六華 snow crystal 6

なごみ

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美穂先生との出会い

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**潤一**


彩矢と離婚した後、ジェニファーと一緒に暮らしていたが、入籍はまだしていなかった。


ユタ州に住んでいる母親が、産後のジェニファーを心配してやって来た。


自由で気ままなジェニファーとは違う厳格な母親は、アパートに着くなり、婚姻届のほうはどうなっているのかとキツい視線を俺に向けた。


彩矢とはすでに離婚もしていて、産まれた子が俺の子だと証明された今、結婚を拒否する理由は見当たらない。


彩矢に未練がないわけではなかったが、確かに俺にはジェニファーのような女が向いているような気もした。


家庭を顧みず、仕事に没頭していようとも、ジェニファーなら自分の人生を好きなように、気ままに生きられるのではないか。


元々、シングルマザーでも良いと言っていたくらいだ。


身勝手な俺になど期待することもなく、息子と楽しく暮らしてくれることだろう。



目鼻立ちのはっきりとした金髪の息子は、俺とは似ても似つかない顔に見えるが、成長すればそれなりに似ているところも出てくるだろうか。


こうして実際に血の繋がった息子が生まれてみると、やはりなんとも言えない喜びが込み上げて来る。


この赤ん坊の父親になってやりたいと、素直にそう思える。


だけど、まだ眠ってばかりいるこの息子より、やはり雪花のほうが可愛い。


血のつながりのない悠李でも、三年も共に暮らしていれば、それなりの愛着も湧いて、手放したくないのだった。



なによりも今頃になってから、佐野に全部持っていかれるというのが癪だった。


悠李はまだ四歳でいながら、中々見どころのある奴だ。


いい学校に入れてやれば、悠李も雪花も将来確実に優秀な人間に成長するだろう。


なんの夢も持たない彩矢と佐野なんかに任せていたら、惨めな一生を終えることになりかねない。


俺に受け入れられようと、いつもすがるような目で見つめる悠李がたまらなく鬱陶しかったが、今となればそれも懐かしい。



ジェニファーの母親がちゃんと責任を取れと、威圧感たっぷりに俺を見据えていた。



" あなたの娘ジェニファーを心から愛しているので結婚させて欲しい ” 


迷いを振り切るかのように、日本ではクサくて言えないようなセリフを吐いた。


眠っているベビーをジッと見つめていたジェニファーが、意外なセリフと思ったのか、驚いたように俺を見上げると、ケタケタと笑いだした。



そこは笑うところじゃないだろう!


大口をあけて笑うジェニファーに苛立つ。


こんなときは恥じらって、うつむく奥ゆかしさが欲しいなどと思うのは、無い物ねだりというものか。


行動力のある明るいジェニファーが嫌いなわけではないが、外人女はやはり日本女性のようなしとやかさというものに欠ける。


やはり自分はどこまでも日本人なのだと、アメリカに住んでみて痛切に感じる。


文化も考え方も違うジェニファーと、本当にこの先うまくやっていけるだろうか。




研修でロスに来て、早くも一年が過ぎた。


公私ともにめまぐるしい一年だった。


この一年、臨床の現場では簡単な言葉で表現できないような経験をして来た。


手術手技のみならず、患者や医療従事者への配慮や、日米の医療制度の違いなど、異なった視点で仕事を考えることができた。


制度の差や文化の違いがあるので、日米の医療を単純に比較して優劣をつけることは難しいが、アメリカの医療に携わることで、日本の医療の問題点が見えてくる。


さらに研修を続けて研鑽を磨くことも無駄にはならないとは思うが、俺は組織の中で上手く立ちまわれるタイプでないことが、このアメリカの地でさえ、十分なほど思い知らされた。


