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16.忙しすぎた日々の中で
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「ねえ、エルミーヌ。私たち、最近また働きすぎだったと思わない?」
シャルロットは、積み上げられた報告書の束を横目にしながら、深く息をついた。仕事は充実しているが、その分、自由な時間が奪われているのだもの、そう思うのは、しかたないわ。
「ええ、確かに」
静かに頷きながら、手元の帳簿を閉じた。公爵家でのお茶会の一件以来、名声が上がり、貴族たちからの依頼が増えたのは良いことだった。さらに、王家でのお茶会も好評だった。王家御用達のプロジェクト部門という名目を得たこともあり、さらに忙しさも加速した。その忙しさに振り回される日々は、自由を求める私たちにとって少し重荷でもあった。
「でも、努力に対する対価が得られるのは素晴らしいことですわ。それに…人材も育ってきていますし、ようやく一息つけそうで嬉しいですわね。あと、もう一息です」
疲労はあるが、やはり努力の成果は嬉しいものですわ。
「そうね。でも、この国にいる限り、王家にいいように利用される気がして…ああ、嫌になっちゃうと思わない?」
シャルロットは椅子に深くもたれ、天井を見上げた。その目は、遠い目をしていた。
あらあら、シャルロットの横顔がひどく疲れているわ…。うーん、何かいい案。…あっ! そうだわ!!
「シャルロット、旅行なんてどうかしら?」
「旅行! そうね、それはいいわね! 旅行…ああ、なんて素敵な響きなのかしら」
旅行という言葉に、シャルロットの表情がぱっと明るくなる。心の奥に溜まっていた重たい霧が晴れたように、彼女はまるで子供のように目を輝かせた。
「行き先は…そうね…」
一瞬だけ考えた後、私たちは同時に声を揃えて答えた。
「「オセアリス王国!!」」
二人の声が重なり、その響きに部屋の空気が一層明るくなる。
「エルミーヌも、やっぱりそう思うわよね!」
シャルロットが、期待に輝く瞳で見つめる。
「はい。ヴィンセント様が、いつもお話しくださったので、いつか行ってみたいと思っていました」
シャルロットのお兄様のヴィンセント様から語られた異国の美しい風景や文化の話は、私の中で色鮮やかな夢となって膨らんでいる。
「私、海を見たいわ。あとは海鮮とやらも食べたいし。そして色とりどりの街並みも見たいわ。他国とはいえ、ここからは遠くないし…」
シャルロットの声は弾んでいた。窓の外に広がる景色ではなく、心の中に描いたオセアリス王国の青い海や、鮮やかな街並みを見ているかのようだった。彼女の脳裏には、光景がいきいきと浮かび上がっているのだわ。
「よし! お父様を説得してくるわ」
言葉に力を込めると、シャルロットは勢いよく立ち上がった。その表情は、すでに成功を確信しているような自信に満ちていた。
「では、シャルロットを信じて、私は行程を考えておきますわ」
「任せて!!」
シャルロットの元気な声が部屋に響き渡る。その背中を見送りながら、胸の奥に湧き上がる期待を抑えきれなかった。
オセアリス王国。夢に見たその地が、すぐ手の届くところにあるような気がした。
*****
出発の日。館の玄関先では、公爵様が不安そうな顔で見送る準備をしていた。公爵は、落ち着きなく玄関ホールを行き来していた。
「い、今から中止してもいいんだぞ…。ああ、心配だ。本当に大丈夫か?」
