上 下
24 / 151
第2章 ポエトロの町と花園伝説

第7話 奇跡の花と呪術師

しおりを挟む
 「テオン、ララは?」

 レナの制止を振り切りギルドを飛び出し東門を出たところで、デュオに声をかけられた。彼は荷車にもたれ掛かりながら森の方を注視している。その姿勢のままこちらに話し掛けていた。

 ララはここを通って町に運ばれたのだろう。彼も心配だったのだ。

 「うん、大丈夫だよ。冒険者の治癒魔法士ヒーラーが助けてくれた。これからララを襲った奴らに反撃しに行こうと思う」

 「反撃……か。その人数でか?」

 「いや……ララがやられた相手だからね。油断はしてないよ。タラに残ってもらって、ユズキとデュオに来てもらうつもりだったんだけど……」

 「ユズキとタラは町だ」

 デュオはちらっと荷車を見る。こくりと頷くと動き出す。

 「俺が行こう」

 デュオは門番の衛兵に荷車の見張りを頼んでから付いてきた。エミルとリュカにも軽く自己紹介をする。彼は対多数の戦いを得意としており、頼りになる戦士なのだが……。

 
 その後、エミルが何度か話し掛けていたが、デュオは最低限しか答えず、あまりに会話が続かなくてとうとうエミルが折れた。この無口さが玉に瑕だ。リュカも話すのは得意でないらしく、四人は無言のまま森の奥へと進んでいった。




ーーー冒険者ギルド

 テオンたちが飛び出していったまま開いている扉を、私はただ眺めていた。

 「お連れの方行っちゃいましたね。止めなくてよかったんですか、レナさん?」

 「もっと素直な子だと思ったんだけど、反抗期かしら。まあそれなりに強い子ではあるけど」

 3年前に一度会ったきりではあるが、テオンは前に会ったときと比べて、ぐんと大人っぽくなっていた。男の子の成長はあっという間だなあなどと感傷に浸っていたのだが、可愛らしい面も残っていて少しほっとするような気持ちもある。

 「傷を負った子もかなりの実力者でしょう?あの人数ではまずいかもしれませんよ」

 「ええ、まず返り討ちでしょうね。ねえ、ララちゃん。他に暴漢たちの特徴はない?」

 ララはまだ担架に寝たままになっている。頭に巻かれた包帯が痛々しい。暴漢たちの出で立ちを思い出しているのだろうか、人差し指を口許に当てて首を傾げる姿はちょっと色っぽい。こちらも成長したなあ。

 「みんな赤いバンダナを頭に巻いてて、太くて大きく反った刃の変わった剣を持っていました。何か話していましたが、異国語で何も聞き取れませんでした」

 彼女の言葉を受け、タオが何かに思い当たったようだ。

 「赤いバンダナですか……。先日この町に来た旅人の一団がそんな格好をしていました。この町に伝わる奇跡の花の伝説を聞いて回っていたのですが、あまりいい雰囲気の人たちではありませんでしたから、こっそり調べさせたのです。素性はよく分かりませんでしたが、どうやら呪術に興味を示しているようなのです」

 「呪術……!!それは本当か、タオ!」

 それまで黙って聞いていたヨルダが目を見開いて声を上げる。他の冒険者たちもざわめきだす。

 奇跡の花の伝説とは、かいつまんで言えば、どんな呪いも解くことのできるすごい花がブルム地方にあるという話だ。呪いを解くアイテムを呪術師ーー呪いをかける者が欲しがるとは思えないのだが。町の人だけが知っているような裏があるのかもしれない。

 「奇跡の花は呪いを解くアイテムなのでしょう?呪術師にも関係があるの?」

 「うーむ。レナさんには協力を仰ぐことになりそうです。話しておくべきでしょうか。そうです。奇跡の花には伝説で語られている解呪の力の他に、呪術師が欲しがるに値する効果が隠されているという逸話があるのです」

 「逸話?」




 「かつて、ある薬草を研究していた女がいました。その薬草は人の顔を変える奇病を唯一治せる珍しいものでした。彼女は毎日薬草の面倒を見て暮らしていましたが、彼女以外にはその薬草を育てられるものはいませんでした。

 ある日、彼女のもとに一人の男がやってきました。彼の顔はその病で蛙のようになっていました。彼女は彼のために薬草から薬を作り、男を救いました。元に戻った彼の顔は大変男前で、彼女は一目で恋に落ちました。

 彼はしばらく彼女の世話になっていました。彼女は幸せでした。しかし彼は帰りたいと言い出します。彼には故郷に愛する人を残していたのでした。

 彼女は嫉妬に狂いました。彼に愛される娘に代わりたいと心から欲しました。そのとき、彼女に不思議な力が宿ったのです。特別な薬草に触れ続けた彼女は、なんと人の顔を変える呪いの力を手にしてしまったのです。

 彼女の心は嫉妬と呪いの力に毒され、闇に落ちてしまいました。彼女はまず男の愛する娘の顔を蛇に変え、自らの顔を娘の顔にしてしまったのです。彼女はその顔で男に近づき、娘を追い出そうとしました。

 しかし、男は自らも蛙の顔となった身。娘が偽物であることに気付いて追い返し、蛇の顔となった娘のことも変わらず愛し続けたのでした。

 と、こういうお話です」

 「はあ。でもそれはお伽噺の類いに聞こえますが?」

 「ええ。しかしこの話は実話が元になっていると言われているのです。この話に出てくる珍しい薬草というのが、この町に伝わる奇跡の花なのです」

 「となると、顔を変える奇病というのも?」

 「そうです。当時人の顔を変える呪いを各地に振り撒いていた呪術師がいたのです。原因も分からない異常が各地で発生したために、奇病と恐れられたのです」

 「奇跡の花にはその呪いを再現する力があると?」

 「それは分かりません。奇跡の花の存在も効能も詳しく記録されてはいないのです。しかし奇跡の花の力はあらゆる呪いを解くものとされています。それはつまり、逆にあらゆる呪いを再現する力がある可能性もあります」