どこの国にも嫌な奴はいて、それが指導を受けなければならない上級医だと最悪だ。


嫌味を言われるくらいならまだ我慢も出来ようが、オペ中わざと貶めるような嫌がらせをしたりもする。


そんなとき、すぐに感情が露わになる不器用な俺などは格好の餌食になる。


こんな俺が、未だ旧体制のしきたりが根強く残る大学病院で、頂点を目指すなど、気の遠くなる夢物語に思えた。


名誉と権威のために、陰謀うず巻く大学病院の人間関係などに翻弄されていたら、ストレスで病気になってしまうに違いない。



そんなことを思うと、教授の椅子などにはもう、なんの魅力も感じられなくなり、モチベーションは下がる一方だった。


子供のためにも名誉なんかより、収入が多いほうがいいに決まっている。


日本の医者はモラルも高く勤勉で、医療レベルは世界的に見ても高い。


これ以上ロスにいて研修を続けるよりも、早々に日本へ帰り、開業に向けて実績を積むほうが将来的にいい。


気の合う良い人材を集めて開業するほうが、ずっと夢がある。






数ヶ月前から、すでに気持ちは日本に向かっていた。


ジェニファーも日本で暮らすことを楽しみにしている。


生まれたばかりの赤ん坊に長旅は無理だろうから、ジェニファーと赤ん坊は後から来ることになる。


日本語はまったくダメなジェニファーだけれど、お袋に会うことをとても楽しみにしている。


どこまでも楽天的で前向きな女だ。


彩矢とはまるで違うタイプの女だが、お袋との相性はどうなのだろうと少し心配になる。


気が強くても穏やかなジェニファーだから、莉子のときほど険悪にはならないとは思うが。


お袋にも赤ん坊の動画を送ったが、なんの返事もない。


相談もせずに彩矢と離婚したことを、まだ根に持っているのだろう。


まぁ、俺と同じで単純だから、ハーフの孫でも顔を付き合わせているうちに、可愛くなるに違いない。




アパートで忙しく渡航の準備をしている俺に、ジェニファーの母親がなにかと説教を垂れたがる。


説教というよりは、布教と言うべきか。


熱心なキリスト教徒の母親は、この俺をどうしようもない悪党だと決め込んでいる。


あなたたち二人は、とっても重い罪を犯して結婚したのだから、悔い改めて洗礼を受けなければ、地獄へ落とされるのだと脅す。


花蓮と航太をあんな目にあわせた俺だ。地獄へ落とされても仕方がないのかも知れない。


" 俺はいさぎよく地獄に落ちるから心配無用。針の山でも釜茹ででもかまわない ”  と伝えたら、地獄というところは、そんな単純なところではないと義母は言う。


自分の良くない行いをすべて思い出し、永遠に苦しみながら後悔し続けなければいけないところなのだと。


どんなところかは行ってみなければわからないが、熱心に勧められるほど俺の心は冷めていった。


大体、この俺がクリスチャンとかありえないだろ。


そんな義母の元にジェニファーと赤ん坊を預け、俺一人がひと足先に日本へ帰った。






空港で雪花にテディベアのぬいぐるみと、悠李にも一応、ラジコンのミニドローンを買った。


女の子の喜びそうなものは、どうもよくわからないが、男の子にとってドローンは面白いに違いない。


子供のオモチャではあるが、自分でもちょっと遊んでみたい気がする。


公園で一緒に遊んでやれば、あいつを味方につけられるかも知れない。


そんなことをアレコレと考えながら、セキュリティゲートを通り、搭乗口へと急いだ。





成田を経由して、新千歳空港に到着したのは、午後四時を過ぎていた。


一年を通してカラッと温暖なロスとは違い、十月中旬の北海道は寒かった。


七月にもお袋の仮病に騙されて帰国していたから、さほど懐かしさも感じなかったが、雪花にはすぐにも会いたかった。


時差ボケと不眠のせいで疲れていたが、空港でレンタカーを借り、まっすぐ保育園へ向かった。




五時半頃、保育所に近いコインパーキングに車を停め、子供を迎えに行った。


保育所に向かう途中、何組かの親子連れとすれ違った。