「もう、心配しすぎですわ。お兄様も住んでいますし、治安も良いと聞いています」
シャルロットは笑いながら父を宥めようとする。だが、その声には少し苛立ちも混じっていた。父親の過保護ぶりには、少々辟易しているのね。ふふ。
「でも、ヴィンには連絡してないんだろう? 女の子2人で…」
「もう! 女の子なんて…。レディですわ。それに、侍女2人に護衛3人。十分ではありませんか」
公爵が最初に提案した「護衛10人」という案を、2人でなんとか説得して撤回させた。そんな大人数での移動は目立ちすぎるし、何より不自由だもの。
「それにお兄様に連絡したら、滞在中ずっと付き添われてしまいますわ。私たちだけで行きたい場所もあるのですから、勝手に連絡しないでくださいね。ちゃんと会う予定は立てておりますから」
「…ああ、わかったよ。2人とも、気をつけてな」
心配顔の公爵様と呆れた様子の公爵夫人に見送られ、馬車に乗り込んだ。窓の外では、陽光が柔らかく輝き、オセアリス王国への道を照らしているようだった。
馬車の中で、シャルロットは座席に身を沈め、外の景色を眺めていた。私も心が浮き立ち、胸の奥で軽い高鳴りを感じる。こんなに楽しみな旅は、人生で初めてかもしれない。
「エルミーヌ、まずは屋台に行きたいわ。鉄板の上でエビが赤く色づき、ホタテがぷっくりと膨らんで…ジュッという音と香ばしい香り! お兄様から聞いた話だけでは味の想像がつかないの。でも間違いなくおいしいはずだわ。絶対食べましょうね!」
「ええ、もちろんですわ。あと、海辺の街は絵本のようにカラフルと聞きましたわね。どの家も色とりどりで、赤や黄色、青、緑の階段状の街並みが広がっているなんて…。青い海が一望できる場所もあるそうですし、小さなカフェや土産物店も絶対に行きましょう!」
私の様子を見て、シャルロットは、思わずくすりと笑った。
「ふふっ。そんなに興奮しているエルミーヌも珍しいわね。でも、私も同じよ。早く着かないかしら」
車内には、私が用意した行程表が広げられていた。二人でそれを見ながら、この先の楽しみについて話し合った。
旅の目的地へと向かう道中、馬車はゆっくりと進んでいく。窓の外に広がる景色が変わるたびに、期待は膨らみ続けていた。
こんな日が来るなんて夢みたいだわ。きっとシャルロットも心の中で同じことを思っていわね。
シャルロットは、積み上げられた報告書の束を横目にしながら、深く息をついた。仕事は充実しているが、その分、自由な時間が奪われているのだもの、そう思うのは、しかたないわ。
「ええ、確かに」
静かに頷きながら、手元の帳簿を閉じた。公爵家でのお茶会の一件以来、名声が上がり、貴族たちからの依頼が増えたのは良いことだった。さらに、王家でのお茶会も好評だった。王家御用達のプロジェクト部門という名目を得たこともあり、さらに忙しさも加速した。その忙しさに振り回される日々は、自由を求める私たちにとって少し重荷でもあった。
「でも、努力に対する対価が得られるのは素晴らしいことですわ。それに…人材も育ってきていますし、ようやく一息つけそうで嬉しいですわね。あと、もう一息です」
疲労はあるが、やはり努力の成果は嬉しいものですわ。
「そうね。でも、この国にいる限り、王家にいいように利用される気がして…ああ、嫌になっちゃうと思わない?」
シャルロットは椅子に深くもたれ、天井を見上げた。その目は、遠い目をしていた。
あらあら、シャルロットの横顔がひどく疲れているわ…。うーん、何かいい案。…あっ! そうだわ!!
