六華 snow crystal

なごみ

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まさかの妊娠!

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このところ、ずっと胃の調子がよくない。


食べ過ぎているわけでもないのに、すっぱい胃液が上がってきて、乗り物に酔ったように具合が悪い。


今朝も九時頃起きて、ご飯をレンジでチンしたあと、その匂いでむかついた。


トイレで胃液を吐きながら、もしかして? という疑惑がよぎった。


そういえば生理が来ていない。


去年の秋から食欲がなく、急激に痩せて不順になっていたので気づかなかった。


多少焦りを感じたものの、まさかという楽観的な気持ちのほうが強かった。


一抹の不安がぬぐえず、近くのドラッグストアに行き、妊娠検査キッドを買ってきた。




ーーまさかの陽性だった。




 ……どうしよう。


 佐野さんは初めてのとき以降は、避妊をして
いたはずだ。


“ やっぱり、出来ちゃった婚はかっこ悪いもんな ”


と、言っていたのだから。


では、初めてアパートに泊まったときの? 


その翌日には先生ともしている。


どっちも避妊してくれてない。


 ……大変! 


どっちの子かわからない!!   
 





渡されていたスペアキーを使ってアパートに入り、仕事帰りの佐野さんを待った。



どうしよう、なんて言おう。


はじめから先生との事は正直に言っておくべきだった。



今さら後悔しても、もう遅い。



七時を過ぎて佐野さんが、いつもより遅く帰宅した。


「彩矢ちゃん来てたんだ。連絡くれれば早く帰ってきたのに。サプライズのつもりかい? どうせなら靴も隠せよ。それだとかなりびっくりするな」


佐野さんがコートを脱ぎながら優しい笑顔を向けた。


「………」


「あれ? どうかした? 元気ないなぁ」


佐野さんが、ベッドに腰かけてうなだれている私の隣に座り、心配げに顔を覗き込んだ。



「どうしたんだい?」


「遼くん、ごめんなさい!」


「えっ、なにが?」


「………やっぱり、結婚できない」


思い切って話を切り出したのはいいけれど、これから最も怖ろしい告白の時間がそこまで迫っている。


「結婚できないってどうして?」


突然の心変わりに、落胆の色を隠せないようすで聞いた。


「ごめんなさい」


「ごめんなさいじゃなくて、ちゃんと説明してくれよ。理由があるんだろ?」



誤魔化すことはできない。


どんなに傷つけることになったって。


いずれはバレてしまうことなのだから。


「……一年だけ待って欲しい」


「いいよ、一年でも、二年でも待つよ。でも急にどうしてだい?」


「………」


泣かないと思っていても、勝手に涙が溢れる。


「なんで泣いてるんだよ、ちゃんと説明しろよ。泣いたって許さないぞ!」


いつも穏やかな佐野さんがイライラしだした。


「……妊娠してる」


佐野さんがきょとんとした表情を見せた。


「妊娠…… 本当に?」


実感の伴わないようすで宙を見つめた。

 
無言でこくんとうなずく。


「だったら早く結婚しないといけないだろ。どうして結婚できないんだい?」


「……ごめんなさい」


あの日、どうすればよかったんだろう。


「ごめんなさいってなんだよ、俺の子だろ」


「………」


わざわざ、お別れになど、行かなければよかったのに。


「俺の子なんだろ?」


「………」


「彩矢ちゃん……?  まさか、まさか……松田先生?」


「わからない、わからないの!」


「わからない? わからないってなんだよ。そんな、……そんな女だったのかよ!」


驚愕した絶望的な目で彩矢を見つめた。


「ちゃんとお別れしようと思って行ったの。でも、バーでカクテル飲んでいるうちに気持ちが悪くなって、」


「言い訳なんて聞きたくないっ!!」


隣に座っていた佐野さんが、立ち上がって叫んだ。


「遼くん……」


「彩矢ちゃんは、まだ松田先生のことが好きなんだ。そうなんだろう!」



「……遼くんを裏切るつもりなんてなかった」


閉じた目から涙がこぼれて手の甲に落ちた。


「…なんでいつもそうなんだよ。俺は彩矢ちゃんにとってなんなんだよ。なんで俺と結婚するなんて言った! 松田先生だって今は独身なんだ。はじめから松田先生と結婚すればよかっただろう」


震える声でそう言った佐野さんに、何も言えなかった。


「………」


「いつまでも松田先生のことが忘れられない彩矢ちゃんとは、一緒に暮らせない」


佐野さんはコートと車のキーをつかむと、逃げるようにアパートを出て行った。


 
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