彩矢が先に来て、子供を連れ帰ってなければいいが。


保育所の玄関で、子供を迎えにきた母親が、若いおんなの保育士と楽しげに話しをしていた。


「奏太くんは本当にお兄ちゃんで、小さい子に優しくしてくれるから、私たちもとっても助けられてるんですよ」


若い保育士の女がそう言って、靴をはいている子供に優しいまなざしを向けた。


「そうなんですかぁ? 家ではすごく甘えっ子なんですよ。いつもベッタリで、おトイレにまで着いて来たりして」


「フフフッ、だよね、ママが大好きだもんね。じゃあ、奏くん、また来週ね、さようなら」


「お世話になりました。さようなら」


立って待っていた俺を気遣ったのか、保育士に挨拶をして、親子連れは出て行った。





若い保育士の女は、子どもウケしそうな愛らしい顔立ちをしていた。


「あ、あの、ごめんなさい。保護者の方でしたか?」


少し困惑した様子で、保育士は俺を見つめた。


「松田悠李と雪花の父親です。いつもお世話になってます」


「あら、そうなんですか?  悠くんと雪花ちゃんの、、存じませんで、失礼しました」



「いや、いつも忙しくて、顔を出したことがほとんどなかったから、、」


「今日は面会ですか?  申し訳ないのですが、お迎えのほうはママか、おばあ様という事になってまして、、」



離婚していることを気遣ってか、申し訳なさそうに俺を見つめた。


「大丈夫です。彩矢が来るのを待ってるので、、」


「悠くんのおばあ様はいつも六時に来られますけど、今日は土曜日だからママのお迎えだと思います。もうすぐ来られると思うので、じゃあ、悠くんと雪花ちゃんを呼んできますね」


俺の熱い視線になにかを感じたのか、保育士は少し動揺したようすで目をそらすと、悠李と雪花を迎えにいった。



ふふん、可愛いなぁ。


日本の女はやっぱりいいよなぁ。





ほどなくして悠李と雪花が走って来た。


「わーっ、パパだぁー!!」


俺を見て、つまらなそうな顔をした雪花とは対照的に、悠李は感動的とも言えるような反応を示した。


「おお、悠李、元気だったか?  また背が伸びたんじゃないのか?」


「うん、僕ね、好き嫌いしないでなんでも食べてるから、大きくなったよ」


抱き上げると軽くて、相変わらずの痩せっぽちだった。


「そうか、それはいいな。しっかり食べて大きくなれ。雪花、なんて顔してんだよっ、また忘れたのか?  おまえのパパなんだぞ」


仏頂面をしている雪花のほっぺを突いた。


「クスクスッ、雪花ちゃんはまだ小さいのにここでは仕切り屋さんなんですよ。みんな、雪花ちゃんの言いなりなんです。ねえ、雪花ちゃん!」


少しはにかみながら保育士は、雪花の肩に手をかけた。



「性格はどうも俺のほうに似たらしくて。こういう子供は扱いにくいでしょう?」


「そんなことないですよ。リーダーさんがいてくれたほうが上手くいきますから。頼りになりますよ、雪花ちゃんは。悠ちゃんもとってもお利口さんで。もう九九を知ってるんですよ、ビックリしちゃって」


「そうですか。俺は仕事が忙しいから子供にはあまり関わってやれなくて、、今日、研修先のロサンゼルスから帰って来たばかりで」


「まぁ、そうだったんですか。それはお疲れさまです。お医者さまなんですよね? 悠くんが前に言ってました」


うつむいて伏せた目に、尊敬と憧れが感じられたのは単なる俺の自惚れか。


二人の間に何とも言えない空気が流れたような気がした。


言葉がつながらず、気まずい幸福感を味わっていたら、お迎えの母親が入ってきた。


「こんばんは~  あ、美穂先生、いつもお世話になってまーす」


「あ、、こ、こんばんは。いま、隼人くんを連れて来ますね」


少し顔を赤らめて、美穂先生は子供を呼びに行った。



ふーん、そうかぁ、この人が美穂先生かぁ。












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