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5.すでに嫁姑の戦い ー王宮にてー

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side王太子



父上と王妃殿下は、公爵とこれからの重要な話をするとのことで、私はアンナと一緒に母上の部屋へと連れて行かれることになった。足取りは重く、胸の内には不安が広がっていたが、母上は話せばきっとわかってくれるという淡い期待もあった。

部屋に入ると、アンナが母上に向かって叫んだ。


「お義母様! こうなったら殿下には、側妃なんていりません! 私がいれば十分です。そもそも一人の男性を共有するなんて、私はずっとおかしいと思っていました」


アンナ!!!!


「…あなた、私を敵に回そうというのね。側妃なんてって何? おかしいのは私? はっ! 小娘が!! 気安くお義母様と呼ばないで!」


ああ、なんで側妃である母上にそんな失言を…。私は内心で叫びたくなるが、言葉が出てこない。ただただ事態の悪化を見守ることしかできなかった。



「御覧なさい! これが、優秀な2人を失ってまで手に入れた女よ。なぜあなたは、母が馬鹿にされているのに黙っているの!」


母上の怒りはさらに燃え上がり、部屋の空気が一層重くなった。しかし、アンナは私の後ろに隠れ、まるで母上の怒りに、全く動じない様子で叫び続けた。


「殿下は私の味方です!!」

「なんですって!!!」


二人の間に激しい緊張が走り、私の心臓は早鐘のように打ち始めた。どうすればこの場を収められるのか…。


「ふ、2人も、とりあえず一旦座りましょう」


なんとか場を取り成そうと試みたが、その努力も虚しく、部屋の空気は依然として重苦しかった。

さっきとは打って変わって静寂が支配する部屋。


しかし、母上の形相は変わらず、怒りの感情が隠し切れないまま。侍女が持ってきたワインを一気に飲み干す母上の姿は、普段の優雅さとは程遠く、ただ怒りに満ちたものであった。


「王妃様にまで喧嘩を売って…王妃様が…この国の正妃が生んだ王子がいるのを忘れたわけではないでしょうね」


その言葉に、私は兄として慕ってくれる幼い弟の顔を思い浮かべた。

可愛い弟を忘れる? そんなことがあるはずがない。何を言っているのだ母上は?


「一度も忘れたことはありませんが?」

「本当にわかっているの! 王妃様の恩情であなたは王太子でいられるのよ。実家の力が弱い私の息子であるあなたを『第2王子の優しい兄ですもの。息子同士が争うのは見たくないわ』と言ってくれているおかげで、王太子なのに…ああ、そこの娘は!! 私の苦労を何もわかっていない!!」


そ、そうだったのか。ああ、アンナ、母上を睨むのはやめてくれ。


「他国の公爵令嬢であった優秀な正妃に気を遣い、いつか、『やはり次の王太子は第2王子だ』と言われるのではないかといつも怯え…」


そ、そんな風に見えなかった。ただ、仲がよい2人…そう思っていた。それに…


「正妃の決定に地位は関係ないと…」

「そんなわけないじゃない! まさか本気でそう思って…いたの!? 嘘でしょ…あなたの正妃は、公爵令嬢に内々で決まっていたわ」


母上の言葉は、私に現実の重みを突きつけた。
確かに同じ婚約解消なのに2人の令嬢の父たちには、温度差があったような? え? それと関係があったのか??
母上は苛立ちを隠し切れず、さらに言葉を重ねた。

「婚約者のいない年頃の高位令嬢は、もう国内にはいないわ。他国の高位貴族を当たるしか…こうなったら、優秀であれば、伯爵令嬢でもいいわ。…いいえ、王太子でいるには、もっと身分が上でなければ…ああ、頭が混乱しているわ。とにかく!! 国王様に許可なく婚約を白紙に戻し、王妃様に失礼を働いた…覚悟しなさい、最悪、廃嫡や平民という道もあることを!」

憮然としていたアンナが、目を見開いて叫んだ。


「へ、平民ですか? そんな、平民とは結婚できませんわ!」


え? その言葉に驚きつつも、私は心の中でため息をつく。アンナ、気にするところはそこなのか? 母上の怒りがどこに向かっているのか、全く理解していない様子だ。



「…何を言っているの? その時はあなたも平民よ。あなたもこの件の原因の一つ。深く関わっているじゃないの!」



部屋には再び静寂が訪れた。しかし、それは決して安堵の静寂ではなく、嵐の前の静けさに似た、不穏な空気だった。





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