上 下
34 / 46

34.贅沢な望み side王太子

しおりを挟む
side王太子

*****

夜会に向け、準備への心配が無くなったのも束の間、スピーチの練習が始まった。


同じセリフを何度も何度も何度も。頭は混乱に包まれた。



『抑揚が違います。あと、威厳を出すためには、ボリュームを徐々に落とすように…ああ、落とし過ぎです王太子殿下』


厳しい指摘が響く。落とせと言ったり上げろと言ったり、一体どちらなのか。



『話すときの視線は少し上に、いえ、そうではありません。一人一人の目を見るように、尚且つ、目を合わせてはいけません』

は? 言っていることが矛盾していないか?


「王座は少し高い位置にございます。顎を上げ過ぎると傲慢に見えます。もう少し下に…そう! その位置です」


覚えるのか? この角度を?


なぜ毎日。こんなに本当に必要なのか? とは、思ったが教師たちの目がぎらついていたため言い出せなかった。



*****




しかし、この場で、大きな拍手をもらい、無駄ではなかったなと、安堵した。



舞台での演劇が終わり、歓談の時間に入った夜会は順調に進んでいた――と思われた。国内外の来賓との挨拶も一通りこなし、すべては計画通りだった。

だが、目の前に立つ、褐色の紳士の言葉がまったく理解できない。


いつもなら、シャルロットとエルミーヌのどちらかが傍にいて通訳をしてくれていたから…今夜の通訳官の手配を忘れていた…。



通訳官は、父上たちの近くにしかいないし…あっ! あそこにシャルロットとエルミーヌがいる! 



こっちに気付いてくれ!! ん? おかしい…。私と目が合っているようで、合っていないな??


…ああ、2人の周りに人が集まりだした…駄目だ…


どうする……?  と、とりあえず、笑顔で聞いているふりをするか……。







そのとき、静かだが、よく通る声が横から聞こえた。


「失礼、王太子殿下。この方は、舞台が大変素晴らしかったとおっしゃっていますわ」


不意に声をかけてきたのは、深緑色のドレスを纏った美しい女性だった。



ん? この方は? 不思議そうにしていたことが分かったのか、微笑んで自己紹介をしてくれた。




「ロザリア・フォン・ヴェルディナと、申しますわ。お困りかと思いましたが、違いましたか?」



そうだ! オセアリス王国の王女だ。



「いや、恥ずかしながら困っていた。オセアリス王国のロザリア王女、あなたはこの方の言葉が分かるのか?」


「ええ、こちらの方はルミナティカ国の方ですわ。話しているのは共通言語ですが、特有の訛りがありますので、難しいかと存じます」


やはりルミナティカ国か… しかし、共通言語を話していたのか? 全く聞き取れなかったぞ。



「失礼でなければ、通訳を買って出てもよろしいかしら?」


なんと! ありがたい!!



「是非、頼みたい! お時間を奪うことになって申し訳ないが…」


「ふふ、大丈夫ですわ」


彼女はそう言うと、にこやかに通訳を買って出てくれた。

その後、彼女は他国の来賓たちの会話にも自然に対応し、すべてをサポートしてくれた。発する声は、鈴の音のように耳に心地よく、誰もがその一言一言に敬意を払わずにはいられない、そんな雰囲気を持っている。


柔らかくも力強く、人の心を掴む話し方。


ああ、私の教師たちはこういう話し方を理想としていたのだな。






歓談も終わりに近づき、ロザリア王女は控えめに口を開いた。



「そろそろ終わりでしょうか?  皆様、お食事を楽しんでいらっしゃるようですし」

「そうだな……ロザリア王女のおかげで助かった。本当に感謝している」



彼女の微笑みは柔らかいが、どこか物悲しさを含んでいる。


それよりも…王太子の横に他国の王女が立っていることに、なぜ誰も違和感を持たないのだ? 通訳官どころか、我が国の者は、誰も様子を見に来なかった。


「実は私、つい最近まで、王太子でしたの。外交も担当しておりましたから言語は得意ですわ。弟が生まれましたので今は違いますけど」


悲しそうに微笑む。その話は私も聞いたことがある…
その言葉に、胸が一瞬締め付けられた。彼女が笑顔で語るその裏には、どれほどの苦悩が隠されているのだろうか。



「私は、王太子だが…言語は得意ではないのだ。はは、なんと情けないことだ」


ロザリア王女は、凛とした眼差しで私を見つめた。



「苦手、得意は誰にでもありますわ。王太子であってもです。恥じる必要はございませんわ」


声のトーンは柔らかく穏やかだが、しっかりとした芯があり、心に響く。



「王太子という地位は、絶え間ない期待と重圧、誰に相談しても『贅沢な悩みだ』と見なされる場合もあります。それは、王太子になった者にしかわかりませんわ。天が我らに与えた試練であるなら、それに立ち向かうのが務めです」


その通りだ! さすがだ、よくわかっている!! 

自分が長い間、誰にも言えなかったことを、彼女は簡潔に、的確に表現してみせた。そして、その瞳には、理解と共感が確かに宿っている。



「一つの過ちが王家全体の名誉に影響するため、自分自身の願いを犠牲にしなければならないことも致し方ありません」


過ち、名誉、願い、犠牲…うぅ、耳が痛い。心にズキリと痛みが走る。




「国家規模の決断を迫られることがありますが、しかし、その一つひとつが国民の生活に影響するため、間違いが許されません。常に完璧さを求められるのは大きな負担ですわ。私たちは人間ですもの。だから、『助けて』と言える相手が傍にいる。このことが大切だと思いません?」



なんてすばらしいんだ。言葉の一つ一つが私の心に響いてくる。



そうだ、私は完璧ではない。しかし、一人で抱える必要はない。


助けを言える相手が傍にいれば――ただの家臣ではなく、自分の立場を深く理解し、寄り添ってくれる存在であれば、より……。



…アンナではないだろうな。


心の中で呟きながら、微かに苦笑する。婚約解消…ああ、あの2人を手放すべきではなかったのだ…




ふと、目の前の王女に視線を向けた。ロザリア王女は、優雅に微笑んだ。その笑みはまるで穏やかな湖面に映る朝日、見る者の心に温かさと静けさをもたらすようだった。


彼女は決して私を見下したり、非難したりしない。ただ静かに、自分の経験と知恵を分け与えてくれている。彼女ならば…




…いや、やめよう。それは、贅沢な望みだ。こんな素晴らしい方に婚約者がいないわけがない。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...