。遠いところを遥々ご足労いただきまして有り難うございます。ささ、どうぞお掛けになってごゆっくり」

 町長の執務室はオアシスのすぐ近く、大きなマジカルデーツの木の傍にあった。オアシスの周りは涼しく快適なのだ。

 「折角ですが、一晩休んだらすぐに出発しようと思っておりますので、早めにクエストの詳細の方をお願いできますか?」

 「そんなこと仰らずにこの町でゆっくりしていって下さい。水も食料も十分買って行ってください。便利な魔道具も揃えておりますよ!宿の方もお客さんに何日も快適にお休みいただけるよう……」

 「いいからクエストの詳細!!」

 どうやら町長は結構しつこい質のようだ。商売に気合いが入るのは分かるが、レナも時間がないの一点張り。中々話が進まなかった。

 「町長さん、クエストの話はレナさん一人で十分なので、僕らは必要な物資を買いに行ってもよろしいでしょうか」

 そう言いながら町長に近づき、そっと耳打ちする。

 「レナさんは機嫌がよければどさっと魔道具を買い込む人です。話を早めに終わらせて時間を作ってあげる方がいいですよ」

 「なるほど。ではお兄さん方はどうぞ食料の方を。レナさん、早速クエストの話をさせていただきましょう」

 彼女がじとっと怪しむような視線を向けてくる。と思いきや親指をグッと立てていた。本人としてもお金と時間で複雑な心境なのかもしれない。

 かくしてレナ一人を残して僕らは市場を見ることになった。




 外はもうすっかり日も傾いて、オレンジに染まりつつあった。雲ひとつない空は、そのグラデーションを余すことなく展開させている。市場に来た僕らは順調に買い出しを進めていた。砂漠の物価を甘く見ていたが、ひとまず必要な食料は一通り揃っただろう。

 「テオン見て見て!!砂漠の踊り子が付けてるのと同じ鈴だって!」

 ララは土産物屋で鈴を買ったらしい。手を突き出してりんりんと鳴らしている。

 「ひとつあげるね!」

 ララは鈴を腰のポーチに付けていた。鈴……か。僕は持っていた紐に鈴をつけて右の手首に巻いた。

 「テオン、不思議なところに付けるね」

 「鈴って言うとここに付けたくなるんだ。隠れなきゃいけないときは外すけどね」

 「ララー!!こっちのお店にも面白い物があるニャー!!仮面がいっぱいニャ!」

 「今行く~!じゃあテオン、またあとでね!」

 ララはマギーのところへ一目散に駆けていく。気分はすっかり観光気分だ。

 「あ、テオンさん!スパイスのお店がありました。見ていきませんか?」とルーミ。

 「今行くよ」

 二人は置いておいて彼女と一緒に調味料の店に向かっていたときだった。

 がたんっ!!

 路地裏の方から音がしてひとりの女性が飛び出してきた。その顔を見て……いやその頭を見て思わず声をあげてしまう。

 「ウサ耳!!」

 前世では兎獣人も他の獣人同様お伽噺の中だけの存在だった。その愛くるしい見た目から絵の題材としてよく用いられてきた。酒場の娘にウサ耳を象った飾りを着ける文化などもある。思わず興奮してしまうくらいには好きだ……何を言っているんだ僕は。

 ウサ耳娘はどうやら誰かに追われているらしい。市場の人通りに紛れようとしたらしいが、飛び出した勢いで転んでしまう。

 「誰か……助けて」

 そのとき路地裏からもうひとつの影が飛び出す。棍棒を持った男だ。町中には似つかわしくない物騒な形相。僕は思わずウサ耳娘を庇うように立つ。

 「テオンさん!?」

 ルーミが心配そうに見ている。危ないから近寄らないようにいって男に向き直る。

 「坊主……何の真似だ?」

 「見て分からないか?」

 「その女を守るってか。知り合いか?」

 「いや」

 「だろうな。そいつは戦争難民でこの町への侵入者だ。俺はそいつを依頼人に引き渡さなきゃならない。そこをどいてくれ」

 戦争難民!この子が……。それならば。

 「そうか。なら僕らのクエストにも関係がありそうだ。この子は僕の護衛対象だ」

 「何だと?」

 「僕らは戦争難民をキラーザに送り届ける任を受けている」

 「いやいや、そいつは人違いだろう。うちの依頼人が引き取ることになってるんだから」

 「戦争難民だろう?選択権はこの子にある」

 改めて僕はウサ耳娘を見る。褐色の耳に茶髪のショートカット、小麦色の肌に黒くて大きな瞳。うるうるとした表情はどこか頼りなげで……守ってあげたくなるような可愛い少女だった。

