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第3章 旅は道連れ、よは明けやらで
第5話 アイルーロスの夜
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―――夕暮れのエリモ砂漠東端
「さあて、涼しくなってきたわね!」
レナが大きく伸びをする。岩影で昼寝をしていた僕らは行動を開始するべく起き始めていたのだった。
「ニャぁ~。岩が温かくて気持ちいいのニャぁ~」
マギーは丸くなって岩に頬を擦り付けている。アイルーロスは寒さが苦手でサバナ気候の地域に集落が多いらしい。乾燥の激しい砂漠は夜になると極寒の地へと変わる。マギーには厳しいのかもしれないが、むしろ昼間くらい元気に走り回っていれば温まるだろう。
「ほら起きますよ、マギー。置いていっちゃいますからね」
「ニャっ!それは嫌ニャ!!すぐに起きるニャ」
マギーもルーミ同様置いていかれることに敏感らしい。
「それにしても夕方の砂漠って綺麗!赤と黒が交互に折り重なって織物みたい。ロマンチック~!!」
ララは岩の上に登って周りをぐるぐると見回している。ゆったりとしたスカートがふわりと浮かんで下着がちらちらと見えている。僕はそっと見ない振りをしてリュックを背負う。
一陣の風が吹き抜けて砂塵を巻き上げていった。この辺りでは常に北東のモエニア山脈から乾いた風が吹いてくるが、夕方になると一層強まるのだった。
「向かう先はあっちね!」
レナがコンパスを見ながら北西を指す。一応磁気の乱れにも対応した魔道具らしいのだが、この辺りで方角を見失うことはない。遠くに山脈が常に見えているし、もうじき星空がはっきり見える。
アルト村にいた頃、眠れない夜などにはやることもないのでよく星を眺めていたものだ。北極星を見付けるくらいは造作もない。北の空に浮かぶ赤い星、青い星、白い星を結んだ3角形の中心に一際明るく輝く白い星。あれさえ見えていれば迷子になることはないとキューが言っていた。
「出発進行ニャ~!!」
意気揚々と歩き出した僕らだったが、やはり冬の砂漠の夜中は厳しい。昼間の熱はどこへやら、すっかり冷えきった砂の大地が足元から冷気を忍ばせてくる。辺りは真っ暗闇でどこに魔物が潜んでいるかも分からない。そんな緊張感の中……。
「寒いですね、テオンさん」
「寒いねー、テオン」
「そうだね……ねえ、お二人さん?歩きにくいんだけど?」
さっきからルーミとララが僕の両脇にぴったりくっついて歩いている。両腕を抱えられているので腕を振って歩けない。何より……あの、ララのが、当たって……。
「ふふ。美少女に密着されて温かいでしょ?」
「わ、私も負けませんよ、ララさん!」
さらにぎゅっと絞められる。ルーミも腕を前にして抱き締める格好になると膨らみかけのが感じられて……。はっ!僕は一体何を……。
「テオン君ったらモテモテねえ」とレナ。
「ふん、気に入らないニャ」
冷たい態度で彼女に同意するのは、何とマギーだった。
アイルーロスはどうやら夜になると性格が変わるらしい。大体は積極的になったり攻撃的になったりするらしいが、普段から明るく積極的なマギーは、夜になると打って変わって冷静になるのだとか。
「夜マギーは頼りになるんですよ。クールで格好よくて戦っても強いんです」
「だけど初めて会ったときは昼間の感じのマギーだったよね?」
「夜マギーだと歌が歌えないんです。音痴になるわけじゃないんですけど感情が希薄というか、すごく平坦な声になっちゃうそうです。だから、ステージ前には少しだけお酒を飲むんです」
彼女は酒を一口飲むだけで酔っ払うらしい。すると夜でも昼マギーというわけだ。確かにあの冷たい態度で情感たっぷりの歌声は想像がつかない。
「だから歌うとき以外、マギーは頑なにお酒を飲もうとしないんです。可愛いんですよ!お酒を拒んで拒んで、怖い顔で怒るくらい拒んだ末に一口お酒を飲まされて、途端にふにゃあんってなっちゃうマギー!!」
ルーミは語りながらどんどん息が荒くなっていく。こんなに大人しそうな顔して、この子結構怖い性格なのかもしれない。アルハラはダメですよ。
「それにしても生き物の影ひとつないわね。何だか世界にあたしたちしかいなくなっちゃったみたい」
「土の中にはヘビやトカゲが隠れてますね。小さいネズミ型の魔物なら数匹活動しているみたい。意外に火属性の魔物が多いんですね」
ララはアラートボールを握りながら辺りの気配を探る。レナの達ての願いから譲り受けたものだ。少なくとも王都に着くまでは、アラートボールによる索敵はララの仕事となったのだ。
