チート勇者も楽じゃない。。

小仲 酔太

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第2章 ポエトロの町と花園伝説

第2話 夜道の襲撃者

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 「嘘だろ!?これが魚!?」

 ユズキが叫び声をあげる。僕が見てきた彼の姿は、村長補佐として常に冷静沈着に話す姿だった。それが旅に出て1日も立たないうちに、彼の驚いて興奮する姿には既に慣れ始めていた。

 ユズキは魚型の魔物を食べたがらない。臭いがダメだという。ここら辺で取れる魚といえば沼や池にいるフナやナマズなどの泥臭い魔物だけ。しかし今目の前にあるのは海の魚。内陸にあるブルム地方では滅多にお目にかかれない代物だった。

 僕らは夜営の準備を整え晩御飯を食べている。驚き疲れた僕らの代わりに、今日はほとんどレナが支度してくれた。ふわふわのパンに野菜と魚介たっぷりのトマトスープ。本来じっくり時間をかけて作る料理だが、驚くべきことにものの数分でそれらが出来上がったのだ。

 「あたしはいつも携帯食だからね。文句あるなら食べさせないよ」

 とんでもないと言って一口食べてみる。とろとろの野菜に深みのあるスープ。魚の身はほろほろと柔らかく解け、ほのかな甘みが口いっぱいに広がる。とても短時間で出来たとは思えないその出来栄えに、僕らは揃って仰天するのだった。

 「美味しい!美味しいですレナさん!魚は臭くないしパンはふわふわだし、食べた傍から力が湧いてくるみたい!」

 「携帯食って言ったらあれだろ?ぱさぱさのパンに、固い干し肉に、粉をお湯に溶いただけの味のしないスープ。栄養さえとれれば味は二の次。美味しさと手間を天秤に掛け、泣きながら腹を満たすものだろ?こんなに美味いなんて聞いてねえよ!!」

 「あらそう?それは良かったわ。缶開けてレトルトパック温めただけでそんなに感動されちゃ、ちょっと申し訳ないんだけど」

 頭を掻きながら照れるレナ。

 「あんなに簡単な工程でここまでのものを作られちゃうと、料理担当として来たあっしは立つ瀬がないでやす」

 すごい勢いで食べていたタラは感嘆の声を漏らす。彼は同行者の一人で、戦闘が苦手な分小さい頃から村の炊事を手伝っており、今では村一番の美食家兼料理家である。彼の皿は既に空っぽだ。

 この道中でテオンは、ユズキとタラから村の外で生きていけるだけの最低限の料理を覚える予定だったのだが……。

 「ねえレナさん!この料理って僕にもできる?」

 「え?まあ、道具さえあれば誰でもできるからね。魔道具の起動が出来れば楽勝よ」

 「へえ、これも魔道具の力でやすか。凄いもんですねえ」

 「まったくだ。これがあればもう料理の練習なんていらねえじゃねえか」

 「そっか。レナさんでもこれだけのものが作れるのは魔道具のおかげかあ」

 「あれ?ちょっと?さっきのあたしへの感動はどうしたのよ?あたしが作ったのよ?あたしだから作れたと言っても過言じゃないわ!!」

 「え!?じゃあやっぱり僕には無理なんですか?」

 「いや、誰でも練習要らずでできるわよ」

 「「どっちだよ!?」」

 騒ぎながらもどんどん食は進む。僕もすっかり食べ終えてしまった。美味しい食事は生きる力の源だ。ユズキたちと別れたあとのことを不安に思ったときもあったが、こんなに美味しい料理を作れる魔道具があるのなら心配要らないだろう。

 「あ、でもこの携帯食って値が張るのよね。魔道具も魔道具用の燃料も高いし、駆け出しの冒険者にこの生活はだいぶ厳しいわよ」

 前言撤回……。やはり料理を覚えなくては食べていけない。二つの意味で。

 「便利な道具の弊害ってやつだな。仕方ない。明日からは予定通り俺たちが料理を作るぜ。テオンもちゃんと手作りを覚えろよ?」

 「うう……。食べれるものを作れるかな?」

 「食べられる食材を食べるために加工するのが料理だ。食べられなくなるわけないだろ?」

 「でもこの間ララの料理を食べたら死にかけたよ」

 「あー、あいつのは一種の魔法だ。簡単に美味い飯が作れる魔法もあれば、簡単に食べ物を毒に変える魔法もあるってことだな」

 「ララちゃんにそんな特技があったなんて知らなかったわ……。軍用の生物兵器として起用できないかしら」

 散々な言いようだ。ララが聞いていたら僕らの命はいくつか欠けていたな……。まあ今頃は村でいつもの食事をしている時間だし、そんなことは有り得ないのだが。




 食事の最中まで驚き尽くしだった僕らは、ささっと後片付けをするとすぐに寝仕度に入った。辺りはすでに真っ暗で、時折がさごそと音がする。夜行性の魔物が徘徊し始めたのだ。

 「大丈夫よ。この辺りにあたしの結界を破れる魔物なんていないわ」

 レナがぐっと胸を張る。レナは胸元が大きく開いた寝巻き姿になっていた。スーツの時より大きく見える。僕ははっとして目をそらした。彼女の寝巻きは桃色のふわふわもこもことした可愛らしいもので、深緑のスーツ姿とは打って変わってうら若き少女のような雰囲気になる。

