六華 snow crystal 6

なごみ

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15年ぶりの再会

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仕事を終え、実家に帰ると、郵便物の中に高校のクラス会を知らせる案内状が届いていた。


今までにも何度かそんなハガキが来ていたが、行ってる暇もなければ行く気もしなかった。


だけど、この度のクラス会はいつもと趣向が違っていた。



“ 美穂先生を囲んで、16年前にタイムスリップしましょう!! ”



美穂が……



会いたいのか会いたくないのかよく分からなかった。


もちろん恋愛感情などはとうに失せている。


今となっては怒りも恨みもないが、何故あんな仕打ちができたのか聞いてみたい気はする。



米山とはうまく行ってるのだろうか。


美穂は俺より七つ年が上だから、もう四十になるわけだ。



ふふん、いいババァじゃないか。


実際、美穂と結婚していたとしても、俺は浮気をしていただろう。


そんなことを思うと、米山を選んだのは正解だったのかも知れない。





クラス会は一月二日の午後六時半からで、往復ハガキにはクラス委員長やっていた松島結衣の名前と電話番号が記されていた。


みんな、どうしているのだろう。


女子は半分くらい結婚しているのだろうな。


美穂のことが聞きたくなり、幹事の松島結衣にすぐに電話をしてみた。



なにぶん、思い立ったらすぐに行動に移さないと落ち着かない性分だ。



『…はい、どちら様ですか?』


少し警戒しているような結衣の声が聞こえた。


「高校で同じクラスだった松田だけど、覚えてるかな? 」



『ああ、松田く~ん。もちろん覚えてるよ~、元気だった? 』


 「まぁな。クラス会のハガキが届いていたから、ちょっと聞きたいことがあって電話したんだ」



『懐かし~~  松田くんは医大だったよね? お医者さんなんでしょう?  仕事はどう? やっぱり忙しいの?』


おしゃべりな結衣は以前と少しも変わりなかった。俺の聞きたいことなど無視して矢継ぎ早に質問する。


「毎日、目がまわりそうだよ。松島は何してるんだ?  苗字が変わってないってことは、まだ嫁には行ってないんだな」


『そうなのよ~~ 、ねぇ、誰か紹介してよ。独身でイケメンのドクターいない?』


「そんな奴いねぇよ。あ、あのさ、…クラス会に美穂が来るって本当なのか?」


『もちろん! ちゃんとハガキに書いてあったでしょ。ふふっ、松田くん、美穂先生にぞっこんだったもんねぇ。  米山先生と結婚しちゃったショックで激やせなんかしちゃってさ~ うはははっ』


「嫌なこと思い出させるなよ。それで美穂はまだ教員やってるのか?  札幌に住んでるのか?」


『私立の○○高校にいるって聞いたよ。私も詳しいことはよく知らないの。幹事だから連絡先は教えてもらってるけどね』



「連絡先、教えてくれないかな?  俺は仕事が仕事だから、行きたくても確実に行けるとは言えないんだ」


『うーん、、松田くんを疑ってるわけじゃないのよ。でも個人情報を私の一存で教えるわけにはいかないでしょう』


「俺たちは元教え子じゃないか。得体の知れない人間じゃないだろう」


『元教え子だって、ヤバい人はいるかも知れないでしょう。とにかく私の判断で教えるわけにはいかないわ。美穂先生に会った時に伝えておいてあげるわよ。松田くん、今も美穂先生が忘れられてないみたいって。うははっ』


