上 下
14 / 57

14.食事と宿

しおりを挟む
***********


「さあ、遠慮せずどんどん食べてくれ」

少し不安だったがランシェル語を無事、翻訳できた私は、今、ホレスさんから夕飯をおごられている。ちなみに今日の宿もホレスさんがとってくれた。食と宿を節約…と思っていたのに、豪華な食事と宿。嬉しい限りだ。そんな贅沢な状況に、私は心の中で小さな感謝の祈りを捧げた。


「どんどん…って。ふふ、もうこれ以上食べられませんわ」

満腹の腹をさすりながら答えた。ホレスさんが大皿に盛られた料理を再びすすめようとする姿に、思わず微笑んでしまう。

「そ、そうか。いやー、エミリアさんは私の女神だ。きっと、取引もうまくいく。」

彼の言葉に、私は一瞬驚きを隠せなかった。こんなやせ細った私を「女神」と呼ぶなんて、少し大袈裟に感じたけれど、それだけ彼が感謝している証拠なのだろう。心の底からの感謝の念が、言葉となって彼の口から出たのだろうと思うと、私も自然と嬉しさが込み上げてきた。



「この町でお別れなんて、もったいないな。エミリアさん、もし、仕事をする気になったら、ぜひ私の商会に来てくれ。即採用だ。ははは」


ホレスさんは商売のため、各地を回っているらしい。彼は、旅先で得たさまざまな地域や国の話を楽しげに語ってくれた。中でも、侯爵家の領地に関する話題が出たとき、私は耳を澄まして聞き入った。

『あそこはね、最近珍しい野菜を作っていてね。高値で取引されている。あと、色とりどりの花が咲き乱れている名所があってね、観光客も増えている。これは内緒の話だが、領主が、土魔法と探索魔法を使えるらしく、なんと!先月、領地の未開発の場所からアレキサンドライトを発見したんだ。アレキサンドライトかあ、一度は取り扱ってみたい宝石だなー』

彼の話を聞きながら、私は心の中でお兄様のことを思い浮かべた。すごいわ、お兄様。確かにあの手紙に書かれていたように、領地のために尽力してくれているのだと感じた。ホレスさんの話を聞くたびに、誇りと感謝の念が胸に満ちていく。

「エミリアさん、世界は広いよ。私はね、生きているうちにできるだけ広い世界を見たいんだ。ただ、今日のようにいつもの生活の中に素敵な出会いがあると、手の届く場所もなかなか悪くないなって思うんだ。」



彼の言葉が、私の心に深く響いた。私が一歩踏み出せば、私のあの狭い世界にも素敵な出会いがあったのだろうか。



***********


ふわふわのベッドに横たわり、私はしばらくの間、何度も寝返りを打ちながら思いにふけっていた。しかし、いつの間にか深い眠りに落ちていたようだ。清潔で整った室内、温かいお湯が出るシャワー室、そしてその贅沢さがもたらす安心感。まさに最高だった。


朝、ホレスさんに見送られながら、私は再び乗合馬車に乗り込んだ。夕飯と宿のお世話になっただけでなく、彼はお礼として金貨を3枚も渡してくれた。


これでおいしいものを食べながら、宿の心配もせず旅が続けられる。


あの屋敷を出てから人の温かさに触れることが多い。ああ、ホレスさんじゃないけど、神様ってきっといるのだわ。


ええ、お兄様はきっと変わっていないわ。
ホレスさんも言っていたじゃない。珍しい野菜、色とりどりの花の観光名所、宝石の発見。


手紙がない、誕生日プレゼントがない、会いに来てくれない。…私ったら、自分のことばかり。



これまでの自分を反省しながら、私はお兄様の姿を心に描いた。
きっとお兄様に再会したら、満面の笑みで私を迎え、「リア」と呼んで抱きしめてくれるだろう。



そう信じながら、私は馬車に揺られ続けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...