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アフタヌーンティーのあとで
しおりを挟むアフタヌーンティーのあと、聡太くんと庭へ出て、美しいガーデンを見てまわった。
七月中旬の今は、たくさんの種類の花々が咲き乱れていた。
ゆらゆら揺れるハーブのしげみ中に、ピーターラビットの置物が2匹、追いかけっこしているみたいに戯れてみえた。
「まるでイングリッシュガーデンね。おうちの中もステキだけど、お庭をこんな風にお手入れするのは大変でしょうね」
外に出られて少し気持ちが落ち着いた。
緑や美しい花々には、やはり人を癒す力があるのだろう。
「美穂さん、疲れたでしょ。ずいぶん緊張していたみたいだね」
聡太くんは不安げに私の顔をのぞき込んだ。
「当たり前だわ。聡太くんはもっと普通の庶民的な家庭で育ったとばかり思ってたんですもの」
騙されていた恨みが急に込み上げて、つっけんどんに言葉を返した。
「僕のうちは庶民的な家庭だと思うよ。確かに父の事業が上手くいって、今は裕福にはなったけど、中学までは家も普通だったし、」
だからって……
「お父様はなんの事業をしているの?」
「水産製造会社だよ。十年くらい前から、ネット販売で急激に売り上げが伸びたんだ」
「じゃあ、聡太くんはアルバイトなんかしなくても、もっとたくさん仕送りをしてもらうことだって、」
継母だと言っていたから、聡太くんには冷たいのだろうか。
「受験の時、経済か経営学科にしろって言われた。四つ年上の兄は法学部に進んでいたから、父はここの経営を僕に任せたかったんだ。だけど、僕にはそんな商才はないって知ってたからね。子供の頃からロボットとかメカを分解したりするのが好きだった。いつかは本物のロボットを作るのが僕の夢だから」
「それで? 進路のことでお父様とケンカしたってこと?」
「まぁ、ケンカってほどでもないけどね。自分で言ってしまったんだ。仕送りはいらないって。父もたたき上げの苦労人だから、甘やかすことはしない人なんだ。でも、それでよかったよ。貧しいことから学べることってたくさんあるだろう?」
確かに貧しければ節約上手になれるし、人によっては思いやりを育む人もいるだろう。
だけど、本物の貧乏とは根本から違うと思った。
いざという時に頼れる人がいる貧乏といない貧乏では、精神的な余裕というものがまるで違う。
聡太くんだって本当に頼れる身内がいなかったら、いくら中古でも車など買えるわけがないんだ。
バイトで忙しい苦学生などと言っても、所詮はおぼっちゃまの自己満足に過ぎない。
聡太くんは寝る間も惜しんで努力していたのに、わたしはなぜか批判的な気持ちばかりが募った。
貧乏人のひがみ根性から来るものだろうか。
心持ちからして、わたしはこの家の嫁にはまったく似合わない。
ここにはわたしの居場所というものが、どこにも見つけられないのだった。
こんな素晴らしいお家より、わたしには真駒内の祖母の家のほうが似合ってる。
早く札幌に帰りたい。
贅の限りを尽くしたような夕食だった。
新鮮なお刺身の盛り合わせ。殻が付いたままのウニは、今朝獲れたものだという。
テレビでしか見たことのないような美しい懐石料理は、お母様が作られたのだろうか。
“ わーー! 美味しそう!! ”
無邪気に可愛らしく、そんな感嘆の言葉を出せたらよかったけれど。
すっかりいじけていたわたしは素直に喜べず、素晴らしく美味しいはずのお料理を堪能する気になれなかった。
「美穂さんもすごくお料理が上手なんだよ。シーチキンや豚こまなんかで絶品料理が作れるんだ」
聡太くんはそんな貧乏くさい話をしながら、焼けたホッキ貝の身を剥がしてわたしのお皿に乗っけてくれた。
「そうか、それは是非とも食べてみたいものだな」
とても本気とは思えないお父様の言葉と微笑みに、侮蔑的なものを感じた。
もっと庶民的なお家で褒められたなら、嬉しかったかもしれない。こんなご馳走を目の前にして、安い食材の話などされると、尚一層みじめだった。