「嘘ぉ!!隠れてる相手の魔法属性まで分かるの?」
「元々魔力の質とか感じとかは感じれたので、多分それをボールが補ってくれたんだと思います」
気配察知に優れた彼女が手にしたことで、この魔道具の知られざる能力が明らかになったのだった。まずその索敵範囲が半端じゃない。遮蔽物のないこの砂漠ですら、視界の限界以上に感知できる。土の中も岩影も空の上も、死角が全くない。毒を持つヘビやサソリの魔物が多数棲息する砂漠では、彼女の索敵能力は必須だった。
「流石ララちゃんだわ~。あたしの目に狂いはなかった!」
僕らはこうして暗闇の砂漠を安全に進んでいくのだった。
「ああ、やっと空が明るくなってきたあ……」
レナが上を見上げて、まるで祈りが届いたかのように大仰に手を広げていた。空は徐々に青みを帯び、東の空から白んできていた。
「もう結構歩いてきたよな……。オアシスはまだなのかニャ?」
「もう少しみたいですね。今日の夜には見えてくるでしょう」
「そうか……まだ見えないんだニャ……」
マギーはまだ夜マギーだ。どのタイミングで変わるのだろうか。
「わあっ!!朝日が射してきました。綺麗~!!」
砂漠の東、モエニア山脈の稜線から太陽が顔を出す。一筋の光がぴんと真っ直ぐに砂漠に伸びてくる。
きらん。
前方の砂漠が光ったような気がした。ベージュの絨毯のような砂漠の中に、確かに真っ白に染まったところがある。
「あ!!あれ雪ですよ。砂漠に雪が積もっています!!」
ルーミが驚いて声を上げる。
「おお、本当だニャ。あれは……あれは雪だニャー!!」
うおっ!!突然声のテンションが上がった。昼マギーに変わったのだ。見ると朝日がマギーを照らしている。太陽の光でスイッチするのか。
「妙ね……。誰かの魔法かしら?」
「あ、レミさん!向こうの岩影に誰かが寝ています。氷属性?魔物ではなく人間のようです」
ララが見つけた人影に警戒しながら近付いていく。その姿を確認するや否やマギーが声を上げた。
「あ、ヒルダ~!ドリー!!」
どうやら顔見知りらしい。ほっとして警戒を解き、僕らも岩影に入るのだった。
「そう……あなたたちもクレーネに」
「あたしたちもクレーネで依頼を受けてるんだよ」
ポエトロの冒険者パーティ「グレイシア」の二人、ヒルダ・フルーストとドリー・エリオールと合流した僕らは、一緒にクレーネへ向かうことになった。
「依頼内容も似ているみたいね!あたしたちは砂漠で迷子になってる戦争難民を保護してクレーネに連れていく。あなたたちは保護された難民を谷の向こうのキラーザに届ける。あたしたちがあなたたちに引き継ぐことになるのね」
どうやら今隣国のアウルム帝国で戦争が起きているらしい。相手はテグラメトゥス山脈の向こうの国、通称魔国である。前世で魔族と戦っていた僕は魔国と聞くと魔族の国かと思ったのだが、彼らは歴とした人間、ヒューマンだという。
「おかげでこのところ戦争難民やらその騒ぎで逃げ出した奴隷やらがメラン王国に逃亡してきているんだってさ。なーんか面倒事っぽいよねえ」
「ドリーさん、そういう言い方は……」
「ところで日も高くなってきたのにあまり暑くないわね?」
「それは……私のせい……」
「ヒルダは涼しいんだニャー!暑い日ほど冷たくなるのニャ」
「でもその分魔力を消耗するそうなんです」
「へえ、それは氷魔法の天才ゆえの副作用かしら。これも知らなかったことね。あとで詳しく聞かなくちゃ」
「魔力の消耗ならこれ食べます?」
僕はリュックから赤い実の入った瓶を取り出す。マジカルデーツという木の実で、栄養も魔力も豊富に含まれる砂漠の名産品だ。
「いいのか……?」
ヒルダの目は長い前髪に隠れてよく見えないが、きらきらとしたオーラを感じる。
「はい」
余程喜んでくれているのだろう。彼女の冷気のおかげで快適に砂漠を歩けるのだ。これくらいは問題ない。
「この分なら日が暮れる前にクレーネに着けちゃうね!」
「あ!!あれはオアシスかニャ?」
マギーが西の方を指差す。砂漠が続く先、地平線の手前に確かに水のようなものが見える。
「いえ、あれは蜃気楼ですね。逃げ水というやつです。近付くとあの水は無くなっちゃうのですよ」
「ええー!?なんて意地悪な水ニャ!酷いニャ!!怒ったら喉が渇いたニャー!!」
マギーに水筒を渡す僕の袖を、今度はララが引っ張る。
「ねえ、あの蜃気楼の方、すごくたくさんの気配がある」
確かに蜃気楼で拡大された地平線の景色に、蠢く人の群れのようなものが見える……気がする。
あれ?姫様……?