「シャルロット、旅行なんてどうかしら?」
「旅行! そうね、それはいいわね! 旅行…ああ、なんて素敵な響きなのかしら」
旅行という言葉に、シャルロットの表情がぱっと明るくなる。心の奥に溜まっていた重たい霧が晴れたように、彼女はまるで子供のように目を輝かせた。
「行き先は…そうね…」
一瞬だけ考えた後、私たちは同時に声を揃えて答えた。
「「オセアリス王国!!」」
二人の声が重なり、その響きに部屋の空気が一層明るくなる。
「エルミーヌも、やっぱりそう思うわよね!」
シャルロットが、期待に輝く瞳で見つめる。
「はい。ヴィンセント様が、いつもお話しくださったので、いつか行ってみたいと思っていました」
シャルロットのお兄様のヴィンセント様から語られた異国の美しい風景や文化の話は、私の中で色鮮やかな夢となって膨らんでいる。
「私、海を見たいわ。あとは海鮮とやらも食べたいし。そして色とりどりの街並みも見たいわ。他国とはいえ、ここからは遠くないし…」
シャルロットの声は弾んでいた。窓の外に広がる景色ではなく、心の中に描いたオセアリス王国の青い海や、鮮やかな街並みを見ているかのようだった。彼女の脳裏には、光景がいきいきと浮かび上がっているのだわ。
「よし! お父様を説得してくるわ」
言葉に力を込めると、シャルロットは勢いよく立ち上がった。その表情は、すでに成功を確信しているような自信に満ちていた。
「では、シャルロットを信じて、私は行程を考えておきますわ」
「任せて!!」
シャルロットの元気な声が部屋に響き渡る。その背中を見送りながら、胸の奥に湧き上がる期待を抑えきれなかった。
オセアリス王国。夢に見たその地が、すぐ手の届くところにあるような気がした。
*****
出発の日。館の玄関先では、公爵様が不安そうな顔で見送る準備をしていた。公爵は、落ち着きなく玄関ホールを行き来していた。
「い、今から中止してもいいんだぞ…。ああ、心配だ。本当に大丈夫か?」
「もう、心配しすぎですわ。お兄様も住んでいますし、治安も良いと聞いています」
シャルロットは笑いながら父を宥めようとする。だが、その声には少し苛立ちも混じっていた。父親の過保護ぶりには、少々辟易しているのね。ふふ。
「でも、ヴィンには連絡してないんだろう? 女の子2人で…」
「もう! 女の子なんて…。レディですわ。それに、侍女2人に護衛3人。十分ではありませんか」
公爵が最初に提案した「護衛10人」という案を、2人でなんとか説得して撤回させた。そんな大人数での移動は目立ちすぎるし、何より不自由だもの。
「それにお兄様に連絡したら、滞在中ずっと付き添われてしまいますわ。私たちだけで行きたい場所もあるのですから、勝手に連絡しないでくださいね。ちゃんと会う予定は立てておりますから」
「…ああ、わかったよ。2人とも、気をつけてな」
心配顔の公爵様と呆れた様子の公爵夫人に見送られ、馬車に乗り込んだ。窓の外では、陽光が柔らかく輝き、オセアリス王国への道を照らしているようだった。
馬車の中で、シャルロットは座席に身を沈め、外の景色を眺めていた。私も心が浮き立ち、胸の奥で軽い高鳴りを感じる。こんなに楽しみな旅は、人生で初めてかもしれない。
「エルミーヌ、まずは屋台に行きたいわ。鉄板の上でエビが赤く色づき、ホタテがぷっくりと膨らんで…ジュッという音と香ばしい香り! お兄様から聞いた話だけでは味の想像がつかないの。でも間違いなくおいしいはずだわ。絶対食べましょうね!」
「ええ、もちろんですわ。あと、海辺の街は絵本のようにカラフルと聞きましたわね。どの家も色とりどりで、赤や黄色、青、緑の階段状の街並みが広がっているなんて…。青い海が一望できる場所もあるそうですし、小さなカフェや土産物店も絶対に行きましょう!」
私の様子を見て、シャルロットは、思わずくすりと笑った。
「ふふっ。そんなに興奮しているエルミーヌも珍しいわね。でも、私も同じよ。早く着かないかしら」
車内には、私が用意した行程表が広げられていた。二人でそれを見ながら、この先の楽しみについて話し合った。
旅の目的地へと向かう道中、馬車はゆっくりと進んでいく。窓の外に広がる景色が変わるたびに、期待は膨らみ続けていた。
こんな日が来るなんて夢みたいだわ。きっとシャルロットも心の中で同じことを思っていわね。
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