六華 snow crystal 8

レオンからの手紙

そんな茉理との中途半端な付き合いが一ヶ月ほどたった頃、ドイツから届いたエアメール。


差出人はレオンからだった。


話の内容はこんなだった。


森下茉理から依頼を受け、マンシュタイン氏の訴訟及び賠償金取り下げの件での報告。

貴殿の口座に一億円を返金致しましたので、ご確認願います。


……なぜを賠償金を返金する気になったのか？


理由を知りたかったのに、何も書かれてはいなかった。あまりにあっさりとした文面に不信感を抱く。


あんな軽いパンチで一億円はひどすぎたけれど、法的には認められた賠償金のはずだ
。大体なぜ弁護士からではなく、レオンなのか？


まぁ、あいつはゲオルクにとって、なんでも頼りになる執事みたいなものだったかも知れない。


腑に落ちない点はあったものの、MRIの導入が叶う喜びのほうが優った。


改修工事の目処もたち、開業の方はかなり具体的に話が進んできた。


来年の秋にはオープン出来そうな感じだ。
具体的に人員の確保も考えなくてはいけない。人材選びが一番大事なことだ。優秀な人材は、どうやって引き抜けばいいのだろう。
事務長や看護部長は、河島教授のツテが必要かも知れない。







師走もあっという間に後半となり、茉理の夕食のメモに、

「クリスマスも仕事ですか？  たまには一緒に食事しませんか？」の文字。


勤務医にはクリスマスだの、年末年始などを優雅に過ごしている時間はない。冬場は特に脳卒中で運ばれてくる患者が多い。


茉理の寂しい気持ちはわからないではないが、開業のための打ち合わせもしなければならず、猫の手も借りたいほどの忙しさなのだ。


おまえの気持ちには応えられない。






日々の勤務に加え、開業の準備までしている忙しい俺に届いた一通の手紙。


また、レオンからだった。


一億円の授受に関しては、すでに受け取りの通知していたはずだけれど。


まさか取り消しじゃないだろうな。


一抹の不安を感じながら開封してみると、レオンからの手紙は思いもよらないものだった。


な、なんだって！！


俺が受け取った一億円は賠償金の返金ではなく、茉理がマンシュタイン氏から勝ち取った慰謝料の一部だと言う。




ーーー茉理はあなたに迷惑をかけたことを、とても悔やんでいました。 その為にゲオルク氏からの脅迫にさからえず、精神的にひどく追い込まれ、自殺を試みたほどです。

それでもなんとか立ち直り、最後まで諦めず、最終的にSNSの力を借りてゲオルク氏を追い詰めました。

それで勝ち取った慰謝料なのです。このことは茉理から口止めされています。あなたはこれまでのように気づかぬふりをして茉理と接してください。

ただ茉理が、あなたのことを必死で守ろうとしたことは覚えていてもらいたいのです。

あなたとの関係に、茉理は今とても悩んでいます。慣れない日本で友もなく、とても孤独を感じているようです。

不躾なお願いで恐縮ですが、もう少し茉理優しく接してあげてもらえないでしょうか。

私の大切な妹をどうか幸せにしてあげて欲しい。


               レオン・ルートヴィヒ・シュミット









……茉理。


マンシュタインが賠償金を返金するなど、ありえないと思っていたが、そういうことだったのか。


貧乏人のくせに高校へも行かずに、一億もの大金を俺のためにか。


ーーバカだな、あいつ。


別に冷たくしているわけではない。犯罪になってしまうようなリスクを避けているだけだ。今はあいつと遊んでいる暇などないのだ。


女遊びもせず、こんなに長いこと禁欲生活を送ったことなどないくらいだ。俺だって我慢して節制しているのだ。


確かに高校を中退し、頼りになる親もない茉理は孤独なのだろう。


だけど、俺にどうしろっていうんだよ。






忙しさにかまけ、茉理のことは気になりながらも、めまぐるしい毎日を送っていた。


クタクタに疲れて家に帰ると、いつものようにラップのかかった夕食がテーブルの上に並べられていた。


今日のメニューはホイル焼きと、グラタンか。


グラタンをレンジにかけ、ホイル焼きはオーブントースターに入れた。


着替えてからレンジで温めた料理を取り出し、テーブルに運んだ。グラタンは温め過ぎたのか、グツグツと音を立てていた。グラタンは子供の頃からの好物だ。舌を火傷しないように食べないとな。


ホイル焼きはレモンと野菜がたくさん敷き詰められていて、これも健康的で美味そうだ。


いつものようにテーブルの上に茉理からのメモが置いてあった。JKの書く、くだらないけど笑えるメモだ。



潤ピへ

“  今日のメニューは鮭のレモンハーブホイル焼きと、ジャガイモのミートグラタンだよん！   突然だけど、今日で家事代行のバイトやめます。茉理にはもう、ひとりぼっちの夕食はムリムリのぴえん超えてぱおん(T-T)なので、 しばらくスイスの友人のところへ行きます。いつかまた会おうね！”



ーー茉理！


う、嘘だろう！！