 「結界を破る獣はいなくても、結界の中で襲いかかるケダモノならいるかもな」

 ユズキが僕の脇腹をつつきながらにやにやとする。

 「な……っ!レナさん相手にそんなことしないよ!僕はもっと清楚な人が好みなんだ!!」

 「ハナみたいな?」

 「…………っ!」

 「あら?あたし、自分で言うのもなんだけどハナさんともいい勝負できるくらいだと思うわよ?」

 レナは腕を後頭部に回して身体を反らし、誘惑のポーズを取る。

 少し胸が跳ねて、慌てて目を逸らす。年頃の男の子、情けなし……。

 「あれあれ?もしかして満更でもない感じー?」

 「ふざけんな!」

 「テオン君なら特別に一緒に寝てあげてもいいわよ?」 

 「もういいから早く寝てください」

 僕はレナをテントから追い出した。

 彼女はテントを2つ持ってきていた。当然男用女用で分かれたのだが、ひとつのテントに男4人で寝るというのはなかなか窮屈ではある。だからといって……。

 別に隣に寝たからと言って間違いを起こすわけじゃないが、この流れでテントを移るのは色々と不味い気がする。

 「それなら俺がレナさんと寝ようかな」

 ユズキが突然そんなことを言い出した。

 「5人でテントが2つ。これで4対1に分かれるのは不公平ってもんだろ。テオンが移ったところで大人の男3人じゃ狭いのは変わらない。だからここは一番大柄な俺が動くのがいいだろう」

 「そ、そんなこと言ってユズキの旦那、手を出す気満々でしょう?確かに狭いテントで男3人寝るなんてごめんでやすが、そんな人をレナさんの隣に一晩だけでも置いておくなんて……」

 「何いってんだ。もし俺が本当に手を出す気なら、隣のテントにいるだけで危ないってもんだ。誓ってそんなことはしない」

 レナはそのやり取りを外から見ながらくすくすと笑っている。気分を害したりはしていないのだろうか。

 「本当に何言ってんのよ。あたしのテントに来ていいのはテオン君だけだし、何より……」

 彼女は再びテントの中に入ってくると、床面中央にある魔道具に触れてきゅっとひねった。途端に目が眩み、ふらつく。気がつくとテントが広くなっていた。

 「魔法で空間の密度はいじれるわ。このテント、そんなに狭くないわよ」

 舌をペロッと出していたずらっぽく笑う。

 「「先に言えよ!!」」




 その日は本当に驚いてばかりだった。魔道具……なんて恐ろしい子。

 僕だけでなくユズキたちもだいぶお疲れのようで、レナが去ってからはさっさと寝ようということになった。

 彼女に使い方を教えてもらったランタンに手をかざす。初めての魔道具だ。頭の中に「オン」と「オフ」のイメージが湧く。何となく「オフ」の方に意識を持っていき、それに触れるようイメージする。その抽象的な操作は、案外スムーズに行えた。やがて部屋がふっと暗くなる。

 道具に頭の中を覗かれているよう。不思議な感覚だ……。

 「それじゃ、みんなおやすみ」

 ささっと木を組んだだけの簡素なベッドで、それぞれ眠りについた。

 夜も更けた頃、何かが動き出す気配を感じて目を覚ました。一体何だ……?

 まるで家のように落ち着けるテントではあるが、外はいつも通り魔物も徘徊している草原だ。結界を破られることは滅多にないとはいえ、警戒してしすぎることはない。

 枕元に置いてある剣を取って起き出した。緊張で眠気は吹き飛んでいた。テントの出入り口から漏れる僅かな光を頼りに、音を忍ばせて歩みを進める。

 出入り口側のベッドで眠っているはずの人物を起こしに行く。そこはユズキのベッド。だがもぬけの殻だった。枕元には大剣が置きっぱなしになっている。

 動いていたのは……ユズキ?

 そう思ったがなお警戒は解かず、外の様子を確かめに行く。出入り口は少し開いていたが、夜風が入ってくることはなかった。魔道具の効果だろうか。

 ぴらっと布をめくると、外には月の光に照らされた影がひとつ伸びていた。間違いなくユズキだ。レナのいる紫のテントをじっと見ていた。そして、そろそろと近づいていく。

 う……嘘だろ……?

 思わず息を殺して布に身を隠しながら様子をうかがう。まさか、まさかユズキがそんなこと……。

 彼はそのまま、テントの入り口の布に手を伸ばす。

 そして。

 ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 近くに設置してあった結界用魔道具――アラートボールがけたたましく鳴り響いた。

 彼は驚いて飛び上がり地面に背中から転がる。すぐに踵を返してこっちに駆け出そうとするが……。

 「違う!後ろだ!!」

 咄嗟に叫ぶ。アラートボールはユズキに反応したわけではなかった。彼の背後から獣の気配がする。

 彼は僕の声にも驚いて、一瞬びくっと硬直した。その瞬間飛びかかる影。

 僕は咄嗟に手持ちの剣を投げつけてユズキのもとへ駆け寄る。

 月明かりが雲から漏れ落ち、襲撃者の姿を照らし出す。

 現れたのは野犬。通常のハウンドより遥かに大きな体躯。暗闇に赤黒く光る眼。そしてはっと気付く。その眼が結界の周りをずらりと取り囲んでいることに。

 僕らのテントはハウンドの上位種、ヘルハウンドにすっかり包囲されてしまっていたのだった。
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