「そんなんじゃねぇよ。いいよ、わかった。じゃあ、行けたらいくよ」


『ええっ、、どっちよ?  出席?  欠席?』


「行けない可能性が高いから、欠席でいいよ」





電話を切り、着替えてから一階のリビングへ降りると、母が温めた味噌汁をよそってくれていた。


焼いたカレイに、里芋とイカの煮物。


春菊の胡麻和えにきゅうりとワカメの酢の物という、地味な食卓。


若い頃はうんざりしていたメニューが、今はそれほど嫌でもない。


淡白な味のカレイが美味い。


テレビでは虐待されて死んだ子供のニュースが流れていた。


毎日のように発生する凄惨なニュースに、感覚も麻痺して驚きもしない。


虐待して死に至らしめたのは、まだ若い内縁の夫だった。


泣き止まないので腹が立ったとのことだ。


我が子でも、泣き止まない赤ん坊というのはかなり苛立つ。


よその男との子供など、尚更だろう。


それに比べたら俺など、よくやっていたものだ。悠李に手をあげたことなど一度もないのだ。


それなのに彩矢は不平不満ばかり並べ立てやがって。



「青い目のお嫁さんなんかと上手くやっていけるかしら。あ~   想像しただけでため息が出てくるわ」


お袋がまたブツクサ言って漬物の小鉢をテーブルに置くと、向かい側のイスに腰を下ろした。


「今どき、国際結婚など珍しくもないよ。言葉が通じないほうがなにかと好都合だろ。余計なことは言わないで、黙ってニコニコしていてくれよな」


嫁と姑のイザコザなどに巻き込まれたくない。


仕事から帰って、そんな通訳までさせられたのではたまったものではない。


「あら、失礼ね。英会話くらいできるわ。英語は得意だったのよ」


お袋は自慢げに言うと、きゅうりの糠漬けを一切れつまんで口にいれた。


「なにが得意だよ、英検三級で。笑うな」


飽きっぽいお袋は、色々なことに興味を示して挑戦するものの、長続きはしない。


これまでも陶芸教室に通ったり、油絵、中国語会話、フラメンコ、オカリナなどなど、数え上げたらきりがない。



「住むところは決まったの?  この家に一緒に住んでもいいのよ。ここは私一人じゃ広すぎるから」


「親と同居なんてするわけないだろ。今どき日本人でもしないよ」


お袋は一人暮らしが寂しいのだろう。


出来ることなら同居させてやりたいとは思うけれど。


だけど、それこそ結婚生活が破綻するだろう。


「赤ちゃんがいるんだから一人じゃなにかと大変よ。手がかからなくなるまで居たらいいじゃないの」


「ジェニファーを説得してみろよ。英語が得意なんだろ。ハハハッ」


「人を見下して偉そうなことを言わないで頂戴。あなたを育てるのは人の何十倍も大変だったんですからねっ!」


お袋はいままでの苦労を全て思い出したかのように、恨みがましい目で俺を睨んだ。



「今は自慢の息子だろう。苦労した甲斐があったじゃないか」


「なにが自慢の息子よ。ちゃんとした家庭も築けないでよく言うわ。揉め事はもうたくさんよ!」


「どうせ毎日ヒマだろう。俺がいなかったら今ごろ退屈で死んでたな。また可愛い孫が増えたからいいじゃないか。悠李よりもイケメンのハーフだぞ」


「男はイケメンよりも愛嬌よ。私には航ちゃんが一番かわいい孫だったわ。生きていたらもう小学生になっていたわね」


お袋はそう言って涙ぐむと、指で目がしらを押さえた。


「………やめろよ、そんな話」



航太と花蓮の話は聞きたくない。


あの二人を忘れたいわけではない。


忘れられるわけもない。


どんなに仕事が忙しくても浮気をしていても、思い出さない日はないほどだ。


だけど、人から言われて思い出すには、あまりに辛い過去だった。







ベッドに寝転び、先月のネイチャーを読んでいたらスマホが鳴った。


知らない相手からの電話だったが迷わず出た。


「はい」


『松田くん?』


こ、この声って、、まさか!


反射的にガバッとはね起きる。



突然遠い高校時代にまで記憶が引き戻された。


『もしもし?  もしかして松田くんの携帯じゃないのかしら?』



紛れもなく元担任、美穂先生の声だった。




「あ、松田ですが、、」


俺はガラにもなく緊張していた。


『あら、よかった。間違えちゃったかと思ったわ。高二のとき担任だった浅倉美穂です。すごくお久しぶりだけど、元気にしてた?』


美穂は過去の経緯など、少しも気にしてないような明るい口ぶりだった。



「………突然で驚いたな」   


『ふふっ、さっき松島結衣ちゃんから電話があったの。松田くんが電話番号を知りたがってたって聞いたものだから、思いきって私のほうからかけてみたのよ。迷惑だった?』


「いや、俺、クラス会には行けるかどうかわからなくて。今どうしてるのかなって、ちょっと気になったものだから」


『ねぇ、週末の土曜日に会えないかしら。あなたとは一度ちゃんと話しておきたいことがあるの』


俺に話しておきたいこと?



