上 下
4 / 38

4.報われない努力

しおりを挟む


いつものようにそっと作業室に入ると、ソフィアは、周りからの視線が集中する中で、頬を赤らめながら賛辞を受けていた。

毎度のことだけど、あの視線に耐えられるなんてすごいわ。

「ソフィア、すごいわ!あなたまた、王妃様に直々に褒められたと聞いたわよ。美容に関してあなたの横に立てる人なんていないわね」

一人の先輩が興奮気味に声をかけている。


「でも、いつも言っているのですが、私ひとりの手柄じゃないです。ウィリアムはもちろん、今回も特にフローリアが頑張ってくれましたの」


「またまた、謙遜しちゃって。フローリアが美容に興味あるわけないじゃない。あんなにボサボサの髪で、肌艶って言うか、顔色だっていつも悪いし。分厚い眼鏡をかけてるだけで、アクセサリーの一つも付けないじゃない」



その通りですけど、本人がいるのだから聞こえないように言ってほしい…。ため息をつきながら、静かに薬草をすりこ木でつぶす。


「先輩!フローリアを悪く言うのはやめてください!確かに美容に興味はないと思うけど、薬草の知識や実験でいつも助けてくれて…。薬師は見た目じゃないと思います!」


助けてくれる?見た目じゃない?

自分が庇われているのだと理解したものの、その表現がどこか腑に落ちない。そう思ったけど、表情には出さず、淡々と薬草をつぶし続けた。


「そ、そうね。言い過ぎたわ。とにかく王妃様の要望もあって、室長が美容の部門を作るらしいわよ。ソフィアが主任だったりして」


ソフィアの様子の戸惑った先輩が、話題を変えるように付け加えた。


「そんな、私なんか」

ソフィアは謙遜しながらも、心のどこかでその話にまんざらでもない様子を見せた。彼女なら確かに適任だろう。


美容部門か…仕事が増えないことを祈るのみ




***



「え?首ですか?」

信じられない言葉を耳にし、思わず問い返した。


「首というか、そうだな。フローリアには悪いが、君には辞めてもらうことになった」


室長は淡々とした口調で告げた。冷たい現実を目の前に突きつけられた気分だ。
室長が大事な話があると言うから来たのに、まさかこんなことが…


頭の中で繰り返し理由を考えていたが、何も思いつかない。現実を受け入れるのが難しかった。



「な、なぜですか?私、何かしましたか?」


声が震える。これまで一生懸命に働いてきたのに…。突然の通告はあまりにも理不尽だ。



室長は少しだけ目を伏せ、ため息をつく。

「何かしたというか、何もしなかったというか‥‥」


採用された時、自分から辞めると言わない限り、永年雇用だと思っていた。そんな安心感があったからこそ、日々の辛くても努力を重ねてきたはずだった。それが、こんな形で終わりを迎えるとは夢にも思っていなかった。



「実はな、君も聞いていると思うが、この度、王妃様の要望で本格的に美容部門を作ることになった。君たちが採用されてから、間もなく1年が経つのだが、宮廷薬師たちの腕も着実に上がっている。ポーションをはじめとした薬の質も向上し、量も十分確保できている」

室長は説明を続けた。

彼の言葉を必死に理解しようとしていたが、その意味がじわじわと重くのしかかる。


「つまり…」

「一人人員を削減しても、十分仕事が回るということだ。その分のお金を新しい部門を立ち上げる予算にまわしたい」

「っ!なぜ私なのか、お聞きしても…」


心の奥底で、なぜ自分なのかを問い詰めたい気持ちと、理解したくないという気持ちがせめぎ合っていた。



「はぁ、君は、ノルマのポーションの納品が遅れがちだ。こう言ったらなんだが、他の薬師とのコミュニケーションも十分とは言えないだろ?それに、高価な薬剤の使用履歴もあるのだが、これといった成果物がない。薬品開発の実験に使うことは認めれているのだから、使うなとは言わないが…」


