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突然の訪問
しおりを挟む*有紀*
遼介に相談もせず、美沙さんに打ち明けたことを悔やむ。こんな大ごとになってしまうなんて……。
職場から帰宅して間もなく、玄関のブザーが鳴り、お義父さんとお義母さんの突然の来訪に驚く。
「有紀さん、突然ごめんなさい。美沙からあんなこと聞かされたら、いてもたってもいられなくなっちゃって……」
ソファに腰をおろしたお義母さんは、そう言うと不安げな様子でお茶を口にした。
いつもは明るく穏やかなお義父さんも静かにうつむいている。
夕食の支度などで煩わせたくなかったのか、お土産にお寿司を買って来てくれた。
作りかけていた麻婆ナスを完成させ、簡単なサラダとお吸物を作った。
食卓テーブルにはイスが二脚しかないので、ソファ前のローテーブルに料理とお皿を運んだ。
「遼介、今日から病院の仕事だから、もうすぐ帰ってくると思うんですけど……」
時計を見ると、七時を過ぎていた。
『室蘭からご両親が来られてます。早く帰って来て!』
さっき、送信したLINEのトークはまだ既読されてなかった。
遅いな、電話をした方がいいのだろうか。
昨夜、気まずい夜を過ごしたこともあって、遼介とはあまり口を聞きたくなかった。
だけど、わざわざ室蘭から来られているのだからと思い、電話してみた。
まだ、仕事をしているのだろうか、出ない。
「先に食べてましょうか。お腹すいちゃたわね。せっかくのお料理も冷めちゃうし」
お義母さんがそう言って、小皿にお醤油を入れた。
今年55歳になったお義母さんは、多少小じわが増えたものの、とてもきれいだ。美魔女のような派手さはないけれど、未だに清楚な美しさを感じる。
遼介はお義母さんによく似ている。
「有紀ちゃんは、その、遼介の子どもには会ったことがあるのかい?」
お義父さんが麻婆ナスをお皿に取りながら、そう聞いた。
「一度だけですけど、二年前にショッピングモールでバッタリ会って。遼介の子どもの頃と同じ顔だったので驚いてしまって……」
「有紀ちゃんはそれでも、遼介とはこれからもやっていってくれるのかな?」
沈痛な面持ちで、お義父さんが訊ねた。
「あ、……はい、そのつもりです」
歯切れの悪い返事をする。
「遼介は何を考えているのかしら? 子どもに会ってるって本当なの?」
お義母さんが申し訳ないと言う顔で、私に尋ねた。
「……宅配の仕事でたまたま配達先だったから会うようになったそうなんですけど……。彩矢から子どもの写真や動画なんかが送られてたりもして」
「彩矢さんにもご家庭があるのに、なぜ今更そんなことをするのかしら?」
お義母さんは少し憤慨したような顔をした。
「…………」
重苦しい雰囲気の中、お寿司を食べ終えた頃、玄関のドアが開く音が聞こえた。
「あ、遼介、帰ってきたみたい」
立ちあがって迎えに出るよりも先に、遼介がリビングのドアをあけた。
ソファに座っている両親をみて驚き、戸惑ったような顔をした。
「どうしたんだよ、急に!」
なんの前ぶれもなく室蘭から夜に来られたら、確かに驚くとは思うけれど。
遼介は嬉しそうな顔もみせずに、洗面台に行って手を洗う。
「あ、あの、遼介、ごめん。昨日の夜、言いそびれちゃったんだけど、、」
手を洗っている遼介に話しかけた。
「なにを?」
目も合わせずに不機嫌に聞く。
「だ、だって遼介疲れたから寝るって、早く寝ちゃったでしょ」
「だから、どうしたんだよ。なんでウチの親を呼び出したりしたんだよ!」
イライラした様子で遼介はタオルで手を拭いた。
「遼ちゃん、私たち別に有紀ちゃんに呼び出されてきたわけじゃないのよ」
お義母さんが私を庇ってくれた。
「じゃあ、どうして来たんだよっ!」
そう言って、遼介は食卓テーブルの椅子に座った。
「先に夕飯を食べてしまった方がいいだろう。話は後にしよう」
お義父さんが穏やかにそう言ったけれど、遼介は反発した。
「いいよ、飯なんかあとで。いったい何があったっていうんだよ!」
「なにを苛立ってるんだ。おまえは家ではいつもそんな態度なのか?」
お義父さんが珍しく厳しい口調でたしなめた。
慌てて食卓テーブルに遼介のお寿司とおかずをはこぶ。憮然としながらも、遼介はそれをだまって食べはじめた。
どうしよう……。
まだなにも話をしないうちから遼介はこんなに怒っている。隠し子のことなどやはり勝手に言うべきではなかった。
食後のお茶を出し、遼介が食べ終わるのを待ちながらも、どうすればいいのかわからなかった。
食べ終わった遼介の食器をシンクに下げてから、ソファ前のラグに正座した。
遼介は食卓テーブルの椅子に腰かけたままだ。
「それで、どうしたんだよ、いったい?」
少し、ふて腐れたような態度でうつむきながら遼介は言った。
「子どもがいるそうだな。時々会いに行っているというのは本当なのか?」
お義父さんはすぐに本題に入った。
遼介はその質問には答えず、ジッと私を見つめているのに気づいたけれど、目を合わせる勇気はなかった。
「どうなんだ、子どもとは頻繁に会っているのか?」
「会ってないよ、今は。それがどうかしたのかよ」
まるで反抗期の子供のように投げやりな態度だ。
「もう、会うつもりはないということなのか? これからどうするつもりでいる?」
「心配なんかいらないよ。もう会わないってむこうから言われたんだから。用件はそれだけかよ?」
むこうから? じゃあ、またフラれて自暴自棄になってるってこと?
