六華 snow crystal 2

なごみ

文字の大きさ
上 下
54 / 59

二人の秘密

しおりを挟む
有紀
12月26日

忘年会のあの日以来、谷さんをさけて、一階には出来るだけ行かないようにしていた。


顔を合わせるのが怖くて、一階に用があって降りると、そわそわして落ち着かない気分になる。


あの日は二人とも酔っていたのだ。


お酒のせいにすれば、なんでも許されるというものではないけれど、変に意識する方がお互いに気まずくなる。


何ごともなかったようにいつもと同じように接するのが一番いい。


谷さんもあんな事はもう忘れているかも知れないし。


夜勤者へ申し送りをすませ、ロッカールームで着替えてから職員通路を歩いていたら、後ろから声をかけられた。


「有紀ちゃん!」


谷さんの声だったので、とっさに身構えた。


動揺していることを悟られないように、自然な笑顔で振り返ったつもりだった。


「あ、谷さん……」


うまく笑えずにうつむく。


「今日はもう帰る?  有紀ちゃん、……ちょっとでいいから、話しできないかな?」


谷さんもいつもと違って、なんとなく落ちつきのない緊張感が伝わった。


「話って、……今ここで話せないこと?」


私に何を言いたいの?   谷さんの顔を見ることができない。


「この間のこと、怒ってるのかなって思って……」


「この間のことって、忘年会の帰りのこと?   私、ひどく酔っぱらっちゃって、あまり覚えてないの。谷さんが送ってくれたのはなんとなく覚えてるんだけど……迷惑かけちゃってごめんなさい」


すべてお酒による失態ということにしたかった。


「僕をさけてるよね。有紀ちゃんの立場も考えないで悪いことをしたと思ってるよ。だけど、軽い気持ちでしたわけじゃないんだ」


谷さんの熱い視線にどう対応すべきなのかがわからず、うなだれる。


「あ、あの日は私が悪かったの。谷さんは気にしないで。ちょっと誰かに絡みたくなっちゃって。だ、誰でもよかったの、八つ当たりなんかして本当にごめんなさい!」


「亜美との婚約を解消した」


真剣な眼差しでつぶやかれ、言葉を失う。


「た、谷さん!」



いくら亜美さんとの婚約をよく思っていなかったとしても、私のせいで婚約を解消したなんて言われても困る……。


ーーどうすればいいの。


「婚約解消って、谷さん、どうして?  もしかして私のせいなの?」


「まだ僕にチャンスがあるなら有紀ちゃんを待っていたくて……ダメかな?」


「こ、困ります! 私、離婚するつもりなんてないし、、誤解させるようなこと言ってしまって、本当にごめんなさい!」


そう言って頭を下げ、谷さんの前から逃げた。


離婚なんて出来るわけがない。


まだ遼介を愛してるし、遼介だって私を愛してくれている。


想定外のことが次々と起こって、私たちの生活は混乱しているけれど、乗り越えていけないわけではない。


どうして谷さんにあんなことを言ってしまったんだろう。




ーー私は亜美さんに嫉妬したんだ。




12月29日

病院の年末年始のお休みが明日から始まるが、病棟勤務のナースには関係がない。私は今日はお休みで明日は夜勤。


遼介は有給が余っていても取れずに、今日最後の仕事に行った。


遼介がいないうちに、大掃除をしておこうと思い、重い腰をあげる。


午前中はキッチンとバスルームを磨いた。


新居に引っ越してきて、まだ半年なのでさほど汚れてはいない。


普段は拭かないテレビの奥や、狭い隙間の埃をふき取る。


リビングの掃除も意外と早く終わり、あとは寝室と、あまり使っていない物置部屋。


すぐに子供が生まれることを想定したのと、夫婦でも一人になりたい時もあるような気がして、2LDKにしたのだけれど、この部屋は遼介もあまり使っていない。なので、いつの間にか物置部屋になってしまったのだ。


雑然と置かれたものを、少しでもまとめて整理しよう。


引っ越した時のまま、まだ開封されていないダンボールもいくつかある。


半年も使われないまま放置されているものなど、もはや必要がないような気もするけれど、開けてみればやはり捨てることは出来ない物なのだった。


結局、さほど捨てるものも見つけられず、物をコンパクトにまとめたくらいで、あまり片付いたようには感じられないが仕方がない。


クローゼットの上の棚に紙袋がいくつか置いてあったので、それも袋から出してひとつにまとめようと取り出す。


実家の母から貰ったタオルのギフトや、お歳暮の焼き海苔、椎茸などの他に、クリスマスのラッピングがされた箱を発見する。


「何だろ、これ?  」


30cmほどの四角い箱は、どうみても大人がもらうようなプレゼントには見えない。


開けてみなくても子供のオモチャだとすぐにわかった。


遼介がこれを?


彩矢との間にできた子へのプレゼントとして買ったのだろうか。


クリスマス模様の赤い包装紙がまかれたプレゼントを、また紙袋へ戻し、元の場所へ置いた。


購入はしたけれど、あげる勇気がなかったのだろうか?


そういえばクリスマスの夜、急患の連絡が入ったと言って深夜に出かけた。


あの日、彩矢に逢いに行ったのだろうか。


彩矢にプレゼントを拒否されたってこと?



遼介は後悔している?


ーー私と結婚したことを。











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

六華 snow crystal 6

なごみ
現代文学
雪の街、札幌を舞台にした医療系純愛小説。part 6 浮気相手に子供まで産ませた潤一と離婚した彩矢(28才)は、念願だった遼介との再婚に希望を見いだす。 一方、ロサンゼルスから帰国した潤一は、子供が世話になっている保育士、片山美穂に急接近する。 美穂という名は高校二年の時に、ひどい裏切りで自分を見捨てた女教師と同じ名前だった。 献身的な保育士の美穂に、潤一は叶わなかった初恋相手の面影を追う。

六華 snow crystal

なごみ
現代文学
熱い視線にときめきながらも、遊び人で既婚者である松田医師には警戒していた。それなのに… 新米ナース彩矢の心はついに制御不能となって…… あの時、追いかけなければよかった。 雪の街札幌で繰り広げられる、激しくも哀しい純愛ストーリー。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美
ライト文芸
辛い境遇とハンディキャップを乗り越え、この春晴れて新人看護師となった雨宮雛子(アマミヤ ヒナコ)は、激務の8A病棟へと配属される。 そこでプリセプター(教育係)となったのは、イケメンで仕事も出来るけどちょっと変わった男性看護師、桜井恭平(サクライ キョウヘイ)。 その他、初めて担当する終末期の少年、心優しい美人な先輩、頼りになる同期達、猫かぶりのモンスターペイシェント、腹黒だけど天才のドクター……。 それぞれ癖の強い人々との関わりで、雛子は人として、看護師として成長を遂げていく。 やがて雛子の中に芽生えた小さな恋心。でも恭平には、忘れられない人がいて─────……? 仕事に邁進する二人を結ぶのは師弟愛? それとも─────。 おっちょこちょいな新人と、そんな彼女を厳しくも溺愛する教育係のドタバタ時々シリアスな医療物ラブ?ストーリー!!

六華 snow crystal 7

なごみ
現代文学
雪の街、札幌を舞台にした医療系純愛小説、part 7。 春から西区の病院に配属された潤一。そこで出会った17歳の女子高生、茉理に翻弄される。その一方で、献身的な美穂との同居生活に満足しながらも、結婚に踏み切れないもどかしさを感じていた。

処理中です...