「それは…」


反論したかった。先輩たちのポーションを優先して作っているから納品が遅れるのだと、高価な薬剤も美容関係に使っているから成果物が見えないだけで、それらの努力は全て代表者のソフィアの名前で報告されているだけだと。でも、コミュニケーションは…言葉が喉に詰まり、思うように声が出なかった。涙が、目から溢れ出てくる。



「とにかく、これは決定事項だ。急で悪いが、荷物をまとめたら出て行ってもらいたい。勤めている期間が短いので退職金も多くないと思うが、財務に寄って手続きをするといい。では」


室長は用が済んだとばかりに退出させようとした。



室長室を出て呆然としたまま、長い廊下を歩く。頭の中は真っ白で、考える余裕もなく、ただ足が自分を研究室へと運んでいた。そこにたどり着いても、しばらくぼーっとして、現実感がまったく伴わなかった。




「ああ、出て行くんだった…荷物をまとめないと…」



夕暮れに差し掛かった頃、ようやく自分に言い聞かせるように呟いた。


手つかずの薬の開発、新種の薬草の効用調査、後回しにしていたやってみたかったことが山のようにあった。一つずつ、それらを片づけていく度に、胸には悔しさと無力感が募っていった。



「一生懸命頑張ったのに、なんで…」


努力が報われなかった…。涙が次々と溢れてきて、止まらなかった。視界は、滲んだ涙でぼやけていたが、それでも手は止めずに作業を続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに従う必要がないのに、命令なんて聞くわけないでしょう。当然でしょう?

チカフジ ユキ
恋愛
伯爵令嬢のアメルは、公爵令嬢である従姉のリディアに使用人のように扱われていた。 そんなアメルは、様々な理由から十五の頃に海を挟んだ大国アーバント帝国へ留学する。 約一年後、リディアから離れ友人にも恵まれ日々を暮らしていたそこに、従姉が留学してくると知る。 しかし、アメルは以前とは違いリディアに対して毅然と立ち向かう。 もう、リディアに従う必要がどこにもなかったから。 リディアは知らなかった。 自分の立場が自国でどうなっているのかを。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

お姉ちゃん今回も我慢してくれる?

あんころもちです
恋愛
「マリィはお姉ちゃんだろ! 妹のリリィにそのおもちゃ譲りなさい!」 「マリィ君は双子の姉なんだろ? 妹のリリィが困っているなら手伝ってやれよ」 「マリィ? いやいや無理だよ。妹のリリィの方が断然可愛いから結婚するならリリィだろ〜」 私が欲しいものをお姉ちゃんが持っていたら全部貰っていた。 代わりにいらないものは全部押し付けて、お姉ちゃんにプレゼントしてあげていた。 お姉ちゃんの婚約者様も貰ったけど、お姉ちゃんは更に位の高い公爵様との婚約が決まったらしい。 ねぇねぇお姉ちゃん公爵様も私にちょうだい? お姉ちゃんなんだから何でも譲ってくれるよね?

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。

凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」 リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。 その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。 当然、注目は私達に向く。 ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた-- 「私はシファナと共にありたい。」 「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」 (私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。) 妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。 しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。 そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。 それとは逆に、妹は-- ※全11話構成です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。

愛されない私は本当に愛してくれた人達の為に生きる事を決めましたので、もう遅いです!

ユウ
恋愛
侯爵令嬢のシェリラは王子の婚約者として常に厳しい教育を受けていた。 五歳の頃から厳しい淑女教育を受け、少しでもできなければ罵倒を浴びせられていたが、すぐ下の妹は母親に甘やかされ少しでも妹の機嫌をそこなわせれば母親から責められ使用人にも冷たくされていた。 優秀でなくては。 完璧ではなくてはと自分に厳しくするあまり完璧すぎて氷の令嬢と言われ。 望まれた通りに振舞えば婚約者に距離を置かれ、不名誉な噂の為婚約者から外され王都から追放の後に修道女に向かう途中事故で亡くなるはず…だったが。 気がつくと婚約する前に逆行していた。 愛してくれない婚約者、罵倒を浴びせる母に期待をするのを辞めたシェリアは本当に愛してくれた人の為に戦う事を誓うのだった。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...