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第2章 ポエトロの町と花園伝説

第14話 幻のアイドルと花園の妖精

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 リュカは小柄な盗賊と打ち合っていた。テオンたちが飛び出した直後、地中から飛び出してきたのだ。

 彼は獣人の聴覚でいち早くその接近に気付き応戦していた。小柄な盗賊はシミターを振り回すように攻撃してくる。対するリュカは拳と蹴りだけで対処している。

 その戦いを目の前で見ていた私――レナは違和感を感じていた。彼は間違いなくヒューマンではない。しかしライカンスロープとも違う気がする。リュカは普段は二足歩行だが、素早く切り返そうとするとき四足になる。

 ライカンスロープの祖先は確かにイヌ科の哺乳類、四つ足だったが、彼らは完全な二足歩行の人類だ。少し手をつく程度はあれど、リュカの動きは完全に獣、すなわち魔物のそれだった。

 そこへモルトたちから逃れてきた盗賊が走ってきて、ナイフを投げてくる。さっきモルトが麻痺毒に気を付けろと言っていたナイフだろう。さっとかわし、上から斬りかかろうとしていた盗賊の腹に回し蹴りを食らわす。

 盗賊は一撃で動けなくなった。リュカと小柄な盗賊もそれを見てぎょっとする。

 「あらやだ、そんなに見つめないでよ!」

 そう言いながら一歩だけ踏み出してみる。一瞬びくついた盗賊の隙をリュカが捉えて背後に回る。動きを抑えて私にとどめを刺させようとしているの?

 「あ、そのまま縛っちゃって。あたしは他の子達の戦いを見なきゃいけないから」

 そう言ってリュカに任せる。実際この戦場には驚きが溢れていた。

 誰よりもあのアリスという魔導士だ。さっきから何をしているの?無詠唱で見たこともない魔法を使う。要注意ね。




―――テオン視点

 グレイシアのシルビィとティルダは、部屋の左の方で二人の女盗賊と戦っていた。連携してシミターを振るってくる相手に2人も息を合わせて応戦するが、終始押されている。

 "あの氷の魔法は厄介そうだけど、常に攻撃し続けていれば詠唱はできないようね"

 "そうね、姉さん。あの呪術師の言う通り。それがこいつらの魔法の弱点"

 「何を言ってるか分かんないけど」

 「あたしらが相手してんのにお喋りしてんじゃねえ!」

 ティルダが二人の攻撃を捌いた瞬間に、シルビィが長剣を大きく振るう。地面を大きく抉る一撃に思わず盗賊二人が飛び退く。

 すかさずティルダが2本のナイフで二人の首元を掠める。一転、盗賊が防戦に回った。

 「OK、凍りつく床フローズンフロア!」

 "な!?" "足が!"

 盗賊たちの足元だけが凍りつき、二人の足を固めた。

 「一瞬あればこのくらいの魔法は発動できるんだよ!」

 シルビィはべーっと舌を出し、二人をロープで拘束した。




 右の方ではデュオとヨルダが、向かってきた二人の盗賊と接敵、直後に一人ずつ仕留めていた。デュオはさることながらヨルダもかなりの身のこなし。さすが白鬼だ。

 "あの二人、相当の実力ですね。あなたたちが相手をしなさい"

 アリスが二人の盗賊に指示を出す。すると一瞬でデュオとヨルダの前に躍り出た。あの動きはアリシアの……!!

 "おっと坊主、俺たちはよそ見していいほど甘くはないぜ!"

 僕と正面で睨みあっていた盗賊の男は、その一瞬で間合いを詰めシミターを振るう。僕は咄嗟に剣で受け流そうとするが……。

 "残念だったな"

 シミターの鍔元にある凹みに剣を引っかけられ、逆に剣を払われてしまう。大きく開いた腹部に盗賊の拳が強かに入った。

 「テオン!!」

 エミルが援護に入ろうとするが。

 "あんたの相手はあたしだよ!!"

 もう一人の盗賊に抑えられる。

 ドルトンも盗賊ひとりを相手取るのに手一杯だ。花園の妖精ガーデンフェアリーのエミルとドルトンの長剣は、天井がそれほど高くない洞窟内の戦闘に向かないようだ。

 かんっ!!きんっ!!

 デュオとヨルダは素早い盗賊二人と互角に打ち合っている。ナイフと棍棒の二人より、リーチの長いシミターの盗賊たちの方が若干押していた。

 「さて、俺たちも魔法戦と行きますか。水刃ウォータースライサー!」「小火リトルボム!」

 ユクトルがメイスを振ると水の刃が黒いフードに向かって飛んでいく。モルトもそれに合わせて火を放つ。

 「詠唱魔法で我々の魔術に太刀打ちできるわけないでしょうに」

 男は手をかざす。それだけで刃も火も空中に霧散した。

 「な!?今のは一体?」

 「私にも何をされたのか分かりませんでした。これは不利かもしれませんね。では、テオン君たち行きますよ!」

 「水刃!」「小火!」

 合図と共に今度は接近戦を行う僕、エミル、ドルトンに向かって魔法を放った。同時に僕らが敵をかわしてアリスたちに接近する。

 "な!?"