聡太くんは、わたしの作ったあんな食事を、本当に美味しいと思って食べていたのだろうか。
ご家族の和やかな会話が進む中、ひとり話についていけず、どんどん心がすさんで作り笑いさえも難しくなっていた。
「美穂さん、どうしたの? ちっとも食べてないね? 美穂さんに食べさせたくて、わざわざ六時間も運転してきたんだからさ。遠慮せずにたくさん食べてよ」
聡太くんの優しさに心が痛んだ。
「ごめんなさい。お料理はとっても美味しいんですけど、なんだか調子がよくなくて。すみませんが先に休ませていただいてもいいですか?」
「あら、そうだったの。残念だわ。確かに顔色が良くないわね。六時間も車に揺られていたら疲れてしまって当然よ。いつでも休めるようにお部屋は二階に用意してあるわ。聡ちゃん、二階のゲストルームに案内してあげて」
お母様がそう言って立ち上がり、わたしのそばに来て、おでこに手を当てた。
「風邪かしら? お熱はないみたいね」
そばにいるお母様から、お料理の邪魔にはならないステキな香りが漂った。
優しいお母様の完璧すぎる振る舞いに、打ちのめされたような気持ちになる。
「そうか、だから元気がなかったんだな。無理させてごめん。大丈夫? 歩ける?」
聡太くんがわたしの腕をつかんで、立ち上がらせてくれた。
「大丈夫よ。ごめんなさい。せっかくこんなにして頂いたのに」
「具合が悪いのは美穂さんのせいじゃないよ。我慢してたんだろう? 気づかなくてごめん」
精神的にかなり落ち込んでいたのは事実としても、仮病であることに変わりなく、罪悪感に苛まれた。
「すみません。じゃあ、お言葉に甘えて先に休ませていただきます。たくさんのおもてなし、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げ、聡太くんに連れられて二階のお部屋へ向かった。
「ここにパジャマがあるから、よかったら使って。部屋を出て右のほうにトイレとバスルームがあるよ。僕の部屋は階段を上がった突き当たりだから。一緒に休みたいけど、家族の手前、ちょっと照れるだろ?」
一流ホテルと変わらないようなお部屋だった。
セミダブルのベッドに、机や壁掛けのテレビ、パソコンまで備えられていた。
湯沸かしポットのそばにはドリップのコーヒーやお茶のバッグなどが置かれ、至れり尽くせりのサービス。
「ステキなお部屋ね。なんだか、圧倒されることばかりだわ、、」
「洗面所にアメニティも置いてあるから、好きなものを使って。ねぇ、僕が居なくても寂しくない?」
聡太くんがわたしの手を握って熱っぽい目を向けた。
「ひとりで大丈夫よ。お食事中にごめんなさい。聡太くんは早く下に戻って」
「僕がいないと寂しいって言って欲しかったのになぁ」
少し拗ねたような顔をして、わたしのおでこにキスをした。
「じゃあ、ゆっくり休んで。食事が終わったら、すぐに戻ってくるから」
「ええ、ありがとう」
一人になれてホッとする。
洋服のままベッドに横になり、真っ白な天井を見つめた。
自分という人間のくだらなさを、今日ほど感じたことはなかった。
もしかしてわたしは、今までダメな家族に支えられて生きてきたのではないだろうか。
どうしようもないアル中の義父や、幼稚でヒステリックだった母。
そんな親たちを軽蔑し、支えることで、わたしは一種の優越感を持てていたのではないのか。
部屋を片付けられない、家事はまったくダメな潤一さんのそばに居てリラックスできたのは、役に立てる以上に、万能感を感じられたからかも知れない。
非の打ち所のない聡太くんのご両親を前にして、わたしはひどく取り乱し、身の置き所をなくしてしまった。
なんて卑小なつまらない人間なのだろう。
あまりの情けなさに涙があふれた。
聡太くんとの結婚は諦めよう。
というか、多分わたしはあの両親に認められないだろう。
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