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1.あら、大変

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「…セレナ…嘘…また待ち伏せですの?」



王太子の婚約者であるミレーナ・アヴリル伯爵令嬢が、潤んだ瞳で、怯えるようにこちらを見る。


移動教室で急いでいたため油断していたわ、こんなところで会うなんて…。
ああ、ついていない。それにしても、自意識過剰ね。私がミレーナを待ち伏せ?笑わせてくれるわ。



学院の壮大な大理石の階段は、光り輝く美しい模様が彫り込まれ、階段を上り下りする生徒たちの足音が響き渡る。
ここは人が多いから、さっさと離れたいわね。



「あらミレーナ、待ち伏せなんて誤解ですわ。私のAクラス、空き時間がないことを知っていまして?Cクラスのように時間に余裕があるならまだしも…ふふ。では先を急ぎますので」



「なっ!アレク様ぁ、セレナが私たちCクラスを馬鹿になさるわ!」

言葉が皮肉めいていたことに、腹を立てたのか、腕をからめとり体を王太子に押し付けながら上目遣いで訴えている。


…邪魔ね、もうちょっと端に寄っていただけないかしら





「学と金しか取り柄のない女が!いまだに私の婚約者になれなかったことが悔しいのか?仕方ないだろう、見よ、ミレーナの愛らしさを!輝く金の髪は、太陽の光を受けてきらめき、豊かな表情の中には知性と優しさが宿って…」



頭の悪い話し方…。


王太子の婚約者になれなかったことが悔しいのか?いいえ、むしろ婚約者にならないように水面下で動いていたというのに、妬んでいるようなこの言われよう。2人の中では、婚約者に選ばれなかった私が、付きまとっているイメージなのかしら。冤罪よ。



さて、2人の世界から帰ってこないようだし、もう行きましょう。
 


「待て!勝手に行こうとするな!…はぁ、ヴィクターもこんな可愛げのない女が婚約者などとは可哀想に。私がセレナを婚約者に選ばなかったため、従弟のお前の幸せを犠牲にしてしまった。苦労をかけるな。」

あら、ヴィクター様いたのね。見えなかったわ。



ヴィクター・アルマンド公爵令息。

王弟の息子で王太子の従弟。何を考えているかわからないミステリアスな雰囲気が人気の私の婚約者様
…何を考えているかわからないのではなく、何も考えていないのでは?が、私の見立てですけど。
婚約者が呼び捨てにされていますのよ?注意くらいすればよろしいのに。


それにしても…このやりとり。安っぽい演劇みたい。ふふふ、もう飽きてきたわ。


笑いをこらえながら、王太子たちのやり取りを眺めていると、ヴィクター様は深くため息をつき、だれとも視線を交わすことなく階段の手すりに寄り掛かった。この人は本当に他人に興味がないのですね。


あー、さすがに時間がない。


「ところで、お三方は、この後の授業はありませんの?」


王太子にしなだれかかっていたミレーナがあわてて体を起こす。

「大変!アレク様!急がないとまた遅刻してしまいますわ。」

ね。何をやっていらっしゃるのか。




慌てたミレーナは、王太子の腕を取り、強引に引っ張り連れて行こうとする。


不意を突かれた王太子はよろめき、そして、手すりに寄り掛かっていたヴィクター様にぶつかった。ヴィクター様が階段を回転しながら落ちていく……


周囲の生徒たちは驚きの声や悲鳴を上げ、王太子は彼をつかもうと腕を伸ばしたが、間に合わなかった。



「ヴィクター様!」

ミレーナは、声を張りあげ叫んだ。あら、人の婚約者を名前呼び。



ヴィクター様の体が、階段下の地面に激突し、音が階段の上まで響く。無防備なまま床に倒れ、彼の頭からは鮮血が流れている…。
ミレーナは悲鳴を上げ、傍へ駆け寄り、意識のない彼の手を握る。



「大丈夫か!」
王太子もすぐに駆け寄り、心配そうに見つめる。ミレーナは、泣きながらヴィクター様の名前を呼び続けていた。


‥‥。


あら、大変!私の婚約者でしたわ。ゆっくり心の中で実況している場合ではありませんわね。いけない、いけない。


騒然としている階段下へとたどり着き、青ざめているヴィクター様の傍に座り、ミレーナのように声をかける。


その時、彼はゆっくりと目を開け、周りを見渡した。まだ視界がぼやけているのか、ぼんやりとしていたが、自分がどこにいるのか、そして何が起こったのかを理解し始めたように見えた。


ふと私と目が合うと、美しい目をカッと開け、


「うわっ!!!セレナ!‥‥そうだ、セレナだ!…ぼくは、ヴィクター…だよな?!え?……あっ、気を失う…ご‥めん、セレナ、また…後で…」

と、意味不明なことを口にし、また気を失った…。

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