 魔法が3人に直撃する。エミルとドルトンが黒いフードの男に長剣を突きつける。男は近接戦は得意ではないのかあっさりと抵抗をやめた。

 "すみません、アリスさん"

 周りを確認すると、デュオたちも既に敵を制圧していた。残りはもうアリスひとりだ。

 "問題ないわ"

 アリスはそういうと不敵に笑った。すっと手を部屋の中央に向かって伸ばす。すると地面から巨大な薔薇が飛び出してきた。同時に人の足ほどの太いいばらが地面から飛び出す。

 茨は地面を抉りながら伸び、バランスを崩したこちらの足に絡み付く。察知して飛び退こうとした者も空中で絡め取られる。一瞬で全員足を取られてしまった。

 "時間稼ぎ、ありがとうございました"

 アリスはにっこりと笑った。

 "流石です。アリスさん"「さて、あなたたちには暫く動かないで頂きたい。我々は優雅にお花畑を探しているだけなのです。そっとしておいてもらえませんか?」

 「うるせえ!そんなもん、こんな日も当たらない場所にあるかってんだ」

 「おやおや、可愛いお嬢さんがそんな汚ならしい言葉を使うものではありませんよ。うちのアリスさんを見習って欲しいものです」

 "ねえジャガーさん?何だか余計なことまで喋っていませんか?あまり無関係な方々に不要な情報を与えるものではありませんよ"

 "ええ、承知していますよ。少しはしたないお嬢さんに年長者としてお説教をしていたところです"

 "不要なお節介も無用です。さて、探索の続きをしましょうか"

 "他の者はもう動けなさそうですからね……ここは私めが"

 ジャガーと呼ばれた呪術師が奥の横穴に入ろうとしたとき。

 「うぎゃっ!!」

 その足にナイフが投げつけられていた。

 "誰!?"

 「ふふっ……あっはっは!!間一髪ってところね。みんなお待たせ!ポエトロの町の『幻のアイドル』デミちゃん登場よ!!」

 どこからともなくデミがこの部屋に飛び降りてきたのだった。




 "な!?あなた今どこから来たのです?"

 言いながらアリスは茨を操ってデミを捕らえようとする。

 「ん?なんか言った?ごめん、あたし人の話聞かないってよく言われるのよね」

 デミは軽々と茨の上を飛び回る。

 「特に花薫る女の秘密を明かそうとするような、不埒な子たちの話はね」

 ウインクしながらアリスへとナイフを飛ばす。一直線に飛んだナイフが彼女の足元を的確に狙う。

 「うわっ!リーダー危ない!」「俺らに当たりそうです!」

 すぐ近くにいたエミルとドルトンが悲鳴を上げる。

 「うるさいわねー、あたしがナイフの狙いを外すわけないでしょ?花園の妖精ガーデンフェアリーの冒険者がこれくらいで泣き言言うんじゃないわよ!あと、あたしは元リーダーよ。いつまで頼る気でいるのよ」

 え!?デミがエミルたちの元リーダーだったの?世間って狭いんだな……。

 「すみません、つい……」

 「まあいいわ。二人とも動けないみたいだし、今はあたしに任せなさい!!」

 彼女は笑顔でお喋りしながらもその速度を緩めない。茨の絡む部屋の中を縦横無尽に駆け回る。その姿は10年前、村の祭りで楽しそうに踊っていた姿そのままだった。

 "何だかそこまで余裕そうに茨を避けられると、悔しくなりますね"

 アリスは言葉の通り悔しげな顔を見せると、更に細い茨を数本召喚してデミを追い込みにかかる。

 「あら、テンポを上げてきたわね。こっちももっと激しくしちゃうよー」

 デミはぱちんと指を鳴らすと、一度だけ深く腰を落とした。

 「妖精の舞フェアリーダンス!」

 次の瞬間、彼女は高く舞い上がる。迸る魔力が彼女の周りを取り巻いて、蝶の鱗粉のように煌めき、部屋いっぱいに振り撒かれていく。まるで彼女自身が本物の妖精になったよう。それからの動きは、それまでとは格段に違っていた。

 長い髪を激しく振り乱し、細長い手足をしなやかに踊らせる。手に握るナイフに煌めいた光で大きく円を描き、流れるように飛び回る。

 伸び伸びと大きく動いていたと思うとしゅんと小さくなり、茨の隙間を悠々とすり抜けていく。かと思うと今度は弾けるように伸び上がり、追いかけてくる茨すらも踏み台にして、部屋一杯に舞い踊る。

 それはまるでふわふわと風に乗る花弁のようであり、激しい嵐に抗う鳥のようであり、水面に映る淡い月明かりであり、荒れ狂う風そのものであり、ただ情熱的に舞いを愉しむ妖精だった。

 近付こうとする茨は妖艶な笑みに弄ばれ、触れることもできずに置いていかれる。その中でも細い茨は確実に切り落とされ、仲間を縛る太い茨は削ぎ落とされ、みるみるうちに拘束が緩んでいく。

 見惚れぬ者はいない圧巻のダンスだった。形勢はあっという間に逆転したのだった。




 "まさかこれほどとは……"

 僕らはデミに拘束を解いてもらい、全員自由に動けるようになっていた。

 「さて、もうあなたたちの好きなようには動けなくなったわけだけど、どうする?出来ればお花は諦めて、さっさと帰ってくれると嬉しいんだけど」

 デミは既にアリスの身体もロープで拘束し、その喉元にナイフを突きつけていた。

 そのとき、アリスの足元に小柄な人影が現れた。彼女はふわりと笑う。

 "ゴンベー、待ち詫びましたよ"

 "はっ。アリス様、任務完了にございます。『奇跡の花』こと『四つ葉の白詰草』3輪、確保致しました"
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