六華 snow crystal

なごみ

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不安な夜勤

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今夜の夜勤はどうぞ急患が運び込まれませんように。

 
日勤者から申し送りを受けたあと、フリーで救急外来担当の川島聡美さんを見つめながらため息をついた。

 
聡美さんは三つ年上の先輩だけれど、要領が悪いというかわかっていないのか、無駄なことにばかりに時間がかかって、全く仕事のはかどらない先輩だ。

 
皆、聡美さんと一緒の当直は疲労感が三倍だと言っている。それでも先輩なので指図など簡単にできないし、なにかと気を使う。

 
それに今日の当直医は松田医師だ。

 
松田先生は機嫌の良いときのほうが多いけれど、とても気が短い。患者が急変したときなどにもたもたして手際が悪いと目をつり上げて怒鳴る。

 
緊急の時はそれでなくてもあせるので、怒鳴られるとパニックを起こしそうになる。救急外来にはまだ慣れていないので、頼れるナースが一緒じゃない当直はとても緊張する。


「フリーが莉子ちゃんだったらな……」



受け持ち患者に点滴を落としながら、バイタルや意識レベル、全身状態などをチェックしてまわる。


その後、食事の介助や投薬などをすませると、もう午後の8時になろうとしていた。


ナースステーションに戻って手を洗っていると、ナースコールが鳴った。

 
二○五号室だ。

 
行ってみると、ありさの点滴が終わっていた。


「はーい、今抜くね~」

 
二○五号室は三人部屋だけれど、真ん中のベッドが空いていて、今はありさと優花のふたりだけだ。

 
優花はもうカーテンを引いているので顔が見えない。

 
見まわりのときは変わりないと言っていけれど、高齢者よりも元気がない。


「彩矢さーん、ありさ、めっちゃお腹すいた~」


ベッドに仰向けで寝ているありさが、どんよりと力なく呟いた。


「どーして? 夕ご飯食べなかったの?」


「だって魚だよ~。しかも野菜のあんがかかったやつ。それと切り干し大根! ありさマジで泣きそうになる、ここの食事」


確かに若い人にはキツいだろうなと思う食事だ。


「パンでも買っておけばよかったじゃない。もう売店だって閉まちゃってるよ」


「だって友達が来ていて七時までしゃべってたからさぁ、行ってる暇なかったもん」


「毎日お見舞いがあるのに、お菓子とか持って来てくれないの?」


あんなに見舞い客がたくさん来ているのに。


「ありさの友達は中学生なんだよ。そんな来るたびにお菓子なんか買ってこられないよ。みんな貧乏なんだから」


それもそうかと納得させられる。


「じゃあ、あとでコンビニで買ってきたメロンパン持ってきてあげる。内緒だよ、おなか壊したとか言わないでよ」


「わーい、彩矢さん、大好き~!」


「こうやって甘やかすから、いつまでも好き嫌いがなおらないんだよね」

 
抜いた点滴を手にしながら、ありさにパンをあげるなんて約束してしまったことを後悔した。看護師長や主任に知れたら怒られるだろうな。


ありさにメロンパンを内緒で届け、他の患者の点滴交換などをすませてナースステーションに戻る。


プルルル……


デスクの固定電話が鳴った。


「はい、ナースステーションです」


「今から救急車が入る」

 
松田先生が低い声でそれだけ言って電話を切った。


慌てて休憩室にいる聡美さんに伝えた。


「聡美さん、救急車が来るそうです!」



「えっ、どんな患者?」

 
文庫本を閉じて聡美さんが引きつった顔をあげた。


「何も言ってませんでした」


「えーっ、もう!」

 
聡美さんがムッとした顔で慌てて救急外来へ降りていった。

 
ICUの宮部さんに病棟の患者をお願いして、駆け足で階段を降り、聡美先輩のあとを追った。

 
すでに遠くからサイレンの音が聞こえている。

 
救急外来へ降りると案の定、聡美さんはあらゆる引き出しを開け閉めしながら右往左往している。

 
救急車で来るのだからラインくらいは取るだろう。

 
輸液セットや点滴を用意した。

 
あとはハートモニターの準備、自動血圧計、それから、えーっと、


ピーポーピーポーピーポー
 
 
サイレンがけたたましい音を立てながら近づいて来て停まった。

 
ブルーのユニホームを着た松田先生も、薄暗い廊下を走って来た。

 
救急車のサーチライトがクルクルまわっているのが見え、後部ドアがあけられた。
 

酸素を送るアンビューバッグを口に当てられた患者が降ろされた。


救急隊員から心臓マッサージを受けながらストレッチャーで運ばれて来る。


うひゃー!


心肺停止だ!!

 





 


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