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母からの手紙
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美穂さんがアパートを出て一ヶ月が過ぎた頃、僕は少しは立ち直りかけていたのだろうか。
あの医師のマンションを訪ねてみようという気になった。
彼女にとって僕はもう、過去の人に違いないけれど、こんな別れ方はあまりに悲しい。どんなに辛くても別れた理由をはっきりと聞きたいし、僕の気持ちも知って欲しい。
あの医師の元へ行ってしまった美穂さんを、取り戻すことは難しいだろう。彼を選んだ美穂さんには、もう何を言っても仕方がない気もする。
でも、こんな終わりかたは嫌なんだ。
いつまでもモヤモヤした気持ちで引きこもっていたくない。
僕は意を決して、あの医師の住むマンションへ車を走らせた。
邪魔にならない道路わきに車を停めてエントランスへ入ると、ちょうど宅配業者がいて、インターホンで住人とやり取りしているところだった。
セキュリティーの自動ドアが開いたので、すかさず僕も後に続いて通り抜けた。宅配業者に怪訝な目で見られたけれど、ここの住人であるかのように堂々と振る舞った。
一緒にエレベーターに乗り込み、28階のボタンを押す。
小脇に荷物を抱えた宅配業者は17階で降りた。
再び上昇していくエレベーターの中で、もうすぐあの医師と一緒に暮らしている美穂さんを見ることになるのかと思うと、かなり気が滅入った。
だけど、いつまでも悩んで引きこもっていても仕方がないじゃないか。
母が美穂さんに与えた非礼を詫びておきたかったし、未練がましいけれど僕の気持ちは少しも変わってないことを伝えたかった。
もし誘拐事件のことを気にして僕の元を去ったのなら、戻って来て欲しい。
ドアの前に立ち、なんとも言えない緊張感に苛まれた。ゴクリと唾を飲み込みブザーを押した。
インターホンからの応答がないまま、いきなりドアが開き、不機嫌な顔をした医師が僕を睨みつけた。
「あ、、夜分遅くにすみません」
この医師の迫力と威圧感には圧倒されるばかりだ。
「一体、なんの用だ?」
「あ、あの、もしかしてこちらに美穂さんが来ているのではないかと思って………」
本当のことなど言ってくれるはずもないと思うけれど。
「どういうことだ? 美穂と別れたのか? あいつが俺のところに来るわけないだろう」
えっ? 来ていない?
美穂さんは本当にここに来て居ないのだろうか? 医師はまったく心当たりのない顔をして僕を見つめた。
この医師から誠実な対応など期待する気はないけれど、嘘をついているようには見えなかった。
医師は真駒内の幽霊屋敷にいるのではないのかと言った。
そこはすでに訪問して、いま住んでいるお母さんから来ていないことを告げられたと言うと、失踪中だった母親の存在ににひどく驚いていた。
だけど、ここに来ていないなら、一体どこへ行ったのだろう。
「本当に美穂さん、ここに来ていませんか?」
ほかに思い当たるところはなくて、途方にくれる。
「来てないと言ってるだろう。そんなに信じられないなら中に入って探せよ」
この医師の言うことに嘘はないだろう。
率直でバカ正直にさえ見えるこの医師に、嘘をつくような器用さは持ち合わせてないように思われた。
あいつは変わり者だから、新しい男でも見つけたのだろうと医師は言った。
長いこと一緒に暮らしていたくせに、この人は美穂さんの何を見ていたのだろう。
美穂さんの純粋な気持ちなど、まったく理解してない医師に腹が立った。僕でさえ、彼女がどんなにこの医師を愛していたか、悲しいほど思い知らされたというのに。
八つ当たりがしたくて来たのかとブチギレされ、玄関から追い出されそうになる。
傲慢な医師に不信感を持ち、やっぱり家の中を確認させて欲しいと言ったけれど、
「やかましい!さっさと帰れ!!」
と言って、玄関から追い出された。
美穂さんがいたとしても、無理やり上がり込むわけにはいかない。居ないと言われたら、帰るしかないだろう。
ここに居なくて、真駒内の家にも居ないとなると、もう探す手立てはない。
保証人がなくても今はアパートが借りられるのかもしれない。
今時の貸主は、クレジット会社と連携して賃貸契約させているから、家賃の滞納を恐れることもないのだ。
絶望的な気分でマンションを後にした。
アパートに帰ると、郵便受けに母からの手紙があった。
読まずに破り捨てようかと思ったけれど、もしかして、美穂さんの秘密を暴露でもしようというのか。
玄関で靴を脱ぎ、急いで中身を確認すると、便箋の間に見知らぬ女性の写真が一枚差し込まれていた。
一体、どういうつもりだ!