何となく、その蜃気楼の軍隊の先頭に彼女を見たような……。
いやいや、それこそ気のせいだろう。この前洞窟でアリスに会ったことで気が動転しているのかもしれない。こんな砂漠に姫様がいるはずが……。
「何か怖いね……。もしかしてあれがアウルム帝国で起こってる戦争なのかな?」
ララが不安そうに袖を掴む手に力を込める。
「大丈夫。少なくとも僕らが巻き込まれることはないよ」
僕はそっとその手を握り、安心させようと試みる。
「う、うん……そうだね。大丈夫……だよね」
「あ!!今度こそオアシスかニャ!?」
今度はマギーが前方、北東の方角を指している。
「本当だ、緑が見えます。あれは多分マジカルデーツの木ですね。あの辺りにオアシスがあるんですよ!」
「当たりー!あれがクレーネだよ!!」
砂漠を渡る冒険者たちが足を休める憩いの地、オアシスの町クレーネ。僕らはそこで、砂漠の戦いに巻き込まれ始めるのだった。
「さあて、涼しくなってきたわね!」
レナが大きく伸びをする。岩影で昼寝をしていた僕らは行動を開始するべく起き始めていたのだった。
「ニャぁ~。岩が温かくて気持ちいいのニャぁ~」
マギーは丸くなって岩に頬を擦り付けている。アイルーロスは寒さが苦手でサバナ気候の地域に集落が多いらしい。乾燥の激しい砂漠は夜になると極寒の地へと変わる。マギーには厳しいのかもしれないが、むしろ昼間くらい元気に走り回っていれば温まるだろう。
「ほら起きますよ、マギー。置いていっちゃいますからね」
「ニャっ!それは嫌ニャ!!すぐに起きるニャ」
マギーもルーミ同様置いていかれることに敏感らしい。
「それにしても夕方の砂漠って綺麗!赤と黒が交互に折り重なって織物みたい。ロマンチック~!!」
ララは岩の上に登って周りをぐるぐると見回している。ゆったりとしたスカートがふわりと浮かんで下着がちらちらと見えている。僕はそっと見ない振りをしてリュックを背負う。
一陣の風が吹き抜けて砂塵を巻き上げていった。この辺りでは常に北東のモエニア山脈から乾いた風が吹いてくるが、夕方になると一層強まるのだった。
「向かう先はあっちね!」
レナがコンパスを見ながら北西を指す。一応磁気の乱れにも対応した魔道具らしいのだが、この辺りで方角を見失うことはない。遠くに山脈が常に見えているし、もうじき星空がはっきり見える。
アルト村にいた頃、眠れない夜などにはやることもないのでよく星を眺めていたものだ。北極星を見付けるくらいは造作もない。北の空に浮かぶ赤い星、青い星、白い星を結んだ3角形の中心に一際明るく輝く白い星。あれさえ見えていれば迷子になることはないとキューが言っていた。
「出発進行ニャ~!!」
意気揚々と歩き出した僕らだったが、やはり冬の砂漠の夜中は厳しい。昼間の熱はどこへやら、すっかり冷えきった砂の大地が足元から冷気を忍ばせてくる。辺りは真っ暗闇でどこに魔物が潜んでいるかも分からない。そんな緊張感の中……。
「寒いですね、テオンさん」
「寒いねー、テオン」
「そうだね……ねえ、お二人さん?歩きにくいんだけど?」
さっきからルーミとララが僕の両脇にぴったりくっついて歩いている。両腕を抱えられているので腕を振って歩けない。何より……あの、ララのが、当たって……。
「ふふ。美少女に密着されて温かいでしょ?」
「わ、私も負けませんよ、ララさん!」
さらにぎゅっと絞められる。ルーミも腕を前にして抱き締める格好になると膨らみかけのが感じられて……。はっ!僕は一体何を……。
「テオン君ったらモテモテねえ」とレナ。
「ふん、気に入らないニャ」
