六華 snow crystal

なごみ

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初デートなのに……

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朝の回診が終わり、ナースステーションに戻って処置の準備をしていたら、先生がすれ違いざま白衣のポケットになにかを入れていった。


小さく折りたたまれた紙切れだった。


急いでトイレに駆け込み、広げてみる。


『今夜、七時に駅前の○○○○ホテルのロビーで待ってる』


走り書きされたメモの下に携帯番号が記されていた。


いきなりホテルという、そのデリカシーのなさを恨んだが、心に迷いはなかった。


“ 一回目のデートで本番までいったよ~ ”


ありさの言葉をふと思い出して赤面する。


もう地獄に堕ちてもいいと、地獄がどんなところかも知らずに思った。


早く先生に逢いたい!!


はやる気持ちで胸が高鳴った。


 
午前中は雨が降っていたせいか、北海道の夏にしては蒸し暑い夕暮れだった。


 今日はフレンチスリーブの白いブラウスに、アイボリーのギャザースカートだけれど、誘われると知っていたらもっとおしゃれしてきたのに。


駅と直結しているホテル周辺は、商業施設になっており、帰宅時間帯というせいもあって、たくさんの人であふれていた。


ホテルのロビーで知っている人と会ったりしたくないので、大丸で時間を潰す。


夏物のバーゲンもすでに終盤で、洋服を探してみたけれど、売れ残りばかりだった。


七時ちょうどにロビーに入り、ソファーに腰かけている先生をみつけた。


前かがみの姿勢でスマホの画面を見ている。


今日はいつものようなポロシャツではなく、ブルーのストライプが入った涼しげなシャツを着ている。


初デートだから一応おしゃれにも気を使ったのだろうか。


少し嬉しかったけれど、でもそれはきっと奥様が用意してくれたものなのだろう。


そっとそばまで行って立ち止まると、先生が顔をあげた。


喜びに満ちた笑顔で彩矢を見つめて立ち上がった。


「じゃあ、先になんか食べようか」


少し照れたように微笑んだ先生が眩しい。


「……おなかはあまり空いてないです」


蚊の鳴くような声でうつむいて答えた。


「そうか、じゃあ食事はあとでルームサービスだな」

 
そう言うとさっと手を握り、エレベーターの方へ向かって歩き出した。

 
えっ? 

 
そういう意味で言ったんじゃないのに……。

 
いかにも慣れてるといった感じの先生の行動に、少し後悔の気持ちが芽生えてきた。

 
今さらもう遅すぎるという声と、今ならまだ間に合うという声が聞こえる。
 
 
エレベーターの扉が開いて乗り込んでしまうと、もう逃げられないようなあきらめの気持ちになった。

 
先生に握られた手が熱い……。 
 
 
だけど、いくら待ち合わせ場所がホテルのロビーだからって、すぐに部屋に入ることには抵抗があった。

 
初めてのデートなのに……。

 
でも、それなら一体どこなら良かったのか。

 
ひと目につくような場所で、堂々と会えるような立場ではないのだった。

 
三十一階でエレベーターのドアが開き、ふんわりとしたカーペットが敷き詰められた長い廊下をついていく。

 
立ち止まった先生が、カードキーをかざしてドアを開けた。

 
部屋に入ると待ちきれないように抱きしめられてキスをされた。


「早く彩矢が食べたい」

 

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