聡ちゃん
その後、お変わりありませんか。
お食事はちゃんと摂れていますか。
あんなことがあった後なので、あなたのことをとても心配しています。我が子を悲しませる結果になってしまったことは、お母さんにとっても本当に辛いことなのです。
でも、わかって欲しいの。
子供の不幸を願う親など居ないってことを。
久しぶりに実家に帰って来たあなたの口から、突然結婚などという言葉が出て来たのですから驚いて当然でしょう。
まだ若いあなたたちが、その情熱で突っ走ってしまおうとしていたから、お父さんとお母さんはとても慌ててしまいました。
聡ちゃん、本当にあなたのことを心から心配しています。理性的な聡ちゃんだから自暴自棄になったりせず、すでに立ち直り始めてると信じてます。
仕事上でもお付き合いのある、磯村家のお嬢さんの写真を同封しました。
○○大学に通う二十二歳のお嬢さんです。聡ちゃんと同じ学年ですね。彼女も東京の商社に内定が決まっていて、来年の三月に上京されるとのこと。
奥様に聡ちゃんのことを話したら、お嬢様が是非会ってみたいそうなの。
高校生の頃の彼女に一度会ったことがあるのだけれど、とても聡明で溌剌とした素敵な女性です。聡ちゃんも一目で気にいるように思います。無理にとは言いませんが、同じ札幌市内の大学だし、一度会ってみてはどうでしょう。
ラインでいいので、お返事待ってます。
母より
ふざけるな!!
子どもの幸せを願わない親などいないだって?
そんなのは欺瞞だ。
母が望んでいるのは、いつだって自分の幸せだけだ。
僕がこの一ヶ月、どんな思い出過ごしていたか、あんたは少しも想像してないだろう。
どんなに説明したところで、僕が失ったものの大きさなど、両親に理解できるはずもない。
美穂さん、もう少しで僕のものになるはずだったのに。
若さゆえの一時的な情熱なんかじゃない。
僕たちは素晴らしい将来を夢に見ていた。
それはとても平凡な慎ましいものだったけれど、僕のそばに美穂さんがいてくれるだけで、どんな困難だって乗り越えられると思っていた。
あなたたちがそれをぶち壊した。
僕の心の中に、今まで感じたことのないドロドロとした怨念が噴き出した。
ーー絶対に許さない。
あの医師のマンションを訪ねてみようという気になった。
彼女にとって僕はもう、過去の人に違いないけれど、こんな別れ方はあまりに悲しい。どんなに辛くても別れた理由をはっきりと聞きたいし、僕の気持ちも知って欲しい。
あの医師の元へ行ってしまった美穂さんを、取り戻すことは難しいだろう。彼を選んだ美穂さんには、もう何を言っても仕方がない気もする。
でも、こんな終わりかたは嫌なんだ。
いつまでもモヤモヤした気持ちで引きこもっていたくない。
僕は意を決して、あの医師の住むマンションへ車を走らせた。
邪魔にならない道路わきに車を停めてエントランスへ入ると、ちょうど宅配業者がいて、インターホンで住人とやり取りしているところだった。
セキュリティーの自動ドアが開いたので、すかさず僕も後に続いて通り抜けた。宅配業者に怪訝な目で見られたけれど、ここの住人であるかのように堂々と振る舞った。
一緒にエレベーターに乗り込み、28階のボタンを押す。
小脇に荷物を抱えた宅配業者は17階で降りた。
再び上昇していくエレベーターの中で、もうすぐあの医師と一緒に暮らしている美穂さんを見ることになるのかと思うと、かなり気が滅入った。
だけど、いつまでも悩んで引きこもっていても仕方がないじゃないか。
母が美穂さんに与えた非礼を詫びておきたかったし、未練がましいけれど僕の気持ちは少しも変わってないことを伝えたかった。
もし誘拐事件のことを気にして僕の元を去ったのなら、戻って来て欲しい。
ドアの前に立ち、なんとも言えない緊張感に苛まれた。ゴクリと唾を飲み込みブザーを押した。
インターホンからの応答がないまま、いきなりドアが開き、不機嫌な顔をした医師が僕を睨みつけた。
「あ、、夜分遅くにすみません」
この医師の迫力と威圧感には圧倒されるばかりだ。
「一体、なんの用だ?」
「あ、あの、もしかしてこちらに美穂さんが来ているのではないかと思って………」
本当のことなど言ってくれるはずもないと思うけれど。
「どういうことだ? 美穂と別れたのか? あいつが俺のところに来るわけないだろう」
えっ? 来ていない?