冷たい態度で彼女に同意するのは、何とマギーだった。
アイルーロスはどうやら夜になると性格が変わるらしい。大体は積極的になったり攻撃的になったりするらしいが、普段から明るく積極的なマギーは、夜になると打って変わって冷静になるのだとか。
「夜マギーは頼りになるんですよ。クールで格好よくて戦っても強いんです」
「だけど初めて会ったときは昼間の感じのマギーだったよね?」
「夜マギーだと歌が歌えないんです。音痴になるわけじゃないんですけど感情が希薄というか、すごく平坦な声になっちゃうそうです。だから、ステージ前には少しだけお酒を飲むんです」
彼女は酒を一口飲むだけで酔っ払うらしい。すると夜でも昼マギーというわけだ。確かにあの冷たい態度で情感たっぷりの歌声は想像がつかない。
「だから歌うとき以外、マギーは頑なにお酒を飲もうとしないんです。可愛いんですよ!お酒を拒んで拒んで、怖い顔で怒るくらい拒んだ末に一口お酒を飲まされて、途端にふにゃあんってなっちゃうマギー!!」
ルーミは語りながらどんどん息が荒くなっていく。こんなに大人しそうな顔して、この子結構怖い性格なのかもしれない。アルハラはダメですよ。
「それにしても生き物の影ひとつないわね。何だか世界にあたしたちしかいなくなっちゃったみたい」
「土の中にはヘビやトカゲが隠れてますね。小さいネズミ型の魔物なら数匹活動しているみたい。意外に火属性の魔物が多いんですね」
ララはアラートボールを握りながら辺りの気配を探る。レナの達ての願いから譲り受けたものだ。少なくとも王都に着くまでは、アラートボールによる索敵はララの仕事となったのだ。
「嘘ぉ!!隠れてる相手の魔法属性まで分かるの?」
「元々魔力の質とか感じとかは感じれたので、多分それをボールが補ってくれたんだと思います」
気配察知に優れた彼女が手にしたことで、この魔道具の知られざる能力が明らかになったのだった。まずその索敵範囲が半端じゃない。遮蔽物のないこの砂漠ですら、視界の限界以上に感知できる。土の中も岩影も空の上も、死角が全くない。毒を持つヘビやサソリの魔物が多数棲息する砂漠では、彼女の索敵能力は必須だった。
「流石ララちゃんだわ~。あたしの目に狂いはなかった!」
僕らはこうして暗闇の砂漠を安全に進んでいくのだった。
「ああ、やっと空が明るくなってきたあ……」
レナが上を見上げて、まるで祈りが届いたかのように大仰に手を広げていた。空は徐々に青みを帯び、東の空から白んできていた。
「もう結構歩いてきたよな……。オアシスはまだなのかニャ?」
「もう少しみたいですね。今日の夜には見えてくるでしょう」
「そうか……まだ見えないんだニャ……」
マギーはまだ夜マギーだ。どのタイミングで変わるのだろうか。
「わあっ!!朝日が射してきました。綺麗~!!」
砂漠の東、モエニア山脈の稜線から太陽が顔を出す。一筋の光がぴんと真っ直ぐに砂漠に伸びてくる。
きらん。
前方の砂漠が光ったような気がした。ベージュの絨毯のような砂漠の中に、確かに真っ白に染まったところがある。
「あ!!あれ雪ですよ。砂漠に雪が積もっています!!」
ルーミが驚いて声を上げる。
「おお、本当だニャ。あれは……あれは雪だニャー!!」
うおっ!!突然声のテンションが上がった。昼マギーに変わったのだ。見ると朝日がマギーを照らしている。太陽の光でスイッチするのか。
「妙ね……。誰かの魔法かしら?」
「あ、レミさん!向こうの岩影に誰かが寝ています。氷属性?魔物ではなく人間のようです」
ララが見つけた人影に警戒しながら近付いていく。その姿を確認するや否やマギーが声を上げた。