 何それ超怖い。呪術師が奇跡の花を手にしたら何でもありということか。

 「お伽噺に出てくる薬草を育てた女は実在したと言われています。彼女が奇跡の花を育てていた伝説の花園はここブルムの地のどこかの町にあると、昔の旅人の日記に記されているのです。それをもとに数十年前から多くの研究者が調査を行ってきましたが、花園も花も見付からなかったのです。詳しいことは誰にも分からないのです」

 「それならば、なぜララちゃんを襲った一団は諦めずに花を探しに来たの?」

 「花はありませんでしたが、旅人の日記に描写された風景にそっくりの場所が多数発見されたことで、伝説の正しさはむしろ信じられるようになったのです」

 「研究者も呪術師も必死なのは分かるけどな。俺たちが花園なんて知らないと言っても、そんなはずはないと食い下がる者たちばかりだったのだ。果ては町民を拐ったり建物を破壊したりして脅しをかける者もいてな。随分と困らせられたものだ」

 「それほどに人々が求める、善にも悪にも転びかねない伝説の花……ね。彼らはそれを見つけて何をしようとしているのかしら」

 「それは分からないけれど、呪術に使おうとしているのなら私たちは彼らを止めねばなりません。ララさんの襲われた場所に花園の手がかりを見つけたというならば、急がなくては万一のこともあるかもしれません」

 「さて、レナ殿。ここまで話したからには貴殿も他人事とは行きますまい」

 ヨルダさんが鋭い眼光を向けてくる。その威力は伊達にこの町の冒険者を率いていない。ああ、なんて熱い視線なの!!

 「レナさん、そしてこの町の冒険者の皆さんにマスタークエストとして依頼します。赤いターバンの一団の企みの解明と、その阻止をお願いします。報酬は1人80,000リブラです。今回は略式として今から配る紙に名前を書けばクエスト受注を認め、目標の達成をもって全員のクエスト完了を認めます」

 この即断力、かっこいいわあ。って……。

 「あたし、今先を急いでるんだけど……。そんな面倒なクエスト参加しないわよ?」

 「テオン殿が帰ってこなければ急ぎようがないのでは?」

 うぐぅ……。あの反抗期坊主、今度会ったら絶対締める。あたしは諦めて、紙の一番上にでかでかと名前を記すのだった。やるからには一番目立ってやるわよ!怖いけど!!

 「先程テオンさんと一緒に出ていったエミルはこのギルドに登録された冒険者。ブルム地方にいる限りその居場所は私が把握しています。今はまだ移動していますが、ある程度場所が分かったら皆様にお伝えしますので何人かはすぐに向かってください。彼らが心配です」

 そう言いながら、タオはギルドの職員に何やら紙を渡す。

 「この町の他の実力者にも何人か声を掛けておきます。相手が想像以上に危険な相手ならば、無茶な突撃は控えて増援を待ってください」

 冒険者たちは次々と名前を書いていく。現在ギルド内にいるのは15人ほどだ。ヨルダを始め、モルトにユクトル、シルビィなど実力者もかなりいる。それを見てタオはなお増援が必要と考えた。それほどの相手ということなのだろう。嫌だなあ。

 そんなところにテオンは少人数で乗り込もうとしている。それは放っておけない。だけど……。

 はあ……、戦いたくないよお……。

 この冒険者たちにはあたしの実力もある程度知られている。前みたいに怯えていたら誰かが守ってくれるかも、なんて期待してはダメだろう。周りからは既に期待の眼差しを向けられている。

 あなたたち、知らないでしょう?あたしは道具魔術師アイテムマジシャン。戦うほどに道具を使うの。使った道具は補充しないといけないの。つまりね、お金を使うのよ!!

 「あのレナさんの戦いが見れるかもしれないぞ!」「道具魔術師ってすっげえんだろ?」「あの人はぁ、本物だぞぉお!!ひっく、うぃ~」

 まったくひそひそと、人の気も知らないで……。期待するなら金をくれ!!

 私はひたすら心の中で毒づきながら、それでもテオンを救出するために必要な魔道具を頭の中で選んでいくのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ
ファンタジー
大陸の端に存在する小国、ボーンネル。 バラバラとなったこの国で少女ジンは多くの仲間とともに建物を建て、新たな仲間を集め、国を立て直す。 そして同時にジンを中心にして世界の歯車は動き出そうとしていた。 これはいずれ一国の王となる少女の物語。

【完結】暁の荒野

Lesewolf
ファンタジー
少女は、実姉のように慕うレイスに戦闘を習い、普通ではない集団で普通ではない生活を送っていた。 いつしか周囲は朱から白銀染まった。 西暦1950年、大戦後の混乱が続く世界。 スイスの旧都市シュタイン・アム・ラインで、フローリストの見習いとして忙しい日々を送っている赤毛の女性マリア。 謎が多くも頼りになる女性、ティニアに感謝しつつ、懸命に生きようとする人々と関わっていく。その様を穏やかだと感じれば感じるほど、かつての少女マリアは普通ではない自問自答を始めてしまうのだ。 Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しております。執筆はNola(エディタツール)です。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。 キャラクターイラスト:はちれお様 ===== 別で投稿している「暁の草原」と連動しています。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

処理中です...