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名医の条件、仁医の条件

愛嬌というのはね、自分より強いものを倒す柔らかい武器だよ。by夏目 漱石

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『取り敢えず笑っとこう』

微笑みながらそう決意した桔梗と彼女を射貫く四本の視線。
ピン!と張り詰めた空気がその場を支配する。

「待たせて申し訳ない。
哨鎧騎士団の団長・レナード ガチバリンだ」

「副団長のフランシス チーローと申します。
以後お見知り置き下さい、ミス セイレン」

『ガチッ、ギャハハハハハハ!!!!
ガチバリン?!
ガチでバリン?!
チーロー、あの顔で遅漏?!
どういうネーミングセンスしてんだよ、この国!
ひーーー、腹痛っ!』

と爆笑する訳にはいかないので、腹筋に力を入れる。
それでも唇が吊り上がるのは止まらない。

『ヤバイヤバイ、笑ってしまう。
セシリャさんといいコイツらといい、真面目な顔して言うから余計笑いが………』

一方、レナードとフランシスは場慣れした女性だなと気を引き締めた。

『哨鎧騎士団、それも団長と私を前にしてこの表情、一筋縄ではいきそうにありませんね』

誤解である。
身分もへったくれもない国で育った桔梗には貴族も平民も関係ない。
腹を裂けば同じ物が詰まってるし、肌を切れば赤い血が流れるじゃないと思っているが、不敬罪に問われては面倒臭いので、それなりに取り繕っている。

「急にお招きして、申し訳ございません。
火急のご相談がありまして」

「私が出来る事であれば協力させて頂きます」

「ありがとうございます」

『朝っぱらから他人を呼び付けてご相談ねぇ。
いいご身分だこと』

フランシスと桔梗の間に北極も驚く程の冷気が揺れた。
どこかでカーン!という音が鳴った。




「軍人病の薬を定期的に売って欲しいという事でしょうか?」

「そうだ。
あなたの評判は聞いている。
名医と謳われる腕、是非とも我々に貸して頂きたい」

「致しかねます」

スパッと断る桔梗。
愛想もそっけもない。

二人は絶句した。
レナードもフランシスも上級貴族であり、こんな扱いをする女性は少ない。
平民にはいないだろう。
一人を除いて-

「理由を教えて頂けますか?」

立ち直りが早かったのはフランシスだ。

「まず、人手がございません。
材料調達から調合・瓶詰めまで一人でやっておりますので、一本作るだけでも重労働なのです。
次に、モノがございません。
一週間休診したとしても、ご用意出来るのは十本程度、それでは足りないのでしょう?」

桔梗が淡々と説明すると、フランシスは我が意を得たりと言わんばかりに微笑んだ。

「そういう事でしたら、お力になれると思います。
我々は騎士団の中でも少々特殊でして、厳格な入団試験を条件に、陛下から自治を保障されているのです。
ミス セイレンがお許し下されば、人手をお貸しする事もご紹介する事も出来ます」

『いやに食い下がるね。
切羽詰まってるのか、他の目的があるのか、どっちにしてもヤバそう。
てか、ウチに部外者を上げる事からしてヤバイ。
何がアウトか分からんから、家中引っ繰り返さなきゃならない。
人手の前に仕事が増えるよ』

桔梗はクヴァル神からブン盗った知識を使っている。
失われた物や秘伝とされた物もあり、地球の医学はこの星の何百年も先を行っている。
それらを使って作った薬と医療道具は慎重に扱わなければいけない。
どんな厄介事を引き寄せるか分からない。
桔梗が人を雇わなかった、いや、雇えなかったのは人の口に戸は立てられないからだ。

「ありがたいお話ですが、お断りします。
デリケートな情報を扱う仕事なので、部外者は雇えません。
間違いがあれば、私の首が絞まります。
患者の情報を漏らす医者なんて、信用も信頼も出来ないでしょう?」

レナードとフランシスの片眉が上がる。

「心外だ。
我々は勿論、周囲にも口の軽い者はいない」

「団長の仰る通りです。
口が軽い者に騎士は務まりません」

「口の問題ではなく、危機管理の問題です」

睨み合う桔梗とフランシス。
一触即発である。

レナードは溜め息を吐き、こりゃ長引くなと覚悟した。
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