「あ、ヒルダ~!ドリー!!」
どうやら顔見知りらしい。ほっとして警戒を解き、僕らも岩影に入るのだった。
「そう……あなたたちもクレーネに」
「あたしたちもクレーネで依頼を受けてるんだよ」
ポエトロの冒険者パーティ「グレイシア」の二人、ヒルダ・フルーストとドリー・エリオールと合流した僕らは、一緒にクレーネへ向かうことになった。
「依頼内容も似ているみたいね!あたしたちは砂漠で迷子になってる戦争難民を保護してクレーネに連れていく。あなたたちは保護された難民を谷の向こうのキラーザに届ける。あたしたちがあなたたちに引き継ぐことになるのね」
どうやら今隣国のアウルム帝国で戦争が起きているらしい。相手はテグラメトゥス山脈の向こうの国、通称魔国である。前世で魔族と戦っていた僕は魔国と聞くと魔族の国かと思ったのだが、彼らは歴とした人間、ヒューマンだという。
「おかげでこのところ戦争難民やらその騒ぎで逃げ出した奴隷やらがメラン王国に逃亡してきているんだってさ。なーんか面倒事っぽいよねえ」
「ドリーさん、そういう言い方は……」
「ところで日も高くなってきたのにあまり暑くないわね?」
「それは……私のせい……」
「ヒルダは涼しいんだニャー!暑い日ほど冷たくなるのニャ」
「でもその分魔力を消耗するそうなんです」
「へえ、それは氷魔法の天才ゆえの副作用かしら。これも知らなかったことね。あとで詳しく聞かなくちゃ」
「魔力の消耗ならこれ食べます?」
僕はリュックから赤い実の入った瓶を取り出す。マジカルデーツという木の実で、栄養も魔力も豊富に含まれる砂漠の名産品だ。
「いいのか……?」
ヒルダの目は長い前髪に隠れてよく見えないが、きらきらとしたオーラを感じる。
「はい」
余程喜んでくれているのだろう。彼女の冷気のおかげで快適に砂漠を歩けるのだ。これくらいは問題ない。
「この分なら日が暮れる前にクレーネに着けちゃうね!」
「あ!!あれはオアシスかニャ?」
マギーが西の方を指差す。砂漠が続く先、地平線の手前に確かに水のようなものが見える。
「いえ、あれは蜃気楼ですね。逃げ水というやつです。近付くとあの水は無くなっちゃうのですよ」
「ええー!?なんて意地悪な水ニャ!酷いニャ!!怒ったら喉が渇いたニャー!!」
マギーに水筒を渡す僕の袖を、今度はララが引っ張る。
「ねえ、あの蜃気楼の方、すごくたくさんの気配がある」
確かに蜃気楼で拡大された地平線の景色に、蠢く人の群れのようなものが見える……気がする。
あれ?姫様……?
何となく、その蜃気楼の軍隊の先頭に彼女を見たような……。
いやいや、それこそ気のせいだろう。この前洞窟でアリスに会ったことで気が動転しているのかもしれない。こんな砂漠に姫様がいるはずが……。
「何か怖いね……。もしかしてあれがアウルム帝国で起こってる戦争なのかな?」
ララが不安そうに袖を掴む手に力を込める。
「大丈夫。少なくとも僕らが巻き込まれることはないよ」
僕はそっとその手を握り、安心させようと試みる。
「う、うん……そうだね。大丈夫……だよね」
「あ!!今度こそオアシスかニャ!?」
今度はマギーが前方、北東の方角を指している。
「本当だ、緑が見えます。あれは多分マジカルデーツの木ですね。あの辺りにオアシスがあるんですよ!」
「当たりー!あれがクレーネだよ!!」
砂漠を渡る冒険者たちが足を休める憩いの地、オアシスの町クレーネ。僕らはそこで、砂漠の戦いに巻き込まれ始めるのだった。
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