「遼介、有紀ちゃんの気持ち、考えたことある?」
黙って聞いていたお義母さんが口をだした。
「だから、もう終わったって言ってるだろう。たまたま宅配の荷物を配達にいって会っただけなのに、どうしてそんなに非難されなきゃいけないんだよ!」
「非難されたくなかったら、もっと落ち着いて話をしたらどうだ。おまえがそんな態度なら、有紀ちゃんが不安になるのも当然だろう」
反論できずにうなだれる遼介。
「じゃあどうして欲しいんだよ。どうすれば気がすむんだよ。そんなに俺だけが悪いのか?」
「遼介を責めに来たんじゃないのよ。ただ、有紀ちゃんと仲良く幸せに暮らして欲しいだけなの」
お義母さんがムキになっている遼介をなだめた。
「そんなことは夫婦の問題だろう。俺たちが話し合って解決することだ。有紀とは上手くやろうと努力してきたよ、俺はな。別れたがっていたのは有紀の方だろ。なのに、今更親の力まで借りて寄りを戻そうってなんなんだよ!」
遼介の冷たい言い方にショックを受けた。
「私、ただ、美沙さんに話を聞いて欲しかっただけなの。味方になってもらいたくて、話したわけじゃないわ!」
悲しさと悔しさで涙がでてきた。
「なんで勝手に子どものことまでベラベラ話したりするんだよ! 俺の気持ちはどうでもいいのか? 人のことばかり責めて、自分の方こそ影で一体なにしてるんだよ!」
「遼介、有紀ちゃん、あなたに話を聞いて欲しかっただけよ。寂しくて不安だったから」
お義母さんが興奮している遼介をなだめるように言う。
「話そうとしたよ、何度も。その度に拒否されてきたんだよ、俺は。そうだろ有紀。とにかく、これは俺と有紀の問題だ。でも、心配かけて悪かったよ。親父は明日も仕事があるんだろう。もう帰れよ、室蘭まで運転は大変だからな」
時計を見ると九時になるところだった。これから室蘭まで運転したら、十一時もすぎてしまうだろう。
「本当に心配かけてごめんなさい。私たち大丈夫ですから」
立ちあがって、頭を下げた。
心配がなくなったわけでもないけれど、これ以上口出ししても、よくはならないと思ったようで、お義父さんとお義母さんは顔を見合わせると、ソファから立ちあがった。
「わかったわ。じゃあ、帰るわね。落ち着いてちゃんと話し合ってちょうだい」
遼介を幸せにしてやれなくて、お義母さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「遠くからわざわざ本当にすみませんでした」
車で帰って行くご両親を、遼介と二人で見送った。アパートへ戻ってこれからどうなるのかと想像したら、憂鬱な気分になった。
とても冷静な話し合いなどできない気がして……。
二人とも無言でアパートへ戻った。
「遼介、ごめん。美沙さんに子どものこと話しちゃって……」
無表情の遼介を見て、まだ許してくれていないと感じた。
「谷さんの結婚式っていつだよ? 」
ーー突然なにを言いだすのだろう。
「今月の下旬よ。ど、どうしたのよ? それがどうかしたの? 」
「そうか、かわいそうに残念だったな」
そう冷たく言い放つと、バスルームへ向かった。
ーーな、なによ、一体どういう意味よ!
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