美穂さんは本当にここに来て居ないのだろうか? 医師はまったく心当たりのない顔をして僕を見つめた。
この医師から誠実な対応など期待する気はないけれど、嘘をついているようには見えなかった。
医師は真駒内の幽霊屋敷にいるのではないのかと言った。
そこはすでに訪問して、いま住んでいるお母さんから来ていないことを告げられたと言うと、失踪中だった母親の存在ににひどく驚いていた。
だけど、ここに来ていないなら、一体どこへ行ったのだろう。
「本当に美穂さん、ここに来ていませんか?」
ほかに思い当たるところはなくて、途方にくれる。
「来てないと言ってるだろう。そんなに信じられないなら中に入って探せよ」
この医師の言うことに嘘はないだろう。
率直でバカ正直にさえ見えるこの医師に、嘘をつくような器用さは持ち合わせてないように思われた。
あいつは変わり者だから、新しい男でも見つけたのだろうと医師は言った。
長いこと一緒に暮らしていたくせに、この人は美穂さんの何を見ていたのだろう。
美穂さんの純粋な気持ちなど、まったく理解してない医師に腹が立った。僕でさえ、彼女がどんなにこの医師を愛していたか、悲しいほど思い知らされたというのに。
八つ当たりがしたくて来たのかとブチギレされ、玄関から追い出されそうになる。
傲慢な医師に不信感を持ち、やっぱり家の中を確認させて欲しいと言ったけれど、
「やかましい!さっさと帰れ!!」
と言って、玄関から追い出された。
美穂さんがいたとしても、無理やり上がり込むわけにはいかない。居ないと言われたら、帰るしかないだろう。
ここに居なくて、真駒内の家にも居ないとなると、もう探す手立てはない。
保証人がなくても今はアパートが借りられるのかもしれない。
今時の貸主は、クレジット会社と連携して賃貸契約させているから、家賃の滞納を恐れることもないのだ。
絶望的な気分でマンションを後にした。
アパートに帰ると、郵便受けに母からの手紙があった。
読まずに破り捨てようかと思ったけれど、もしかして、美穂さんの秘密を暴露でもしようというのか。
玄関で靴を脱ぎ、急いで中身を確認すると、便箋の間に見知らぬ女性の写真が一枚差し込まれていた。
一体、どういうつもりだ!
聡ちゃん
その後、お変わりありませんか。
お食事はちゃんと摂れていますか。
あんなことがあった後なので、あなたのことをとても心配しています。我が子を悲しませる結果になってしまったことは、お母さんにとっても本当に辛いことなのです。
でも、わかって欲しいの。
子供の不幸を願う親など居ないってことを。
久しぶりに実家に帰って来たあなたの口から、突然結婚などという言葉が出て来たのですから驚いて当然でしょう。
まだ若いあなたたちが、その情熱で突っ走ってしまおうとしていたから、お父さんとお母さんはとても慌ててしまいました。
聡ちゃん、本当にあなたのことを心から心配しています。理性的な聡ちゃんだから自暴自棄になったりせず、すでに立ち直り始めてると信じてます。
仕事上でもお付き合いのある、磯村家のお嬢さんの写真を同封しました。
○○大学に通う二十二歳のお嬢さんです。聡ちゃんと同じ学年ですね。彼女も東京の商社に内定が決まっていて、来年の三月に上京されるとのこと。
奥様に聡ちゃんのことを話したら、お嬢様が是非会ってみたいそうなの。
高校生の頃の彼女に一度会ったことがあるのだけれど、とても聡明で溌剌とした素敵な女性です。聡ちゃんも一目で気にいるように思います。無理にとは言いませんが、同じ札幌市内の大学だし、一度会ってみてはどうでしょう。
ラインでいいので、お返事待ってます。
母より
ふざけるな!!
子どもの幸せを願わない親などいないだって?
そんなのは欺瞞だ。
母が望んでいるのは、いつだって自分の幸せだけだ。
僕がこの一ヶ月、どんな思い出過ごしていたか、あんたは少しも想像してないだろう。
どんなに説明したところで、僕が失ったものの大きさなど、両親に理解できるはずもない。
美穂さん、もう少しで僕のものになるはずだったのに。
若さゆえの一時的な情熱なんかじゃない。
僕たちは素晴らしい将来を夢に見ていた。
それはとても平凡な慎ましいものだったけれど、僕のそばに美穂さんがいてくれるだけで、どんな困難だって乗り越えられると思っていた。
あなたたちがそれをぶち壊した。
僕の心の中に、今まで感じたことのないドロドロとした怨念が噴き出した。
ーー絶対に許さない。
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