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7.何を消すのか
しおりを挟む「エミリア!」
クロード様の声が背後から響き、私は足を止めた。彼の声に戸惑いと憐れみが感じられたからだ。
「申し訳ありません、クロード様。でも、私がここにいても誰も楽しくないでしょう?」
私が静かにそう告げると、クロード様は何かを言おうとしたが、言葉を飲み込んだようだった。
向きを変え、私はゆっくりと玄関へ向かって歩き出した。
「やっぱり待って、エミリア」
フィリップ様の声が私を引き留める。
「さっきの話だけれど、例えば…本当に願ったら人を消すことはできるのかい?できるかどうか、気になるんだ。」
その言葉に気持ちがさらに重くなる。
クロード様が息を飲んで、私の反応を待っている。
答えるべきではない、それは分かっている。しかし、私の胸の中で何かが静かに沸騰するのを感じた。
「そのようなことを仰るのは…」
クロード様を咎めるように言葉を発しようとしたとき、クロード様を追いかけてきていたフィリップ様が私の話を制止した。
「そう怒るなって。エミリア嬢にとっても、いい機会じゃないか?自分の力を証明するためのね。」
「私は、そのようなことに力を試すつもりはありません。」
私は毅然とした声で答えた。
フィリップ様は、機嫌を損ねたのかムスッとした表情で言い放った。
「そうかい?それは残念だ。じゃあ、今日のところは、魔法を使っても使わなくても、早くこの場から消えてくれ。まあ、君が本当に命を奪えるかどうかは、はは、人に迷惑をかけないように、自分の存在で試してみるのがいいんじゃないか?さあ、クロード戻ろう」
その辛辣な言葉を背に、私は再び玄関に向かって歩き出した。嘲笑や侮辱に耐えられない、早く帰りたい。急ぎ足で外に出ると冷たい空気が、私の頬を撫でる。深呼吸をし、馬車に向かって私は歩き続けた。
彼らの言葉が私を傷つけたことは事実だが…
「自分を消す…か。」
フィリップ様が無神経に放ったその一言が、私の存在そのものを否定するように感じられてならない。もし、本当に自分を消すことができたなら、それは解放になるのだろうか?それとも、ただの逃避に過ぎないのだろうか?
空を仰ぐと、薄暗い雲が重くたれこめている。まるで私の心の中を映し出しているかのように、重く、暗い。そして、その雲の向こうには何もないように思えてしまう。
馬車にたどり着き、扉を開け、そのまま中に身を投げ込んだ。扉が閉じる音が響き渡り、外界との繋がりが断たれると、私はやっと息を吐き出すことができた。
「屋敷へお願い…」
声をかけると、馬車がゆっくりと動き出す。振動が伝わり、心地よいリズムが体を揺らすが、その心地よさもすぐに苦痛に変わっていく。ふと、私は手を強く握りしめていたことに気付いた。指先が白くなるほど力が入っている。
そのまま、拳を強く握りしめると、わずかに残った冷静さが失われていくのを感じる。
「消えたい…」
心の奥底でそう願う自分がいる。…この世界から跡形もなく消え去りたいと願う瞬間がある。だが、その思いに囚われてしまうことが恐ろしい。私が本当にそう願ってしまったら、どうなるのか。
それを試す勇気も、望む心も、まだ私にはない。私が消えたとして、誰が私を覚えていてくれるのだろうか。
馬車が屋敷に近づくにつれ、少しずつ心が落ち着いてくる。それでも、胸の中にある暗い影は消えない。心の奥深くで渦巻く不安と孤独感が、私を蝕んでいる。
馬車は、屋敷の門をくぐり、やがて止まる。屋敷の中に入り、自室へと向かう。扉を閉じた瞬間、私はその場に崩れ落ちた。もう誰もいない。誰にも見られていない場所で、私はただ一人、自分の弱さと向き合う。
「どうして…」
どうして私はここにいるのか、どうして私はこのような運命を背負ってしまったのか、その答えを見つけることができない。
「お父様、お母様、お兄様…うう…」
答えを求めても、返ってくるのはただの静寂だけだった。
鏡の前に立ち、自分の姿を見つめる。映し出されたのは、やせ細り顔色が悪く、冷たい目をした自分自身。
誰からも必要とされない存在、自分すらも嫌う存在がそこにいた。
それでも、私はただじっとその場に立ち尽す。
何もできない、何も変わらない自分に嫌気がさしていた。
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