「わかった。ただ急患なんかで、もしかしたら行けなくなるかもしれない。確実に行けるとは言えないけど」


『そうね、あなたが医大に進んだってことは聞いて知っていたわ。来られたらでいいの。土曜日にね、大倉山でジャンプの大会があるんだけど、一緒にみない?』


「ジャンプ?  外で会うのか?  寒いだろ」


『あら、年寄りみたいなこと言わないで。以前いた学校の生徒が飛ぶから応援に行きたいの。一度近くで見てごらんなさいよ。迫力があってとっても面白いのよ』


750ccのオートバイをかっ飛ばしていた美穂は、確かにアウトドア派だったけれど。


十五年ぶりに会うというのに大倉山かよ。


まぁ、差し向かいで食事なんかするよりも、気楽かも知れないな。


どんな言い訳をするのか、今から楽しみだ。






来年の三月からは大学外の脳外科に勤務となるのだが、それまでの二か月間は大学の集中治療部で研修をする。


最近は働き方改革などが取り入れられ、勤務体制が以前とは少し変わった。


自由な時間も増えたので書き物や学会参加など、病棟班の時にはあまりできなかったことにも取り組むようにしている。





週末の土曜日、宮の森にある大倉山ジャンプ競技場へ向かった。


日中は天気のいい快晴であったが、競技が始まるのは午後四時半からで、すでにあたりは暗くなっていた。


駐車場に車を停め、入場ゲートに向かって歩いていくと、俺を見つけた美穂が遠くから手を振った。



美穂は十五年前とさほど変わってないように見えた。


スッキリとしたスリムな体型を保持し、相変わらず化粧っ気のない素顔だったが、肌ツヤもよく、実年齢よりかなり若くみえた。


「ごめん、待たせたかな?」


「大丈夫よ。私は慣れてるから防寒対策はバッチリなの。あなたはちゃんと厚着をしてきた?  ドクターが風邪なんか引いたら大変よ」


「一応、使い捨てカイロを持ってきたよ。これだけ着てたら大丈夫だろう?」


普段は着ることもないヒートテックのシャツや、ダウンのコートをクローゼットから引っ張り出したのだった。


「見ているだけだから、かなり寒いわよ。近くに売店があるから、寒かったら暖かいものでも飲んだらいいわ。じゃあ、行きましょう」

 


観戦エリヤは大きく二つに分かれていて、ブレーキングトラック横と、ランディグバーン横がある。


俺たちの観戦場所はブレーキングバーン横で、ここからだと、スタートからアプローチ、サッツ、フライト、ランディング、ブレーキングと余すところなく見られる。


売店とトイレにも近く、雪が降ったらすぐに屋内へ退避することも可能だ。


何よりもゴーグルをはずした選手たちを間近で見ることができる。


「実はここには主人と息子も来ているの」


「えっ、マジか ⁉︎   米山が来てるのか?」


すぐにも引き返そうと足を止めた。
 

「違うわよ。米山先生とは一年で別れたの。今の主人は別の人よ」



ーーそうだったのか。


米山ではないと知ってホッとしたものの、正直言って今の亭主と息子にも会いたくなかった。

 

美穂に恋愛感情などあるわけもないけれど、二人だけであの頃の思い出を共有したかった。



なぜ俺をあんな風に捨てたのか、一体どんな言い訳をするのか、是非とも聞いておきたかった。



「あ、いたわ。あれが主人と息子の柊《しゅう》よ」


美穂が向けた視線の先に、男が二人立っていた。


売店から出てきたところで、紙コップに入れられたコーヒーかなにかを飲んでいるようだった。


美穂のご亭主は背が高く、離れているここから見ても威厳と風格がにじみ出ていた。



米山の百倍もいい男じゃないか。


はじめから、ああいう男と結婚すればよかったんだよ。


それなら俺だって納得して、あんなに苦しむこともなかったんだ。


その隣に立っていた息子が、その父親になにか話しかけて微笑んだ。



「こ、航太!!」



その中学生くらいの息子は、五年前に亡くなった航太にそっくりだった。








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