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封印していた記憶
しおりを挟む*遼介*
有紀はもう子どもは欲しくないんだな。
ずっと拒否され続けて、さすがに誘うのも嫌になった。
本当に有紀はどうして欲しいのだろう。
……俺たちもうダメなのか? もうどんなことをしても。
この間、話し合って少しは解決できたと思っていたのに。
同じベッドに横たわり、背中を向けあって眠る。これからもずっとこんな風に過ごすと思うと、やりきれない気持ちになる。
有紀はもう眠っただろうか。
夜中の12時も過ぎ、暗闇の静けさの中で有紀の寝息に耳をすます。
身じろぎもしていないけれど、まだ寝ていないような気がする。
八月になり、北海道の夏でも暑い日が続き、日中に差し込んだ西日の熱気が部屋に残っているようで、寝苦しかった。
窓を開ければ涼しい風が入って来るけれど、細かい羽虫が網戸の隙間から入って来るので、有紀は嫌がる。
眠れないので起き上がり、リビングへ行って窓を開けた。ひんやりとした風が入り、汗ばんだ身体の熱を奪ってくれた。
冷蔵庫をあけ、炭酸飲料を飲んていたら、
プルル、プルルルル!
寝室の方から、こんな時間にスマホの着信音が鳴りだした。
鳴り続けたまま有紀は出ようとしない。
もしかして俺だろうか?
リビングと寝室をへだてた引き戸を開けてみると、充電している俺のスマホが鳴り続け、有紀が画面を見つめていた。
有紀が俺に無言でスマホを渡した。
画面を見ると、彩矢ちゃんからだった。
ーー最悪のタイミングに言葉が出ない。
もう有紀に気づかれた後では誤魔化すことも出来ず、こんな夜中に悠李になにかあったのだろうかと心配にもなり、電話に出た。
「彩矢ちゃん? どうしたんだい、こんな夜中に?」
「……ごめんなさい、……佐野さん、ごめん、」
すすり泣く彩矢ちゃんの声が弱々しく聞こえた。
「泣いていてもわからないよ、何があったんだい?」
ベッドに後ろ向きに横たわり、耳をそばだてている有紀が気にかかる。でも、今さらコソコソ隠し立てする方が良くないと思った。
「悠李が、悠李がいなくなっちゃったの。潤一さんが、どこかに、どこかに隠しちゃったの、、」
嗚咽しながら彩矢ちゃんはやっとそう言った。
「そんな、、隠すって、どこに?」
「どこにもいないの。24時間の託児所に全部電話してみてもどこにもいなくて、どこを探せばいいのか、もう、わからない」
そんなことを俺に聞かれてもわからないけれど、こんなことになったのは間違いなく俺のせいだ。
「あ、彩矢ちゃん、今どこ?」
俺が駆けつけたところで、なんの役にも立てそうにはないけれど、このまま放っておくわけにもいかない。彩矢ちゃんだって、それを知ってて俺を頼っているのだろう。
「◯◯総合病院の駐車場だね。わかった、今行くから、15分くらいでいけると思う」
有紀になんて言っていいのかわからず、なにを言ったところで、納得させることなどできもしない。
「ちょっと、出かけてくる」
それだけ言ってアパートを出た。
職員駐車場の入り口付近に彩矢ちゃんは立っていた。暗がりで顔はよくは見えなくても、憔悴しきった感じはすぐに伝わってきた。
空きスペースに車を停めて降りた。
松田先生が車に戻ってくるところを待ち伏せでもしているのだろうか。
彩矢ちゃんがうつむきながら、俺の方へ歩いてきた。
「佐野さん、ごめんなさい。佐野さんを呼んだからってどうにもならないのに……」
「一緒に心配くらいするよ。それくらいしかしてやれないから」
「佐野さん……」
泣いている彩矢ちゃんの潤んだ瞳に、ひどく懐かしさを感じた。
この潤んだ瞳に、……この瞳にまた出会うことをずっと恐れていたような気がする。
いつも頼りげなく、細い肩を震わせて泣いていた。
守ってあげたくて、この世のあらゆる悲しみから彩矢ちゃんを守ってあげたくて。
なのにいつも少しも助けてあげられなかった。
さめざめと立ち尽くして泣く彩矢ちゃんを思わず抱きしめた。
「悠李は、悠李はきっと元気だよ。彩矢ちゃん、大丈夫だから。松田先生を信じよう」
しばらくそうやって抱きしめていたら、彩矢ちゃんが腕から離れて俺を見つめた。
「……ありがとう、佐野さん。一緒に心配してくれて嬉しかった。そうね、悠李は強い子だもん、私みたいに泣いてないよね。こんな遅くに本当にごめんなさい。朝までここで潤一を 待ってようと思ったけど、なんだか安心できた。雪花のことも心配だから帰るわ。……有紀に悪いことした。ごめんなさい」
「うん、彩矢ちゃんが元気になってくれて良かったよ。悠李は多分、もうすぐ戻って来るよ」
「私もそう思う。そう思うことにするわ。じゃあ、佐野さん気をつけて帰って。ありがとう」
「彩矢ちゃんも気をつけて」
コンパクトカーを運転して駐車場を出る彩矢ちゃんを見送った。
彩矢ちゃんのことはもう忘れたはずだったのに。
……決して開けてはいけない封印していた記憶が蘇り、胸が苦しくなった。
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