 「僕の名前はテオン。君を受け入れてくれる町まで連れていってあげようと思ってる。僕と彼、どっちにする?」

 僕は優しく手を差し出す。

 「え……」

 少女はしばらく固まっていたが、恐る恐る僕の手を取った。

 「あの……ミミです。あなたに……付いていきたいです」

 焼けた細い手をぎゅっと握り、引っ張りあげてミミを立たせる。そして出来るだけ安心させられるように柔らかく微笑んだ。

 「よろしく、ミミ」

 「ちっ、報酬が減るじゃないか。俺たちの邪魔をするってんなら力ずくでいかせてもらうぜ」

 男は手にした棍棒を構える。こんな人通りの多い場所で戦闘行為をするつもりなのか。気付けば周りの人は僕らから距離を取っていた。それでも危険なことには変わりない。場所を変えようと思ったのだが。

 「兄ちゃん男前だね」「やれ!やれ!」「勝ったらケバブサービスするぜ!」

 観衆は喧嘩をご所望らしい。結構こういうことは多いのだろうか。何だかこの場を離れづらい雰囲気になってしまった。

 夕陽が沈んで差し込んでいた光がふっと消える。

 同時に男が突進してくる。仕方がない、受けて立とう。ミミをさっと下がらせて前に出る。剣の柄に手を掛けながら体勢を落とす。このまま飛び出せば、丁度相手が棍棒を振りやすい間合いになるだろう。案の定男の手に力がこもる。

 力をためた足をぐっと伸ばす。男が棍棒を振り下ろす。しかしこれはフェイント。このくらいならアルト村の村長なら余裕で見切って何かアクションを起こすのだが……。

 男はそのまま振り切っていた。当然棍棒は空を切る。あまり戦闘経験がないのだろうか。勢いで男の顎が下がっている。そこに剣の柄をそのまま伸ばして柄頭で顎を打つ。これくらいなら大した怪我もせずに済むだろう。

 決着はあっさり着いた。自身の突進の勢いそのままに顎を揺らされた男は、そのままふらっとバランスを崩して倒れる。そのうちにミミをルーミに預ける。

 「まだ、終わりじゃねえぞ」

 気までは失わなかった男が再度立ち上がる。また同じように棍棒を振りかぶり突進してきた。それしかできないのだろうか。今度は剣を抜き剣を左に向けて身構える。今度は相手に気づかれないように体勢をそのままにして足に力を込める。棍棒を振り下ろそうとした出鼻を狙うつもりだったのだが。

 「そこまでニャ!」

 間に入ってきたマギーによって男の突進は止められていた。ナイフが首元に突き付けられている。分が悪いと思ったのか男は舌打ちして去っていく。

 「全く……少し目を離した間に喧嘩とは……。男とはどうしようもないニャ」

 夜マギーは冷徹な目をこちらに向けると、さっとナイフを仕舞いルーミに向かう。ルーミの身に怪我がないことを確かめると、彼女の横で震えているミミの頭を撫でる。

 「怖かったよニャ?もう大丈夫ニャ。一緒に教会に行くニャ」




 教会に向かう道すがら、僕らはミミに事情を聴いていた。

 「私たちは戦争の混乱に乗じて逃げ出しました。奴隷商から……」

 「奴隷……?」

 ただの戦争難民ではないということか。見れば確かに衣服はぼろぼろだった。

 「それでもしつこく追ってくる奴らがいました。奴隷狩り集団、アルタイル……」

 ん?その名前……。植え付けられたトラブルの種が着実に芽を出しつつあったのだった。
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